◆DQ6If4sUjgの物語
第七話 ジーナに首ったけ
「ボッ、ツ……?」
ゆらり。剣を振り下ろした態勢からボッツが立ち上がる。
なんだこれ、どうなってんだ。
岩壁に背をつけたまま、俺は愕然としていた。
ボッツが、俺に、剣を向けた。
なんでだよ。俺何かしたか?
殺したくなるほど足手まといだっていうのか?
ああそうだよ、確かに俺は役立たずさ。みんなの足を引っ張ってばっかりだ。
だけど、だからって、だからって殺そうとすることないだろ! そんなに俺が邪魔かよチクショウ!
悔しさに拳を握り締める。薬草が潰れたのか、汁が手を濡らした。
ああもう、思考回路はショート寸前だ!
「おい! おい兄ちゃん!」
ボッツを挟んだ向こう側で、男が手を振った。
何をのんきな、と怒鳴りたくなったが、彼がいなきゃ今頃俺は真っ二つにされてただろう。
ぐっと堪えて「何だよ!」と捨て鉢に応える。
「あんたも冒険者ならわかってるだろうが、こいつぁ混乱させられてるだけだ!
一発殴ってやりゃあ正気を取り戻すはずだぜ!」
……へ?
「何呆けた顔してんだ。
魔物の中には敵を混乱させて仲間割れを誘う奴がいるんだよ。
……まさか、知らねえのか?」
し――――ししししし、知ってたし! そんなのマジ常識だし!!
いやー知ってたわー二年くらい前から知りまくってたわーあまりにも当たり前のこと言われたからびっくりしちゃったわー!
よーしパパあいつを正気に戻しちゃうぞー!
もう見てらんない、とばかりに男は手で顔を覆うのが見えたけど、そんなの知るもんかい。
ネガティブモードはここまでだ。ハッサンとミレーユは魔物の相手に手一杯。
つまり、この俺がやるしかない!
すっくと立ち上がり、虚ろな目のボッツにずかずかと近づく。
怖くないのかって? 正直言うとめちゃくちゃ怖いです。
また切り掛かられたら避けられる自信ないし。でもやるしかない!
ボッツはおろおろと、何をしたらいいのかわからないといった風に辺りを見回していた。
よ、よし! これなら俺でも!
ああ、ビンタの神様。どうか俺に力をお貸し下さい!
いーち!
にーい!
さーん!
「ダアアァァァァァァァァァッ!!」
「ありがとうございますっ!」
よし、闘魂注入完了。
ふっふっふ。我ながら見事なビンタだったぜ。
「あ、あれ……?」
尻餅をついたまま、ボッツが辺りを見回した。目に光が戻っている。
「ボッツ! よかった、元に戻ったな」
「元に……? 確か、あの魔物に妙なダンスを見せられて……」
そこで痛みに気づいたのか、ボッツはハッと右頬に手をやった。
あ、やべ。赤くなってるじゃねえか。
仕方なかったとはいえ、今更罪悪感が沸いてきた。
あ、そうだ! こんな時こそ薬草の出番じゃないか。
ボッツ、これ使ってくれ。さっき握り締めたから、
成分とかそういうの、ちょっと薄くなってるかもしれないけど。
「はは、ありがとう。何から何まで悪いな!」
ボッツは爽やかな笑顔で薬草を受け取り、それをくわえると戦場に戻っていった。
何あのイケメン。憎らしい。
ポッキーのCM出れるんじゃねえの。
それから数分もしないうちに、あの恐ろしい魔物は倒された。
とどめはボッツのメラ(火の魔法だった)で怯ませてからのハッサンの飛び膝蹴りだ。
魔物が崩れ落ちた瞬間、ファンファーレが聞こえたような気がしたくらい見事な連携だったぜ。
三人はハイタッチして(なんとミレーユも!)勝利を喜び合った後、こちらに駆け寄ってきた。
ああ、当たり前だけど、みんな傷だらけだ。
「ありがとうよ。おかげで助かったよ」
男が足をふらつかせながら立ち上がろうとしたので、思わず肩を貸した。
すまねえなぁ、と申し訳なさそうに笑う彼に、さっき助けてもらったし、気にするなと首を振る。
薬草や水は、傷はきれいに治してくれるくせに、疲労や体力までは回復してくれないらしい。
そこまで万能じゃないってわけか。ファンタジーにも限界があるんだな……。
「俺ははやてのイリア。へへ、俺としたことがとんだドジをふんじまったぜ」
ってことは、この人がジーナの恋人か。
恋人が殺し合うなんてドラマや映画ならよくあるけど、現実じゃ見たことない。
痴情の縺れじゃなさそうだし、いったい何があったんだ?
俺たちが聞くまでもなく、イリアは事情を話してくれるつもりらしい。
奥に恭しく奉られている宝箱を指してから、彼は俯きながらも言った。
「そこの宝箱を開けたとたん、中にいた魔物に取り付かれちまってよ。
気がついたらジーナに切り掛かっていて、それでジーナが俺を……」
そこまで話して、イリアは弾かれたように顔を上げた。
「ジーナ!」
焦りを含んだ声が洞窟内に反響していく。
ちょっ、キョロキョロするのはいいけど、あんまり暴れないでくれよ。バランス崩しそうだ。
もちろん、今も上で剣を洗い続けているだろうジーナに声が届くわけはなく、返事は無い。
「あのバカ! もしかしたらオレが死んだと思って……!
悪い! 助けついでだと思って、オレを上まで連れていってくれねえか?」
断る理由なんてあるわけない。
もともとそのために来たようなもんだしな。
俺たちが揃って頷くと、イリアは顔をくしゃくしゃにして、歯を見せて笑った。
印象的な笑顔だ。
「へへ、悪いな!」
「いいえ。それじゃあ行きましょう。リレミト!」
ミレーユが声高々に唱える。
おお、また魔法か。いいなぁ、俺も使ってみたいなぁ。
って……何も起きないぞ……?
「変ね……もう一度。リレミト!」
が、これまた何も起きない。
三度目の正直だとばかりにもう一度唱えたが、結果は同じだった。
ミレーユたちはいよいよ首を傾げる。
「どうなってるんだ?」
「魔法が使えない場所……ってぇわけじゃねえしなぁ」
「仕方ないわ。歩いて戻りましょう」
よくわからないが、三人の話から推測するに、
リレミトはこういう場所から脱出する魔法らしい。
いいなぁそれ。俺もリレミト使って大学やバイト先から脱出したいぜ。
そしたら家までひとっ飛びだもんな。
「ダイガク……っていうのが何だかわかんねえけど、それだったらルーラだな」
ガッハッハとハッサンが笑う。瞬間移動はルーラなのか。よくわからん。
ホイミヒャドメラリレミト。この世界にはあといくつ魔法があるんだ?
とりあえず、ジーナのところに着くまでは、イリアは引き続き俺が肩を貸すことにした。
ボッツたちはさっきの戦いでボロボロ……とまではいかないけど、
結構体力を消費したみたいだしな。
多分帰り道にも魔物は出る。ゲロだまりの囮もそろそろ限界だろう。
魔法や道具で傷を治して、さあ行こうと足を踏み出した時、あのツノ覆面男と目が合った。
「あんたら強いな! あんたらが来なかったら、イリアって旦那は確実にやられてたよ」
お前もう帰れ。
◆
休憩を挟みつつも、俺たちは上に戻ってくることができた。
っていっても、実は道中一匹も魔物は出なかったんだよな。
運が良かったのか、それともあの魔物がここの主だったからなのか。
「ジ、ジーナ!」
ジーナの姿を見たとたん、戦いの疲れなんて吹っ飛んでしまったのか、
イリアは彼女のところへすっ飛んでいった。
剣を洗い続けるジーナの動きが止まり、ゆっくりと振り返る。
目が腫れぼったくなっていて、相変わらず頬は涙で濡れていた。
「イリア!」
剣が彼女の手から滑り落ち、かしゃん、と鳴る。
弾かれたように立ち上がったジーナとイリアはどちらともなく駆け寄り、抱擁を交わした。
そのままキスまでしてしまいそうな勢いだ。
「あ、あんた生きてたんだね! あたし、てっきりあんたを殺してしまったと思って……」
「おめえは相変わらずせっかちだな。このオレ様がそうカンタンにくたばるかってんだっ!」
「よかった、本当によかった…」
「バカヤロー。泣く奴があるか」
「だって……。だって本当に」
何だかファンタジー映画でも見てる気分だ。
洞窟の薄暗い闇はこの場に似つかわしくないと判断した――のかはわからないが、
ボッツがそっとランプに火を点けた。
闇がほどけ、向かい合う二人の姿がより濃く浮かび上がる。
普段ならハンカチ噛んで嫉妬するところだけど、今は何だか見守りたいという気持ちが強い。
いや、羨ましくないって言ったら嘘になるけど。
ここで「リア充爆発しろ!」なんて考えるほど、俺も無粋じゃないさ。
先程までとは違う、暖かい涙を流すジーナはすごくきれいだった。
照れたのか目を逸らし、ぽりぽりと頬をかくイリアが妙に可笑しい。
「まあいいや。それより例のものはちゃんと取ってきたんだろうな?」
「カガミのカギよね。ほらここに」
ジーナがどこからか小さなカギを取り出した。
何かの装飾が施されているように見える。
……ん? あれ?
「どうしたの?」
「いや、あのカギ……どこかで見覚えがあるような……気のせいかな」
この世界に来てから、まだ一日しか経ってない。
ちゃんといちから辿れば思い出せるはずだ。
どこかの女性が身につけてた気がするんだよな。えーっと……。
あの姉妹は違うな。人妻バニーでもない。教会のシスター……も違う。
くそ、喉まで出かかってるんだけどなぁ。あーもどかしい。
そこで太い歓声が鼓膜を叩き、俺の思考はかき消された。
「さすがジーナだ! オレが死んだと思ってもちゃんと取るものは取ってらあ」
「もしもの場合はあんたの形見にしようと思ってさ」
「よせやい。エンギでもねえ」
笑い合う二人の声が響く。
さあ軽口はここまでだ、そろそろ行こうといった時になって、
イリアが俺たちの方を振り返った。
「世話になったな。おかげで目的のカギも手に入ったし。なにかお礼をしなくちゃな」
「そんな。気にしないでください」
「いいじゃねえか。もらえるもんはもらっとこうぜ」
「そうそう、人の好意には大人しく甘えとくもんだぜ。
といっても、何がいいかな。えーと……そうだ! これをあんたたちにあげるよ」
イリアはこっちに駆け寄ってくると、指にはめていた指輪を外し、ボッツに握らせた。
おいおい、それペアリングとかじゃないだろうな。ジーナまた泣くぞ。
「そいつは“はやてのリング”。きっと役に立ってくれるはずだぜ」
「ありがとうございます!」
「やめてくれよ、礼を言うのはオレの方さ」
イリアがそこで、俺の肩にぽん、と手を置いた。
え、何その生暖かい目。
「頑張れよ……」
んなっ! い、言われなくても頑張るっつーの!
現代っ子なめんなよ!
「わははっ! そりゃ悪かった!
じゃあな。縁があったらまた会おうぜっ!」
また顔をくしゃりとさせて笑って、イリアはジーナのところへ戻っていった。
ちくしょう、マジ余計なお世話だ。
まだ冒険始めて一日目だぜ? 俺の快進撃はこれからだっつーの。
頑張って強くなって、魔王なんてケチョンケチョンにしてやんよ!
魔物根絶やしだコラァ!
「さて次はいよいよ月鏡の塔だぜ。塔の扉をそのカギで開けて、」
「伝説のお宝、ラーの鏡が手に入るってわけだね」
イリアの言葉にジーナが力強く頷いた。
爛々と目を輝かせて、不敵な笑顔を浮かべている。
さっきまで恋人を想ってしおらしく泣いていたのが嘘のようだ。
きっとあれがいつもの顔なんだろうな。
「行くぜ、ジーナ!」
「待ってよおまえさん!」
硬い足音を鳴らしながらイリアとジーナは出口へと駆けていく。
外の光に向かっていくその姿は、二人の未来を暗示しているようでもあった。
きっと、いずれは結婚して、幸せな家庭を築くんだろう。
それをきっかけに盗賊稼業から足を洗ったりするかもしれない。
とにかくあれだな、幸せになってほしい。それだけだ。
……って、あれ?
カガミのカギってボッツたちも探してるんじゃなかったっけ。
きれいにまとめちゃったけど、行かせてよかったのか?
あ、待てよ。あの二人が月鏡の塔に行くことで、現実世界の塔の扉も開いたりするんじゃないか?
普通なら、夢が現実に影響を及ぼすなんてとても思えないけど、
この世界ならあり得なくはないかもしれない。
◆
イイハナシダッタナー(;∀; )的な会話を交わしながら、ジーナたちに続いて洞窟を出る。
外はまだ明るく、入った時と変わらず雲一つない晴天だった。
目が、目がああああああああああ!!
あー、ラピュタ見たい。
「あ……! 見て!」
一刻も早く光に慣れようと目をしぱしぱさせていると、出し抜けにミレーユが声を上げた。
なんだなんだと全員で駆け寄り、視線を追いかけてみる。
―――ついぞ鮮烈な赤に染まっていたはずの川が、日の光を受けてきらきらと輝いていた。
川底が見えるほど透き通り、何事もなかったかのようにさらさらと歌っている。
元に戻ったんだ!
「ま、当然といえば当然だわな。原因が無くなったんだからよ」
ハッサンが水を差すようなことを言うもんだから、
俺は思わず睨むようにしてしまった。
逆に怒られるかな、なんて思ったが、なんとボッツも同じようにしている。
一人ならともかく、二人に睨まれるのは流石にばつが悪いのか、
ハッサンは降参をするように両手を挙げた。
「くすっ。ほら、早く戻りましょう。ファルシオンがお待ちかねだわ」
振り返ると、ミレーユが木に結んである手綱をほどいてやっているところだった。切り替え早くね?
ファルシオンはぶひひんと鼻を鳴らし、焦れているのか、左前足のひづめを地面を叩くように動かしている。
無傷なところを見ると、幸いにも魔物には襲われなかったみたいだ。
ボッツが撒いてた水の効果……だよな、多分。この世界の水は色々とすごいな。
「よしよし……ごめんな、ファルシオン」
ボッツがファルシオンの……なんつうの? 首から背中にかけての部分? を撫でてやると、
ファルシオンは嬉しそうにボッツの顔に鼻を擦りつけた。
あーあー、あのままじゃ鼻水まみれになってイケメンが台無しだな! いいぞもっとやれ!
と、胸中で密かに応援していたにも関わらず、
ボッツは鼻水攻撃からいとも簡単に抜け出してしまった。チッ。
――――ま、冗談はともかくとしてだな。
「戻りましょう。
多分、またあのベッドで眠れば、下の世界に戻れるはずよ」
ミレーユがそう言いながら手綱をボッツに手渡す。
すると、早く行きましょうよ、と言わんばかりに、ファルシオンのいななきが響き渡った。
タイチ
レベル:5
HP:30/32
MP:13/13
装備:ブロンズナイフ
くさりかたびら
けがわのフード
特技:とびかかり
(※ボッツはメラ覚えてないことに後で気づきました)