◆DQ6If4sUjgの物語



第十七話 俺と黄金竜とムドー城

ドラゴンという生き物を知ってるだろうか。
でっかくて、翼が生えてて、いかつい顔をしてて、火を噴くアレだ。
日本語で言えば竜。決して龍の方じゃない。これも一応ドラゴンっていうけど、この字だと







こっちを連想しちゃうからな。

共通したイメージはありつつも、竜も龍も、所詮は誰かが考えた物語の中にだけ登場する生き物だ。
現実にはこんな空飛ぶでっかいトカゲやヘビみたいな生き物は存在しない。
……しないはずだったんだけど。

金色に輝く巨体から伸びる鋭い爪が生えた手足。
ある程度距離があるにもかかわらず、視界を覆ってしまいそうなほど大きな翼。雷鳴に負けぬ空気を震わせる鳴き声。
どこをとっても、誰がどう見てもドラゴンと呼ぶだろうそれが――――今、俺たちの目の前で、暗雲を背にして羽ばたいている。

「さあ、みんな乗って!」

オカリナを奏で、そいつを呼びつけた張本人様は既に飛び乗っていた。
だ、大丈夫か? ご主人様以外には火の息とか噴いたりとかしないか?

「こいつでムドーのところへ乗り込むってわけか」
「いいねえ。俺、嫌いじゃないぜこういうの」
「なんと大きなドラゴンでしょう……。神々しさすら感じます」

ボッツ、ハッサン、チャモロが次々にドラゴンの背中へと飛び乗っていく。
おおお……お前ら、よくためらいもなく……。
その時、ドラゴンの大きな紫色の目がぎょろりと動き、俺を見た。
ひいいすいません! 今すぐ乗るんで食べないでください!
……あれ、よく見ると、何かこいつ可愛い顔してるな。そんなに怖くないかも。ちょ、ちょっとくらいなら撫でても……。

「タイチ、早く!」

おっとそうだった。ドラゴン先輩、失礼します!
少し助走をつけてから、思いっきり大地を蹴って崖から空中へと身を躍らせる。
親切にもドラゴンが低い位置まで来てくれてたこともあって、何とか無事に飛び乗ることができた。
羽ばたいてるせいで常時揺れてるから座るのに手間取ったけど、まあ問題なしだ。
……あれ、一度地面に降りてもらってから乗ればよかったんじゃ?
ドラゴンの太い首に手を伸ばし、ぽんぽんと叩くミレーユの後ろ姿が見える。
それは出発の合図だったんだろう。ドラゴンは一声鳴くと、更に大きく羽ばたいた。

おっ? おっおっおっ……おおおおおおおおおすげえええええええ!!!
飛んでる! 俺ってば空飛んじゃってるよ! 思ったより風の抵抗やべええええ!!
うははははははははははははは!!!

「タイチさん! 興奮するのはわかりますが少し静かに――――」
「ミレーユ!」

前の方に座ってるボッツが声を張り上げた。ミレーユも同じように声を張って応える。
風と雷の音がすごくて、会話するにも大きな声じゃないと相手に届かないからだ。
あ、さっきちょっと使いすぎたから、!マークは自重しておくな。
声を張り上げてると思って読んでくれ。

「“あの時のように”っていうのはどういう意味なんだ? 前にもここに来たことがあるのか?」
「おう、そりゃあ俺も気になってたんだ。ミレーユお前、何か知ってるんじゃねえのか?」

今思えば、溶岩地帯や水がたたえられてた洞窟でも、
ミレーユはさりげなく正しい道へと誘導してくれていた。
おかげであれだけの道のりを一日で踏破することができたんだ。
雷光が視界を白く染め、轟音が鳴り響く。俺の頭の中にも閃きが走った。

ボッツとハッサンが感じている既視感。島に来たことがあるらしいミレーユ。
もしかして、あのボロ船に乗ってきたのは……でもそれだと…………。

「ごめんなさい、今は話せないの。ムドーを倒すことができたその時、すべてを話すわ」
「……そうか、わかった。約束だぞ」

「城が近くなってきましたよ!」

チャモロが帽子を押さえながらドラゴンの背から身を乗り出した。
俺からも赤い屋根の大きな城が見ることができる。

ああ、ついに乗り込むんだな。
髪や服をばさばさと煽る風や、暗雲を走る稲光が不吉な何かを暗示しているようで、
初めての飛行で盛り上がっていたはずの心がいやでも掻き乱される。
対して、五人分の身柄を預かっているはずのドラゴンはそれらにまったく怯む様子を見せない。
まっすぐに目的地に向かって飛んでいくのみだ。

やがて黄金に輝くドラゴンは、崖下のムドー城めがけてゆっくりと旋回を始めるのだった。







「ダメだ! この扉だけは鍵穴が見えねえ……」

ムドー城城内。
ばたんと閉まったっきり、開かなくなってしまった大きな扉を調べていたハッサンが顔を上げ、お手上げだとかぶりを振った。

「これがもしまやかしなら、ムドーと戦ってまやかしを破るしかなさそうだぜ」

あいつに勝つまではここから出ることすらかなわない。そういうことだよな。
いいじゃんか、上等だぜ。俺たちの目的はムドー討伐。
今更引き返せなくなったぐらいで怯んじゃいられないんだから。

「もしもの時のため、ここに結界を作っておきましょう」

チャモロがむにゃむにゃと何事かを唱えた。ぶ厚い赤絨毯に光が落ち、弾ける。
これで万が一のことがあっても、ルーラなりキメラの翼なりでここに戻ってこられるそうだ。
できればその結界が活躍することがないことを祈りたい。

魔物に気づかれないよう、できるだけ物音を立てないように進む。
城内は不気味なくらいに静まりかえっていた。
聞こえるのは雷の音くらいだ。っていうか雷鳴りすぎ。いい加減雨くらい降れ。
派手にドラゴンに乗って侵入ぶちかましたんだから、てっきり待ち構えられてるもんかと思ってたんだが、さっきから魔物のまの字も出てこない。
……もしかしてマジで気づかれてないのか?

「魔王自ら相手してくれるってことなのかもな。光栄じゃねえか」

気づいてる上でおびき寄せてるってわけか。
たかが人間五人が来たところで軽く捻り潰せるってか? 一度ムドーの分身的な奴倒してるのに、ナメられたもんだな。
まあ魔物との戦いで体力を消耗しなくて済むのはありがたい。さっさとムドー探し出して、ちょちょいっとやっつけちまおうぜ。

壁に松明が備え付けられた通路を進んでいくと、やがて大広間に出た。
これがまた広い。20畳はあるんじゃないだろうか。
青紫の石床に、金色の刺繍が施された赤絨毯がぶっとい十字型に敷かれている。左右には獣を模したような模様が刻まれた扉。
そして奥には――――ん?

「誰かいる……?」

誘うかのように鎮座する階段の前に、人影が見えた。
こんなところに人?俺たちと同じように魔王討伐に来たんだろうか。
……でも、たったひとりで?
顔を見合わせた後、俺たちは小さく頷いて、慎重に足を進めた。
もしかしたらムドーの罠かもしれない。人影に気を取られて落とし穴にでも落ちたりしたら一大事だ。
けれど近づくにつれ、それは落とし穴なんかではなく、俺たちを混乱に陥れるための罠なんじゃないかと思わされることとなった。

頭頂部に立つ雄々しいモヒカン。
鍛え上げられた筋肉。
半ズボンから覗く眩しい生足。

階段の前に堂々と仁王立ちする人影は、どう見ても。

「! あ、あ、あれは、も、も、もしかして俺じゃねえのかっ!?」

もしかしてもクソもない。
あの一歩間違えれば変態認定されかねん格好をする奴、お前以外にいるもんか。
ハッサンは恐る恐る目をつむったまま動かない(立ち寝してんのか?)
もう一人の自分の前に駆け寄り、目の前で手を振ったり、ぺちぺちと頬を叩いたりしている。
が、そのいずれにも反応が返ってくることはなかった。

「……動いてねえぞ。死んでるのか?」

そっと左胸に耳をあててみる。

「違うな……。死んだように寝てるだけだ……。でもよ、どうして俺が二人いるんだ? それもこんなところによ……」

ハッサンはちらりとミレーユを見たが、ミレーユは何も言わない。
これについても何か知ってるのか、それともさすがに知らないのか。
その表情から窺い知ることはできなかった。
……鼓動が聞こえたらしいことからして、精巧に作られた人形ってわけでもなさそうだ。
まさかドッペルゲンガーってやつか? だけどそうだとして、なんでこんな敵陣の真っ只中に?

とにかくどうするか。
上へ続く階段はハッサンのドッペルがふさいでしまっている。
ボッツ、ハッサン、俺で持ち上げれば動かすことはできるかもしれないが、このまま放置するのも何だか忍びない。だからって連れていくこともできないし……。

「ん?」

その時だった。
小さな光がハッサンを取り囲み、かごめかごめみたいに回り始めたのは。
光はドッペルハッサンにまで及び、共鳴するかのようにくるくると回り続けている。
……待てよ、確かドッペルゲンガーに会ったら死ぬとか何とか……。ちょっ、ハッサンやばいんじゃね!?
あの光何とかした方が――――足を踏み出したが、一歩遅かったらしい。
小さな光が一際大きく輝いたかと思うと、ハッサンは光に包まれ、ドッペルハッサンへと吸い込まれていってしまった。

ハッサンの姿は跡形もない。
残ったのは死んだように眠るドッペルハッサンだけ。

嘘だろ……何だよこれ……。
俺はがっくりとうなだれ、ただただ打ちひしがれた。やっぱり罠だったんだ。
不用意に近づくべきじゃなかったんだ!
ちくしょう、ハッサン……!

「思いだしたぞっ! 今すべてを思い出したぜ!
オレは確かにサンマリーノの大工の息子ハッサンだ!」

…………は?

「けどそれがイヤで家を飛び出して、ボッツたちと知り合ったんだったよな!
それで……そうだよ! ムドーに戦いを挑んだはいいけどよ……。
奴の術にかかって俺は心だけが別の世界に飛ばされちまったんだ。そこでは俺は旅の武闘家で……」

さっきまで石像のようだったドッペルハッサンが、動いてる。喋ってる。
なんだこれ。どうなってんだ?
戸惑う俺たちを置いてけぼりにしてドッペルハッサン……
いや、ハッサンは立て板に水のごとく喋り続けている。
どういうことだ? 大工の息子? 心だけが別世界に? はあぁ?

「ええい、いちいちめんどくせえや!
とにかく身体が元に戻ったらめきめき力がわいてくる感じだぜ!」

ハッサンも説明が面倒になったらしい。
そこで喋るのを打ち切り、マッスルなポーズを決めてみせた。
わけがわからん。とりあえず、お前は俺たちの知るハッサンでいいのか?
前と同じように接しても大丈夫なんだな??

「ああ、もちろんだぜ。
おいミレーユ、なんでこんな大事なこと今まで黙ってたんだよ」
「ごめんなさい。でも私が話すよりも、自分で実体を見つけて
記憶を取り戻すのが一番だと思ったから」
「う〜ん……まあ、それもそうかもな」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。どういうことなんだよ!?」

俺は片手で頭を抱えながら二人の会話に割り込んだ。
その隣でチャモロがうんうんと頷いている。ボッツなんてぽかんと口を開けて放心状態だ。
まったくわけがわからん。二人で納得してないで説明してくれよ。

「……そうね。本当は、ムドーを倒した後に話すつもりだったのだけれど……」

ミレーユの話によればこうだ。
数ヶ月前、ボッツ、ハッサン、ミレーユの三人は、ムドーに戦いを挑んだ。
で、ムドーの術によって心を上の世界に、実体を下の世界のいずこかに飛ばされてしまったそうだ。
心と実体が出会えば、今のハッサンのようにすべてを取り戻すことができるが、
どちらも今までの記憶を一切合切なくしてしまってるし、例え心の方が下の世界に行けたとしても、姿が誰にも見えないから実体と出会うのは不可能に近い。
ムドーはそうやって自分を倒そうとする奴らを戦わずして無力化してきたわけだ。
けど、ミレーユはグランマーズに手伝ってもらって、実体を取り戻した。
そこに偶然か必然かボッツとハッサンがやってきて――――今に至る、と。
なるほどなるほど。表のボロ船はマジでボッツたちが乗ってきたものだったんだな。


……じゃあ、俺は?


「私たちの世界に来る時に、心と実体が別々にされてしまったのかもしれないわね。
どうして下の世界にいたかはわからないけれど……」

俺は、目が覚めたら既にアモールの宿屋にいた。
それ以前の記憶は自室の布団を被ったところで終わっている。
……まさか夢遊病みたいにふらふらしてるうちに下の世界に落ちて、
知らない町の知らない宿屋のベッドに潜り込んだんだろうか?
いやいやおかしいだろ。そんなことが自分の身に起きたのに覚えてないわけがあるか。
ああでも、心と実体が離されると記憶喪失になるんだっけ。
けどこっちに来る前の記憶はしっかり残ってるぞ。家族のこと、友達のこと、大学のこと、バイトのこと、身の回りのこと。
寝る直前、明日は締め切り直前のレポートを片づけようと思ってたことだって覚えてる。
俺は何かを忘れてるのか? だとしたら、いったい何を……?
悩む俺を見て、だから話すのはムドーを倒した後にしたかったのに、とミレーユが珍しく不満そうにこぼした。
自分の記憶に疑念を抱きながら戦うのは危険だから、と。

「……大丈夫だよ」

それまで話を黙って聞いていたボッツが、静かに口を開いた。
うつむき、奥歯を噛んでいた俺とはまったく違う、穏やかな笑顔を浮かべている。

「俺の故郷は山奥のあの小さな村、ライフコッドだ。
両親は子どもの頃に死んでしまったけれど、村のみんなに助けてもらいながら、妹と助け合いながら生きてきた。
誰に何と言われようと、あの村で過ごした時間は本物と変わらない」

ボッツは続ける。
そしてそれは、誰にとっても同じはずなんだ、と。

「俺は俺の記憶を信じるよ」

さあ、行こう。
力強くそう言って、彼は踵を返す。階段を登るその足に迷いはなかった。

………。

そうだよ。ボッツの言うとおりじゃないか。俺は俺だ。
たとえ記憶が作られたものだったとしても、
そこで得られたものが全部失われるわけじゃない。俺の存在が嘘になるわけじゃない。
不安定な足場に立ってるみたいで怖いけど、だからってこんなとこで立ち止まってちゃ、いつまでも元の世界に戻れやしないんだ。

心配そうにしてるミレーユに笑いかけてみせて、俺はボッツの後を追った。

「あ、二人とも! ちょっと待って!」

どうしたんだよミレーユ? 早く来ないと、俺とボッツでムドー倒しちゃうぞ!

「あの……まだ探索してないところ、ある……わよね?」

あ。

「えっと、ムドーに挑むのはそれからでも遅くないと思うのだけれど……」

……ソウデスネ……。



タイチ
レベル:16
HP:120/120
MP:54/54
装備:はじゃのつるぎ
    みかわしのふく
    てつのかぶと
特技:とびかかり