◆bvTKLCRja6の物語



第一話

「うわああああああああああああああ!!!!」

俺は自ら放った絶叫の煩さに目を覚ました。
どれだけ汗をかいたのか。体にベトリとシャツが纏わり着いていた。ひどく怖い夢を見ていたらしい。
しかしその余りにも悲鳴にも似た、男が上げる様なものでない叫び声の所為で内容はもう思い出せない。

「はあ、はあ…」
俺は汗の不快さから堪らずに半身を起こした。
真っ暗だ。まだ夜中のようだ。何時だろうか。
俺の叫び声を聞いて1階で寝ている家族が起きてくるかもしれない。情けない。
何と言い訳したらいいかと考えながらいつもベッドの上に置いてある携帯電話で時刻を確認しようと手を伸ばす。

「……?」
何かがおかしい。
いくら手を伸ばそうとも、ベッドから外れた手が宙を掻く。何も無い。壁にもあたらない。
そういえばベッドの感じがいつもと違う。枕。シーツの感触。

……どこだここ。

視界は何も見えない。俺は昨日どこで寝た?
どう思いだしてみても、やはり自室以外にありえない。
明りは?電気。携帯の照明で…って無いんだった。

真っ暗闇の中、俺はベッドからおそるおそると足を落とした。
右足のつま先、親指の平辺り。その先端が床にほんの少し触れた瞬間――。

そこから輪が広がる様にして一瞬にして暗闇がはじけていった。真っ黒から真っ白に。真夜中からの急転直下。
俺は急激な眩しさに耐えられずに目を閉じた。何が起こったんだ。

「お待ちしておりましたわ。勇者様」
声に驚き俺はその方へ眩しさを堪えながら無理やりに目を開く。



なんだ。誰なんだ。おかしなシルエットだ。人間に角が生えている様に見える。
「おはようございます」
挨拶をしてきたので俺は見えないままに挨拶を返した。どうやら声から察するに少女のようだ。
その柔らかい声に少し安堵しつつ、次第に目が慣れ視界が晴れていくのを待った。

……どうやら角に見えたそれは帽子の様だ。色は黒。つばは広く円錐状に長く伸び先が折れ曲がっている。
魔法使いなんかが被るとんがり帽子って奴だ。

…帽子だけじゃない。全身を覆い隠す様なマントも、服も、靴も、全てがどこかでみたような魔法使いの格好だった。
肩まで伸びた赤い髪と輝く様な同色の瞳がその格好も相まってどこか別世界の住人の様に見えた。

「誰だ?」
と、俺は聞くしかなかった。
回りの景色も意味不明。足もとの石床に魔法陣が描かれている。蝋燭。水晶、妙な色の液体の入った小瓶の数々。
「よかった。言葉は通じるようね。私の名前はベティ。あなたを召喚した魔法使いなの」
彼女はそう答え、帽子を取った。顔だけを見るとショートボブの普通の10代半ばの少女に見える。

「魔法…使い?」
俺は依然呆然としたままに聞き返すと、彼女は大きな赤色の瞳をパチクリとさせた。
「そう。魔法使い、ん?もしかして知らない?あなたの世界にはいなかったのかしら」
「いや…、架空の生き物だ…。魔法なんてものは存在しない」
次第に状況が整理つきつつあった。しかし誰が別世界の存在をすぐ様受け入れられるだろうか。無理だ。嘘だ。

「あるわよ。ほら」
彼女は片方の手のひらを上に向けると全く表情も変えずに何てこともないようにそこに火の球を出現させた。
手の平の上で火が宙に浮いてゆらゆらと燃えている。
ありえない。何故突然に火を出せたんだ。浮いたままに留まる筈がない。

「…分かった。信じる」
信じられないが。魔法が存在している。魔法使いがいる。何故だ。どうなってる。
「ありがとう」と彼女が手を下ろすと同時に燃えていた火球もロウソクの火が消える様にフッと消滅した。
その様を俺はずっと間抜け面の様に口を開けたまま見ていたことに気付き、口を閉じ唾を飲み込んだ。

先程の暗闇からの急激な眩しさも、この少女の仕業ということなのだろうか。魔法で。俺は召喚されたのか。異世界に?

「――で、そろそろ名前教えてくれるかな」
そう言われ、俺は「アキヒト」と、ぼそりと名乗った。
「ア、キ、ヒ、ト?」と再度怪訝に尋ねられ「ああ」と頷いた。
異なる国や別世界の人間の名前が変わってるのは当たり前と言えば当たり前だが……。

「そう。よろしくね」と彼女は笑顔を見せ右手を差し出してきた。握手を求める手だろうか。
「その前に、俺を召喚したって言ったよな。何故俺なんだ」
手を取らずに聞き返した。その手は宙を彷徨いもう片手に持っていたとんがり帽子を掴み、そして再び頭にのせた。

「あなたが、最も勇者に相応しいから」
彼女は深く被った帽子の下から瞳を覗かせそう答えた。どこか悲しげな表情に見えたのは気のせいだろうか。
「勇者?何言ってる。ありえないな」
俺は自分の体を見た。

仮にここが本当に異世界だとして、それでも俺の体は、日本男児の高校1年の平均をやや下回るものに変わりは無かった。
普通以下。何が出来る。何か出来る様になるとでも言うのか。

「突然無理なお願いを言っているのは分かっているわ。でもお願い。あなたしかいないの」
彼女はやはり悲しげな目で言った。懇願しているかの様だ。
なんなんだこの状況……。
「正直全く理解できないな。勇者が必要だと言うがこの世界にはいないのか?魔法使いがいるんなら勇者だって…」

「死んだの」
「な…」

死んだ。勇者が、死んだ…?
「……蘇らせる魔法は無いのか」
聞いてから意味の無い言葉だったと気がつく。生き返らせられないからそのままだと分かりきっていた。
彼女は首を振り、語り始めた。

1年前、勇者と呼ばれた人間が魔王に闘いを挑んだ。
その勇者は絶対的な力を持ち、魔法という不思議な力があるこの世界において人並み外れた強さだったらしい。
誰もがその強さを疑わず勇者は勇者と呼ばれ、必ずや魔王を打倒してくれるものと信じていた。

だが、負けた。
魔王はそれ以上の力を持っていた。
もう、この世界を救える人間は存在しない。
世界中の戦士や魔法使いを何百人集めようが、その勇者たった一人の力にすら及ばないのだから。

人々は、諦めた。
ただ、願うしかなかった。勇者が再び現れることを。

「俺にそんな力、ある筈がない」
話を聞いていた俺は、先程彼女が俺に向けて「勇者」と言ったことに少し苛立ちを覚えていた。
そのまま鵜呑みにしてしまうわけにはいかない。
「あるわよ。きっとあるわ。信じて。精霊ルビス様によってあなたは導かれたのだから」
彼女はすがる様な目をしていた。俺は思わず目を反らす。
「精霊?信じるも何も…俺には知らないことだ。俺には俺の生活があったんだ。それを勝手に…」
「それについては謝るわ。本当にごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げた。それから頭をなかなか上げようとしない。どうしろってんだ。
「…別に。いいけど。よくねーけど。生活つっても抜けだしたい程に退屈な日々だったしな。それに、キミが選んだ訳じゃないんだろ」
ようやく頭を上げたのを見て俺は尋ねた。

「本当にここが俺の知らない世界だってんならまず世界を見せてくれよ。話だけ聞いてもまだ半信半疑だから」
「うん、そうね。わかったわ…。でもその前に」

彼女はマントの下に着ていたベアトップ型の緑色のワンピースの腰に、結び付けていた小さな袋から何かを取り出した。
「その格好じゃあ街は歩けないものね。とりあえず今こんなものしかないけど」
と、何やら着るものを取り出した。

俺は折りたたまれたそれを受け取り広げて見た。青色の厚手生地の旅人の服のようだ。
「あとこれも」
「な、剣かよ。本物か?つーか今どこからこれを取り出したんだ」
刃渡り1メートルくらいあろうかという長さの鞘を抜いてみると、銀色に光る刀身が現れた。両刃の西洋の剣。重い。
「勿論本物。まあ安物だけどね。ああ。あと、この袋のことね?魔法で袋の中が広げてあるから」
「……はあん。なるほど」
袋の中を覗いて見るが全く理解できない。四次元ポケット的なものだろうと自分を納得させる。
「この剣は俺が使う為に?」
「もちろん。勇者は剣で戦うものでしょ」
「……まじかよ」
目の前の少女の瞳は俺を本気で勇者だと信じて、これっぽちも疑ってないように見えた。

「それじゃ、先に部屋出て待ってるから着替えてきてね」
「………ああ、あの、ちょっと待ってくれ」
少し迷った後、俺は彼女を呼び止め振り向いたところへ手を差し出した。
「さっきはごめん。ってもまだ何が何だかわからないけど」
小さく頭を下げた。まるでさっきと逆の立場になっていた。そのことに彼女も気付いたのか少し笑ってから握手をした。
「ううん。私のほうこそ。じゃあ改めてよろしくお願いしますね。ええと、アフィリイトさん…だったっけ」
「アキヒト。さん付けも敬語もいらない」
「そう、ごめんごめん。アキヒトね。よろしく」
「よろしく」