◆bvTKLCRja6の物語



第5話

さて。
場所はアリアハンの中央広場。
晴れて(?)勇者としてこの世界で生きていくことになった俺はこれから魔法使いの少女、ベティと共に魔王を倒しに行くわけだが。
正直、俺にとってその戦いに負ける要素は全く無いので呆気なく終わっちゃうんだろうなと楽観的に思っている。

魔王を倒して、世界を平和にして、元の世界に帰って、それでもこの力が残っていたならばプロ格闘家か五輪にでも出て…
などと既に将来設計を立てているのだから、目の前に立つ魔法使いに比べて偉く緊張感に欠けていた。

「えーっと…、理解出来なかったからもう一回言ってくれる?」
「だからな、魔王を倒すは俺一人の力で十分ってことだ。魔王の住む城まで案内してくれればそれでいい。
 後は俺がちょちょいのちょいと魔王を片づけてやる。で終わり」

なにせ、俺は不死身だ。だがそうでない人間が一緒になって戦う必要などどこにもない。

「あぁ。そういうこと。ちょっと…自惚れ?かな?」
「あ?」

ベティは俺から少し距離を取ると、マントの下の腰に身に着けていた杖を右手で引き抜き俺に向かってさし向けた。
その杖の先端は赤色に光る丸い宝石のようなものが埋め込まれている。魔力を増幅する設定の類か?
って何をする気だ。人に刃物(武器)を向けてはいけませんって教わってないのか。

「じゃあ、ちょっと私に掛かってきてみて。そうね。本気でいいわ」
「な。なんで」
「自分で言ったじゃない。だから判断くらいさせて。私に勝ったら好きにしていいわ」
「好きに?」
「一人で戦いたいんでしょ?」
「ああ、そういうことか。一人で戦いたいっつーか、危険だろ。死ぬかもしれないし」
「わかったわ。わかったから。だったら私を安心させられるくらい強いことを証明する為にも、ね?」

俺は後ろ頭を掻いた。
本気で?人に向かってそんな真似出来るわけがない。俺は山の様に巨大なモンスターを一撃で仕留めたんだ。
RPGで言うなら中ボスって奴だ。それを折れたボッロボロの剣で一撃のオーバーキル。解ってるのか。
それに、目の前に立つのは魔法使いの見た目はどこにでもいそうな普通のか細そそうな少女だ。その力は歴然だろう。

そうだな。軽く杖を叩き落として斬りつける真似をすれば十分か。
使い物にならなくもなかったが見た目がアレだったので、鉄製の剣の代わりに買った新品の銅製の剣を鞘から抜き放つ。

「こんな人目につく場所で剣なんか抜いて大丈夫なのか?」
広場は噴水が沸き出る憩いの場でもあるようだし、雰囲気をぶち壊すのは一抹の申し訳なさを感じる。
「いいわよ。すぐ終わるし」

確かに。じゃあ。とっとと終わらせよう。
俺は助走無しに一瞬の内に剣が届く間合いに詰め寄った。
で、剣の平で杖を叩き落として、と……。

あれ?
空振った。
杖が、ベティが、消えた。
背後か!?
振り向くがいない。何。



「こっち」
「な!?」
頭上からの声。

上を見上げると、二階建ての民家の屋根くらいの高さの位置で宙に留まっているベティの姿があった。
箒の様なものに跨ってふわりふわりと浮いている。魔法の力か。つーかいつの間に箒を取り出したんだ。
…あれか。大小関わらず何でも詰め込めるという例の可笑しな袋の中にしまっていたのか。

「あらあらどうしたの?かかってこれないの?このまま強力な呪文詠唱しちゃうけど?」

浮いてる高さは常人のジャンプ力じゃ到底届かない位置。投擲武器でもなければ。
しかし、俺はもうその他大勢に分類される常人ではない。見せてやろうじゃないか。
しゃがみ込んで反動をつけ勢いよく跳んだ。
真っ直ぐ魔法使いに向かって空を突き進む。余裕で届く。

「これくらい俺の攻撃範囲内だ」
「あらあら。御見事なジャンプ力ね。でもそこからどうするのかしら」

勢いを生かし剣を素早く振るう先には既に標的はいなかった。
そりゃそうだ。つうか俺はマヌケだ。
俺は跳んだらその方向にしか向かえないが、宙に飛んでる者なら自由に動ける。畜生。

「いい的ね」
飛び上がった後はもう真っ直ぐに落下するしかなく、それをベティが逃してはくれない。
跨っている箒を片手で操縦し、もう片手に持つ杖を俺に向かって構える。

「ギラ!」
「うわっ!」

閃熱が一瞬の内に落下している俺を襲い包み込んだ。
初めて受けるそれと熱さに俺は軽く思考停止してしまい着地に失敗。石畳の地面に身体を叩きつけてしまった。
だがダメージはなんてことない。
くそっ、と舌打ちし、髪が燃えてしまっていないかと頭を振り払い身体を起こそうとした時。

「な……」
丸い赤色の宝玉が目先数センチに突き付けられていた。ベティの持っていた杖の先端部分。
「終わりね」
杖が横に傾けられると、そこにニヤニヤと笑みを浮かべ、俺を見下す少女の顔があった。

「魔法使いに零距離から呪文を放たれたら間違いなく死んでるから。OK?」
「………」

認めたくないが認めるしかない。ちょっとばかし強いモンスターを一撃で倒せたからって完全に自惚れていたことを。
こんな程度じゃ不死身だとしてもどうにもならない。
「……情けないくらい完敗だな」
「解ればよろしい」

……どうやら、そう簡単に世界を救えるってわけにはいかないようだな。


…………。

……。



「まぁでもアレよね。一か月もしない内にここまで動けたのは想像以上だったわ」
「……そうか。でも強いなお前。まぁ考えてみれば異世界から人一人召喚してしまうんだからそりゃ強いよな」
「…そんなことない。弱いわよ。全然。こんなんじゃ魔王には全く歯が立たないわ。だから貴方を呼んだんだから」
「う、ん……」

どんだけ強いんだろうなその魔王は。俺が不死身だとしても蘇った瞬時に殺されてしまうんじゃないか。
下手すりゃ、永久に蘇っては殺され続ける苦痛を味わなきゃならないかもしれない。
それは……怖い。

「もっともっともっっっっと強くなってもらわないとね。さぁ乗ってリイト」
「ん?」

先程戦闘の時に使っていた箒にベティは跨ると背を向けて、後ろに乗れと促した。
見た目はただの竹箒のようだ。長い柄なので乗れるっちゃ乗れるが。
ちなみに、どうでもいいことだが俺の名はどうにも呼びにくいらしく好きに呼べと言ったらリイトとなった。

「……何人乗りだ?」
「ギリ2人、かな」
「…だろうな」

窮屈そうに俺はベティの肩に手を置き、というかそうするしかなく、後ろに跨った。

「別に、俺歩きでもいいけど」
「何言ってるの、これから海渡るんだから。飛んでいった方が速いわ」
「そんな長い間飛べるのか」
「まあね。でも結構速度出るからあっという間よ。だから、そんな掴まり方じゃダメね。腕回していいから」

そう言われ、俺は仕方なくだ。
ベティの背中から腕を回した。
そんなつもりは無かった。全くと言っていいほど。本当だ。

「きゃっ!」

まるで子猫が鳴く様な声がしたかと思った次の瞬間、俺は顔面に重い衝撃を受けて後頭部から地面に倒れ込んだ。
ベティの頭突きだった。

「いっつつ、な、なにすん……」
そこまで言いかけて、目の前に立つベティが顔を朱に染めて胸を押さえ震えていることで気がついた。
小刻みに唇を震わせて
「な、な、ななな、なに、なにす、ななに、なにすん?」と聞いてきた。

「いや、違う。違うぞ。わざとじゃない。つーか全然解らなかった。そんな感触なか…」
しまったと思った。
「わ、わわわ、わから、わからない?わからないわからないんだ…わからないんだ!」

杖を引き抜くや先端から炎が怒り狂ったように飛び出した。
先程戦ったときに食らった呪文とは比べ物にならない殺傷力を秘めた炎が真っ直ぐに俺を飲み込んだ。




「けほっ、けほっ」
消沈し終えた俺は地面に大の字に倒れていた。
遠巻きに街の人々が心配そうな眼差しで見ているのに気がついた。
そうだここは広場だ。街の中だ。
こんな場所で殺しにかかってくるとは、怖ぇ魔法使いだ。

「もう!なにしてんのよ!馬鹿じゃないの!」

ベティが怒鳴っている。その表情は今だ恥ずかしさと怒りが入り混じっている様だった。
「ごめんなさい」と謝った。
しかしな、本当にアレだったんだよ。マントの上からだしな。解らなかったんだよ。まあ、見た目的にもアレだけど。

「もう、あなたなんか二度と箒に乗せてあげないんだからっ!」
「まだ一度も乗ってねえけど…」
「ロマリア」
「え?」

ベティは箒に跨るとそのままふわりと飛びあがった。
「ロマリアに行くから。あなたは走って来なさいよね」
「いや、どうやって行くんだよ」
「誰かに聞けばわかるわよ。もう!じゃあね!」

そう言い放つと、呼びとめる声も空しくベティは飛び立ってしまった。
みるみる小さくなり見えなくなっていく。

そんな怒らなくても、と思う。わざとじゃあ、決して無いと思うんだけど。
……まぁ、学校のクラスメイトの女子に同様のことをしたら間違いなく軽蔑されるよな、と反省する。

お約束的展開なんざやっぱり漫画かアニメの中だけだ。ラッキースケベ?何それおいしいの?だ。
感触は味わえないわ、頭突きは食らうわ燃やされるわ。
ヒリヒリする…。

「ん?」
何かが飛んでくる。ベティだ。引き返してきたってことは許してくれたのか?
近くまで飛んでくると、宙に留まったまま何かを投げつけた。
それを受け取る。小瓶?緑色の液体が入っている。
「薬草を調合してあるから。飲めば治るわ。火傷」
「ああ。そう」
「三日以内にロマリアに来てよね。じゃないと許さないから」
「いや、本当悪かったから。乗せてくれよ」
「無理。もし三日で来れなかったら探し出して燃やして埋めるからね」
「こええな」
「じゃ、待ってるから」

再び高く飛び上がるとベティは空の彼方へ姿を消した。
仕方ないな、と思い俺は受け取った小瓶の蓋を開けそれを飲み干した。

続く。