◆bvTKLCRja6の物語



第3話


小高い丘に上った俺は、地平線まで見渡せるこの世界の大地を一人眺めていた。

そこは、いつかTVで見た外国鉄道の車窓からの景色を思い出させるものだった。

無限に広がるかの様な広大な草原とそれを覆う澄み渡る空。
はるか彼方に山と森が霞んで見えた。
その大自然の中に俺が先程までいた中世の国、アリアハンはぽつりと存在していたのだった。

「はは……」
感嘆するでもなく俺は、地球のどこかですらない大草原の中で独り乾いた笑いをこぼした。

モンスターはこの大自然の全て、地、海、空のどこからでも沸いて出るという。
それに対して人間が安全に暮らすスペースは街をぐるりと囲む窮屈な市壁の中のみ。
ことが起きたら日を経ずして人類は終焉を迎えてしまいそうな雰囲気を感じさせる。
平和な時代と場所でしか生きたことがないから俺はそう思うのかも知れないが……。

今立っている小高い丘の上だってもしかしたらモンスターの散歩道かもしれない。そう思うと背筋がヒヤリとした。

「……ま、勇者なら余裕なんだろ」
自分に言い聞かせるように一人ごちる。

レーベの村の方角を山や森の位置から地図で確認し俺は歩きだした。


…………。

……。



草原の真っただ中。

人の足によって踏み固められた一本道を歩いていた。
地図を見るにどうやらそれを辿ればレーベの村へ着けるらしい。
迷う必要が無いことには心の底から助かった。
もし道に迷うようなことになれば、子供の様にいつまでもぐずり泣く自信がある。

異世界での一人は、孤独感にとてつもなく拍車がかかるものだった。
そんなことを考えていると、ほら、また思い出してしまった。地球のこと。

「………くっだらない日々だった筈なのにな」

さっさとモンスターでも出てきてくれないもんかと、考えを吹き飛ばすかの様にその場でぐるりと一回りした。

………。

確認のため、もう一回り。

………。

見間違いじゃなかった。いた。

正確には、いる、だ。
その方向へと視線を向けると草藪の中に紛れるようにして姿が消えた。
青い何かが。
そんなに大きくはない。が異様な影にそれがモンスターだということはすぐに分かった。

……な!?

どうやら……。俺は知らぬ間に囲まれていたらしい。
耳に意識を集中させると四方八方からかさかさと音が鳴っているのが聞こえてきた。
草原が風になびく音に紛れ、その中に何かが移動して擦れる音。
何匹いるのかわからない。

どうして今まで気付かなかったのか。
それはモンスターが、息を殺し慎重に俺を狩るタイミングを計っているからに他ならない。
人間を見つけたからと言ってただ単に襲ってくるわけじゃないようだ。狡猾な奴らだ。

と、冷静に状況を判断している場合じゃないが、大丈夫。俺は勇者だ。俺は勇者。と言い聞かせる。
しかし裏腹に、剣を持つ手が震える。



突如。
背後に、ドス!と何かが地面に落下した様な音に俺はビクりとして振り向いた。
「ド、ドクロ…」
頭蓋骨が地面に埋まっていた。どうしてこんなものが。
空を見上げると大きなカラスのような真っ黒い鳥が頭上を飛び回っていた。まさかこれを俺めがけて落としたのか。

「!!」
それが合図だったかの様に草原に潜んでいたモンスターが一斉に姿を現した。
1、2、3…背後にも3匹。
青い透き通る様なゼリー状の様な奇妙な生物。大きさはサッカーボール程。

「なっ!?」
そのモンスターの姿を見せるや続けざまの行動に俺は思わず目を一瞬閉じ身をすくめてしまった。
びゅん!
と、俺の顔数センチ横を弾丸な様な体当たりが通り抜けていった。
ありえない瞬発力。当たればタダじゃ済む筈がない。まごうことなき殺しにかかってくる一撃。
これがモンスターってやつなのか。

やらなきゃ、やられる。

俺はベティの言葉を信じ剣を振るった。
「くっ」
剣の重さに体がもっていかれる。やはり鍛えてもいない少年なんかが簡単に振るえる物じゃない。
安々と目の前にいた青い生物は俺の攻撃を跳びかわしてしまう。

目と口だけがついただけの様な不気味なモンスターが、次々にえへらと笑みを浮かべた。
こいつ簡単に狩れるぞ。と確信を得たんだろう。

それを見てわかった俺は全身から汗が一気に溢れ出した。



四方八方囲まれ、さらに上空からも狙われ、しかもそれが初戦となってはまともに戦える事など出来る筈がなかった。
じわりじわりと距離を詰めてくるモンスターを寄せ付けんと、身体を振りまわされる武器を無様に振りまわし続けた。

そして、ついに起こった。
再度攻撃を繰りだそうと剣を掲げた時、ゴキリと俺の腰辺りに重い一撃が走った。
その衝撃に思わず前方へと倒される。
「っつう…」
振り返ると青い生物が跳ね返っていた。あんなゼリーみたいな体で、ハンマーで殴られた様な衝撃を生み出していた。

「……無理だ」

俺は全力で掛け出した。
戦うという選択肢は一撃の内に消え「死」が脳裏を掛け巡り、俺をただひたすらに走らせた。

振り返る。逃げ脚なら俺の勝ちのようだ。しかし…
「くそう。なんてこった」
頭上を見上げ俺はそう口走る。
大ガラスが「ガアア!ガアア!」とけたたましく吠えながら俺を追ってきていた。

それはカーチェイスの逃走犯の位置を的確に知らせるヘリ役の様。
位置だけでなくさらなるモンスターをおびき寄せる声でもあった。

逃げることは諦めざるを得ない。既に息がぜえぜえ切れている。
それに、腰に受けた個所がひどく腫れだし痛みが増していた。
折れているのか走ることもままならなくなってきている。コレをもし頭にでも受けていたら……。

「……っ」
命の危険を心配することなどまだ先のことだと思っていた。しかし街から何キロも離れていない所でソレはすぐ身近に存在していた。
俺は今までなんて平和で甘ったれた所で生きていたんだろうと実感させざるを得ない。

そうしてる間に、モンスターは次々に沸き出て数を数えたくもないほどに俺を取り囲み始めていた。
もはや逃げ場は無い。

「……ゆ、勇者なんだろうが。は、早く、その力、見せてくれよ……。死ぬぞ俺!」
漫画やアニメの様に不思議な紋章やオーラが現れるんだろう?
そう思っていた。
ピンチに陥った時、勇者の力が目ざめるんだろう?
そう思っていた。
なのに、なにも起こらない。俺のか細い体が現実をつき示す。

やはり、俺は普通の人間。召喚は失敗。つまり。

「死………、死にたくない!誰か!助けてくれ!ベティ!ルビス!」
しかし、もう遅かった。
剣を持つ手に力は入らぬままに、俺はなすすべなくモンスターに襲われた。

やはり勘違いで、俺は死ぬ。

…………。

……。


「うわああああああああああああああ!!!!」

俺は自ら放った絶叫の煩さに目を覚ました。
どれだけ汗をかいたのか。体にベトリとシャツが纏わり着いていた。ひどく怖い夢を見ていたらしい。

……夢?

しかし。そのシャツは真っ赤だった。ボロボロに破けている。
場所は草原の中。

「ち、ちちちがっ、ちがう……。お、おおお俺はっ…………」

はっきりと、鮮明に俺の五感が事実だと告げていた。
俺はさっき、間違いなく死んだ。と。

青い生物に囲まれ、よってたかって体当たりを何百回と全身に受け、身動きすら取れなくなった後、大ガラスによって生きたまま啄ばまれた。
そこまでの感触と記憶を思い出し、俺は強烈な吐き気に襲われた。

「うええええぉおぉ、ごほっ!ごほっ!っげえぇ!!」
大量の胃液を吐き出した。これが血でなくてよかった、と思う。

しかし何故今の俺は全くの無傷なのだろうか。
シャツは血みどろだが身体は傷跡もなくなんともない。
起き上がって全身を動かしてみる。問題なく動いた。

……。
意識を失う前と同じ場所。
だが今は周囲にモンスターの気配はない。俺が死んだと思って去ってしまったのだろうか。
…そんなことは無い。俺は皮膚を引きちぎられ、内臓を引きずりだされ確実に殺された。
薄れゆく意識の中ではあったがそれは確かなことだった。

……。
夢でないとしたら。そう思った瞬時ハッとする。

「勇者の……力?」

もしそうだとしたら……。
そう思った瞬間俺はもう確かめずには、いてもたってもいられなくなっていた。

鉄の剣の切っ先を自分の胸にさし向けた。
その手は震えていない。……恐怖が消えかけている。確信出来ているわけでもないのに。
ベティが言っていたことを思い出す。精霊ルビスというなかば神によって俺は召喚されたこと。
今はもう半信半疑ではなくなっていた。

「ふふっ」
自分で真っ先に否定していたくせに途端の心変わりに思わず冷笑した。
もうどうにでもなれ…いや、きっとどうにでもなる。そんな気分。

一呼吸し意を決すると、俺は渾身の力を込めてその刃を自分の胸を貫き通すまで深く突き刺した。

「あぐあ!!!うあああああ!!!っがはっ!!…がっ…」

再び沸き起こる先程味わった体中の生のエネルギーが体外へ流れ出る感覚。
死ぬほどの痛みの中、それでも空が燃える様に真っ赤に染まっていくのを奇妙に感じつつ意識が薄れていった。

…………。

続く。