◆DQ6If4sUjgの物語



第十五話 俺とムドー島とダメージ床

どんぶらこっこどんぶらこっこと船に揺られて二日。
とうとう船はムドーの島へと到着した。
二日間揺られっぱなしだったが、乗り物酔いするどころか、
船上はむしろゆりかごのように快適だった。さすが神の船。
まっすぐ前を見上げれば、断崖絶壁の上の山々の間から城のような
建物の一部が垣間見ることができる。きっとあれこそがムドーの根城に違いない。
おっさんズが帆を畳み、錨を下ろす。
その間に俺たちは武器や防具を身にまとい、分担しておいた荷物を手に取った。

「では、行きましょう」

一足先に桟橋に立ったチャモロに頷く。
いよいよだ。あともうちょっと頑張れば帰れるんだ。
ボッツ、ハッサン、ミレーユ、バーバラ、チャモロ、そして俺。六人もいる!
ムドーなら一度上の奴倒してるし、負けるわけがないっつーの!

「バーバラ?」

と、背後から聞こえてきたボッツの声に何事かと振り返る。
少し離れたところでボッツとバーバラが向かい合っていた。
こうして見るとお似合いだな、なんてことを考える間もなく、俺は異変に気づいて眉根を寄せた。
チェーンクロス、銀の髪飾り、みかわしの服、分担された荷物。
そのいずれも、バーバラは身につけていない。おいおい、何やってんだあいつ。

「ごめん……あたしはここに残るわ」

……えっ?

「ど、どうしてっ!? せっかくここまで来たのに」

掴みかからん勢いでハッサンが尋ねたが、バーバラはまるで貝のように口を閉じて俯いてしまった。
俺もハッサンと同じ気持ちだ。せっかく練習したメラ+ギラ名付けてメギラはどうするんだよ! なあボッツ!
同意を求めたが、ボッツは何も言わない。
案ずるような訝るような、複雑な表情でバーバラをじっと見つめている。

「無理強いは良くないわ。誰かが船に残ってた方がいいかもしれないし……」

ミレーユがそっとバーバラの前に立った。まるで俺たちからかばってるみたいだ。

……確かにミレーユの言うことにも一理ある。
ここはムドーの島だ。そりゃもう魔物はうじゃうじゃいることだろう。
こうしてる今だって、物陰からこっちの様子を窺っているかもしれない。
俺たちが出発した後、群れをなしておっさんたちを……なんてことは想像に難くない。
……ちぎっては投げちぎっては投げの勢いで魔物を殲滅するおっさんたちの姿も想像に難くないけど。

「じゃあバーバラ、留守番をお願いね」

ここで戦力ダウンは痛いが、とにかく残るというのなら仕方ない。
バーバラの分の荷物をふくろに詰め込み、
おっさんたちの声援に見送られながら、俺たちは船を下りた。

「うーん。ずっと船に揺られてたから、何か変な感じがするな」
「本当。まだ体が揺れてる感じがするわ」

ハッサンとミレーユがそんなことを話し合っている。
確かに、体はすっかり船上仕様だ。体が勝手に必要のないバランスを取ろうとするので何だかうまく歩けない。
今のままだと魔物が出た時ちょっとキツそうだなぁ。早く陸に慣れとかないと。

……って、違う違う! そんなことよりバーバラだよ!
いきなり残るだなんて、あいつ一体どうしちまったんだ?

「魔王と命を賭けて戦うんだ。いくら呪文をいくつも扱えるといってもバーバラは女の子だし、怖じけづいてしまっても仕方ないよ」
「まあそうだけど……。上の世界のムドーは一緒に倒したのになぁ」
「? どういうことですか?」

あ、そうか。チャモロは知らないんだった。
上のムドーや王様のことをかいつまんで話してやると、彼は合点がいったと頷いた。

「なるほどそんなことが……。
人を魔族に変えてしまうとは、さすがは魔王ムドー。侮れませんね」
「感心してんなよ。……お?」

船から歩いて10分も経たないうちに、思ってもみなかったものを見つけて、俺たちは足を止めた。
神の船に比べれば劣るが、大きな帆船が停まっていたのだ。
けれど、長い間雨風に晒されたままだったのだろうか。
乗り込んでみれば、シミだらけ穴だらけ、更にはあちこち苔むして、
どうしたことかマストは折れてしまっている。
誰がどう見ても立派なボロ船だった。

「王様が乗ってきた船……じゃあなさそうだな」
「おぉーい!」

返事がない。ただのボロ船のようだ……。

「誰もいないのか……?」
「聞こえなかっただけかもしれないぜ。もう一度―――」

魔王ムドーは今なお健在。持ち主不在のボロ船。この二つから導き出される答えは一つ。
つまり……誰かがムドー討伐に来たけど、殺されちまったってことだ。

………………。

あ、そういや昨日二時間しか寝てなかったなー。
寝不足マジつれー。マジつれーわー。調子でないわー。実質二時間しか寝てないからなー。
やっぱり俺バーバラと船で待ってよっかなー?
ごんめー! 俺が寝てないのなんて全然理由にならないかもしれないけど、
二時間弱しか寝てないのなんて理由にならないかもしれないけど、マジごんめー!
そういうわけだからみんなは先に……。

「おーい何やってんだ、行くぞー!」

ちょっ、みんなもう船降りてる!? 待って、置いてかないで!ひとりにしないで!
慌てて追い掛けるまでもなく、ボロ船から降りてすぐのところで、ボッツたちは立ち往生していた。
その理由を俺は視覚じゃなく嗅覚で理解する。
鏡の塔で戦ったゾンビたちと同じ臭いだ。しかもあいつらのよりもすっごい強烈な!
鼻をつまんで、いや掴みながらミレーユとチャモロの間から覗いてみると、紫色の湖?沼?みたいなものが一面に広がっていた。
うげえ。これはあれか、毒の沼ってやつか。

「向こうに洞窟らしき入口が見えますね」
「ええ。あの洞窟を抜ければ、ムドーの城に着くはずなのだけれど……」
「このまま渡っちゃだめなのか?」

試しにそう言ってみたけど、反応は微妙なものだった。
目の前に広がる毒の沼はそう大きなものじゃない。
洞窟の入口までせいぜい50メートルといったところだ。
それほど深さもない(いっても膝くらいか?)から渡れなくもないし、
入ったところで体力を少し奪われるくらいで、それも渡ったあとにホイミで回復すればいい話、らしい。
……が、この島はムドーたち魔族の領域になる。
そいつらとの戦いに備えて魔力や道具は少しでも節約しておきたいんだそうだ。
まあ一理あると思うけど、だからっていつまでもここにいてもなあ。
あ、そうだ。あのボロ船の甲板引っぺがして橋作るとか……は、だめか。
時間かかりそうだし、そんなことしたら祟られかねん。


と、いうわけで。


「あの……大丈夫? 重くないかしら?」

うほっ、あのいつも冷静なミレーユがおどおどしてる!?
これは貴重な映像だ、網膜に焼き付けなければ!

「なあに、軽いもんさ!」
「ほ、本当? ならいいのだけれど……」

が。脇に抱えられている俺がいくら首を捻ったところで、
見えるのはハッサンの凛々しい横顔のみ。
広い肩の上で恥じらいに頬を染めているだろう彼女の顔は、薄紫色のモヒカンに見事に隠されてしまっていた。

がっくりとうなだれる。
ああちくしょう、上を向いても下を向いても紫色だ。

被害と道具の消費を少しでも抑えるため、二人が三人を抱えて毒の沼を渡ることになった。
これなら回復するのは二人だけでいいというわけだ。
ああ、真っ先に挙手したさ。俺が運ぶ側になるってそりゃもう強く主張したさ。
毒に耐性がないからっていう一理どころか百理くらいある理由で即却下されたけどな!

「よし、着いた……ぞ!」
「ボッツさん、ありがとうございます。すぐ降りてホイミしますね」
「ああ、頼むよ」

そんなやりとりの後、衣擦れと草を踏む音がした。
ボッツが背負っていたチャモロを降ろしたらしい。
ほどなくしてハッサンも沼を抜けて、静かに俺たちを降ろしてくれた。
サンキューハッサン、助かった。
……でも荷物みたいに脇に抱えるのはちょっと勘弁してくれ。生きた心地がしない。

「仕方ないだろ、俺の肩じゃ一人乗せるのが精一杯さ」
「ハッサンったら、やっぱり重かったんじゃない! ……私、帰りは自分で渡るわ。
代わりにタイチを乗せてあげてちょうだい」
「いやいやいや!帰りは俺が運ぶよ!むしろ運ばせてください!」
「だーかーらー、お前毒に弱いだろうが!」

そうでした。
いや、俺だって少しは鍛えられたんだ! 帰りは絶対俺が運ぶからな!
そして夢のお姫様抱っこを……。

「おーい、そろそろ行くぞー」

あ、はい。

ぽっかりと口を開けている洞窟からは何やら熱気が漂っている。
恐る恐る覗き込んでみると、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩っぽい液体がそこら中に敷かれていた。
……何このナチュラルセコム。まるで火山じゃねえか。
ムドーの城だと思った? 残念、火口でした! どーん。
……いやいやいや。

「渡れなくはなさそうだけど、ダメージは避けられないな」

えっ、ちょっ、ちょっと待てよ! これの上通ってくのか!?

脳裏に昔見た映画がちらりとよぎる。
機関銃をぶっ放されても液体窒素で凍らせられても何度も何度も復活して、執拗に主人公を追いかけていた悪のサイボーグ。
そいつの末路は、溶鉱炉の中に突き落とされて、
水銀みたいなものをまき散らしながら溶けていく――――そういうものだった。
あの苦しみようはちょっとトラウマだ。
だってそれまで無表情だったのに、その時だけ苦悶の表情浮かべるんだぜ?
想像を絶する痛み、熱さだったに違いない。少し体力が減るだけの毒の沼とはわけが違うんだ。
……一応歩けそうな地面もちょこちょこあるけど、溶岩(仮)が大部分を占めてる。
これを避けてこの洞窟を攻略するのは難しそうだ。
いやだからって、溶岩(仮)の上を直接歩くとか本当勘弁させていただきたい。

「な、なあ。何とかしてこいつに触れないで通れないか、ちょっと考えてみようぜ」

その1.水で冷やす

使えそうなのは、荷物の水筒とアモールの水と聖水と海水くらいか。
といっても、貴重な水分である水筒の中身を使うわけにはいかない。ここ暑いし。
アモールの水と聖水も論外だ。となれば海水だけど、洞窟は毒の沼にぐるりと囲まれている。
海水を求めて、毒の沼に突っ込んで体力を消耗するなんて本末転倒だ。
うん、これは却下だな。

その2.呪文で冷やす

「冷やせるでしょうか?」
「やってみなきゃわかんないって!」
「……そうね、やってみるわ。ヒャド!」

ミレーユが溶岩(仮)に向かって手を突き出し唱えると、
ピキピキピキと音を立てながら溶岩(仮)のひとつが氷に閉じこめられて――――と思いきや。
氷は閉じこめた先からどんどんマグマに飲み込まれていってしまった。
今のはアレだな、えーっと……そう、焼け石に水!
……こんなことわざがぴったり当てはまる状況、初めて見たかもしれない。

「だめね。ヒャダルコかマヒャドでも使えない限り、凍らせることはできなさそうだわ」

だめかー。いけると思ったんだけど。
っていうか上位互換とかあるのね。

その3.靴底を加工する

要は溶岩(仮)に触れなきゃいいんだろ?
ボッツたちにも頼んで、できるだけ平たい石をいくつか見つけてもらう。
石なんてそこらじゅうにあるから探し出すのにはそう時間はかからなかった。
石をつま先と踵の部分にくくりつけて……っと。よし完成。

少し歩きづらいけど、溶岩(仮)の上を直に歩くよりはマシなはずだ。
……さっきから汗が半端ないのは暑さだけのせいじゃない。
溶岩の温度って最低でも700℃とかなんだよな……。
いや、ボッツたちは毒の沼と同じような感じで渡ろうとしてたくらいだし、この世界の溶岩の温度は思ってるよりも高くないのかもしれない。
ああでも、石が溶けて溶岩に触れちまったらどうしよう。
こんなうっすい革で出来たブーツなんてすぐに溶けちまうぞ。
そして足が溶岩(仮)に触れて、俺の体はあっという間に――――

………………。

だああああぁぁぁ、ここでうだうだ考えててもしかたない。
行くぞ俺! 何とかなるって!!

ボッツたちに見守られながら、俺は泡ができては消えていく溶岩(仮)へと恐る恐る足を踏み入れた。
……おっ、そんなに深くない? 試しに右足を上げてみる。
くくりつけられた石は多少溶岩(仮)の糸を引きながらも(割とねばねばしてる?)、その形をしっかりと保っていた。
おおおおおお、やるじゃん石! そして俺の頭脳!
情報社会と堕落した大学生活に揉まれてすっかり錆び付いてたと思ってたが、いやーまだまだ捨てたもんじゃないね!

くるりと振り返って親指を立てる。
彼らはサムズアップを返してくれたり、拍手をしてくれたりと、各々様々なアクションで祝福してくれた。

「毒の沼もこの方法で渡れればよかったのですが」

シャラップ!







厚底作戦で溶岩(仮)を渡り、聖水を撒きつつ進んでいくと、打って変わって涼しい洞窟に出た。
言うなれば、かんかんと太陽照りつける猛暑に冷房が効きまくってるコンビニに入ったような。
って、あそこまで涼しくはないけど。
見たところ溶岩(仮)はなく、代わりにそこらじゅうに水がたたえられている。
魔物の水飲み場か何かだろうか。口はつけない方が良さそうだ。

「こいつはもう必要ないな」

地面に乾いた物がいくつも落ちる音がした。
ハッサンが石をくくりつけていた紐をほどいたらしい。
それに倣って俺たちも紐をほどき、石を取り外した。やれやれ、やっと普通に歩ける。
あの溶岩(仮)地帯を抜けたってことは、ここは火山じゃないってことでいいんだよな。
そろそろ出口だと嬉しいんだけど。

もう足元に気を遣わなくてよくなったので、聖水は温存して進んでいくことになった。
そしたらもう出るわ出るわ。中身はからっぽなのに動く鎧、気味の悪い動く石像、
人(?)相の悪いランプ、両手や頭から泥を吹き出してる奴……などなど。
魔物のバーゲンセールかっつうの。
まあ魔物の本拠地なんだから当たり前なんだけどさ。

「! あれは……!」

魔物を蹴散らしつつ道なりに歩き、しばらく進んだ後。
ボッツが何かを見つけて走り寄っていった。
慌てて後を追い掛ける。

―――追い掛けて、絶句した。
そこには、触れれば崩れ落ちてしまいそうなほど細くて、白い、
……人間の骨が転がっていた。

「……たぶん、レイドックから遣わされた討伐隊だな。剣に刻まれた紋章に見覚えがあるぜ」

ハッサンが冷静にそんなことを言いやがる。
ずいぶん前に亡くなったのか、肉は残っておらず、きれいに骨だけになってしまっている。
代わりに肉が腐り落ち、風化した跡らしきものが周りに残されていた。臭いはない。
役割を終えた兜や鎧はところどころ砕けていたり塗装が剥げているものの、かろうじて原形を保っている。
けれど時の流れには勝てないのか、手に握られている剣は刃こぼれを起こし、鎧の下に着ていたと思われる衣服は風化してボロボロになってしまっていた。

……言葉が出ない。
骨なんて見たのは婆ちゃんの葬式以来だ。
それも幼稚園の頃だから記憶もあんまり残ってないんだよな……。
初めて見た、と言ってもいいくらいかもしれない。
傍らにひざまずき、祈っていたチャモロがどこからか風呂敷を取り出し広げて、
もう一度祈ってから、骨をひとつひとつ風呂敷へと丁寧に移し始めた。
俺より年下のはずのチャモロは、明らかな死の象徴である白骨を見ても怯える様子を見せない。
恐怖よりも死者を慈しむ気持ちが大きいってことなんだろうか。
……すげえな、こいつ。

「チャモロ、頼む。俺たちは魔物が来ないか見張ってるよ」
「ええ、お願いします」

そう言って、ボッツたち三人は念のためといって聖水を撒き、
チャモロを囲むようにして警戒の態勢を取った。
……俺はどうすべきだろう。悩んだ末に、しゃがみこみ、合掌した。
そして、おっかなびっくり手を伸ばす。

「……無理に手伝っていただかなくてもよろしいのですよ」

震えている手を視界の端で捉えたのか、チャモロがぽそりと言う。俺は無言でかぶりを振った。
骨って、意外と軽いんだな……。

骨を拾っていくうち、ふと左手に何か握られてるのに気がついた。
右手には剣、それなら左手には盾を持つのがセオリーのはずだが、
周辺に盾らしきものは見当たらない。
盾からもげた取っ手を握ってる、ってわけでもないみたいだ。
この人も俺と同じく両手持ち型戦士だったんだろうか。

固く握られている左手を開かせてみると、何かがぽろりとこぼれ落ちた。
小さな金属音とともに地面に着地したそれをチャモロがそっとつまみあげる。
……金色のペンダント?

丸く伸ばされた金属に、これまた丸く加工された鮮やかな緑色の石が
埋め込まれているという、シンプルなデザインのものだった。
激戦のせいなのかメッキが剥がれかかっているものの、石の輝きは失われていない。
緑の石って言ったらエメラルドだけど、これは違うよな。
透明じゃないし、宝石ってよりも鉱石って感じだ。なんて石だ、これ?

「マラカイトね」

いつの間にかミレーユがこっちを覗き込んでいた。
……マラ……何? ちょっともっかい言ってくれない?
いや下心とかは全然ないですよ、うん。

「『邪悪なものから守ってくれる』という謂われがあって、
昔からお守りの石として重宝されているの。
……戦地に向かう恋人へ贈られることもあるわ。石言葉は――――」

再会、だそうだ。なんつうか……やりきれないな。
ふと裏を見てみると、名前らしきものが刻まれていた。たぶん持ち主の名前だろう。
汚れが染みついていて読みづらいものの、判読できないほどじゃない。
レイドックに持ち帰って、城の誰かに頼めば、いったい誰なのか探し出してくれるだろう。

「お待たせしました。行きましょう」
「ああ。ありがとう、チャモロ。それにタイチも」
「いいえ、これも聖職者としての務めですから」
「まあ俺は……ついでだよ、うん。それよりさ、絶対生きて帰ろうな!」

そんでこの人ちゃんと土に埋めてあげて、家族なり恋人なりにこのペンダント渡さないとな。
よっしゃ、白骨見たショックでちょっと凹んでたけどテンション上がってきた!
ムドーの奴、首洗って待ってろよ。絶対ぶっ倒してやる!
そう意気込んだ矢先、ようやく出口が見えてきたあたりで、俺たちはまたもや白骨死体を見つけてしまった。
ペンダントの人が歩兵だとしたら、この骨の主は隊長だったのだろうか。
より外に近いためか風化が進んでいたものの、やや装飾が多いその装備は、ペンダントの人のよりも上等なものに見えた。

しゃがみこみ、合掌。
隊長さんの他に白骨死体は見当たらない。
一人やられてなお進軍したが、ここで隊長がやられて討伐は断念、撤退……ってことだろうか。
隊長さんはうつぶせに倒れていて、左手に盾、右手に何故か長剣ではなく短剣を握っていた。
長剣は少し離れたところに転がっている。
間合いを詰められて、短剣での戦いを余儀なくされたんだろうか。

「おや……これは?」

二枚目の風呂敷を広げていたチャモロが何かに気づき、短剣の切っ先へと顔を近づけた。
つられて俺もなんだなんだと覗き込む。


















                             王子さま  どうか ご無事で






それは、冷たい土の地面に書かれて……いや、刻まれていた。
風に吹かれて埋まらないように、誰かに踏みにじられて消されないように。
深く、深く。

王子さま。
王子さまって、レイドックのあの王子さまか?
一年以上行方をくらましてるっていう……。

「恐らくは。最期の時まで王子の身を案じていらっしゃったとは、なんと忠勤な……。
名前も存じ上げませんが、どうか安らかに――――」
「……トム兵士長」

突然飛び出たその名前に俺もチャモロも思わず振り向いた。
そこには、頭蓋骨の傍らにひざまずき、沈痛な面持ちを浮かべているボッツの姿。
ハッサンとミレーユも眉間にしわを寄せている。

トム。トム兵士長。何かどっかで聞いたことあるような。
たぶん、王様に言われて下のレイドックに行った時だよな。
でもあの時は問答無用で牢屋に入れられて………あ!
そういや、「お前のせいでトム兵士長は」みたいなことをボッツに言ってた兵士がいたようないなかったような。
急に引っ捕らえられてパニクってたせいで、今の今まですっかり忘れてた。

「前……俺たちが王子に成り済ましたことがあるのは話したよな?
トム兵士長は、すっかり俺が王子だと信じて、暖かく歓迎してくれたんだ。だけど……」

土に深く刻まれたダイイングメッセージを見つめながら、ボッツはぽつりぽつりと言葉をこぼす。
爪が白くなるほど強く握りしめられた拳は微かに震えていた。

ボッツたちが王の間に上がり、眠り続ける王と王妃に会ったところで、当時の大臣ゲバンが現れた。
そいつに偽者と見抜かれて、トム兵士長は部外者を王の間まで通した責任を取らされることになってしまったらしい。
魔族との戦いの前線であるここ、ムドーの島に送られる形で。
……つまりそれは、死をもって償えと言われたのと同じこと。

で、でも、この骨がその人だとは限らないだろ??
もしかしたら別の部隊の隊長のもので、トム兵士長はどこかで生き延びてるかもしれないじゃないか。
そんな悲観するなって! そう言って肩を叩いたが、ボッツは横に首を振った。
転がる兜と鎧は間違いなく兵士長が身につけていたもの。
そしてレイドックにおいて、兵士長の枠はひとつしか無いのだ、と。
……マジかよ……。

「資格があるかわからないけど、骨は俺に拾わせてくれ。みんなは見張りを頼む」
「待って。……私たちにも、彼の骨を拾わせてもらえないかしら」
「そうだぜボッツ。迷ってたお前を後押ししたのは俺たちだ。お前ひとりのせいじゃねえ。
……すまねえが、見張っててくれるか」

断る理由はない。
俺とチャモロは頷いて、それぞれの配置についた。チャモロが出口側、俺が洞窟側だ。
あ、そうだ。聖水撒いとかないとな。前に撒いたのはとっくに効果切れてるだろうし。
俺はあの何でも入ってしまうふくろに手を突っ込んだ。

…………、……あれ、無い。

腰にぶら下げている荷物袋も探ってみる。
見つからない。
……もしかして、さっきペンダントの人の周りで使ったのが最後だったのか?
うーん、あの溶岩地帯でほとんど使っちゃってたんだな。まあ仕方ない。
とにかく何かあったらすぐ動けるよう心構えだけしとこう。

ボッツたち三人は俺と会う前から一緒に旅をしてきた。
だから、出会う以前に起きた出来事は俺には知るよしもないし、その時の心情も共有することはできない。
……それは至極当たり前のことなのに、何だか疎外感を抱いてしまう。
いや、そもそも俺は別世界の人間だから疎外感もクソもない、のか。
……って、なんでちょっとセンチになってんだよ、俺。

すぐ後ろで、ごめんなさい、と消え入るような声が聞こえてきた。
誰のものかはわからない。俺の気のせいだったかもしれない。

ぴちょん。
天井から垂れ下がる尖った岩から水滴が落ち、水面にぶつかったのが見えた。
辺りは静まり返っている。

(魔物も空気を読むのかね)

それとも、単に警戒されてるから襲いづらいってだけなのか。
結局、兵士長の骨を拾い集め終わって洞窟を出る頃になっても、
魔物たちが姿を見せることはなかった。



タイチ
レベル:16
HP:120
MP:54
装備:はじゃのつるぎ
    みかわしのふく
    てつのかぶと
特技:とびかかり