◆DQ6If4sUjgの物語



第九話 バイオハザード

「ここが月鏡の塔か……」

みんな揃って塔を見上げるので、俺もそれに倣ってみる。
建築には詳しくないけど、しっかりと煉瓦が組まれてるし、頑丈って感じがするな。
天を突かんがばかり、というほどじゃないが、そこそこの高さだ。軽く五階はあるだろうか。
塔の外見は大雑把に言えば凹状になっていて、
その真ん中に……おい、なんか部屋がまるまる一個浮いてるぞ。いったいどうなってんだ。
何か四方から電撃みたいなのが走ってるけど、あれが支えてるのか?

「タイチ、お前の世界にある“ビル”って建物もこんな感じなのか?」

いや〜……もっと高いものもあるかな。あと部屋浮いてないし。

「この塔より高いのか!? っはぁ〜……」

呆れてるのか感心してるのかよくわからない声出すなよ。
反応に困っちゃうだろうが。

なんでハッサンがビルのことなんか知ってるのかというと、まあ答えはひとつしかない。
ここに来るまでの間、話の物種にと俺の世界について色々話してみたのだ。
ただ、電気やガスについての説明はどうにも難しい。
俺の世界の人間は魔法が使えない代わりに、
自然の力を応用するのが上手い、みたいなよくわからない説明しかできなかった。
ああでも、みんな興味津々で聞いてくれたのは嬉しかったな。
ただ、なんでかハッサンは建物の話しになると、ちょいちょい質問してきては
「か、勘違いしないでよねっ!別に建物になんか、全然まったく興味ないんだから!」
みたいな態度を取るんだよなぁ。モヒカンマッチョのツンデレとか誰得だよと言ってやりたい。多分通じないけど。

まあそれは置いといて。
固く閉ざされた扉にカギを差し入れ、そのままくるりと回す。小さく錠が下りた音がした。
カギを抜き、そのまま取っ手を引いてみると、
大きな扉はそれまで黙り込んでいたのが嘘のように、あっさりと開いていった。

「この奥にラーの鏡が……。よし、行こう!」

少なくとも二十年以上侵入者はいなかったはずなのに、塔の中は意外と埃っぽくなかった。
部屋の隅に蜘蛛の巣が張ってるくらいだ。
てっきり山のように積もってるものかと思ってたんだけど。
ってことは、つまり……。

「魔物が巣くっているかもしれないわね」
「へへっ、そうこなくっちゃ。あっさり手に入ってもつまんねえしな。なあ、タイチ?」

同意を求めてくるハッサンに、俺は「もちろんだ」と応えてみせた。もちろん強がりだ。
何十年ぶりかの来客を、格好の獲物を、魔物たちは張り切って出迎えてくれるだろう。
髪の毛ひとつ残さず食い尽くそうと襲いかかってくるに違いない。
そう、手加減なんかしてくれるわけがないのだ。
……正直言うと、ラーの鏡とかどうでもいいから今すぐ帰りたいです。
なんで鏡が魔王倒すのに必要なんだよ。鏡が弱点なの?
実はすっげえ不細工なのに美形だと思い込んでて、それを自覚させて憤死させる狙いなの?
ああもう、めちゃくちゃ怖い。

月鏡の塔という名前に因んでるのか、
入って角を曲がったところの壁が、なんと鏡張りになっていた。
五メートルはあろうかという大きな鏡がそれぞれ柱を挟んで並んでいる。
うっへえ、ラブホ顔負けだなこりゃ。

降りる階段が二つあったのでさっそく下に行ってみたはいいが、
ひとつは宝箱(鉄の胸当てだった)、もうひとつは行き止まり。
隠し扉がないかと壁を叩いてみたりもしたけれど、
進めそうなところはまったく見当たらなかった。

ざんねん!! おれたちのぼうけんは これで(ry

……なんて馬鹿言ってる場合じゃない。
使い道はよくわからないけど、俺たちにはラーの鏡が必要なんだ。壁ぶっ壊してでも進まないと……。
それにしても、よくもまあこんなでっかい鏡用意したよなあ。
量産に成功してる俺の世界でも全身を映せる姿見は一万円くらいはするってのに。
どこの誰が建てたかは知らんが、設置にはむちゃくちゃ金かかったんだろうことが容易に推測できる。
魔王倒せちゃう鏡だもんな、金かけるのもわからなくはない……か?
鏡越しに頭を悩ませてるボッツ、ハッサン、ミレーユが見える。
ちなみに立ち位置は、

|  鏡  |  鏡  |  鏡  |  鏡  |
 ボ
                俺
         ミ                 階段
    ハ

といった感じだ。
いやー、こうして並んで見ると、ほんと俺浮いてるわ。何この醤油顔、ふざけてるの?

「みんな、ちょっと来てくれ!」

全員がボッツの調べていた鏡の前に集まる。隠し扉でも見つけたんだろうか?

「この鏡、何か変じゃないか?」
「変って?」
「いや、どこがどう、とは言えないんだけど……」

困った顔で言い淀む。そう言われてもこっちが困るって。

……ん? あ、あれ?
俺は信じられない思いで目の前の鏡に手を伸ばした。
ほどなく鏡に届いたが、鏡の向こうにいるはずの自分と、指と指が触れ合うことはなかった。
鏡に映っているのは、ボッツ、ハッサン、ミレーユと、そして塔の内装。
……そこにあるはずの、俺の姿が、ない。
思わず右隣の鏡の前に駆け込めば、日本人特有の掘りの浅い顔が視界に飛び込んできた。俺だ。

なんだこれ、いったいどうなってんだ?
「悪いな太一、この鏡三人用なんだ」ってか?

「どうやらこの鏡が鍵を握っているようね」
「行き止まりなだけに? なるほど、なかなか上手いこと言うな」
「そ、そうかしら? そんな上手くはないと思うけど……」
「この中に隠し部屋があるのかもしれないな。よし、調べてみるか」

ボッツが鏡の中の自分の顔をコンコンと叩いた。
ハッサンとミレーユのやりとりはスルーですか。
……ん? 今、鏡の中のボッツが仰け反ったような……。

「くっ! このまま大人しく引き返せばよいものを」

うわっ、喋った!?

「ばれては仕方がない! ここから先へは進ませぬぞっ!」

鏡の中のボッツ、ハッサン、ミレーユの表情が一変した。
本人とは似ても似つかない凶悪な顔つきだ。

「進ませぬぞっ!」だってえ?そんな勇ましく言ったって、
鏡を壊してしまえばこっちのも、の……おおぉぉおおおおぉぉぉぉぉ!!?

 *ポイズンゾンビが あらわれた!

な、な、なんじゃこりゃあああああ!!
鏡から腕が生えて、ボッツの顔が鷲掴まれてるうううぅぅぅううう!?
紫色な上に、今にも腐り落ちそうなほどドロドロなその腕からはひどい腐臭が漂っている。

「ボッツ!」

ああっと、ボッツくんふっとばされたー!

「ちくしょう、こいつら!」

ハッサンの声にはっと振り返る。
ガッツが足りなかったボッツに気を取られている間に、どうやらこちら側へ侵入を許してしまったようだ。
既に目の前には土気色の髪、紫色の肌をした三匹の化け物が迫っていた。
なるほど、こいつらが鏡の中で化けてたのか。
ふふん、惜しかったな。あと一匹いれば誤魔化せたかもしれなかったのに。
って、あ! こいつらアレか、まさかゾンビってやつか?
うわー、ジルやクリスたちはこんな化け物と戦ってたのか。口がきけるぶん、こっちのゾンビの方が賢いみたいだけど。
っていうか魔物って喋れる奴もいるんだな……。

「みんな! そいつらの後ろ……!」

何とか起き上がったボッツが叫ぶ。
その声に従い、ゾンビたちの後ろをよく見れば、
なんと、いつの間にかあれだけ大きかった鏡が消え失せていた。
その先には通路が広がっている。これは、つまり……。

「こいつらを倒せばいいってわけだな。いいね、実に単純明快だ」
「腐臭に混じって毒の臭いがするわ……。気をつけて行きましょう」

ハッサンがポキポキと指を鳴らし、ミレーユが構える。
後ろで金属の擦れる音がした。ボッツが剣を抜いたのだろう。
すー、はー。深呼吸をひとつ。臭いが我慢だ。
それに合わせるように、俺はゆっくりと、腰に携えていたブロンズナイフを抜いた。

怖い。恐ろしい。毒があるって?
いったいどんな毒なんだ。即効性だったりしないよな?
あいつらに噛まれたら俺もゾンビになっちゃうんじゃないか。
うっかりどこかを掴まれて、そこから溶けてぐずぐずになったりしたら。
ああ嫌だ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。恐怖で押し潰されてしまいそうだ。

――――なのに、どうしたことだろう。
胸が躍る。口元が緩むのを止められない。
血が沸々と煮えたぎり、全身の体温が上昇していくのがわかる。
体がわずかに震えていたが、それが恐怖からのものではないことは明白だった。

「マヌーサ!」

マヌーサ。確か、敵をまぼろしに包んでしまう呪文だったっけ。
ひとたび効いてしまえば、まぼろしに気を取られている敵を
一方的に攻撃できるという、なかなか凶悪な呪文だ。
ゾンビたちの眼前に霧がかかっていく。効いたのは一匹だけだったようだけれど、それでも十分だ。

「タイチ! マヌーサがかかった奴は任せた……ぞっ!」

振り回される腕の群れを、銅の剣でいなしながらボッツが言う。
以前の俺ならそれだけで怯んでしまいそうな台詞だ。

けれど、今なら言える。
強がりでも虚勢でもなく、心から。

「ああ、俺に任せろ!」

俺の啖呵を聞いていたかは知らないが、
マヌーサがかかったゾンビが頼りない足取りながらもこっちに突っ込んできた。
素早い! ゾンビのくせに生意気だ!
まぼろしの霧に包まれながらも俺の位置はわかるらしい。腐っても魔物ってことか。

さあ、行くぞ。
両手で武器を握り、体の向きは相手に対してやや斜め。
脇は締めて、大きく足を開く。そのとき片足は必ず一歩後ろに。
……大丈夫だ、身体が覚えてる。

ゾンビが大きく腕を振り上げる。よくよく見れば爪は獣のように鋭く、
人間の柔らかい肉なんか容易く切り裂けてしまいそうだった。
馬鹿! 怯むな、俺! 思わず逃げ腰になってしまう自分を叱咤する。
一瞬でもあいつから目を離したら死ぬと思え。
喉笛を震わせながら振り下ろされた五本の指爪は、俺の頬を掠めつつも、空を切った。
まぼろしの俺を切り裂いてしまったゾンビはその手応えのなさにバランスを崩す。
背中がガラ空きだ!

「うおおおおおおおっ!!」





月鏡の塔に到着する二週間ほど前のことだ。
俺たちはアモールを発った後、塔へ直行することはしなかった。何故かと言えば――――

「脇が開いてる!肩も上がってるぞ、力みすぎるな!」
「オス!」
「片足は必ず後ろだ。軸足を意識しろ!」
「オス!!」

おわかりいただけただろうか。そう、俺は稽古をつけてもらっていたのだ。
体の向きは相手に対してやや斜め、脇は締めて、
相手の行動への反応を少しでも早くするため片足は必ず一歩後ろに。
始めて三日くらいは基本の型みたいなのを徹底的に教え込まれた。
ハッサンに絞め落とされた後、三人の間で何かしらの会議が行われ、
その結果、しばらく俺を心身ともに鍛えることが決定したらしい。
んで、こうなったってわけだ。

目が覚めるとこれまた知らない天井で、
しかも知らない婆さんが顔を覗き込んできたもんだから、年甲斐にもなく大騒ぎしてしまった。
まあ婆さんが杖で小突いてくれたおかげで、すぐ落ち着けたけど。コブができたぜチクショウ。

婆さんの名前はグランマーズ。
名前っつーか、そう呼ばれているらしい。
が、普通に呼ぶには長いためか、ハッサンは婆さんと呼んでいるようだ。
グランマーズは高名な夢占い師であり、ミレーユはボッツたちと出会うまで、
グランマーズの元で夢占い師の修行を受けていたとか何とか。
そこに半透明になったボッツたちと出会い、一緒に旅をすることになったとのことだった。
しかし、ボッツとハッサンによれば、ミレーユは初対面にも関わらず、
こっちのことを最初から知ってるような態度だったらしい。
居場所等はグランマーズの占いで知ったようだが、それにしても引っかかる部分が多いとか。
うーん、ミステリアス。

「隙あり!」
「おわっ!?」

バランスが足元から崩されて、俺の体は情けなくも尻から転倒した。
足払いに引っ掛かるとかないわー……いててて。
痛みに気を取られてる間に、空を切る音とそよ風が耳と頬を撫でた。
はっと目を開けると、俺の顔のど真ん中に木の棒を突き付けているボッツの姿。
くそ〜、また負けた!

ご覧の通り全然敵わなかったわけだが、
平和ボケした日本人には魔王討伐なんて向いてないんじゃないだろうか。
当たり前だけど、ただ型をやるより実戦の方がずっと難しい。
覚えた型を意識しつつ、相手のどこを攻撃したらいいかとか考えながら動かなきゃいけないとかマジ無理ゲー。
だからって、ここで諦めたら置いていかれること間違い無し。
グランマーズと二人暮らしなんてまっぴらごめんだ。

あ、そうそう。占いと言えば、せっかくなのでどうしたら
元の世界に戻れるのか占ってもらった。
魔王を倒せば戻れる、なんて俺の直感と推測でしかない。
そんなのお約束な展開よりも、もっと楽な方法があるかもしれないじゃないか。
それで先生、どうなんですか!? うちの子は助かるんですか!?

「魔王を倒せば自ずと道は開ける……と出ておるぞ」

うん、お約束って大事だよね☆

そうして淡い希望を打ち砕かれたり、つら〜い修行を積んだりして、
二週間後、俺たちはやっとこさ月鏡の塔へとたどり着いたというわけだ。
「俺なんかのために魔王をほっといていいのか?」と尋ねると、「確実に討伐するためだから」という答えが返ってきた。
確かに一理ある……が、申し訳ない気持ちになったのは言うまでもない。
その分修行には真剣に取り組ませていただいた。
たぶん俺の二十一年間で一番身を入れた出来事だったんじゃないだろうか。
この世界のため、ひいては自分が元の世界に帰るためなんだから、
一心不乱にならんでどうするって話なんだけど、さ。

眼前の敵めがけて、ブロンズナイフを振り上げる。
刃はゾンビの背中を下から上に撫でるように、しかし確実に切り裂いた。
一瞬遅れて緑色の体液が吹き出したが、そんなのにいちいち怯んではいられない。
返す刀で右肩の付け根を突き刺してやると、ゾンビは声にならない悲鳴を上げた。
よし、いける!この調子で……。

「この、人間風情がっ……調子に乗りおってえぇぇ!」

ゾンビがそう言い放った次の瞬間、
ナイフが手からすっぽ抜けたかと思うと、俺の足は地から離れていた。
や、や、やばい。顔ごと鷲掴まれた上に持ち上げられてるううううう!?
爪が頭とかに食い込んで超痛いんですけど!
それに腐臭と、何とも言い難い臭い―――ミレーユの言葉を借りれば、毒の臭いってやつだろうか―――が
混じったものがダイレクトに伝わってくる。鼻が曲がりそうだ。
後で食べよう後で食べようと思って、うっかり冷蔵庫の中で腐らせてしまったサンマが思い出されるぜ。
あれはもったいなかったなぁ……勇と泣く泣く捨てたっけ。

って、そんなこと考えてる場合じゃねえええ!!
てめっ、離せこの野郎!触感どろどろしててキモいんだよ!

「よくもやってくれたな……最高の毒をプレゼントしてやるわい」

ゾンビは腐って崩れた顔で器用に笑ったかと思うと、
口を貝のように閉じ、頬をぷくうっと膨らませた。
ちょっ、これマジでやばいんじゃないか!? 離せっ、離せっつーの!
必死にもがいてみるが奴の腕はびくともしない。
腐ってるくせに人間並みに頑丈っておかしいだろ! 色々間違ってるよこのゾンビ!
抵抗する俺をあざ笑うように、無情にもゾンビの口は開かれていく。
いやに鮮やかな紫色の気体が俺めがけて吹きかけられ、俺の視界は紫一色に染められた。

――――紫色の気体がすっかり消えた頃、俺の身体は床に投げ出されていた。

「!! タイチーっ!!」
「ちくしょう! てめえら、どきやがれっ!!」
「どうじゃ、わしの毒は。人間の身にはさぞかしつらかろう」
「っせえ……ぜんっぜん、へいきら、っつの……」

平気なわけがない。
胸が焼けつくようだ。吐き気がする。
頭がくらくらして、立ち上がろうと足に力を入れようとしても言うことを聞かない。
舌が痺れてろれつが回らねえ。

「ふん、強がりを。まあよい、久々の獲物じゃ。喰う前にちょいと弄ばせてもらおうかの」

ゾンビはそう言うと、憎々しげに右肩のナイフを抜き、後ろへと投げ捨てた。
床を転がる乾いた音が無情に響く。
声や物音から察するに、ボッツたちは他のゾンビどもの相手に手一杯のようだ。
つまり、助けは望めない。自分で何とかしないといけないんだ。
壁際までいけば、なんとか身体を起こすことができる……かもしれない。
俺は鉛のように重い腕を何とか動かし、出来損ないのほふく前進で身体を運び始めた。

「おやおや、下手に動くと毒の回りが早くなるぞ?」

うるせえ、このドSゾンビ。
そう言われるとさっきよりも苦しくなってくるような気がしちゃうだろうが。

だけど、身体を起こせたところでどうする?
この状況を打破するには、いったいどうすればいい?
ナイフはあいつの背後、身体はろくに動いてくれやしない。
めまいがひどいけど、意識は考えごとができるくらいにはハッキリしている。
……ぐ、まずい。うまく呼吸できなくなってきた。犬のように浅い呼吸になってしまう。
もうこうなったら、少しでも遠くへ逃げて時間を稼いで、ボッツたちの助けを待つしか――――ぐえっ!?

「てめえっ……何、しやが……!」

地面を這う俺の背中にゾンビの足がめり込んでいる。これじゃ、動くことすらままならないじゃねえか。
くそ、身体を押し潰される感覚が気持ち悪い。
ただでさえ呼吸しづらいっていうのに。
不服を唱える俺にゾンビは応えず、ただ、ところどころ抜け落ちた歯列を見せて笑うのみだった。
あ、しっかり牙もあるのね。

「ぐっ!」

足をどけられたかと思うと、蹴られた勢いで仰向けにさせられた。
今度は胸、ちょうど肺のあたりに足が押しつけられる。息、が……!

ぐりぐりと圧迫してくる足を何とか押し返そうとするが、
本格的に毒が回ってきたのか、ほとんど身体に力が入ってくれない。
今の俺じゃ、腕を上げることすら重労働だろう。

「まったく、マヌーサなどと小賢しい真似を。
貴様を殺した後、あの娘も嬲り殺しにしてやるわ」
「……ミ、レーユを……?」
「まだ喋る気力が残っていたか。
そうよ、あのような美しい娘にはなかなか出会えぬからな。たっぷり遊んでやった後、大切に大切に躍り食いしてやろうぞ」

下卑た笑い声が上から降ってくる。
耳障りなその声に、鈍りはじめていた思考が冴えていくように感じた。
再び血が煮えたぎるようなあの感覚が戻ってくる。
けれど、それはさっきのような、自分の力を試せる高揚感からなんかじゃない。

「あの人に、手ぇ、出すな……絶対、指一本触れさせ……うっ!」
「ろくに動けぬ身体でよくもそんなことが言えたものよ。
しかし、ずいぶんと毒の回りが早いのう」

またもや持ち上げられる。
けれど今度は顔ではなく、首を掴まれていた。
苦しい。
息が。

「脆いものだ。加減を間違えたか、それとも貴様が弱いのか」


――――今、なんつった。


「もうよい、飽きた。死ぬが――――」
「…………えよ……」
「うん?」
「俺は……弱く、ねえ……!!」

ボッツが稽古つけてくれた俺を!
ハッサンがアドバイスしてくれた俺を!
ミレーユが呪文を教えてくれた俺を!

脆いとか、弱いとか、言うんじゃねええええええええええええええ!!!!

俺は痺れ始めていた腕を死ぬ気で掲げ、手のひらをゾンビの首元めがけて突き出し、あらん限りの声で叫んだ。

「ギラ!!!」

閃耀が走る。
帯状の炎がゾンビの首から上を包み込み、燃やし尽くさんと飲み込んでいく。
今にも首の骨を砕こうとしていた腕の束縛はあっさりと解け、俺はどしゃりと硬い床へ墜落した。
ゾンビは塔のてっぺんにまで届くんじゃないかという絶叫をあげながら、燃え上がる自分の顔を掻きむしる。
腐敗した肉体は燃えやすいのかは知らないが、当然のごとく腕に燃え移り、更に苦痛を味わうこととなった。

霞む視界の中、頭と腕を失ったゾンビが崩れ落ち、
しばらくのたうち回った後に動かなくなったのが見えた。

へへっ、アンデッドが炎に弱いってのはお約束だよ、な……。


 *ポイズンゾンビを やっつけた!



タイチ
レベル:9(修行の成果)
HP:4/71
MP:20/24
装備:ブロンズナイフ
    くさりかたびら
    けがわのフード
特技:とびかかり