◆DQ6If4sUjgの物語



第十四話 俺と海とダジャレ

「ムドーの島へは二日もあれば着くでしょう。皆さん、どうぞそれまで英気を養ってください」

二日。船に乗ったことがない俺は、それが早いんだか遅いんだかよくわからない。
距離で言えば東京から北海道くらいだろうか。
いや、でも設備とか全然違うしな……。東京から青森くらいか……?

「タイチー、生きてるー?」
「……ぉー」

ハッサンとボッツは武器や防具の手入れ、ミレーユは荷物の点検、
チャモロは舵輪のおっさんと話し合いの真っ最中。
そんな中、精根尽き果たして壁によりかかる俺を、バーバラが覗き込んできた。
っていっても、よりかかってるのは胸から上だけ。ほぼ寝てるといってもいい姿勢だ。
バーバラは無防備にもその場でしゃがみこんだ。
見え、……ない。

「そんなにへばるなら、無理しないで代わってもらったらよかったじゃない」
「最後までやりきったんだからいいだろ」
「顔真っ赤にしてヒイヒイ言ってたくせに」
「うるせー」

機嫌を損ねた振りをして、さりげなく視線を黄金の三角地帯からマスト付近へと移す。
青空の下、輝くように真っ白な帆ははためくことなく、しっかりと風を受け止めていた。
……いや、何だ。最初は良かったんだよ最初は。
何の抵抗もなくカラカラ回ってさ、なになに〜? 思ってたよりも筋肉ついちゃってる感じですかぁ〜? なんて思っちゃうくらいに軽くてさ。
でもさ、回せば回すほど、ロープが張れば張るほど、クランクが重くなるのは当たり前なんだよな……。
正直めっちゃキツかったし、おっさんズやハッサンが何度も代わろうかって言ってくれたけど、
そこでハイお願いしますなんて言ったら意味がない。
なんでそこまでするかと言えば、拍子抜けするくらいあっさりと俺を許してくれた村の人たちに、何かしらの形でお詫びがしたかった。それだけ。
ムドーを倒すのが一番のお詫びになるんだろうけど、俺ひとりの力で倒すわけじゃないから、何か違う気がするしな。
で、顔をトマトみたいにしながら限界まで滑車を回し切った結果、体力を使い果たしたってわけだ。
あ、ちなみにマスト以外にも帆はあったけど、さすがにそれはおっさんズがやってくれました。

俺はむくりと起き上がり、船縁から顔を出した。
船はとっくに洞窟を抜け川を下り、大海原をムドー城めがけて邁進している。
この海がさ、すっげえの。真水かってくらいに透き通ってるの。
船はもう沖に出てるのに、水中で泳いでる魚が肉眼で見えてんの。
前にTVか何かで、透き通りすぎて海底に映ってるヨットの影まで見えてる写真見たことあるけど、まさにそんな感じ。東京湾とは大違いだ。

電気もない、ガスもない、TVもPCもゲームも雑誌もない。
いつでも新鮮な食べ物にありつけるわけじゃない。いつでも暖かい布団で眠れるわけじゃない。
その上、町や村の外は命を狙う怪物たちでいっぱいだ。
……不便ってレベルじゃねえくらい不便だけど。でも、この景色のためなら、不便なのも悪くないかもしれない。

「ねえ、ちょっと」

話は終わってないと言いたげに、オレンジ色のポニーテールが景色に割り込んできた。
海の青さにやたらと映える。そういや、青とオレンジって補色なんだっけ……。
なんて、この非現実的な髪の色にもすっかり慣れちゃったな。
みんなが似合いすぎてるってこともあるんだろうけどさ。

「村ではごめんな。せっかく止めてくれてたのにさ」
「えっ? ……それはもういいってば。さっきも謝ってくれたじゃない」

バーバラの言う通り、暴走して騒ぎを起こしてしまったことは謝罪済みである。
無事に船を貸してもらえることになったんだから結果オーライだ、とみんなは許してくれたけど、
それでも謝らずにはいられない。日本人の悲しき性ってやつだろうか。
あーあ、順調に黒歴史が増えていく……。

「……あのさ、聞いていい?」
「なに?」
「どうしてあんなこと言ったの?」

あんなこと。
……「神なんかいるわけない」のこと、だよな。

「うん。タイチの世界は平和なんでしょ? 魔物はいないし、呪文は無いけどカ、カガ……」
「科学?」
「そう、カガク! カガクが発展してて、生活が便利になってるんだよね?
話だけ聞いてたら、すっごく幸せそうな世界じゃない」
「………」
「それなのに、そこから来たタイチがあんなこと言うなんて……。ちょっとびっくりしちゃった」
「……ごめん」

また謝った。何に謝ってんだ、俺は。
自分でもわからないのに反射的に口をつく。何かの病気なんじゃねーの、これ。

俺のいた世界は、何年も何年も戦争を続けてる国、
じゅうぶんな食べ物がなくて飢え死にする人たちが後を絶たない国、
自分勝手な独裁者に苦しめられてる国。そんなのばっかりだ。
前にバーバラに話した科学が発展してる国なんて、ほんの一握り。
俺なんて、偶然平和な国に生まれて、平和な家庭に育って、
時折対岸の火事を上辺だけ心配しながら平和に生き延びてきただけだし。
って、これちょっと中二入ってるな。あーだめだ、ストップストップ!

「そうだったんだ……。そっちの世界も大変なんだね」
「でも、そんな大変な世界でも帰りたいんだよなあ。不思議だな」
「じゃあ……あのね、もうひとつ聞いてもいい?」

何やらもじもじしながら上目遣いで尋ねてくる彼女に、俺は即頷いた。
馬鹿野郎! そんなコンボ決められて頷かない男はいないだろうが! まったくけしからん!

「村で、なんでユウは〜とか言ってたでしょ?
ユウって人に何があったのかなって……あ、言いたくなかったらいいよ!」

……そういやそんなこと口走ったっけな。
弟の勇は生まれてこのかた風邪ひとつひいたこともないくらいの健康バカだ。
幸い事故に遭ったことも事件に巻き込まれたこともないし、何事もなけりゃ今でも元気に大学にサークル、バイト三昧のはず。
俺、なんであんなこと言ったんだろう。マジでわからん。
バーバラにそんな感じで説明すると、これ以上ないってくらいに目を丸くされた。

「なあんだ、元気なんじゃない。友達が不幸に遭って……ってことなのかと思ってたよ。
っていうか、タイチってお兄ちゃんなんだ! 見えなーいっ!」
「なんだと!」
「バーバラ、ちょっといいかしら?」
「あ、うん! ごめんタイチ、またあとでねー!」

多分荷物の点検を手伝って欲しいとかそういった用件だろう。
バーバラは薬草だの聖水だのを広げているミレーユの下へと駆け寄っていった。
あーちくしょう、言い逃げかよ。

行き場のない感情がぐるぐると身体の中を駆け巡り、溜め息として吐き出される。
一緒に体の力も抜けて、ずるずるとへたりこむように腰を下ろした。
弟がいるって話をすると、決まってバーバラみたいな反応されるんだよなあ。
弟がいるのがそんなにおかしいかっつうの。俺ってそんなに頼りなく見えるのか……? あーあ、もう。

二人はミレーユの持ってるオカリナ? を覗き込み、何やら神妙な顔で話し合っている。
へえ、あっちの世界にもああいうのがあるんだな。……って、あれ? あんなの荷物にあったっけか?

「タイチさん」

呼ばれて反射的に振り返ったものの、俺は言葉が出なかった。
こっちから声をかけることはあったとしても、まさかあっちから話しかけてくるとは全然思ってなかった。

「お隣、よろしいでしょうか」

口を半開きにしたままコクコク頷く。
それに律儀にも礼を返すと、チャモロは俺の隣に座った。正座で。
え? っていうか何の用事? すっげえ気まずいんですけど。
チャモロって同行してはくれてるけど、別に俺と和解したわけじゃないんだよな……。
あれだけ派手に論争したのに結局神様いたっぽいし、チャモロからしたら俺って超間抜けじゃん? 絶対良く思われてないって。
……とにかく謝ろう。村で一度謝ったけど、あれはチャモロじゃなくて長老にだったし。
これから一緒に戦うんだし、仲良くしなきゃな。

「えっと……村ではごめん。ちょっと言い過ぎた」
「……そのことについてはもう忘れましょう。私も忘れます」
「そっか……そうだな。ありがとう、お前いい奴だな」
「いいえ。私など、まだまだ未熟です」
「そ、そんなことないって!」

己に厳しいのか落ち込んでるのか、自分をそう評するチャモロを俺は思わず励ました。
年上二人が苦戦してた魔物を呪文ひとつでやっつけちまうし、
村の人たちから敬われてるっぽいし、船を動かす呪文なんか使えるし、
そもそも長老を差し置いて神から話しかけられた時点でもっと誇っていいって!

「……ありがとうございます。しかし、神の声が聞こえたのには私も驚きました」
「いきなり時間止まって、『チャモロ、チャモロよ』だもんなぁ。誰でも驚くって」
「えっ」
「えっ」







「私たちとはどこか違う方だとは思っていましたが……。まさか、異世界の方だとは」

名前も珍しいですし、と俺をじろじろと眺めながらチャモロが言う。
小一時間問い詰められたから色々ゲロっちゃった。てへぺろ☆
まあいいよな、別に秘密にしてるわけでもないし。
別の世界から来たことはにわかには信じにくいみたいだったので、来たばかりの頃に俺が着てたパジャマを見せてやった。
そしたらもう興味津々! 好奇心で目を輝かせながら、まじまじと観察したり伸ばしたり
ひっくり返したりの大騒ぎになってしまった。
タグも見せてみてわかったんだけど、この世界の人たちには日本語が読めないらしい。
反面、俺はこの世界の言葉の理解はもちろん文字も読める。
……異邦人特典ってやつなんだろうか??

「しかし、勝手のわからない異世界でさぞや心細かったでしょう。御心中お察しいたします」
「いや、来てすぐボッツたちと会って、旅に加えてもらってさ。だからそんなに不安じゃなかったよ」
「それはそれは……きっと神のお導きでしょう。感謝しなければなりませんね」
「お、おう。そうか?」
「私がお告げを受けた時、神はあなたにも微笑みかけてくださったのでしょう?
慣れぬ地で戸惑っていたタイチさんを哀れにお思いになり、
今もどこかで見守っていてくださっているに違いありません。おお、神よ……」

チャモロは胸の前で両手を組み、目を閉じたっきり動かなくなってしまった。
……えっと……。俺も祈るべきなんだろうか。でも自分から無神論掲げておいて祈るのは何かなあ。
いや、見守ってくれるのは嬉しいんだけどさ。神様美人だったし。
どうすべきか迷ってるうちにチャモロが目を開け、両手をほどいた。お祈りは終了したらしい。

「……それで、元の世界に帰るために魔王討伐に?」
「え、ああ、うん」

祈った後の決まり文句みたいなものは必要ないのか?
カーメンだかラーメンだかソーメンだか、祈った後に必ず言うアレは?
……まあいいか。こっちにはないのかもな。

「何かよくわかんないけど、この世界が上と下に分かれてるのって魔王のせいなんだろ?
だから、俺がこっちに来ちゃったのも魔王の仕業なのかなと」
「ふむ。上下の世界のことはわかりませんが、故意にしろ偶然にしろ、
魔王ともなればその魔力が他の世界に干渉できてもおかしくありません。
確かに魔王を倒せば帰ることができるかもしれませんね」
「だろ? グランマーズも魔王倒せば道が開けるみたいなこと言ってたしな。
あ、グランマーズって知ってるか? 何か有名な占い師らしいんだけど―――」
「えっ! グランマーズって……あのグランマーズ様ですか!?」

お、おぉ多分そうだよ。やけに食いつきいいなお前……。
あのばあさんそんなに有名なの? って言ったら、めっちゃ驚かれた後に「そうだった」みたいな顔された。
曰く、グランマーズは予約しても向こう一年待ちと言われるほどの夢占い師で、
チャモロもいつか話しを聞いてみたいと常々思ってたらしい。
高名だとは聞いてたけど、そんなすげえ人だったとは。

「いやはや驚きました。いったいどんな手を使って占って頂いたんです?」
「おまっ、人を悪者みたいに言うなよ! 
ミレーユがグランマーズの弟子だから色々融通きかせてもらえたんだよ。お前もミレーユに頼めば占ってもらえるぞ、きっと」
「なんと。ミレーユさんがですか? なるほど、今回のことが終わったら是非……
いやしかし、きちんと正規の手続きを踏んでいる方々を差し置いて横入りするような真似は……」

なんてもっともらしいことをぶつくさつぶやいてるけど、チャモロお前、さっきから目がきらきら輝いてんぞ。
うんうん、そうだよな。チャモロって大人ぶってるけど、やっぱまだまだ子供なんだよな。
村では堅物っぷりにムカついてばっかだったけど、こうして話すといい奴じゃねえか。
やっぱ人間、第一印象だけでその人を決めてかかっちゃ損だよな。
よっしゃ、ここはいっちょ一発ギャグでも決めて、ムドー戦に向けて親近感を高めておくか!
えー、オホンッ!

「それにしても、グランマーズって有名な夢占い師だったのかあ」
「え? ええ。名前だけでも聞いたことがあるという方も多いと思いますよ」
「話には聞いてたけど、そんなにゆうめいなゆめ占い師だったとはなあ」
「………」
「いずれミレーユも、グランマーズみたいにゆめ占い師としてゆーめいになったりすんのかなあ」

よしっ、今だチャモロ!
神の船の貸し出しを断った時のような鋭いツッコミを再び俺に見せてくれ!

「………………」

……あ、あれ? ノーリアクション?
うーん、ちょっとわかりにくかったか……?
しかたない、もっとわかりやすく強調して言ってやるか。“ゆーめ”いな“ゆめ”うらn――――

「タイチさん」

おう!

「そう何度もおっしゃっていただかなくとも、わかってますから」

…………おう。



タイチ
レベル:15
HP:102/113
MP:32/52
装備:はじゃのつるぎ
    みかわしのふく
    てつのかぶと
特技:とびかかり