◆bvTKLCRja6の物語
第4話
国王との約束の期限まであと3日ほど残した朝。
一年中、城の門番を課せられているのか見覚えのあるその兵士の退屈気な大きなあくびが見えた。
「外はモンスターで溢れてるっつーのにな、街は平和なもんだ…」
背には大き過ぎる程のズタ袋。中身のそれは実に重く肩が凝った。魔法の袋があるならばどんなに楽だったことか。
「ふう。やっとついた」
釣り上げ橋を渡りきり3日かけて運んだ荷物をドスッ!と降ろすと、門番の兵士も顔を覚えていたのかまさか、と声を掛けてきた。
「もしや、アフィリイト殿か!?」
誰にその名を聞いたのか。聞き覚えのある間違い方だった。
「……アキヒトな」
「これは失礼!ア、アヒリロ…殿」
そんな言いにくいのか俺の名前は…。
「……。とにかく俺のことを知っているなら話は早い。戻ってきた理由もわかるわけだ」
袋の紐をほどき中身を見せる。
と、門番は驚きの表情と共に思わずのけぞっていた。
「なんと!これは!お、おぬしは!本当にあの化け物を倒してきたというのか!」
驚くのも無理は無い。その化け物はまるで特撮に出てくる怪獣のように巨大だったのだから。
「城の精鋭50人でも敵わなかったのに…」
「ちょっと待て。それは初耳だな…」
討伐へ行く前に話しておけよあの魔法使いめ、と思ったがあの時点で聞かされていたら迷わず逃げ出していただろうことはすぐに想像出来た。
あえて話さなかったのか。
「しかしデカイな。これ頭だけで袋の中がいっぱいいいっぱいではないか」
「いや、これでも頭を4等分しだんだ。残りの頭部と胴体はレーベの村に売り払ってきた」
人を丸々と飲み込んでしまえる巨大な顎の部分だけを見せれば証拠になるだろうと解体し持ってきた。
太く鋭い牙が無数に剥きだされた顎の骨。ここに人間の首を置いて挟めばどうなるかは想像に容易い。
「おぬしは…どうやら本当に勇者であらせられるようだな…。しかしどういうことか。短期間で随分と体つきが変わったように見受けられる」
「……鍛えたからな」
……。
一か月前。
草原の中、倒れていた俺は再び目覚めた時に確信に至った。
剣が己の胸を貫き通そうが、決して死なないということに。
俺はその時、しばらく全身の震えが止まらくなった。勿論恐怖からくるものではない。
それは、今まで味わったことのない愉悦からきたものだった。
内臓を引きずりだされようが、心臓を剣で貫こうが俺は蘇る。
そうと解ってしまえば、怖いものなどもう何もある筈もなかった。
身体全体を震わせるほどに俺は、狂笑した。
「ははははっはは!!はははははははは!!!」
不安、恐怖心から解放される。
と、同時。新たな感情が芽を出した。
復讐。
恐怖を味あわせてくれたモンスターを同じ目にあわすこと。
俺を殺したモンスター共の、実に楽しそうだったあの顔。
思い出すだけで笑いがこぼれた。
モンスターとはライオンや熊のような獰猛な動物の延長にあるものだと思っていた。
だが、目の当たりにし実際に殺されて俺は解った。
自分の身を守るため、生きるために人々を襲うのとは訳が違うこと。
端っから人々を殺すためだけにただ存在している生物。それがモンスターだった。
だから、遠慮はいらない。
全力で殺せる。
だが、それは復讐なんてものではなくただの本能だとすぐに悟ることになる。
俺はそれから立て続けに3度死んだ。
それは、死に対しての感情を完全に失うためにかかった回数でもあった。
4度目。
鋭い牙に腕を噛み千切られながら、引き換えにしてようやく俺は一匹の角の生えた兎のモンスターを倒した。
無くなった左腕とそこから溢れ落ちる多量の流血を見ても俺は酷く冷静でいられた。
激痛すらどこか別の場所にある様に感じた。
死ねば、治る。と。
どうやら、肉体は死に至らない限り再生は行われないようだった。
そんなことよりも、俺はたった今モンスターを殺したということに感じ入っていた。
精霊によって与えられた力。地球上で、ただ一人。特別な力を持った人間なんだと改めて感じ取った。
また別のモンスターを見つけると、今度は無傷でいとも簡単に勝利した。
痛みや死をも恐れなくなった時人間は、自分でも信じられない程に、強く、残虐になれるようだ。
その日から俺は我を忘れるほどにモンスターを殺戮するモンスターと化した。
でも、そうなってしまったのは仕方のないことだろう。俺はもう普通の人間じゃなくなってしまったんだから。
その時のモンスターを殺す俺の顔はきっと、実に楽しそうな顔だったに違いない。
来る日も来る日も俺は狂ったように殺戮を続けた。
不眠不休で体が動かなくなるまで己も含め動くもの全てを壊し続けた。
動けなくなったら、死ねばいい。眠りから覚めれば、ほら全快だ。
なぜこんなバーサーカー地味た行動を繰り返していたのか。
考えられることは一つ。モンスターを殺すたびに自分の力が目に見えて増していたからだ。
そんなある日、森の中で例の巨大な化け物と遭遇した。
人目見てその化け物が国王の言っていた旅人を襲ったモンスターだとすぐに解った。
初めて見た時、なぜ山が動いているんだ。そう感じたからだ。
幼少の頃に恐竜博物館なんかでみた肉食恐竜を彷彿させる。
人間を一飲みにしていしまそうな口を持ち、無数に突き出す牙と長く垂れさがる舌。
巨大なアリクイか?と思ったが、どんなアリを食ったらこんな巨大になれるんだと突っ込みを入れる。アリクイに歯はね無えし。
その巨大な生物は回りの木々を雑草のようになぎ倒し、森を踏み荒らす様に闊歩していた。何してる?獲物を探しているのか?
俺はそいつの目の前に姿を出した。
目が合った。動物が獲物を狩るときの様な鋭い眼光が向けられる。
こいつもきっと恐怖を感じたことがないんだろうな。直ぐさまに俺に向かって巨大な身体をドドン!ドドン!と地面に鳴り響かせ走らせてきた。
だが今の俺も同じく恐怖を感じない。この巨大な生物にどれだけ戦えるのか、期待に胸が躍る。
持っていた鉄の剣を握り直す。
その剣は幾度と戦闘を繰り返し既にボロボロだった。刃は削れ鋭さは全くなく、先端の方は途中で折れてなくなっている。
「斬れっかなぁ…」
目の前の怪物にそれで斬りかかる。
「ゴアアアアアアアアアアァァァァ!!!!!」
空気が震える程のつんざく悲鳴。
振り返ると巨大な身体が綺麗に真っ二つに斬り裂かれ地面に轟音を立てて崩れ落ちていくのが見えた。
…………。
……。
「よくぞ戻ったアフィリイトよ!大したものじゃ!!そなたはまさしく勇者の力!」
ここ一カ月ほどの回想に浸りながら謁見の間へ入った俺は、国王が眼の色を変えて既に熱い期待の眼差しを向けていることに気がついた。
そこに、当初の疑いの目は全く無い。一国の王に俺は認められたようだ。悪い気分じゃない。
だけどまあ、予想通りに俺の名前が違っていた。いい加減慣れたけど。この分だとベティに会った時になんと呼ばれるのか容易に予想出来る。
「そなたを勇者と認めこれを渡す。これは魔王討伐の許可を記したものじゃ。世界各地の国王にこれを見せれば協力が得られるじゃろう」
恭しく手紙を受け取る。文字は全く読み取れない。英語に似ている。
「今宵は宴じゃ」と国王から飛び出した言葉を即座に断り、俺は退室した。
礼儀知らずでもなんでもいい。この世界の人間じゃないしな。
円形の太い柱が立ち並ぶ広いホールへ降りてくると、赤髪をなびかせこちらへ駆け寄ってくる魔法使いの少女の姿が見えた。
ベティだ。
黒のとんがり帽子と黒マントという典型的な魔術師といった格好に、改めてこの少女に召喚されてしまった時のことを思い出した。
ここ一カ月足らずではあったが心境の変化のせいか、えらく久しぶりの再会に感じた。
「ごめん。待たせたかな」
第一声。俺は謝った。巨大モンスターを討つという目的を忘れかける程に夢中になって殺戮を繰り返していたことを恥じていた。
「ううん。あなたは必ず戻ってくるって信じてたから」
その少女の表情はほころびを含んでいたものだったので、思わず自分の口元も緩んでしまった。
でもまぁ、俺を信じたというより精霊を信じたんだろうけど。
「ああ。おかげで今の俺は、魔王をぶっ倒してやるって気持ちになったな」
「ふふ。頼もしいじゃない。なんだか顔つきも逞しくなった感じがするわね」
「なにせ勇者だからな。自分で言うのもなんだけど。まぁ、改めてよろしく頼む、ベティ」
俺はわざと名前を呼んで再開の挨拶をした。
「うん!よろしくね。あ、あ、あ…」
リスみたいに可愛らしく口をもごもごさせている。ベティが何と言おうとしているか解った。
「「アフィリイト」」
声を合わせて間違えてやった。
俺は受け入れる。名前をなかなか覚えられないことも、この世界のことも。これから待ち受ける運命のことも。
魔法使いと俺の旅がこうして始まった。
続く。