◆DQ6If4sUjgの物語



第十三話 俺とおっさんと神の船

大した準備もなしに、いきなりムドーの島へ乗り込むわけにはいかない。
張り切ってるチャモロはさておいて、俺たちは万全を期そうと準備を整えはじめた。
食料を始めとした、航海に必要なものはあっちで用意してくれることになったので、用意するのは武器と防具、あと道具だけだ。
まったくありがたい。村の中心で無神論を叫んだ俺なんて、
神殿どころか村から追い出されてもおかしくないのに、どうやらそのあたりは不問にしてくれるらしい。
この村の人たち優しすぎワロタwwww ワロタ……。

まあ何だ、俺の黒歴史は置いといて。
ゲントの村は山奥にあるくせに、売ってる装備は結構いいものが揃っていた(ハッサン談)。
しかも店主の話によれば、戦いの時に道具として使うと何かしらの効果を発揮するものがあるんだとか。
……なんだろうな、道具として使うって。

E はじゃのつるぎ
E みかわしのふく
E てつのかぶと

とりあえず、俺の装備はこんな感じ。やっとこさ毛皮のフードから卒業だ。
次の目標は盾が装備できるようになることだけど、まずは片手で剣を扱えるようにならないことにはなあ。
そうそう、剣といえば。この破邪の剣って武器、やたら軽いんだよ!
鉄の剣とは雲泥の差だ。なんてったってミレーユも装備できるくらいだからな。
相変わらず片手じゃキツいけど、前よりかはマシな動きができそうだ。
身体が軽くなるって売りのみかわしの服もあるし……これ、来ちゃうかもな。俺の時代!

ちなみにおおかなづちなんていうデッカいハンマーも売ってた。
多分ハッサンなら扱えると思うんだけど、
前どこだったかで手に入れた鉄の爪がたいそう気に入ってるらしく、しばらく手放す気はないらしい。
おおかなづちで戦う筋肉マッチョマンなんて、きっと魔物も裸足で逃げ出す迫力だろうに。
もったいない。なかなか見られる絵じゃないぞ。
ミレーユとバーバラはそれぞれ銀の髪飾りを購入した。
魔力が増幅され、呪文が強化されるという優れものらしい。
二人は「お揃いね」なんてはしゃいでたが、戦いの時には強化された呪文で鬼神のごとく活躍するに違いない。くわばらくわばら。
で、我らがリーダーボッツだが、破邪の剣はもちろん、鋼の鎧に鉄の盾というゴッツい装備をチョイスなされた。
……俺、一生この人に追いつける気がしないよ……。

薬草やら毒消し草やらも買い込み、準備はこれ以上ないってくらいに万端となった。
その代わり、サイフはすっからかんになってしまったけど。

「王様の褒美に期待するしかねえな。ムドーは二匹いたんだから、倍額もらえるかもしれないぜ?」
「金の亡者かお前は。でもまあ、それくらいは期待したいよな」

一度でよかったはずの討伐をもう一度やらなきゃいけないわけだしな。魔王が複数いるなんて聞いてないっつうの。
あ、でも俺は褒美受け取れないかもしれないのか。
魔王倒した瞬間に戻るのか、それとも若干のタイムラグが発生するのか、そのへんさっぱりわからないもんな。
というか、元の世界に戻る時ってこっちの世界のもの持っていけるのか?
この世界の硬貨って金ぴかだし、質に入れたら結構な値段になる気がするぞ。
一枚だけでもこっそりくすねて……いやいやいや。

「待ちくたびれましたよ。準備は……終わったようですね」

荷物を抱えて神殿前へ行くと、チャモロが鼻の穴を膨らませて待っていた。
うわあ、やる気まんまんだよコイツ。さっきまで俺と論争を繰り広げていた奴と同一人物とはとても思えん。
チャモロ、お前それでいいのか……。

「ん? そういや、じいさんはどうしたんだ?」

ハッサンが日差しを遮るように額に手を当てて、周辺を見回す。
つられて俺もハッサンとは逆方向を窺った。言われてみれば姿が見当たらない。

「御祖父様なら、あれから自室に篭もられています。
きっと神の船解放に向けて瞑想していらっしゃるのでしょう」

なるほど、と首肯したものの、俺はチャモロの読みは外れてるだろうなと予想する。
あのじいさん、いじけて引きこもってるんじゃないか?
きっと瞑想じゃなく、迷走しているに違いない。なんつって。

……すんませんでした。

「ねえ、この中に神の船があるのよね? こんな山奥からどうやって海まで行くの?」

ナイス質問だ、バーバラ! 俺もそれずっと気になってたんだよ。
俺の世界ならクレーンとか何かしら手段はありそうだけど、こんな機械もないファンタジーな世界じゃなぁ。
……まさかとは思うけど、船を運ぶ呪文があったりしないだろうな。

「船を運ぶ呪文……当たらずとも遠からず、ですね」
「え? まさかの正解?」
「見て頂くのが一番早いでしょう。さあ、来てください」

そう言ってチャモロは神殿の大きな扉を開け、中へと消えていった。
残された俺たちはただ顔を見合わせるばかりだ。
マジかよ、そんな呪文まであるのか?
……あんな体験しちゃった後だ。もう何が起きても驚かないぞ俺は。このカシオミニを賭けてもいい。
頑丈な扉をくぐった先で、神の船とはすぐに相見えることができた。

「……でけえ」

なんだこの船、でけえ!

「これが神の船!? すっごーい!」
「へえ、こいつぁなかなか大したもんだな」
「なんて立派な船……」

みんなも口々に感嘆を唱えている。
いや、すげえよこの船。開口一番でけえとか言っちゃったけど、すごいのは大きさじゃない。俺、船自体見るの初めてだし。
なんていうかな、俺が言うのもおかしいんだけど……神々しさを感じる。
悪いものなんか全部はね除けてくれそうだ。
ちょっとやそっとのことじゃ壊れなさそうなくらい頑丈そうに見えるし、こりゃあ快適な船旅になりそうだな。

「……もしかして」

ぽつりと落ちたつぶやきを俺たちは聞き逃さなかった。
神の船から目を離し、俺たちを振り返ったボッツの表情は真剣そのものだ。
灰色の瞳には微かに驚きがたゆたっている。

「レイドック王が神の船を借りるように言った理由がわかった気がする」
「どういうこと?」
「みんな、覚えてるだろ? 
レイドック王はムドーの島へ向かってる時に不思議な光に包まれ、倒れてしまった」
「ああ、うん。で、気づいたらムドーになってたんだよな?」

いやー、ショックだよな。
まさか王様もこれから倒そうと思ってた魔王の姿にさせられるとは思ってなかっただろう。それも別世界で。
俺だったら引きこもるね。って、ムドーは元から引きこもってたな。
ん、ああ。だからあいつあんなピザってんのか……。

「もしかして、神の船はムドーの魔力を寄せ付けないんじゃないか?」
「! 普通の船で向かったのではレイドック王のようになってしまう。だから、あるはずの船を私たちに貸せなかったのね?」
「なあんだ! それならそうと言ってくれればよかったのによ」
「ほんと!」

うんうんと頷き、俺はハッサンとバーバラの二人に同調する。
船は無いとかわけわからん嘘つきやがって。
それ話せば長老やチャモロもあっさり船貸してくれたかもしれないのに、いらんケンカしちまったじゃねえか。
ああいや、ケンカは俺の責任だな……。

「ま、まあまあ。レイドック王も人間だし、寝起きでぼんやりしてたのかも。それに、あれでいて結構抜けてるところが―――」
「皆さん、出発されるのでしょう? 早く乗ってください!」

頭上からチャモロの声が降ってきた。おお、もう船に乗り込んでるのか。
だいぶ焦れてるみたいだし、話はいったん中断だな。行こうぜ。

「あ、ああ」
「? おい、ボッツ?」
「どうかしたの?」

なんだなんだ、何か様子がおかしいな。
さっきまであんなに饒舌だったのに、いきなり歯切れが悪くなったぞ。
ああ! 王様のことならもう怒ってないから安心しろって。さっきのは一種のジョークだよ、ジョーク。
イッツ アン アメリカンジョーク! な?

「え……?? あ、いや、大丈夫。
気にしないでくれ。チャモロ、今行くよ」

やめて! こいつ何言ってんのみたいな顔で見るのやめて!
100%俺が悪いけどさ!







「全員乗り込みましたね」

眼鏡を上げ下げチャモロが確認してくる。
しっかし、建物の中にこんな大きな船があるなんて、何か変な感じだな。
下は……ゲェーッ! 木材が網みたいに組み合わされてるだけじゃねえか!
網っつっても網目はスッカスカ、人一人分くらいの大きさだよ! 網目の向こうは真っ暗だよォーッ!
見下ろす前髪を風に吹き上げられ、俺はますます青ざめた。
この穴、外に繋がってやがる……。おいおいおい、見えないところが腐ってたりしないだろうな。
うっかり船と真っ逆さま、なんてぞっとしないぞ。

「おや、気分が優れないのですか?」

ぽんと肩を叩いてきたのは、長年神殿と船の手入れをしてきたというおっさん二人だった。
テカテカと光る筋肉と太陽のような笑顔が眩しい。

「い、いや……この床の作り、大丈夫なのかなって……」
「もちろん! この日のために、私たちは一日たりとも手入れを欠かさなかったのですから」
「そうですとも。大船に乗ったつもりでいてください!
……あ、もう乗ってましたね。失敬失敬! わっはっはっ!」

……若干イラッと来るテンションだ。
いや、この人たちはアホな俺を許してくれたんだ。何も言うまい。

「チャモロ様、こちらも準備が整いました。出発しましょう!」

威勢のいい声を飛ばしてきたのは前方で舵輪を握る恰幅のいいおっさんだ。
このおっさんも、この日のために航海術を磨いてきたのだろうか。
チャモロはおっさんに頷いてみせると、俺たちをぐるりと見渡し、ひとつ咳ばらいをした。

「皆さん。封印を解けば、この船は一気に川を下って海に出るでしょう。
少し揺れるかもしれませんので、どこかに掴まっていてください」

一気に下る? 川を? ここから??
激しく揺れる船に振り落とされ、遥か奈落の底へと投げ出されるイメージで頭の中が塗り潰される。
俺は迷わずマストにしがみついた。嫌な予感しかしねえよバカ! バカバカ〇ン〇!
ボッツたちやおっさんたちも船縁やら舵輪にしっかりと掴まった。それを確かめて――――

「我、ゲントの民にして古より仕える者なり」

静まり返った神殿に凛とした声が反響する。
チャモロはそっと目を閉じ、胸の前で人差し指と中指を立てていた。印ってやつだろうか。
Oh! Japanese NINJA! ……なんて茶化せるような雰囲気ではなさそうだ。

「神よ、偉大なる神よ。今ここに授かりし神の封印を解き放ち、我に力を……。
アーレサンドウ マーキャ。ネーハイ キサント ベシテ。パラキレ ベニベニ パラキレ……」

に……日本語でおk。

がくん。
脳みそが揺さぶられるような衝撃が全身を駆け抜ける。
俺は慌ててマストに抱き着いた。今のショックでしがみつく腕の力が一瞬緩んだからだ。
ふ、振り落とされてたまるかあぁ!

「おいおい、こりゃあ……」

右斜め前で船縁に掴まっているハッサンが、思わずといった様子で声を漏らした。
俺もぽかんと口を開けるしかなかった。
ここから見える壁は、まさに神殿といった感じの石壁だったはずだ。
それが今や壁は土色。それも下へと下へと動いてる!

エレベーターだ。
エレベーターの要領で、船が下に運ばれてるんだ!
……でも、どうやって?

網状に組み合わされた木の床と、それに繋がっている二本のロープが船を運んでるのはわかる。
わかるけど、それを動かす仕掛けの類は上には一切見当たらなかった。
もちろん木の床にも船上にも見つけることができない。
それに、あんな“頑丈”という言葉をそのまま体現したようなぶっといロープ、絶対さっきまで無かった。
大体こんな馬鹿デカい船+八人の重さに耐えてるってどんなロープだよ。
何かの呪文でもかかってんのk……呪文?

船を運ぶ呪文。
当たらずとも遠からず。

……なるほど。いや「なるほど」じゃねえけど。
もう何でもありだな、この世界……。

っていうか、思ったより揺れねえなあ。
まあガタガタいってるけど気にならない程度だし、そろそろマストから離れても―――

「おぶっ!?」

着水したと同時、またもうっかりすれば舌を噛んでしまいそうな振動が船を揺さぶった。
油断していた俺は慣性の法則に従って投げ出され、あわれ床と熱烈なベージュをかわすこととなった。
うおおぉぉ鼻取れた! 絶対鼻取れたよこれ! ああちくしょう、最後の最後に揺れやがって。
おいこらそこ、指差して笑うな。地味に傷つくよそういうの。
お前のことだよバーバラ! ボッツとハッサンもつられて笑ってんじゃねえ!
……あれっ、ちょ、ミレーユまで!?
だっ、だから笑うなっての! 聞いてんのかテメエらァーッ!

「まったく、緊張感のない人たちですね……」

けらけらと笑うバーバラたちとそれに突っ掛かる俺を尻目に、
チャモロが愚痴るようにそうつぶやくのが聞こえた。

「結構なことじゃぁありませんか。多少は肩の力を抜くことも大切ですよ。
さあ皆さん、そろそろ海に出ますよ!」

おっさんの声につられて前方に顔を向けると、300メートルくらい先に出口らしき光が見えた。
ここ、アモールみたいに、洞窟の中に川が流れてるんだな。で、この洞窟は上の神殿と繋がってた……と。
風が吹き抜け、露出している肌を撫でていく。ちょっと冷たいけど、まあこれくらいならどうってことない。

あそこを抜ければ海へ、そしていずれはムドーの根城へ……。
思わず生唾を飲んでしまう。
上のムドー城はややこしい仕掛けばっかだったけど、こっちのはどうだろう。
単純な作りだったらボクチン嬉しいんだけどなー。……無理かな。

「海に出るぞー! 帆を下ろせー!」

舵輪のおっさんが声を張り上げた。
低くて野太い、けれどよく通る声。オペラ歌手みたいだ。
声に従って、マッスルなおっさんたちははしご状になっているロープをひょいひょい登り、あっという間にマストのてっぺん近くに着いてしまった。
命綱もなしに登るとか命知らずにも程があるだろJK……。やべえ、俺あんなこと絶対できねえ。
高いところが好きとか苦手とかそういうの以前の問題だよこれは。

俺が愕然としている間に、おっさんズは帆布を固定しているロープはテキパキとほどき、これまたひょいひょいと甲板へと降りてきてしまった。
なんつう鮮やかな。一日も休まず手入れをしてたっていうのは何も船に限った話じゃなかったんだな……。
おっさんズは帆布を留めていたロープを掴むと、滑車の溝にぐるりと巻き付け固定させた。
今みたいにだらりと垂れ下がってるだけの帆じゃあ、風を受けて走ることはとてもできそうにない。
そこで滑車を使ってぴんと張らせるわけか。
なるほど、帆ってこういう仕組みになってんだな。……よっしゃ!

「あのっ、これ回せばいいんスか!?」

俺は滑車のクランクをしっかと掴み、おっさんズに問いかけた。



タイチ
レベル:15
HP:102/113
MP:32/52
装備:はじゃのつるぎ
    みかわしのふく
    てつのかぶと
特技:とびかかり