◆DQ6If4sUjgの物語



第十六話 俺と焚き火と謎のデジャブ

「不思議なことですが、ここには聖なる力を感じます。
今日はここでひと休みすることにしましょう」

洞窟を抜けると、日が暮れかけていた。確かに一度休んだ方がいいかもしれない。
続く魔物との戦い、二つの白骨死体発見と、肉体的にも精神的にもそろそろ限界を迎えてもいい頃合いだ。
……実際、みんなの顔からは疲れが滲み出ていた。俺もきっと同じような顔色になってるに違いない。
チャモロの進言に従い、俺たちはいったん休憩を取ることになった。

木々に囲まれた開けた場所。
いったい誰が拓いたのか、それとも前々からこういった場所だったのか。
ただ、ぽつんと残された焚き火の跡は、以前にも誰かが訪れたことをはっきり告げていた。
しかし、魔王のテリトリーだっていうのに、魔物を寄せ付けない場所が存在するってどういうことなんだ?
それは魔王的に有りなのか?

「さあ……。以前訪れた方が張った結界が残っているのかもしれません」
「ふうん……?」

もしかしてあのボロ船の持ち主だろうか。一応洞窟は抜けられたんだな。
そして俺たちと同じようにここで休んで、ムドーの城へ向かって――――
……俺はひとり、浮かんでしまったイメージを振り払うべく、ぶんぶんと頭を振った。
夢に出ないことを祈ろう。

「タイチ? どうしたの?」
「あ、いや、別に。ちょっとぼうっとしてただけ」
「今日は過酷なところを抜けてきたものね……お疲れ様。座りましょう?」

ああくそ、ミレーユさん超優しい。惚れてもいいですか?

「ああ、ちょっと待った。座る前に一仕事頼んでもいいか? ほら、これにさ」

ちょいちょいとハッサンが指差したのは木の枝が積み重なる焚き火跡。
はいはい、火を点けてほしいわけね。
まったく、ときめきの余韻が台無しだよ……まあ頼ってくれるのは嬉しいけどさ! ギラ!
閃光が走り、残っていた枝が一瞬にして燃え上がった。
思ったより枝は乾いてたらしく、火はすべての枝を飲み込まんと激しく舌をくねらせている。
……火を点けた後で言うのもなんだけど、今の量で足りるかコレ?

「ちょっと厳しいかもしれないな……。俺、ちょっと取ってくるよ」

すっくとボッツが立ち上がる。あ、何かこれ語呂いいな。
って、ひとりじゃ危なくないか? 誰かついていった方がいいんじゃ……。

「ありがとう。でも、ひとりで大丈夫だ。みんなは食事の準備を頼むよ」
「いや暗くなってきてるし危ないttぐえっ!?」

何故か遠慮するボッツについていこうと腰を浮かした瞬間、
後ろから襟首をぐいと引っ張られ、硬い地面に尻を強く打ちつけてしまった。
いてえ! あと焚き火に炙られて露出してるとこが熱い! 何すんだよハッサン!
文句を言ってやろうと振り向いたが、ミレーユの何か言いたそうな目に射抜かれ、思わず俺は押し黙った。

「ああ、わかった。こっちは任せとけ」

そう明るく言い切って、ハッサンは早く行けとでもいうように手を振る。
それに頷き、ボッツはがさがさと茂みを掻き分け森の中へと入っていった。

「……で、なに?」

一応声をひそめて問いかける。
姿は見えなくなったし、足音も茂みの音もすっかり聞こえなくなったけど、
意外と人の声ってのは少し離れてても聞こえちゃうもんなんだよな。
ここみたいな静かな場所だと特に。

「さっきのあいつの様子、見ただろ? しばらくひとりにしてやろうぜ」
「だけど……」
「森の中にも魔物の気配は感じられません。
仮に襲われたとしても、ボッツさんなら大丈夫でしょう」

……ならいいんだけど。

ついさっきのトム兵士長について顛末を語っていたボッツの表情は痛々しいものだった。
「お前ひとりのせいじゃない」というハッサンとミレーユの言葉も聞きこそすれ、心から受け入れてないように思える。
確かに今のボッツには考える時間が必要なのかもしれない。
日常生活の真っ最中ならまだしも、今は魔王との決戦が間近に迫っている。
一度倒してるとはいえ戦いは熾烈を極めるに違いない。
剣を鈍らせる迷いが残っていたら油断が生じかねず、その油断は死を招く。
そんな迷いは今のうちに消しておくに越したことはないのだ。
……ボッツの中で何かしら答えが出るといいんだけど。

「彼ならきっと大丈夫よ。さあ、食事の準備をしましょう。お腹すいてるでしょう?」

そうだな、腹が減っては戦は出来ぬって言うし。
たらふく食うぞー!







黄昏を過ぎ、辺りはすっかり暗くなっている。
光源は十分すぎるほどの燃料を得て煌々と燃え盛る焚き火のみだ。
今何時くらいだろう。この世界には時計はあっても、それを持ち歩く習慣がないから、
俺はここのところほとんど時計を見ない生活を送っている。
始めは時間を確かめたくとも確かめられないもどかしさに気を揉んだもんだが、
今ではすっかり慣れてしまった。時間に縛られない生活もいいもんだ。
ただ、元の世界に帰った時どうなるかかがちょっと怖いけど。

みんなは焚き火を囲んで眠っている。
何故俺だけが起きてるのかといえば、もちろん火の番を兼ねた見張りのためだ。
聖なる力が残っていて魔物が近づけないっていっても、その聖なる力がいつ消えちゃうかわかんないしな。
まあ、いつ魔物が飛び出してくるかわからないいつもの野宿よりは安心……かな。少し気も緩む。
不寝番というわけじゃなく、ちゃんと順番は決めてある。
俺→ボッツ→ハッサン→ミレーユ→チャモロ。こんな感じ。

………静かだ。聞こえる音といえば、火の中で枝がぱちぱちと燃える音、
何かを囁くような虫の声、時折吹く風に揺られる木々の葉と葉が擦れる音、
それから強いて言うなら、寝息や寝返りを打った時の衣擦れ。それくらいしかない。

静かだ。そして暇だ。

こういう時どうしたらいいかわからないの。
笑えばいい? いや笑ったところで暇潰しにはならねえよシンジ君。
ひとりで笑っても空しくなるだけだよ。

「暇だ〜……」

って言ってみたところで誰かが応えてくれるわけがなく。

あ〜、こういう時ケータイがあればなぁ。
テトリスのアプリ入れてあるから暇なんか無限に潰せるのに。
ああもう、早く帰りてえなぁ。

はあ……。


……。

…………。

………………。


……!
やっべ、今寝てた!
数時間後には魔王と戦うってのに、緊張感ないな、俺……。
眠気覚ましに素振りでもしようか。でもそれで起こしちゃったら悪いしなぁ。

「代わろうか?」

うおぉっ!? ボ、ボッツ! 起きてたのか?

「ちょっと前からな。次は俺だろ?タイチ、休みなよ」

そう言ってくれるボッツの笑みは、まだ何かが吹っ切れてないように見えた。
焚き火が作り出す独特な陰影のせいかもしれない。

……ボッツって、まだ17歳なんだよなあ。俺の世界で言ったら高校生だよ高校生。
ええっと、ハッサン21、ミレーユ22、チャモロは15だっけ?
高校二年生が大学生三人と中学生一人を引き連れて魔王討伐しに来てる。
どこのラノベだって話だよな。まあ生きてる世界が違うから比べるのもおかしいかもしれないけどさ。

「ボッツ、その〜……大丈夫か?」
「え?」
「いや、何か思い詰めてるっていうか……
ぶっちゃけトム兵士長のこと、まだ気にしてるんだろ?」

確かにボッツたちは城の人たちを騙したかもしれない。トム兵士長が亡くなる遠因を作ったかもしれない。
でもゲバンって大臣もひどくないか?
ボッツは王子の父親である王様にすら似てると言わしめるくらい王子に似てるんだ。
それだったら兵士長が勘違いするのも仕方ないと思うんだよな。
それなのに死刑も同然の島流しとかちょっとやり過ぎじゃね? いってもクビぐらいだろうよまったく。

……だからさ、あんまり気にするなよ。あときつい時は俺たち頼れよ!
リーダーだからって全部ひとりで解決しなきゃいけないわけじゃないんだからさ。

「……ありがとう。トム兵士長のことはもう大丈夫。
今は別の―――あぁいや」

勝手に喋るなとでもいう風に、ボッツは自分で自分の口をふさいでしまった。
なんだよ、そこまで言いかけてやめるとか無いぞ。

「いや、本当になんでもないんだ。たぶん気のせいっていうか……
その、ええっと……、そう! バーバラどうしてるのかなって思っててさ!」

明らか嘘だこれ。
しどろもどろだし目は泳いでるしそわそわしてるし。
何か、ここまでわかりやすいと嘘を指摘する気もなくなってくるな……。
しょうがない、乗ってやるか。

「バーバラなぁ……。まあ大丈夫だと思うけど」

おいこらボッツ、あからさまにほっとした顔すんな。
いや正直なのはいいことだけど。
……ん? 待てよ。バーバラといえば……。

にやっと口角がいたずらっぽく持ち上がっていくのがわかる。
それを悟られないよう、俺は肩から背中にかけていた毛布を引っ掴み、ボッツに背を向ける形でごろりと寝転んだ。

「……そういえばさ」

声を落として意味深な言い方をしてみる。
そして俺は、ゲントの村で留守番してた時にバーバラから
感じ取ったこと――――呪文への執着、自分の存在意義を疑っている様子、帰るところのない寂しさ――――をちょっとばかり脚色を入れて語り、
それがバーバラを今回残留させるに至ったんじゃないかと説明した。
……それにしても、晩飯でだいぶ体力を取り戻してたと思ってたけど、体はまだまだ休息が欲しいらしい。
横になったとたん、くすぶっていた眠気が少し強くなった。
あくびを噛み殺しつつ俺は話を続ける。……他のみんなを起こさないよう、引き続き小声で。

「バーバラは、俺たちの足手まといになるかもって思ったのかもな。
そんで戦力外通告を受けようものなら――――」
「そっ……そんなことするもんか! バーバラは大切な仲間だ!」
「で、でかい声出すなよ。起こしちゃうって」
「ご、ごめん」

あーびっくりした。まさかこんな大きく反応されるとは。
バーバラが力不足を感じて船に残った、っていうのは口からでまかせってわけじゃなく、溶岩地帯あたりから薄々考えてたことだ。
というか、それしかしっくり来る理由が思いつかないんだよなー。
顔色は良かったから具合が悪いとかそういうんじゃなさそうだったし。
まったくバーバラの奴、自分を過小評価しすぎだよな。
切られるならまず第一候補に挙がるだろう人間がここにいるってのにさ。

……よしよし、ボッツの奴、真剣な表情だ。でも念のために後もう一押ししとくかな。
バーバラ、あとはお前次第だぞ。

「まあ今のはあくまでも俺の推測だからさ。
もしかしたら、別の理由が……あったのかもしれない、し…………ふわあぁぁ」

だというのに、大きなあくびが口をつく。なんかめっちゃ眠くなってきた……。
待て待て、最後まで言わせてくれよ。
口を動かそうとするものの、強い眠気にあてられて言葉が出ない。出るのはあくびばかりだ。
閉じたがるまぶたを懸命に引き留めるが敵わず、視界が暗転した。
更に毛布と焚き火の心地よい暖かさの追撃。陥落まで秒読みだ。
ああもういいや、ここまで言ったんだ、もう十分だろ。
俺がいなくともミレーユやハッサンが世話焼くだろうし、ボッツの反応を見るに、バーバラへの感情は決して悪いものじゃなさそうだ。

「そうだな。戻ったらバーバラと少し話してみるよ。話してくれてありがt………あれ? タイチ?」

最後の力で毛布を引っ張り、頭まで覆う。
それを皮切りに俺の意識は真っ逆さま、夢の世界へと落ちていった。







どれくらい眠ってたんだろうか。
目を覚まし体を起こすと、既にボッツは寝入っていて、代わりにミレーユとチャモロが話し込んでいた。

「おはよう、タイチ。もう少し休んでいても大丈夫よ?」

平気平気! 寝起きの良さには結構自信あるからな。
硬い地面で寝るのにもすっかり慣れたし。
そんなことより、ハッサンがいないみたいだけど……トイレか?

「先程、眠気覚ましにと周りの様子を偵察に向かわれました」

なるほど。まあハッサンなら一人でも大丈夫だろう。
よくわからんけど、なーんかあいつって妙な安心感があるんだよな。スラダンの仙道みてえな。
それはともかく、ミレーユとチャモロ、二人が起きてるってことはちょうど交代の境目……え? 違う?

「本当は休むべきなんでしょうけれど……さっきから目が冴えてしまって眠れないの。
少し、緊張してるのかもしれないわね」

伏し目がちにそう微笑むミレーユの顔は、なるほど確かに少しぎこちない。
対照的に、チャモロはずいぶんと落ち着いている。
炎をじっと見つめる眼鏡越しの瞳はただただ凪いでいて、
どっしりと構えるその姿勢からは、ハッサンとはまた違う安心感があった。
もし、たった今ムドーがここに現れたとしても、こいつだけは冷静に対応しそうな雰囲気すらある。
……えーっと、チャモロくん? 君15歳だったよね? いや、そうですが何か、じゃなくて。

「ふふっ。あ、そうそう。バーバラから聞いたのだけれど、タイチに弟がいるって本当?」

あ、バーバラの奴話しちゃったのか。別に話されて困ることじゃないからいいけど。

「なんと、弟さんがいらっしゃるのですか。きっとしっかりなされた方なのでしょうね」

え? まあふらふらはしてないし、しっかりしてる方だとは思うけど……
っておい待てコラ。それアレか? 俺がしっかりしてないって言いたいのか?
お前俺のこと嫌いか? 嫌いだな?

「じ、実はね、私にも弟がいるの」

険悪になりつつある雰囲気を察したのか、若干食い気味にミレーユが話題を変えてきた。
確かにミレーユって面倒見いいし優しいし、姉って感じするよな。
弟羨ましいなあ、俺もミレーユみたいな姉ちゃん欲しいわ。
あ、待てよ。「お兄ちゃん」って呼ばれるのもありだな……。

「へえ。弟は今どうしてるんだ? 実家?」
「それがわからないの。子どもの頃に生き別れてしまって……」
「え……ご、ごめん」
「どうして謝るの? まだ死んだと決まったわけじゃないわ」

きっとどこかで、とミレーユは囁くように、しかししっかりとつぶやいた。

生き別れって……。
両親が離婚して離ればなれ、みたいな感じじゃないよな、この雰囲気からすると。
初めて会った時は魔王を倒すために旅をしてるって言ってたけど、ミレーユにとっては弟を探す旅でもあるんだろうな。
大丈夫! いつか絶対見つかるって! なんて根拠のない励ましはできない。
見つかるといいな、とだけ言うと、彼女は優しい微笑みを返してくれた。
そういや、俺の今の状態も、生き別れっちゃ生き別れになるのかな。
あっちじゃ行方不明扱いになってるはずだし。
……手がかりを探すためだとか言ってハードディスクの中見られてたらどうしよう。
いや、パスかけてるから大丈夫なはず!
ああでも捜査のためだっつって解析されてる可能性も否定できないか!?

「ところでタイチさん、首から提げていらっしゃるのは……」

え、ああ。これか?
俺は服の下に隠れていたペンダントを取り出してみせた。
マラカイトの石が埋め込まれた金色のペンダント――――言うまでもなく、さっき洞窟で見つけた人が握っていたものだ。
無関係な俺が遺品を身につけるなんてよくないかもしれないけど、なんつうか……持ち主の仇、一緒に取ってやりたいなぁって思ってさ。
こいつもせっかくのお守りとしての役目果たせなくて悔しかっただろうし。

「…………」
「…………」

あああ、やっぱまずかった!? だよな、まずいよな。
ペンダントが悔しがってるとか妄想乙wwwって感じだしな!
そうと決まれば早く外して荷物に

「……いえ、いいと思いますよ。とても」

戻し―――え?

「私もいいと思うわ。少しびっくりしてしまったけれど……。タイチ、優しいのね」
「お、おう……」

何だか気恥ずかしくなって、俺はさっさと服の中にペンダントをしまい込んだ。
まさか褒められるとは。

「素敵だと思います。そんな考え方があるとは……。
やはり異世界から来られたからでしょうか。我々とは感じ方が違うのですね」

……異世界ゆえにというよりもお国柄のような気もする。
動物や食べ物、県名などに飽きたらず、更には自分たちへの蔑称まで
擬人化して萌えるような国だからなあ。
まあ擬人化や萌えっていうとアレだけど、言い換えれば、路傍の石ころや草花、すべての物には等しく魂が宿ってるってことになる。
日本人って、流されやすいとか熱しやすく冷めやすいとか言われたりするけど、こういう文化は誇っていいと思うんだよな。

「うーん……」

ばさり、と何かが落ちる音。
豪快に寝返りを打った拍子に毛布が落ちたらしい。あーあもう、しょうがないなボッツの奴。
どれ、かけ直してやろうと腰を上げ、毛布を拾ったが、俺の気配を感じ取ったんだろうか。
一歩近づいたとたん、ボッツは跳ね起きてしまった。

「あら? もう目が覚めた? あまり眠れなかったのかしら?」
「いやちょっと、……夢を、見て」
「……無理もないわね。いよいよですものね」
「ああ……」

え、もしかしてうなされてたのか? 起こしてやればよかったな。
ボッツは眉間にしわがよっているとはいかないまでも、珍しくしかめっ面をしている。
少し寝汗もかいたらしく、焚き火に照らされた額が光っていた。
トム兵士長の夢でも見たんだろうか……。

「ところで彼、どこまで見に行ったのかしら……。ずいぶん遅いようだけど」

ミレーユがふと、目の前の鬱蒼とした森に目を向ける。
焚き火の灯りに多少照らされてはいるものの、視認できるのはわずかな範囲だけ。
森に入って少し進めば、夜の闇に飲まれて自分の手すら見えなくなってしまうだろう。
今夜はあいにくの曇りだから月明かりも期待できない。ハッサンの奴、迷ってなきゃいいんだけど。

「おっ! 四人とももう起きていたか!」

噂をすれば影というやつか。がさがさと茂みを揺らして、深緑の森からハッサンが顔を出した。
岩やら段々やらをリズミカルに降り、見事に着地する。
どや顔やめろ。

「ちょっと周りを見てきたが、やっぱあの城に間違いなさそうだぜ。しかし……」

しかし?

「どうしたのですか? 何か気になることでも?」
「ずっと前にもこんなことがあったような……」

顎に手を当て、曇り空を仰ぎ見る。あれか、デジャブってやつか。
えーっと、なんだっけな……。記憶の中にある昔の映像と今見ている映像が脳内で関連付けられたにも関わらず、
その記憶の詳細を思い出せない場合に生ずる違和感が原因、とか何とか……。
そういう記述をどこかで見たような気がする。まあぶっちゃけて言えば勘違いだ。

ハッサンも取るに足らないことだと考えたらしい。
顎から手を離し、両手を広げて肩を竦めた。

「考えててもしょうがないや。さて、そろそろ行かないか? もう十分に休んだだろ」
「そうね。こうしてても始まらないわ」
「そうですね。そのために今までずいぶん長い旅をしてきたことでしょうから」

各々、準備を整え立ち上がる。

「行くぜボッツ! 相手は魔王ムドーだ。死んだ気で戦おうぜ!」
「もしこの戦いに勝てば世界に平和が訪れるはずよ。準備はいいわね、ボッツ? さあ行きましょう」

一人は背中をばしんと叩いて、一人は舞台の台詞を読み上げるかのように朗々と言い、奥へと姿を消した。
ハッサンが先導して行ったってことは、あの向こうにムドー城が待ち受けているんだろう。
ぶるりと体が震える。恐怖によるものか、それとも武者震いか。

「ボッツさん?」

浮かない顔をしているボッツを案じて、チャモロが呼びかけた。
まだ悪夢の余韻が残ってるんだろうか。
わかる、わかるぞ。あの感じ気持ち悪いよな。

「どうかしたのですか? まさか、ボッツさんもこの場所に覚えがあるとか?」

いやいやチャモロさんwwwさすがにそれはないっしょwwwww
二人続いてデジャブとかありえないと思いますこれぇ!

「ああ……。実は、ここに来てからずっとそんな感じがしてるんだ」

えっ

「そうなのですか。不思議なこともあるものですね。……さて、私たちも参りましょう」

それだけ言って、チャモロはさっさと先へ進んでいってしまった。
かっるいなぁおい! お前から聞いたんだからもっと触れてやれよ!

ん、待てよ。俺が寝る前、ボッツなんか悩んでたよな。
もしかしてこれのことだったのか?
どんぴしゃだったらしい。ボッツは静かに頷いた。
……うーん、ハッサンだけならただのデジャブってことで片づけられるんだけど。
こりゃあいつのも単なる勘違いってわけじゃなさそうだな。

「ハッサンじゃないけど、ここで考えててもしかたない。行こう、タイチ」
「あ、そうだな。行くか」

手早く焚き火を消す。待ってましたとばかりに深い闇が降りたが、
今更そんなもんに臆してる場合じゃない。
早く来いと催促が飛んでこないうちに、俺たちは足早にその場を後にした。

若干の坂を登り歩いた先にみんなの姿が垣間見え、追いついた、と思った瞬間。
目の前が真っ白になったかと思うと、短い轟音が耳を叩いた。
え、雷? 確かに曇ってはいるけど、降り出しそうな感じなんてしなかったのに。

「どうやらこの崖の下がムドーの居城のようです。
しかしどうやってそこまで……」

こちらを振り返ったチャモロが崖下を指差し、首を捻る。
近づき覗き込んでみれば、確かに城らしきものがそびえたっているのが見えた。
だけどここは袋小路、行き止まり。あえて英語で言えばデッドエンドだ。
断崖絶壁に阻まれてこれ以上進むことはできそうにない。
まさか、ここを降りるとかそんな展開ないよな……?

「いよいよですね……」

その声に導かれるように、ボッツ、ハッサン、チャモロ、俺の視線がミレーユに吸い寄せられた。
彼女は金色に輝くオカリナを胸に抱いている。いつぞや船の上で見かけたアレだ。
オカリナから目を離し、凛とした表情で俺たちを見据えると、彼女は無遠慮に鳴り響く雷鳴に負けぬよう、またも舞台役者のごとく朗々とした声を発した。
まるで最初から、その台詞をそらんじることが決められていたかのように。

「この笛を吹けば、私たちは魔王ムドーの城に運ばれてゆくでしょう。そう、あの時のように……」

俺の隣にいたボッツが、じゃり、と足音を立てた。

「あの時……? ミレーユ――――」
「さあ、吹くわよ」

桜色の唇が吹き口をくわえ、細い指が歌口をふさがんと躍り出る。


――――そして、旋律は奏でられた。



タイチ
レベル:16
HP:120/120
MP:54/54
装備:はじゃのつるぎ
    みかわしのふく
    てつのかぶと
特技:とびかかり