◆DQ6If4sUjgの物語



第十一話 右手にギラ、左手にメラ

いちから呪文を覚えるには、精神を集中し、イメージを練り上げる必要がある。
例えばギラだったら、自分の手からまばゆい炎が出て、敵を駆逐する……
そんな感じのイメージを強く強くイメージしなきゃいけない。
この世界の人間が呪文を覚えるのはそう難しいことじゃない。
多分それは、呪文が当然のごとく存在する世界で生まれ育ったからだ。
子供の頃から呪文を見てきたのだから、いざ自分が使う時となれば、それをイメージするのは容易いに違いない。
よって、俺が呪文をなかなか習得できなかったのは決して才能が無いとかじゃなく、
「魔法なんて使えるのは映画やゲームの中だけ」という先入観や、そう考えるに至った環境からなのだ。
そう、俺より年下の女の子が何回か戦いを重ねただけで、
あっさりギラを覚えたとしても、それはしかたがないことなのだ。

……しかたないよな? な? そうだよな?

「せーのっ」
「メラ!」
「ギラ!」

5メートルほど離れた、枝で作られた的に向かって手を翳す。
閃光が走り、的はあっという間になめるような炎に飲み込まれた。
間髪入れずにぶつかってきた火球がそれを更に燃え上がらせる。
……が、それはギラとメラが続けざまにヒットしたというだけで、思ったような威力は得られなかった。

「今のタイミングでもだめかぁ」
「もう少しギラを遅らせてみるか?」
「うーん……」

バーバラは腰に手を当てて口を尖らせた。
片足で地面をリズミカルに叩き、若干苛立たしい様子で炭と化した的を睨みつけている。
それだけでまた燃え上がるんじゃないかってくらいの睨みようだ。

「いいわ、一回休憩しましょ! ちょっと疲れちゃった」

的を熱視線から解放し、木陰に座り込む。意外と諦め早いな。
まあいいや、俺も少し疲れたし。お隣失礼しますよっと。

俺とバーバラは今、馬車馬ファルシオンと共に絶賛留守番中である。
ええとだな、最近色々ありすぎて説明がめんどくさいんだが……。
とりあえず三行で説明しよう。


・ラーの鏡で王様性転換
・「わしは……魔王ムドーだったのじゃ!」デーデデデー
・ゲント族さん船貸して←イマココ


……全然わからない?
しかたないな、それじゃあ上から順を追って説明しよう。適当に端折りつつな。

・王様性転換について

ラーの鏡を手に入れた後、俺たちはさっそく“上の世界”のレイドック城へと向かった。
ボッツとハッサンはそこで兵士として働いていて、王の命令で鏡を探してたとか何とか。
で、王に鏡を献上したはいいんだが……大臣やソルディ兵士長(ボッツたちの上司な)、
そして俺たちの前で、王は高貴なドレスを身に纏った中年女性へと姿を変えてしまったのだ。
女性は自らをシェーラと名乗り、王はどこへ行ったのかと大慌てで尋ねる大臣にこう答えた。

「王はムドーの城にいます。
ムドーのところへ行けばすべてが明らかになるはず。さあ行きましょう」

……ずいぶん要約したけど、何が行きましょうだよって感じだよな。
わけがわかんないまま、俺たちは決戦の地へと赴くことになった。


・「わしは……魔王ムドーだったのじゃ!」について

いやぁ、城の攻略も大変だったし、ムドーとの戦いもすごかった。見せられなかったのが残念だぜ。
全員力を合わせて必死に戦って戦って戦って……ついにムドーに膝をつかせることができた。

が、あの野郎。
捨て台詞を残してどこかへと姿をくらまそうとしやがったんだ。

「今よっ! さあボッツ、ラーの鏡を!」

シェーラに言われるままに鏡を向けると――――
ムドーはこれまた高貴な服に身を包み、白い頭に大きな冠を乗せた男性へと変身してしまった。
いや、元に戻った、というべきなのかもしれない。

言葉通り、レイドック王はムドー城にいた。
それどころか魔王ムドーとなって夢の世界を支配しようとしていたのだから驚きだ。
もちろん、王本人にはその自覚はない。
何せ、シェーラ……王妃に言われて初めて「そういえばわしムドーだったかも」って言ったくらいだからなぁ。

そういえば、俺たちを指して「この者たちは夢の世界の住人じゃろう」とも言ったな。
夢の世界の存在はあまり知れ渡ってないかと思ってたんだが、やっぱ国のトップともなると、それくらいは知ってるもんなんだな。
王と王妃は、遅れて来たソルディ兵士長と兵士たちとともにそのまま城に帰っていった。
俺たちも「帰ったら褒美を取らそうぞ」なんて言葉に釣られてほいほい戻ったはいいんだが、
王の間にはそわそわと落ち着かない様子の大臣しかいなかった。
なんと、俺たちより先にムドーの島から出たはずの王たちがまだ帰ってないらしい。
「褒美をやるとか言っておいて」とハッサンが口を尖らせた時、バーバラがぴょんと飛び跳ねた。

「わかったわ! あの時、王さまは城に来いって言ったわよねっ。
あれは別に嘘じゃないんだよ。だから城に行けばいいのよ! ねっ、ボッツ。もうわかったでしょ?」

結果から言うと、バーバラの読み通り、王と王妃は下のレイドックにいた。まったく紛らわしい。
で、門番の前まで来たはいいんだが、そこで「ニセ王子一行許すまじ!」とばかりに牢屋にブチ込まれてしまった。
何でもボッツが行方不明になっているレイドック王子に似ているとかで(そういえば王様もそんなこと言ってたな)、
ちょっとふざけて成り済ましてみたら意外とすんなり信じられてしまい、
城の中だけでなく玉座の間まで通されてしまったことがあったらしい。
しかも、その後すぐニセ者だとバレてつまみ出されたというオチ付きだ。

お前ら何やってんだよ……。
まあ何だ、ボッツが王子ネタに弱いのはこれが原因だったんだな。

誤解はすぐに解け、俺たちはそう時間が経たないうちに解放してもらえた。懲役15分ってところだろうか。
鉄格子越しの景色はなかなか新鮮だったが、できれば今後はごめん被りたい。
んで、そのまま玉座の間へと通され、そこでようやく、王から事のあらましを聞くことができた。
王の言葉によるとこうだ。

「あの日、わしは魔王ムドーとの決戦に臨み、船でヤツの居城へと向った。
しかし突然不思議な空間が出現して……。
その後、どうやって城まで戻ってきたのか覚えてはおらぬ。
気づいた時、わしは……わしは……」




「魔王ムドーだったのじゃ!」デーデデデー




上の世界は夢の世界。
レイドック王やムドーは王妃と王が見ていた夢だった。
ボッツいわく、以前訪れた下のレイドック城では、
二人は一年以上眠りから覚めない病に蝕まれていたらしい。
点滴もないだろうに栄養はどうしてたんだ?とか一年以上寝てたにしては二人とも元気すぎるとか
色々つっこみたかったが、あえて堪えた。誰か褒めてほしい。
……まあ何だ、ファンタジーだしな。

こうして、俺たちの疑問は無事氷解した……けど、褒美は未だに頂いてないし、
どうも誰かを忘れてるような気がしてならないんだよな。
まあいいや、次行こう次!


・ゲント族さん船貸して

夢の世界のムドーは倒したが、現実世界のムドーは未だ健在だ。
放っておくわけにもいかないし、王に頼まれたのもあって、再びムドー討伐へ向かうことになった。
が、城にもう船はないらしい。
「私冒険者だけど、船が一隻しかない国って……」とか、「王がムドー討伐に使った船は?」とか思わなくもなかったが、無いものはしょうがない。
山奥にひっそりと暮らしているゲント族の村を訪ね、神の船とかいう船を貸してもらえないかと頼むことになった。
ゲント族は神の使いを自称しているらしい。
全員中二病の村とか一周回って逆に面白そうじゃね?と、密かに楽しみにしてたんだが――――

「村に着いたけれど、あんまり大人数で押しかけたら迷惑かしらね……」
「あっ、じゃぁあたしとタイチは留守番してるよ!」

オンドゥルルラギッタンディスカー!!(0w0;)

いやこれは語弊だ。別に裏切られちゃいない。
が、こうも言いたくなる俺の気持ちも汲み取ってほしい。
なんで勝手に俺の留守番まで決めてるんだよ! お前そこは普通にグッパだろ!
という必死すぎる抗議も虚しく、ボッツたちはさっさと村に入っていってしまった。
なんと仲間甲斐のない奴らだ。やり場のない怒りは当然残ったバーバラに向けられる。
っていうかこいつが原因だ。

「えへへ、ごめんね。……実はね、ちょっと相談したいことがあるんだ」
「……相談?」



――――で、今に至る、と。ちょっと長くなっちゃったな。

相談っていうのは、月鏡の塔でゾンビ相手に物凄い威力を発揮した、
あのギラとメラの合わせ技を何とかモノにしたいから協力してくれ、とのことだった。
確かにあれを扱えるようになれば、ムドー相手にかなり有利に戦えるかもしれない。
そう思って的相手に練習を始めたはいいんだが、成功の目は一向に見えてこない。
何がいけないのかさっぱりわからん。やっぱタイミングか……?

「なあバーバラ。あれは一種の奇跡みたいなもんでさ、同じ状況にでもならなきゃ再現できないんじゃないか?」
「うーん……確かに。一理あるかも」
「だろ? だからもうあきらm……」
「よし、やってみよう! えーっと、このへんに腐った死体いないかな?」
「できるか馬鹿!」
「えー」

「えー」じゃないっつうの……はあ。

ボッツたち、許可もらえたかな。
まあ王様の紹介状もあることだし、今頃長老的な人が快諾してくれてるだろう、多分。
……っていうかさ、バーバラ。ギラとギラじゃダメなのか?そっちの方がずっと強いと思うんだけど。

「それもいいけど、あたしはあのギラとメラを出せるようになりたいの」

何なんだそのこだわりは……。
俺はくしゃくしゃと頭を掻くと、バーバラから視線を外し、ひたすら草を食すファルシオンの傍らへと腰を下ろした。
うお、改めて見るとこいつデケえ。
馬とこんなに身近な生活を送ることになるとは、向こうにいた時はまったく考えられなかったな、とぼんやりと思う。

この世界に来てから一ヶ月以上が経った。
電気もガスも水道もない不便な生活にも何とか慣れてきたし、
しばしば強いられる野宿もキャンプと思えば楽しめる。
グロテスクとバイオレンス溢れる戦いにもだいぶ慣れてきた。
もちろんボッツたちにはまだまだかなわないが、そこそこ戦えるようにはなってきたと思う。
あまり肌触りの良くない服、その上に着る防具や武器のずっしりとした重さには……まだちょっと慣れない。
でも、もうちょっとだ。魔王ムドーを倒せば元の世界に戻ることができる。
一抹の寂しさがよぎるものの、喜びの方が大きいのは事実だ。

父さんと母さん、心配してんだろうなぁ。
あの二人は心配性すぎて、かえってこっちが心配になるんだよな。
大学合格をきっかけに一人暮らしするって決めた時もずいぶん反対されたっけ。
せめて一言「無事だよ」って連絡できたらいいんだが。
あ、勇とかどうしてんだろ。
俺がいないから生活費半減しちまってるよな、今月からきっついだろうなぁ。
心配通り越してすっげえ怒ってそうだし、帰ったら何かおごってやるとするか。
たまには兄貴っぽいことしてやらないと、あいつ俺が兄だってこと忘れそうだからな。

「ねえタイチ。あなたって、他の世界から来たのよね?」
「何だよ藪から棒に。まだ疑ってるのか?」
「ううん、そうじゃなくて」

バーバラにももちろん俺の事情を話した。
冗談だと思ったのか最初は相手にしてくれなかったが、
こっちの常識や生活に不慣れな様子を見て、ようやく信じる気になってくれた。
彼女曰く、「雰囲気が何か一人だけ違うし、これが演技だったらクサすぎ」とのことらしい。

「タイチの世界には魔物がいないのよね」
「うん、まあ」
「いいなあ、平和じゃない」
「う……ん。まあ、そこそこ平和……かな」

煮え切らない答え方をしてしまう。
確かに魔物なんて厄介な奴らはいないけれど、その代わり、あっちは人間同士での争いが絶えない。
魔王という共通の敵がいて、そいつを倒すために団結してるこの世界の方が
人間としては理想の形に近いんじゃないだろうか。

そもそも、恐らくこっちでは珍しいはずの黄色人種である俺を見ても、
誰も何も言ってこない。視線すらよこさない。「雰囲気が何か違う」で済まされてしまう。
人の見た目なんて細かいこと、こっちの人たちは気にしないんだ。
宗教の違いとか人種がどうだとかで戦争してる俺の世界があほらしく思えてくる。
帰ったら何か平和活動でもしようか、なんて。できてもせいぜい募金くらいだけど。

「もちろん呪文もないのよね。なんか考えられない」
「ないけど、科学っていう技術が発展してるよ。
蛇口をひねるといくらでも水が出てきたり、ランプがなくても家中を明るくできたりさ」
「へえ! カガク? って、便利なのね」

たどたどしい発音が何だか新鮮で可笑しくて、つい笑い声がこぼれてしまう。
あ、やばい。これ怒られるか?
そう思って身体を縮こまらせたが、いくら待っても叱責は飛んでこなかった。
あれ? ミレーユならともかく、バーバラなら絶対怒ると思ったんだけどな。
恐る恐る振り返ってみると、バーバラは自分の小さな手をじっと見つめていた。

「呪文のない世界かぁ……。
もしあたしがタイチの世界に飛んでっちゃったら、きっとなんにもできないね」

これだけがとりえだもの。
声は届かなかったが、彼女の唇はそう動いたように見えた。

バーバラは呪文への執着が強い気がする。
腕力は俺よりないけど(当たり前か)呪文の扱いは仲間の中でもピカイチだ。
バーバラが入って戦いがすごく楽になったし、今のままでも十分強いのに、彼女は修練に余念がない。
まるで、それが自分の存在意義だとでも言うような。
やっぱり記憶がないからだろうか。
帰りたくとも帰れないという意味では同じだけど、
俺と違うのは、バーバラは帰るべき場所がわからないという点だ。
もしパーティーに追いつけなくなり、足を引っ張るようになって、戦力外通告されてしまったら。
そう考えているのかもしれない。ま、そんなことありえないけどな。
天真爛漫なバーバラはそれだけで空気を和ませるし、パーティーの潤滑油になってくれる。(別に仲が悪いわけじゃないけど)
上の世界のムドー城へ乗り込む前、否が応にもピリピリしてしまっていた俺たちの空気をほどいてくれたのもバーバラだ。
そもそも、ボク異世界から来たんですーアハハーなんてのたまった怪しさ爆発の俺を
仲間に引き込んでくれたボッツが、弱いってだけの理由でハイさよなら、なんてことするわけがない。
まずリストラされるなら俺だしな!HAHAHA!

だから気にするな、と俺は言わない。
何故ならば、それを言うのは俺の役割じゃないからだ。

「なあバーバラ。お前、ボッツのこと好きだろ」
「えっ!? い、い、い、いきなり何言ってるのよ!?」
「あ〜、やっぱりな」
「……っ!」

ふぉっふぉっふぉ、初い奴よのう。
そこまで顔真っ赤にしてちゃ言い逃れはできないぜ。
まあ何だ、普段のバーバラ見てたらまるわかりだよ。
しょっちゅうチラチラ見てるし、ボッツと話す時やたら嬉しそうだし、意識してるのバレバレだっつの。

「あたし……そんなにわかりやすい?」
「うん。ミレーユとかはとっくに気づいてるだろうな」
「そ、そっか……。あ、やだ!ボッツに気づかれてたらどうしよう!」

いや、それはない。
ボッツは記憶力が抜群な上に勘も働くくせに、色恋沙汰や女心には疎いからだ。
きっと、いや絶対、バーバラのほのかな恋心にはミジンコほども気づいちゃいないだろう。
が、俺はそのことをバーバラに伝える気は全く無い。
なんでかって?
その方が面白そうだからだよ、言わせんな恥ずかしい。

そう、バーバラはボッツに惚れている。
だから「たとえ呪文が使えなくても、君は大切な仲間だ」みたいな台詞は
俺なんかより、ボッツに言われた方がずっとずっと嬉しいに違いない。
あいつはそのへん気が利くからな。俺がちょいっとリークしてやれば、バーバラを慰めようと動くはずだ。
上手くいけば二人の距離も縮まるし、バーバラの悩みも解消されるしで万々歳!
我ながら完璧な計画だ。さて、問題はこれをいつ実行するかだが……。

ぶるるるん。
空気を震わせる鼻息が俺を現実に引き戻す。
ふと見ると、もさもさと草を食んでいたはずのファルシオンが、怯えたようにじりじりと後退りしていた。
おもむろに立ち上がるバーバラとアイコンタクトを交わし、腰に携えた鋼の剣に手をかける。
ファルシオンがこういう反応を見せた時は―――

「! バーバラ!!」
「きゃっ!?」

細い肩を引っ掴んで倒れ込み、そのまま草の上をゴロゴロと転げ回る。
一瞬遅れて、背中に燃えるような熱さを感じた。……いや、“ような”じゃない。
素早く起き上がり、バーバラを背後にかばうようにして立ち上がる。
先程までバーバラが座っていた木陰は真っ黒焦げになっていた。ナイス俺!ナイス飛びかかり!
ああちくしょう、こんな時に魔物のお出ましだ。
神様仏様、どうかダークホビット四匹とかじゃありませんように。
あいつらの異様なまでのガードの硬さマジ厄介なんだよ!

茂みが盛大に鳴り、そいつがおもむろに姿を現す。
俺の祈りが通じたのか、魔物はたったの一匹だけだった。
ふわふわと空に浮かぶそいつは、まるで青空を泳ぐ雲のようだった。
ただし、色は白でも黒でも灰色でもなく、薄い橙色。おまけに目と口までついてやがる。
なんだこの生き物……。
まあ魔物が妙ちきりんなのは今に始まったことじゃないか。
よし、バーバラ! 先手必勝だ!

「うん! せーのっ、メラ!」
「ギラ!」

火の玉と帯状の炎が魔物を飲み込まんと突っ走っていく。
相変わらずの失敗作だが、これだけでも結構なダメージになるはずだ。
間近に迫る二つの炎をそいつは避けようともしない。
それどころか受け止めようと大口を開けて待ち構えていやがる。
あえて受け止めようってか?面白い、口ん中火傷して口内炎が悪化しても知らねえからな!想像しただけでも超痛えぞこれ!

…………ん? 口?



ばくん。もぐもぐ、ごっくん。



おいいいいいいいいいい!!!
何飲み込んじゃってくれてんのおおおおおお!!?

「嘘っ……!?」
「おいおいおいおい冗談じゃねえぞ! くっそ、もう一回……!」
「だめ! また食べられるだけだよ。武器で戦おう!」

くそっ、仕方ないか。俺は渋々鋼の剣を抜いた。
ずしりとした重みが両手に負荷をかける。
できれば武器って使いたくないんだよな。傷つける相手の手応えが直に伝わってくるから。
……ああ、こんな甘いこと言ってたら、またハッサンに怒られる。
でもいいんだ、もう少しで帰れるんだから!

「ルカニ!」

青い光が魔物を包む。
ルカニは相手の肉体を一時的に柔らかくし、攻撃を通しやすくする呪文だ。
傍目には効いてるのか効いてないのかさっぱりわからないが、当の術者には判断がつくらしい。
バーバラはしてやったりと不敵な笑みを浮かべた。

「効いたわ!」
「よっしゃあ、行くぞ!」


 *タイチの こうげき!
   ヒートギズモは すばやく みをかわした!

 *バーバラの こうげき!
   ヒートギズモに 5の ダメージ!

 *タイチの こうげき!
   ヒートギズモは すばやく みをかわした!


こ、こ、この雲野郎! ちょこまかちょこまかと!
ニタニタ笑ってんじゃねえよ! 何その顔ふざけてるの!?
おら、次行くぞ!


 *タイチの こうげき!
   ヒートギズモは すばやく みをかわした!


「…………」
「…………」
「( ´,_ゝ`)プッw」

oi
misu
ミス
おい。笑ったな?今笑ったな?


「野郎!ぶっ殺してやらあああぁぁぁ!!」

今度こそ一撃を加えてやろうと俺は剣を振りかぶる。
勝利の女神は微笑まずとも、こっちを振り向いてくれたらしい。
ど真ん中とはいかなかったが、雲野郎の端っこに刃を食い込ませることに成功した。
ルカニのおかげでまるで絹豆腐を切るような感触だ。
骨や筋肉があるようには見えないから今更驚いたりはしない。
あーあ、魔物が全部こいつみたいな身体だったらいいのに。
ぼとり、と肉片(雲片?)が土に落ち、雲野郎は機嫌を損ねた子供よろしく、ぷくうっと頬を膨らませた。

なんだなんだ?
お前がそんなんやっても全然可愛くな――――

「あっつうううううううぅぅぅううううう!!?」
「タイチ!?」

こ、こ、こいつ! 火ぃ吹きやがった!
いやまあさっき食ってたし焦げた木陰を見ればそれくらい俺でも予想できるけど!
このバカ野郎、山火事になったらどうすんだよっ!?

「それに関しては、あたしたち人のこと言えないんじゃないかな……」

そうでした。テヘペロ☆

何とか直撃は免れたけど、左腕がやられちまった。
熱い熱い熱い。今すぐ冷たい水が欲しい。
俺もバーバラもホイミ系の呪文は使えない。薬草やアモールの水は……
ああ! 移動中、馬車の中で暇だから持ち物を整理しようと思って
全部ふくろの中に突っ込んじまったんだった! ああもう、俺のバカ!

「バーバラ!薬草かアモールの水持ってないか?」
「ごめん、ここに来る前に全部……」
「よしわかった。俺があいつを引き付けるから、ふくろから持ってきてくれ!」
「……わかった!」

俺は剣を握り直す。
ああくそ、腕が痛い。焼けるように熱い。いや実際に焼けてんだけど。
それにしたって、お湯を注いだばかりのカップ麺をうっかり足にこぼした時だってこんなに熱くなかったぞ。
馬車の方向へと駆けていくバーバラを雲野郎は追い掛けようともしない。
大きく息を吸い込み始めたってくらいだ。なんだなんだァ、深呼吸ですかァ?
……って、あれ? 何か少しずつ大きくなっていってるような……。

あ、ちょっ、何かやばくね?
これ俺だけじゃなくバーバラも巻き込まれるんじゃね?
なんて考えているうちに、雲野郎は徐々に膨らんでいってるわけで。

…………。

ええい、こうなりゃ特攻だ!届けマイスティールソード!


不意に、風が頬を撫でた。突風というほどじゃない。
けれど草木を揺らすには十分すぎるくらい強い風だった。
風はやがて螺旋を描き、小さな竜巻となって雲野郎に襲いかかった。
木の葉を舞い上げる竜巻にあっという間に吸い込まれ、雲野郎は為す術もなく全身を切り刻まれていく。
やがて跡形もなくなるくらいに細かくしてしまうと、
小さな竜巻はゆっくりと螺旋をほどき、空気に溶けていった。

……何だったんだ、今の。
あ、もしかしてバーバラか?
追い詰められた戦いの中で秘められた魔力が奇跡を起こしたとかそういう!
そう考えてバーバラを振り返ったが、彼女は俺と同じようにぽかんと口を開けていた。
だよな、違うよな。後ろ向いてたもんな。

がさ……。
背後にて茂みが鳴った。
新手か!? 俺とバーバラは身構え、音を追い掛けるようにして素早く上体を捻る。

「このあたりでヒートギズモが出るとは……。珍しいですね」

しかしそこにいたのは、どこからどう見ても人間だった。しかも見たところ、バーバラより年下の男の子だ。
二股に分かれた山吹色の大きな帽子を被っている。
着ているローブもこれまた全体的に山吹色だった。好きなのか? その色。
それに、自分と同じくらいの長さの杖を持ってるけど、邪魔にならないんだろうか。
って、そんなことよりも!

「ねえ! さっきのバギ、あなたが撃ったの?」
「ええ。お節介だったでしょうか」
「いや助かったよ! ありがとう! メラもギラも効かないし、攻撃は当たらないしでもうどうなるかと」
「タイチ、剣向いてないんじゃない?」
「ぐぬぬ」

何も言い返せない。
重いんだよな、剣。絶対使いこなせてないよな。
ため息を吐きながら、結局活躍できずじまいだった鋼の剣を鞘に戻す。
やっぱり俺にはブロンズナイフがお似合いなのか……。
ん? 何見てんだ少年。大の男が女の子に言い負かされてる図がそんなに面白いか!?
っていうか何ひとりでこんなとこうろついてんだ?
いくら呪文が使えるったって、子供だけじゃ危ないだろ? ああん!?

「お怪我をされてますね。先程の魔物に?」
「ぁ……ああ」

目ざといなぁおい。
じりじりと痛む左腕をちらりと見ると、割とひどいことになっていた。
ああ、やばい……見るんじゃなかった。

「うえ……ちょ、ちょっと火傷したくらいだって。大丈夫大丈夫」
「ふむ」

少年は漫画やらでよく見るように、眼鏡をくいっと持ち上げた。
そう! こいつ、眼鏡をかけてるんだよ! この世界にも眼鏡なんてあったんだな。
テレビもパソコンも無いんだから目が悪くなる要素なんて無いと思うんだが。あ、でも本とか読むか。

「見せてください。良ければ治療しましょう」
「いいよ、これくらい薬草で治るし。バーバラ、頼む」
「あ、うん」

いやー、俺も強くなったもんだ。
もしもこの世界に来て間もない頃にこんな怪我してたら、
ぴーぴー泣きわめいてたかもしれないな。うんうん、慣れって素晴らしい。
う、いてて。

「それには及びません。失礼」

少年は俺の左腕を取り、右手に持っていた杖をかざした。
杖の先端から淡い光が漏れだし、俺の腕を包んでいく。
うおぉ、なんだこれ! 超あったけえ!

光が消える頃、腕の火傷は嘘のように治っていた。痛みもひいている。
ホイミ……じゃないよな。唱えてないし。

「え〜っ! 何今の!? まさかあなた、詠唱なしで呪文が使えるの?」
「いいえ、今のはこの杖の力です。
ああして使うと、ベホイミと同じような効果を発揮できるのですよ」

へえ〜! いいなぁそれ。
ベホイミっていったら、ホイミより大きな傷を治せるアレじゃないか。
薬草代浮くし便利だし、いいことずくめじゃん。それって何度でも使えたりするのか?

「……」

睨まれた。
眼鏡越しのそれは、まだ幼さを残してはいるものの、俺を萎縮させるには十分な鋭さだった。
ごごご、ごめん! 火傷を治してくれた礼も言わずにこんなこと聞いて!
ちょっと失礼すぎたよなっ!

「ああいえ、お気になさらず! 私の方こそすみません。
こんなことで平静を乱してしまうとは……。まだまだ修行が足りませんね」

少年は申し訳なさそうに微笑んだかと思うと、地面に突き立てた杖をまっすぐに見つめた。
その眼差しはさっきと打って変わって柔らかい。

「このゲントの杖は、神の祝福を受けています。
私が信仰心を失わない限り、癒しの力も失われることはないでしょう」

つまり何度でも使えると。
それにしても神様ねえ。俺は残念ながら無宗教だけど、この世界には神様とかいてもおかしくないよな。
俺も少年みたいに信心深くなれば、ゲントの杖に授けたような不思議パワーで元の世界に戻してくれたりするかなあ。

……ん? “ゲント”の杖?
バーバラも時を同じくして気づいたのか、ずいっと身を乗り出した。
オレンジ色のポニーテールがふわりと揺れる。

「ゲントって、あなたもしかして……」
「ああ、申し遅れました。私はチャモロ。この村を守るゲント族の戦士です」

どうぞお見知りおきを、と、子供にしては丁寧すぎる口調で、少年―――チャモロは深々と頭を下げた。



タイチ
レベル:15
HP:102/113
MP:32/52
装備:はがねのつるぎ
    てつのむねあて
    けがわのフード
特技:とびかかり