◆DQ6If4sUjgの物語



第八話 愛に時間を

「ひゃー!?」

うおぉっ!? 何だ何だ!?
絹を引き裂くような声に飛び起きる。
眠い目を擦りながら辺りを見回すと、ドアのすぐ近くで
婆さんが目を皿にしてこっちを指差しているのを見つけられた。
ジーナ婆さん……だよな。ってことは、下の世界に戻ってこられたのか。

「あんたたち!
泊めたと思ったらいなくなって、いったいどこにいってたのさ!」

腰を抜かしながらジーナ婆さんが叫ぶ。
あ、そうか。上の世界に行く時は体ごと移動しちゃうんだな。

「すみません、お騒がせしてしまって。大丈夫ですか?」

ボッツがベッドから降りて婆さんに歩み寄る。
俺はというと、ボッツの手伝いをするわけでもなく、婆さんの顔をガン見していた。
うーん、確かにあのジーナの面影がある。若い頃は美人だったんだなぁ。

「何じろじろ見てんだい。わしの顔がそんなに面白いかい?」
「あ、いえ。すみません」

とっさに謝ると、やれやれといった風にため息を吐かれた。おお、こわいこわい。
杖とボッツの手を借りながら、婆さんがよっこいせと立ち上がる。それだけでも重労働のようだった。

「ふう、ありがとうよ。あぁそうそう、朝食ができてるよ。
さっさと顔洗って……んん?」

ジーナ婆さんはそこまで言いかけて、
さっきのお返しというわけではないだろうが
俺たちをじろじろと見回し、それから首を傾げた。

「……あれ。いま気がついたけど、あんたたち、わしの夢に出てきた人にそっくりだの。
それに昨日までのあの辛い夢は見なくなったし……。
けど夢と違って、あの人は死に、わしはこの町に住みついたのさ」

そう言って寂しそうに首を振る婆さんの言葉に、俺はずんと胸を突かれた。

ああ、そうか。

そうだよ、上の世界はあくまで夢なんだ。
あのイリアとジーナは幸せになったかもしれないけど、
婆さんから見れば、恋人を失ってしまったという現実は変わらない。
ジーナ婆さんのイリアは帰ってこないんだ。
……俺たちのやったことに意味はあったんだろうか?

「おや?ところであんたが持ってるそのリング。
わしが若いころなくしたリングによく似ているねえ」

婆さんが隣に立つボッツの手を取り、
その指にはめられた指輪をまじまじと見つめた。
いやこれは、と弁明しようとするも口ごもるボッツに構わず、
婆さんは眉をしかめて凝視し続けたが、やがて顔を上げた。

「さて? 誰かにあげたんだったか……。
いやだよ。もうろくはしたくないものだねえ。ほっほっほ

陽気に笑うジーナ婆さんに、俺たちは曖昧な笑みを返すことしかできなかった。
さあどうしたもんかと考え始めたその時、がちゃりと扉が開いた。
ノックもなしに無礼な、と思ったのかどうかはわからないが、
婆さんは睨めつけるように振り返った。

「ごめんくださいよ。ここにジーナさんという……」

扉を開けたのはよぼよぼの爺さんだった。
渋い緑色の服を着て、婆さんと同じように杖をついている。
年齢はよくわからないが、婆さんと同じくらいだろう。多分。
ジーナ婆さんは扉のすぐそこに立っていたので、爺さんから見ると、
部屋に入ってばったり出くわす形になった。
みるみる間に爺さんの目が大きく見開かれ、なぜだか表情が喜色に染め上げられていく。

……あれ?何だろう。おかしいな。俺はあの爺さんとは初対面のはずだ。
なのにどうして、爺さんの笑顔に既視感を覚えるんだろう?

「ジーナ? ジーナだね!」
「誰だいあんた?」

突然現れた人間に呼び捨てにされたからか婆さんの声は刺々しい。
俺の位置からだと表情は見えないが、きっとじろりと睨みつけているんだろう。
しかしそれに気圧されるばかりか、爺さんは顔をくしゃくしゃにして喜んでみせた。

「おおっ、おおっ。しわくちゃでもよくわかる。やっぱりジーナだ!
わし……いやっ、オレだ! イリアだよ、ジーナ!」







「イ、イリア!? あんた生きてたのかい? ほんとにイリアかい?」
「おうともよ! このオレがそうカンタンにくたばるかってんだ!」

ああ、その台詞は間違いなく。
それに印象的なあの笑顔。

「イリア!」
「ジーナ!」

杖が彼女の手から滑り落ち、がらん、と鳴る。
婆さんと爺さんはどちらともなく駆け寄り、抱擁を交わした。
そのままキスまでしてしまいそうな勢いだ。
……って、あれ? 何このデジャブ。

「ホントはこの町に寄る気はなかったんだが、おかしな夢を見てな……」
「そうかい……。あんたも夢を……。ちょっと待っておくれよ」

夢? ジーナ婆さんと同じ夢だろうか?
婆さんは俺たちの方を振り返り、首から提げていたペンダントを外すと、
鎖ごとボッツに手渡した。途端にボッツが目を張り、
慌てて視線を婆さんと手の中のペンダントの間を往復させ始める。
いつもは凛々しい眉が今では困ったように八の字だ。

「あんたたち、これが必要なんだろ? これがカガミのカギさ。さあ、持っておいき」
「ジーナさ―――」

何か言いかけるボッツを押し留め、婆さんは静かにかぶりを振った。
その手はイリア爺さんの手をしっかりと握っている。

「私にはイリアが戻ってきてくれた。もう形見はいらないのさ」

そう言って笑うジーナ婆さんは、すっかり全部の荷物を下ろしたかのように穏やかだった。





教会の人たちに世話になったと告げ、
道具屋で準備を整えた後、俺たちはアモールの町を発った。
月鏡の塔に向かうためだ。


(私を夢から救ってくれたのもきっとあんたたちだね。
ありがとうよ。世話になったね。気をつけてゆくんだよ。
そのカギをつかえば月鏡の塔に入れる。もし伝説が本当なら、そこにはラーの鏡というすごいお宝があるはずさ)

(もう少し若かったら、オレたちが行きたいところだがな。
オレたちの時代は終わった。今度はお前さんたちの番だ。気をつけていきなよ)


二人の言葉を思い出しながら、俺は黙々と歩を進める。

―――奇跡、とでも言うのだろうか。
俺たちが夢の世界でイリアを助けたことで、
現実のイリアはその夢に導かれるようにアモールの町を訪れ、ジーナと再会を果たすことができた。
夢も現実世界に影響を与えることができるのだ。
俺たちのしたことは無駄じゃなかったんだ!
……って言っても、俺はただボッツたちについていっただけだから、
正しくは“ボッツたちのしたことは”、なんだけどさ。

「おい、何しょげてんだ? めでたいことが続いたってのによ」

人知れず卑屈になっていた俺の背中を、ハッサンがばんばんと叩いてきた。
やめて、朝食が出そうになるからマジやめて。

「いや……俺、何もできなかったし」
「何言ってんだ。イリアの手当てをしたのはお前だろ?」
「それはそうだけど、ミレーユに言われなかったらそれもできなかっただろうし……」
「タイチ。私、貴方は目の前で傷ついている人を見捨てられるような人じゃないと思うわ。
きっと誰に言われずとも、手当てしてくれていたんじゃないかしら」

ミレーユがわざわざ振り返ってそんなことを言ってくれる。
しかも優しい微笑み付きなもんだから、
俺の心臓はゴムボールのように一跳ねするはめになった。
やっべえ超不意打ち。もうこれだけでしばらく頑張れるわ。

「それにしても、ジーナさんたち、本当に仲が良かったわね」
「ああ。再会を手伝うことができて良かったよ」

先頭でファルシオンの手綱を牽いていたボッツも振り返る。
そうだな、あの洞窟で生き別れたっきり何十年も会えなかった上に、
ジーナ婆さんは恋人を自分の手にかけてしまったと思ってたんだ。
これから思う存分イチャイチャするんだろうなぁ。
まあ、老人ができるイチャイチャなんて限られてるけど、うん。
そのへん追求するのは野暮ってもんだな。

「でもよお。あの爺さんたち、伴侶を取らなかったのかね。
ジーナ婆さんなんてずうっと教会で下働きしてたらしいじゃねえか」
「馬鹿だなハッサン、それだけお互いを思い合ってたってことだろ。愛だよ、あ……」

俺が急に口を半開きにしたまま固まってしまったため、
三人が不思議そうに、あるいは心配そうに顔を覗き込んできた。
慌てて「何でもない」と弁解すると、とりあえずは納得したのか、三人は雑談に戻っていった。

どこかで聞いたことあると思ったら。
足を止め、すっかり小さくなってしまった町を振り返る。

―――アモール。スペインだかポルトガルだかで、“愛”って意味の言葉じゃないか。
これ以上ないくらい、あの町にぴったりな名前。
当てはまりすぎててちょっと怖いくらいだ。
何か俺の世界と関係あるんだろうか……? まあ何故か言葉が通じるくらいだし、なあ。
いいや面倒臭い、これ以上止まってると置いていかれちまう。
とっとと行こ―――ぐほおっ!?

「タイチてめえ、言うに事欠いて馬鹿とは何だ!」
「苦しい苦しい! いや、気づくの遅すぎね!?」
「んだとお!」

ちょ、やめて絞めないで! ギブギブ!
完璧に絞めに来てるハッサンの腕に必死にタップするが、
じゃれてると思われてるのか猛攻はまったく弱まらない。

お願いだから気付いてハッサン!
人間が猛獣にじゃれられると大怪我するように、
お前の腕も冗談で人を絞めてもいいようにはできてね……え……。

「!! ハッサン、やりすぎよ!」
「え? あっ!」
「タ、タイチー!!」

呼びかけたり頬を叩いたり体を揺さぶったりと、
みんなの健闘とは裏原に、俺の意識は闇の中へと真っ逆さまに落ちていく。

ああ……目が覚めたら、ミレーユの膝枕の上だったらいい……なぁ……。

ぐふっ。



タイチ
レベル:5
HP:1/32
MP:13/13
装備:ブロンズナイフ
    くさりかたびら
    けがわのフード
特技:とびかかり