◆bvTKLCRja6の物語



第2話 「中世と、俺」

鮮明に俺の眼へと飛び込んでくる景色に俺はしばらく呆気に取られていた。

中世時代の街。
石畳の道路。石とレンガの家。アーチ状の窓、柱。
それらが迷路の様に狭々とくっ付き入り組み、まるで俺をこの異世界へと迷い込ませるようだった。
半分は予想通りの景色だったがもう半分はそれ以上にリアル過ぎて感想の言葉さえ見つからない。
髪も目も肌も違う色した人々が行きかい。格好も様々。鉄製の鎧を身に付けた戦士の様な者が普通に俺の前を通り過ぎていく。

「魔王は街には攻めてこないのか」
俺の隣を並んで歩く頭一つ分程背の低い魔法使いの格好をした少女にそう聞いた。
少女の名はベティ。年はまだ聞いていない。幼さの残るその顔から察するにおそらく十代半ば。俺とそう変わらなそうだ。
とんがり帽子から溢れ出ているややボリュームのあるショートボブの赤い髪がさらに子供っぽく見せているのかもしれない。

「今のところはね…。でもあの時、魔王の住む城に攻め入った時の報復なのか、それからすぐに一つの街が壊滅させられたわ。」
悔しさを滲ませベティはそう言った。
「だから…、私たち人間は下手に魔王に手出ししない方向を考えたの。勇者が現れるまで」
……ならばそのまま互いに平穏に暮らせないのか、と一瞬頭で思ったが聞けなかった。地球じゃ人間同士でさえも争いを起こしている。



しばらく歩くと視界が開けた場所へと出た。
回りは建物で囲まれているのにそこだけ校庭のグラウンドの様に広く、石畳が敷かれていた。
中央に噴水が見え囲むようにベンチが置かれている。中央広場の様だ。

そこから一本だけ大きな道が続き、その先に見えたのは大きな城だった。
ベティはあろうことか今からそこへ俺を連れていくと言いだした。

「待て。まさか王様に会うとか言わないよな」
しかしベティは「その通りね」と答える。会ってどうする気だ。
「俺が勇者とかって言う気か」
「うん」と自信満々の頷き方をされた。
「待て。やっぱりどう考えても俺は普通の人間でしかないのだが。魔法だって使えない」
はい王様、勇者が現れたので今すぐにでも魔王を退治しにいきますよと言わんばかりの力強さでベティは城に向かって歩く。

「大丈夫よ。大丈夫。だってねアキフィ…じゃなかったアキ…ア…アフィリイト!」
「アキヒト」
「そうそうアキヒト。あなた勇者そっくりだもの」
「は?何がだ。」
ますます俺は困惑した。突然何を言い出すんだ。
「顔も、雰囲気も。似ているわ」
ベティは俺を指さしそう答えた。何故わかる?勇者と知り合いだったのか?
「いやいやいやいや」
似ているだけで勇者とかそれこそありえないだろう。顔が似ていても強いわけじゃない。むしろこの世界じゃどうみても貧弱。
それとも何か?顔が勇者に似ているというだけで俺は召喚されてしまったと言うのか?

「ふふふ、冗談よ。でもね、あなたは間違いなく精霊ルビス様の導きによってこの世界へやってきたの。だから安心して、ね?」
「う、む…。その精霊ってのはそんな凄い奴なのか?本当に信用していいのか?」
「当然よ」とベティはまたしても自信満々に頷いた。
人間と魔物が存在する前よりこの世界を見守ってきた全知全能の神だと言う。

だったらそいつが魔王をなんとかしろよって話。



しぶしぶとベティの後ろをついていくとやがて城の門扉の前へと到着した。
なんという扉の大きさか。二階建てくらいの高さの門だ。言うまでもなく城の大きさはその何倍以上もある。
どこの世界でも貴族王族というのは無駄に金をかけて見栄を張るものだと理解する。

門の前には手には槍、腰に剣を身に付けた体格のいい兵士二人組が直立不動で、やってきた俺達を見据えていた。
一人の男が一礼し口を開いた。
「これはベティ殿。お久ぶりでございます。今日はどのようなご用件で」
「そうね。隣の男の子。見て何か気付かないかしら」
ベティは得意そうに兵士にそう告げると、兵士が俺の方へと顔を向けた。
門番だけあってか、いかつい顔に俺は思わず目を反らした。

「ふーむ。む!?むむむむむむむ!?いや!そんな!?でも…しかし!」
まじまじと見つめてくる兵士の眼は驚きと懐疑が入り混じっていた。
「……おいベティ。早くなんとかしてくれ」
堪らず俺は助けを求めた。
「そういうことよ兵士さん。詳しいことはいずれ分かるわ。王様に会わせて下さる?」

…………。

……。

城内へと入った。
目を回す様な大広間を困惑気味に歩きながらベティに訊ねる。
「お前って名のある魔法使いだったりするのか」
兵士がベティを見るなり顔を知っていたのを妙だと思った。
「まあね。貴方に比べたら大したことないけど」
「……だから俺はまだ何も出来ないただの人間だっての。つーか心配になってきた。勘違いで俺は死ぬことになるぞ」
ベティは二カッといたずらっぽく笑うとさっさと歩みを進めてしまった。
「聞けよ…」

続いて幅広の階段を上がる。この先に謁見の間があるようだ。
いよいよ緊張が走る。偉い人間など中学校の時の校長くらいしか会話を交わしたことはない。俺はどうしたらいいのか。



「おお。よく来たベティ。久しぶりじゃな。して召喚の儀式とやらは成功したのか」
煌びやかな衣装を纏った白髪と白髭を蓄えたいかにもな初老ほどの男が中央の王座に腰掛け、会うなりそう言葉を発した。
どうやら国王容認のもとに召喚の儀式は行われたようだ。ますます後に引けなくなってくる。

ベティは恭しく一礼した後、さして臆することもなく王様と会話を始める。
「ええ王様。何を隠そう私の隣に居りますのがその勇者ですわ」
先程の門番同様再び視線が注がれる。今度は王様。俺は思わず視線を下に向ける。
「ふーむ…。ワシには全くそうには見えんがの」
きっと俺の全身を見てそう言ったのだろう。その通り、武術も剣術も習っていない普通の人間なんだからな。
「ですが王様。召喚の儀式に失敗は有りません。召喚を疑うことは精霊ルビスを疑うと同義です」
ベティが力強く断言した。当の召喚された俺はほぼ十割の確率で失敗だと思っているのだが。

「その通りかもしれぬがの…。ふむ………」
しばらくの沈黙の後、国王は「そうじゃ」と何かを思い出したように言葉を切りだした。

「レーベの村よりさらに東にいった山奥に巨大なモンスターが現れ旅人が襲われたのを知っておろう」
「……ええ王様。召喚の儀式の最中のことでしたので、討伐は向かえませんでしたが…、ですからこれから…」
「いや、うむ。わかっておる。それをだな。そこの少年一人に頼みたいのじゃ」
そこの少年…とは俺のことに他ならない。俺が、何をするって?一人で、倒す?巨大モンスターを?

「ですが王様。彼はまだこの世界に来たばかりで、勇者の力を発揮するには少し時間が必要かと」
ベティの言葉にうんうんと俺も頷き同調する。しかし国王は首を縦には振らない。
「ならば一カ月じゃ。勇者というならばそれくらいで力をつけられるじゃろ。文句あるまい」

ベティは俺に一瞥をくれた後、再び国王へ顔を向け「わかりました」と深く頷いた。
まじかよ…。
「ひと月の間に無事、その巨大モンスターの首を持って帰ってきた暁には少年を勇者と認め、魔王討伐の許可を与えるとする!」

まるでゲームの1イベントでも見るかのように、俺はただその場で会話のやりとりを傍観するしか出来なかった。



「どうしてこうなった」

中央広場の石畳の上。噴水を眺めながら俺は大の字になって寝ころんでいた。
辺りを見まわしてみても見知った人間など一人もいない。見慣れた黒髪の日本人など皆無。それが急激な孤独感となって俺を襲う。
唯一俺の事情を知っている赤髪の魔法使いの少女も隣にはいない。
今は城の中で幽閉中。
俺が巨大モンスターの首を持って帰るまで人質になった格好だ。

一か月以内に俺が戻って来なければ彼女は虚言の罪にとられ罰を受けるらしい。
それ程までに国民が勇者に対して向ける期待はとてつもないもなのだろう。
そんな責任、俺なんかが背負えるか。普通以下の身体能力しか持ち合わせていない高校1年の俺が。

……。
「精霊ルビスつったか。もし俺が死んで元の世界に帰れないことになったら一生呪い続けてやるからな」
一人呟き、俺は立ち上がった。

目指すはまずレーベの村。
目的地には2日とかからない距離だそうだ。一か月の猶予とは俺が強くなる為の期間に他ならない。ぐずぐずとはしていられないな。
持ち物は鉄製の剣一本。と目的地までを記された簡単な地図。
それと資金として受け取った50ゴールド。相場は全くわからないが宿に泊まる分にはしばらく困らない金額だと言っていた。

街を出てみるか。

続く。