◆DQ6If4sUjgの物語



第十二話 俺とチャモロとザ・ワールド

村の外は危ないってんで、チャモロに連れられて、俺とバーバラはゲントの村入りした。
どこかから牛の鳴き声が聞こえてくる。良く言えば牧歌的、身も蓋も無い言い方をすれば田舎って感じだ。
レイドックが結構大きな町から尚更そう感じる。
ただし、村を入ってすぐ目に入る、あの建物を除けば。
神殿ってやつだろうか。外で待機してる時にもちらちら見えてたけど、やたらでかいな。
中で神様でも奉られてるんだろうか。穏やかな雰囲気の村にはあんまりそぐわない建物だ。
何だか気になったのでチャモロに聞いてみると、あそこには関係者以外は長老の許可がないと入れないらしい。
なるほど、扉の前には一人の男が門番のように立っていた。
あ、そうそう。ファルシオンだけど、村の入口に繋いできた。
村はチャモロが結界を張ってるから、とりあえず一歩入っとけばとりあえずは安全らしい。すげえなオイ。

互いに自己紹介を終えると(といっても名前だけだけど)、チャモロが何故村に来たのか尋ねてきた。
ゲントの村には医者も匙を投げるような重い病気を患った人が多くやってくるらしい。
で、俺たちはそういう風には見えない。何か別の目的があるように思えてならない、と。こいつ鋭いな!

「そうなのよ!私たち、レイドックの王様からムドー討伐を頼まれてるの。
でもムドーの島には行くのには船が必要なのよね。
それで、この村にあるっていう神の船を貸してもらえないか、ここの長老様に頼みに来たの。まあ、私たちは留守番なんだけど!」
「いや、そこ偉そうにするところじゃないから」

思わず突っ込んでしまった。あとなんでそんな鼻息荒いんだよ。
ん? あれ、チャモロさん? 何かまた顔険しくなってません?

「神の船を、ですか?」
「ああ。あるんだろ? 船。あれ……あるよな?」

自分で言いながら不安になってしまった。
よく考えてみれば、こんな山奥の村に船があるっていうのも変な話だ。
ネーミングからして漁船じゃなそうだし、大体この村から海ってだいぶ離れてるし。一応水平線はちらっと見えるけど……。

「レイドック王がお目覚めになられたのですね。そしてそれを皮切りに、再びムドー討伐に乗り出した、と……。
なるほど、事情はわかりました。しかし、神の船をお貸しするわけにはいきません」
「えっ? あの……ムドー、知ってる……よね?」
「魔王ムドーでしょう? もちろん知っていますよ」







「いやいやいや、何言ってるんだよ。だったら貸してくれたっていいじゃないか」
「そうよ!王様の紹介状だってあるんだからね」
「それでもお貸しできません。御祖父さm……いえ、長老様もきっと同じ答えでしょう」

あ、今おじいさまって言いかけた。
チャモロってもしかしなくとも長老の孫なのか?
だったら話は早い。こいつを説得させれば、芋づる式に長老も懐柔できるかも!

「そんなつれないこと言わないでさ〜、頼むよ」
「だめです」
「もうっ、どうしてよ!」

焦れたバーバラが語調を強くする。
待て待てバーバラ、機嫌を損ねたらダメだ。ここは辛抱強くだな……。

「神の船は、神から私たちゲント族へと授けられた神聖なもの。
ゲント族以外の方にそう易々とお貸しすることはできないのです」

――――ご存知のように、俺は元の世界に戻るために魔王討伐に参加している。
ボッツたちのように、世界を救うとか平和を取り戻すとか、そういう崇高な目的とは掛け離れた……まあ言わばエゴなわけだ。
元の世界に戻った後のこの世界なんて知ったこっちゃない、みたいに捉えられても仕方ない。

「お前さぁ、何言っちゃってんの?」

だけど、こんなんでも一応正義感は人並みに持ち合わせてるつもりなわけで。







ゲントの村と同じような山奥の生まれとは思えぬ、精悍な顔つきをした青年ボッツは、目の前の老人をじっと見つめた。
頭は既に禿げ上がり、腰もすっかり曲がっている。
顔や手に何本も深く深く刻まれたシワは彼が生きてきた時間の長さをそのまま表しているようだ。
けれど、さすが神の使いと呼ばれるゲント族の長老を務めるだけはあるということか。
こうして向かい合うだけでも僅かではあるがプレッシャーを与えられているのを感じる。
それに負けぬよう、ボッツは己の両足にぐっと力を込めた。

「……それでは、どうしても神の船は貸してはいただけないと?」
「たとえ王の頼みでも、ゲントでもないそなたたちにおいそれと船を貸すわけにはいかぬ」
「そんな……」

ボッツの隣に立つミレーユが小さく落胆の声を上げた。
強面のハッサンがずいと前に進み出る。
普通の老人ならばそれだけで竦み上がってしまいそうだったが、長老は静かに彼を見上げるだけだった。

「そこを何とかお願いできねえかなぁ。王の快気祝いってことでさ」
「それとこれとは話が別じゃよ。さあ、もう用は済んだじゃろう。
無駄足をさせて悪かったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

もはや話を聞く気はないらしい。
どうしようもなくなった彼等は顔を見合わせた。
例えば、ここで長老の首に刃をつきつければ、村の奥にある神殿の扉は開かれるかもしれない。
いや、この老人のことだ。脅かされるくらいならばと自分から命を絶つかもしれない。
それに、もしもその方法で船を手に入れ魔王を倒せたとしても、ゲント族とレイドックとの間には深い遺恨が残るだろう。
それではいけないのだ。自分たちはレイドック国の代表としてこの村に来ているとは言っても過言ではないのだから。

「今日のところは引き上げます」

―――彼等は一度引き返し、王の判断を仰ぐことにした。

「何度来たところで、わしの考えは変わらんよ」
「……失礼します」

村の外に残してきた仲間たちはどんな顔をするだろうか。
二人への弁解(も何もないのだが)を考えながら、ボッツはドアノブを握ろうとして、その手を止めた。
もう一度説得を試みようと思い止まったわけではない。
開けようとしたドアが目の前で勢い良く開いたからだ。

「長老さ……わっぷ!」

ドアが開いた先から年端もいかぬ少年が飛び出してきた。
まっすぐに突っ込んできたために、少年はボッツのちょうど太股のあたりに顔が埋まってしまっている。
少年は慌てて後ろに飛びのき、申し訳なさそうにボッツを見上げた。

「あ!ご、ごめんなさいっ!」
「いや、こちらこそ。怪我はないかい?」
「う、うん。大丈夫」
「……いったいどうしたのじゃ。騒々しい」
「あっ、そうだった!長老さま、大変なんだ!チャモロさまが……」

その時、今まで石のようであった長老の表情が微かに揺れ動くのを、確かにボッツは見た。
チャモロ。彼の身内なのだろうか?
長老の胸中を知ってか知らずか、少年は焦らすように一拍置いてから、ようやく続きを吐き出した。

「チャモロさまが村の外から来た人とケンカしてるんだ!
みんな外に出てきて集まってるよっ!」







「俺はさあ。魔王がどこどこの国を滅ぼしたーとか、魔物によって年に何人が亡くなってるとか、そういった具体的な被害は知らないけどさ。
でもさ、みんなできれば魔王にはいなくなってほしいって考えてるわけじゃん。世界中が迷惑してるわけじゃん。
そんな時に、ゲント族じゃないからーとか言って渋るのは、ちょっとおかしいんじゃないかなあって思うんだけど」
「……レイドックともなれば、船の一隻くらい所持しているでしょう。そちらを使えばよろしいのでは?」
「使えないから来てるんだって」

俺マジレス乙wwwww ……ああもう、融通きかねえなぁこいつ。
アモールの宿屋で地図を見ながら眉を下げていたあの人のことが思い出される。
魔王さえいなきゃもっと商売ができるのに、とぼやいてたおっさんだ。
おっさんにも生活がある。もしかしたら養わなきゃならない家族もいるかもしれない。
何も直接的に脅かされてる人ばっかりじゃない。きっとおっさんみたいに迷惑を被ってる人は多いだろう。
被害はなくとも、いずれ自分の身に降り懸かるかもしれない不安を囁き、怯えている人たちがレイドックにはたくさんいた。
だから、わけのわからん理屈をこねて船は貸さないの一点張りを崩さないチャモロに俺は怒りを感じるのだ。

「チャモロ、目の前で誰かが魔物に殺されそうになってたらどうするよ」
「もちろんお助けしますよ」
「そうだよな、俺たちだってさっき助けてもらったし。
そのことは本当に感謝してるよ。改めてありがとう」
「ええ……」

ピリピリしてきた雰囲気のなか(俺のせいなんだけど)、礼を言ってくる真意を掴みかねているらしい。
チャモロの視線には疑念がこもっていた。

「考えてみてほしいんだけど、たった今どこかで魔物に襲われてる人がいるかもしれないよな。
で、魔物っていうのは魔王の手下だろ? つまりさ……」
「つまり、魔王討伐に向かうあなたたちに船を貸さないのは、
魔物に脅かされる人々を見捨てることと同義だと。そうおっしゃりたいのですか?」

頷く。
そうだよ、俺の言いたいのはそういうことさ。

「そのことについてはご安心ください。私たちだって、魔王を前にして手を拱いているだけではありません。
今はまだその時ではないというだけなのです」
「その時? それっていつなの?」
「神から命を受けた伝説の勇者殿が現れた時です。
その時こそ私たちは勇者殿に力を貸すべく、神の船を下ろすでしょう」


は?


……は?


「ごめん、よく聞こえなかった。もっかい言ってくれる」
「ですから、神から命を受けた勇者殿が――――」

聞き間違いじゃなかった。こいつマジかよ。
ああ、あの目は本気だ。冗談なんかじゃない、心の底からあんなこと言ってやがるんだ。
失望、落胆、怒り。様々な感情が入り混じっていく。
ああ、脳みそがぐちゃぐちゃになりそうだ。頭を抱えそうになるのを堪え、俺は喉の奥から声を搾り出した。

「なあ、それマジで言ってんの」
「マジ?」
「本気で言ってんのかって」
「ええ、もちろん。私たちゲント族は古来から」
「ばっかじゃねえの」
「……え?」


「いるわけねえだろ。神なんか」


チャモロが目を見開き、俺たちのやりとりを見守っていた村人たちがどよめきはじめた。
知ったこっちゃない。こっちはてめえらのアホくささに全身の血が沸騰しそうなんだよ。
確かにさあ、魔法やら夢の世界やら真実を映す鏡やら、非現実なことばっか起こるこの世界になら、
マジで神様いるかもしれないなーアハハなんて思ったよ。
でも、それは“かもしれない”ってだけで、本当にいるかどうかってなると話は別になってくるんだよ。

「何を……。ふざけているのですか?」
「ふざけてんのはそっちだろ。神とか勇者とか、いるかもわかんねえものを待ってるとかアホだろ。アホの極みだ!」
「なんということを……」
「タイチ、言い過ぎだよ! もうやめよう? ね?」

後ろからバーバラが服の端っこをくいくい引っ張ってくる。
女の子にしてほしいことベストテンに食い込む仕草だったが、それに感動する余裕なんてあるはずもなく。

「本当に神がいるとして。世界に魔物がはびこってるのはなんでだ?いくら倒してもいなくならないのは?」
「魔王が彼等を作りだし、世に放っているからです。神とは関係ありません」
「関係あるだろ。魔王も魔物も神が全部倒せばいいじゃねえか。神なんだからできるだろ」
「いいえ、これは神が私たちに与えたもうた試練です。
御自分に頼り切っていては人は成長できないとお考えなのでしょう」
「そのために多くの人が死んでもいいっていうのか? そんな神、俺は信じたくない」

暴論だ。自分でもわかってる。
でもこいつを問い詰めないことには、この怒りは収まりそうにない。

本当に神がいるなら。
テレビで宗教問題が取り上げられたり、学校で宗教が何たるかを学んだたびに考えていたことだ。
本当に神がいるなら、なんで戦争はなくならない? なんで毎秒何人もの人が死んでる?
なんで世界には恵まれてる人の方が少ないんだよ。
みんな、どんな気持ちで神なんか信仰してるんだ。

「伝説の勇者だってそうだ。“伝説”なんて、言い替えれば“噂”と大差ないだろ。
そいつが本当にいるって証拠はあるのか? ここに来るって根拠は?」
「やめてください! それ以上神を愚弄することは許しません」

語調を強め、チャモロが睨み付けてくる。
ゲントの杖について根掘り葉掘り尋ねた俺を咎めた時のものではなく、怒りに心が波立っているようだった。
けれど、周りでどよめく村人たちの目を気にしてか、声を荒げるようなことはしない。
必要以上に俺を責める気もないらしい。
目を閉じ、咳払いをひとつ。再び俺を見上げた時には、茶色の瞳から怒りの色は消えていた。
いや、隠してるのか。

「……こんな世の中です。不安ゆえに神を疑いたくなるお気持ちはわかります。ですが、どうか落ち着いてください」
「質問に答えてくれよ」
「神はいつも私たちを見ています。信じていれば、いつか必ず報われる時が来るでしょう」






            い

  こ



                          つ






「――――ふざけんな!! そんなの嘘っぱちだ!! だったらなんであいつは、勇は」


……勇?
なんでここで勇の名前が、



「タイチ!!」

肩のあたりを強く掴まれる。反動で身体が揺れて、俺は現実に引き戻された。
鼻を掠める花に似た香りに顔を上げると、ミレーユが悲しいような困ったような顔でこっちを見つめていた。
……いや待て、ミレーユ? おいおい、ボッツとハッサンまでいるじゃないか。
なんで三人ともここに? 長老と話してたんじゃ?
俺の疑問には答えず、ボッツはチャモロ、そしていつの間にか彼の隣に佇んでいたじいさんを振り返った。

「すみません、彼は僕たちの連れです。大変失礼致しました」
「や、こちらこそ申し訳ない。孫が無礼を働いたようじゃ」
「御祖父様、私は……」
「チャモロ。お前は最近目覚ましく力をつけてきてはいるが、心の方はまだまだのようじゃのう」
「……申し訳ありません」

おじいさま。
ということは、このじいさんがここの長老か。
きっと騒ぎを聞きつけて話の途中で出てきたんだろう。

……ああ、血の気が引いた気分だ。
ここにはあくまで船を貸してもらおうと頼みに来たのに、お偉いさんの身内と騒ぎを起こすなんて。
俺ってば何やらかしてんだ。留守番もまともにできねえのか。
しかもボッツに謝らせるとか……。これじゃあまるで、親に頭下げさせてる悪ガキだ。

「その……すみませんでした!
つい熱くなって、失礼なことばかり言ってしまって……お騒がせして本当にすみません」
「気にされるでない。孫が迷惑をかけたのう」
「いやそんな、こちらこそ……」
「そなたの気持ちもわかるぞい、若いの。
確かに魔物に大切なものを奪われた者からすれば、わしらは薄情者に見えるかもしれん」

そんなところから聞かれてたのか。
チャモロが何か言いたげに長老を見たが、結局口をつぐんだ。
今は口出しすべきじゃないと思ったんだろうか。
視界の外の葛藤を知って知らずか、長老は話を続けた。表情は穏やかだが、どこか険しい。

「じゃがな。たとえ正論だとしても、そなたのやったことは正義感の押しつけじゃ。
どんなに馬鹿げていると言われようが、わしらにも譲れないものがある。
それは誰の中にも存在し、おいそれと他人が口出しできるものではありゃせん。ゆめゆめ、忘れないことじゃ」
「……はい。すみません」

押し売り、か。言えてるかもしれない。
きっと何かしらの神を心から信仰している人は、たとえ恵まれていなくとも、
死ぬその時になって神を恨んだり存在を疑問視したりしない。
神にもらった命を神に返すだけと考えるからだ。
外部の人間が勝手に「かわいそうだ」と哀れむだけならいい。
けれど、それは彼らの中の神を否定してまで貫くものかと言えば、きっとそうじゃないんだろう。

……わからない、わからないな。
それでも俺は、今もどこかで失われつつある命に目をつぶって、いるかもわからない神やら勇者やらを待つ気にはなれない。
待てるこの人たちを理解できない。

あーくそっ!こんなことになるなら宗教学の授業真面目に受けとくんだった!
全授業出席だけで単位もらえるっていうからノートもプリントも真っ白だよチクショウ!

「長老様。とにかく、僕たちは一度レイドックに戻ります」
「そうじゃな。お互い頭を冷やした方がいいじゃろう」
「ええ。……みんな、行こう」

踵を返し、村の出口へと歩き始めたボッツたちの後ろをとぼとぼついていく。
はあ。あとでみんなに謝らないとな。止めてくれてたバーバラにも悪いことしちまった。
俺のせいでこの村での印象悪くなっただろうし、これが原因で船借りられなくなったりでもしたら責任重大だ。
たとえ長老が折れて船を貸してくれることになっても、村の人たちには反対されそうだなあ。
ほら、俺たち……っていうか俺を見る村の人たちの視線超痛いもん。びしびし刺さってるもん。いや自業自得なんだけどさ。
俺、なんであんなに熱くなってたんだろう。
問い詰めるのはいいとして、もうちょっと冷静に、相手を傷つけずにできなかったもんか。
あーあ、この世界に来てからあんな冷たい目で見られるの初めてだよ。
何かぴくりとも動かないし、目どころか身体も氷みた――――

「え?」

歩みを止めて、俺は馬鹿みたいに辺りをきょろきょろと見渡した。

村を吹き渡っていた爽やかな風が止まっている。
草木が風に吹かれたままの形で止まっている。
前を歩いていたボッツたちが踵を半端に上げたまま止まっている。
こちらを見て何やら囁き合っていたおばさんたちの口が止まっている。

なんだこれ……。まさか、時間が止まってる……!?
いったい何が起きてるんだ?
神とかいるわけねえだろバロッシュwwwとか言ったから罰が当たったのか?
それともあれか、スタンド攻撃受けてるのか? 五秒後にオラオラされるのか?
スタンド使い同士は引かれ合うのか?


――――チャモロ、チャモロよ。私の声が聞こえますね。


おわああああああっ!!?
どこか遠くから響くような、けれど頭の中から聞こえるようなその声に、俺は身体を強張らせた。
もう俺、さっきから驚きの連続でちびりそうなんですけど。
っていうかチャモロ? なんでチャモロ?
振り返れば、少し離れたところにチャモロがつっ立っていた。何故かぼけっと明後日の方向を見上げている。

もしかして、あいつは止まってない……?

「おい、チャm―――」

一歩踏み出したその時、青いペンキを流し入れたみたいに雲一つない空に、一筋の光が降った。
光はまるで目には見えない水面にぶつかったように跳ね上がったかと思うと、きらきらと輝きながら何かの形を縁取っていく。
……やがて現れたそれは、俺には髪の長い女に見えた。


――――この者たちを帰してはなりません。この者たちと共に神の船でムドーの島に向かうのです……。


身体を通り抜けて、心ごと優しく包み込んでくれるような暖かな声。
圧倒されるがままの俺やチャモロが返事する間もなく、
女の姿は蜃気楼のようにゆらゆらと揺れ、やがてそのまま消えてしまった。

けれど、かき消えてしまう寸前。
チャモロを見下ろしていたはずの女が俺の方を見て――――にっこりと、微笑みかけたような気がした。


風が髪をもてあそび、頬をくすぐる。
葉と葉が擦れる音が、村の人たちの囁き合いが聞こえてくる。……どうやら戻ってきたらしい。
いや、別にどこにも行っちゃいないんだから、戻ってきたって表現はおかしいか。

何だったんだ、さっきの。
今まで色々非現実は経験してきたけど、その中でも一番ぶっ飛んでたな。
……まさかとは思うけど。さっきのって、いわゆるかm――――

「皆さん、待ってください!」

某トンガリ頭の弁護士よろしく、チャモロが声を張り上げた。
なんだなんだとボッツたちが振り返り、村の人たちも一斉にチャモロへ視線を集中させる。
待てチャモロ。お前が何を言いたいかはわかる。
けど、お前それでいいのか。隣でハテナを浮かべている長老を泣かすことにならないか。

「ど、どうしたのじゃ、チャモロ?」
「御祖父様。この人たちに船を貸すことにしましょう。私も共に行きます」
「えっ」
「「「「えっ」」」」

あー……。

「今、神の声が聞こえたのです。彼らと共に神の船に乗り、ムドーの島へ向かえと」
「す、すると、この者たちが伝説の勇者だと……!?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。
しかし、神に授かりし船の封印を解くことがどんな結果をもたらすのか……。
この先世界はどうなってゆくのかをこの目で確かめたいと思います」
「なにそれこわい」
「さあ皆さん、行きましょう。私についてきてください」

やる気に満ち溢れた笑顔を浮かべて、チャモロは足取りも軽く例の神殿へとさっさと歩き出していってしまった。
当然ながら、周りの人間は全員(゚Д゚ )ポカーン状態である。
これにはさすがの俺も思わず苦笑い。

あのー、チャモロ……。俺が言えることじゃないんだけどさ。
なんつうか、その……空気読めよ!
せめて「今日はもう遅いですから」とか言って一晩泊まらせて、翌朝にでも「夢でお告げが〜」とかいう感じにしてやってくれよ! 長老の立つ瀬がないだろ!
手のひら返しっぷりがひどすぎていっそ清々しいくらいだよ! さっきの俺たちの論争はなんだったんだよ……。
ああヤバイ、なんか涙出てきた。

「なんで……なんでそんな台無しにするようなこと言うかなあ。
わし、さっきめっちゃかっこいいことゆってたじゃん……。あの若者も心を改めた感じだったじゃん……」

長老にいたっては肩を落として何やらブツブツ言っている。
まあそりゃ、愚痴りたくもなるよな……。一瞬で心変わりだもんな。
がっくりと落とした肩をぷるぷる震わせたかと思うと、長老はガバッと顔を上げ、大声で叫んだ。
杖をついた年寄りのものとはとても思えない、張りのある声だ。

「よいかチャモロ! ムドーを倒してくるまで帰ってくることは許さんからな!!」
「はい! 御祖父様!」

……うん、いい返事だ。



タイチ
レベル:15
HP:102/113
MP:32/52
装備:はがねのつるぎ
    てつのむねあて
    けがわのフード
特技:とびかかり