◆DQ6If4sUjgの物語



第六話 不思議島からの手紙

前略 母上様
俺がこのワンダーランドに迷い込んで、一日が経ちました。
恐らくそちらではまだ騒ぎにはなっていないのでしょうね。
それとも、同居している弟が異変に気づいて慌て始めている頃でしょうか。
最初こそ戸惑いましたが、この世界にも少しずつ慣れてきています。
そう、中世風の町並みにも、何故か言葉が通じる外国人にも、

「この洞窟、ずいぶん入り組んでやがるな。まるで迷路だ」

到底ありえない魔物の存在にも、

「!ハッサン、危ない!」
「ぬわっ!こいつ!」

体液や贓物が飛び散るグロテスクでバイオレンスな戦いにも、

「どりゃあ!!……ったく、油断も隙もありゃしねえ」
「仲間は……いないみたいだな」
「一撃で倒すなんて驚いたわ。さすがね、ハッサン」
「へへっ、会心の一撃ってやつか?うまい具合に入ったみてえだ」

少しずつ慣れつつ、慣れ……



慣れるかあああああああああああ!!!!



どうなってやがんだ!とんだワンダーランドだよここは!
俺はふらふらとした足取りで彼らの後に続く。
あれから俺は荷物持ちを申し出、始めと同じように戦いは離れたところから見るだけに留めさせてもらうことにした。
何故ならば、あの魔物に止めを刺した直後、非日常とプレッシャーの連続に耐えられなくなった俺は
胃の中で消化中であった朝食を全て吐き出してしまったからだ。嘔吐した後も吐き気は収まらず、胃液まで吐いた。
そんな情けない俺を、ボッツたちは非難するどころか、優しく背中をさすってくれた。気遣ってくれた。
どこまで優しいんだよこいつら。涙がちょちょ切れそうだ。
ゲロ臭を撒き散らしながら進むのは魔物たちに居場所を示しているようなものらしいので、
口などを川の水で丹念に綺麗にしてから探索を開始した。ゲロだまりが気になったが、あれはあれで役に立つらしい。
何でも、人の臭いより強いから囮に使えるのだとか何とか。
畑に髪の毛を撒いておくと、人の臭いがするから動物が寄ってこないとか何とか聞いたことがある。あれの逆バージョンってわけか。
なるほど、そういえばあれから魔物に出くわす頻度が減った気がする。
かえって助かったとハッサンは笑ってくれたが、同性の前でならまだいいとしても、
ミレーユのような美人がいるところでリバースなんてショックもショック、大ショックだ。
まあこれくらいで人を嫌うほど器が小さい女性には見えないが、俺にも俺なりに男のプライドというものがだな……。

その時ボッツが足を止め、まっすぐに前方を指差した。

「人だ!」





「イリア?誰だいそりゃ?そんなことより、大変なことになってるぜ!
宝をいただこうとここへ来たら、あの男が倒れていたのさ。かなりの傷を負ってるところに魔物がまた襲ってきたんだ!」

両手をばたつかせながら、角つき覆面を被っている男は声を震わせた。
その向こうで獣とも人ともつかない者の咆哮が上がる。
ひぃっ、と細い悲鳴を上げて男は頭を抱え、体を小さくさせた。がたがたと震えている。

「あのままじゃやられちまうぜ!何とかならないのかよ!」

そのムキムキの筋肉は何のためにあるんだよ!と非難したくなるのをぐっと堪える。
俺が言えたことじゃない。何はともあれ、この人はイリアさんじゃないみたいだ。ということは……。

「お、おい!ボッツ!?」

俺は届かない手を伸ばす。
ボッツが背中の剣を抜いて魔物のいる方へと走っていってしまったからだ。
ハッサンとミレーユが慌ててその背中を追い掛けたので、俺も思わずそれに続いてしまう。

果たしてそこには、でかい魔物を前にして地面に片膝をつく血まみれの男がいた。
青い鎧はところどころ砕け、どこも真っ赤に染まっている。剣を地面に突き立てて体を支えているが今にも倒れそうだ。
そんな男の様子を見て魔物は不気味に微笑んだ。
見る者全てを竦み上がらせるような、そんな笑みだ。
丸太のような腕がぐわっと振り上げられる。
傷つき、凍りついてしまった男にはもはやそれを避ける術はない。

「待てッ!!」

間一髪、ボッツの剣が魔物を横から薙ぎ払った。
しっかりと男の首に狙いを定めていたはずの長く鋭利な爪は無念にも鼻先を掠めていく。

「うおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!」

そこへ高く跳び上がったハッサンが、旅で鍛え上げられたのであろうぶっとい足を魔物の顔面にめり込ませた。
いわゆる飛び膝蹴り、というやつだ。プロレスとかで見たことはあるけど、生で見るのは初めてだ!すっげえ迫力!
ハッサンは崩れ落ちた魔物から素早く距離を取り、ふうっと息を吐き出した。
軽やかなステップとは裏腹に表情は険しい。
……もしかして、まだ終わってない……とか?

「大丈夫ですか?さあ、こちらへ!」
「…ぅ……」

いつの間にかミレーユが男に肩を貸し、こちら……つまり俺の方へと誘導させていた。
うわあやばい超血まみれじゃんあれやばい本当やばいって死んじゃうって!

「タイチ、この人をお願い」

お願いと言われましても

「私は二人に加勢しないと。今あなたに背負ってもらってる荷物の中に薬草があるわ。
それでこの人の傷も少しは治せるはず…」

えっ、でも

その時、背後で耳をつんざくような叫び声が轟いた。
叫んだのは言うまでもない、あの魔物だ。あいつ、あんなクリーンヒットをもらっといてまだ生きてたのか!
びびる俺をよそに、ミレーユは手早く、しかし丁寧に男を横たわらせた。

「大丈夫、タイチならきっとできるわ。それじゃあお願いね!」

いや、そんないい笑顔で言われても―――ちょ、ミレーユさああああああん!!?
……行ってしまわれた。ああ、なんて頼もしい背中。
つうか待ってくれよ!怪我人託されても困るよ!
応急措置とか高校の保体で教えられたっきりだよ!
薬草だけでいいの?包帯とか消毒薬は!?

「うっ、う…………ナ……ジー……」

横たえられた男が、苦しそうに呻く。
まるで熱に浮かされているようだと思って額を触ってみると、
およそ平熱とは思えない熱さが返ってきた。

「……マジかよ」

鼻をつく血の臭いが、このままでは男の命がやばいことを告げていた。

死ぬのか、この人。

そう思うと同時、俺は背中のでかいふくろを下ろしていた。薬草!どこだ!?
ミレーユはきっと、俺なら助けられると信じてこの人を託したんだ。
その信頼を裏切るわけにはいかない。
それに俺がためらったせいで人が死ぬくらいなら、やれるだけやった方がいいに決まってる。
ふくろを漁っていると、束になった草がいくつか見つかった。確かこれが薬草だったはずだ。
薬草は傷口に当てるようにして使ってたけど、これだけの大怪我にも効くんだろうか?
ひっかき傷とかだったら問題なく治ってたみたいだったけど……。
ああ、ファンタジーに慣れつつある自分が怖い。

「とにかくやってみるしかないよな……」

傷もだけど、まず出血がひどい。もたもたしてる時間はなさそうだ。
ええっと、まずは……血を洗い流せばいいのか?うん、そうだな。傷口がどこかわかりにくいし。
薬草と一緒に見つけた、細かい模様が刻まれた瓶を握る。
中に水が入っていて、血を洗い流すにはちょうどよさそうだったのだ。
よし……。俺は蓋を開けて、右肩の傷口らしきところに向けて恐る恐る瓶を傾けた。

「ヒッ!」

水が傷口にかかったその瞬間、男がびくんと跳ねたもんだから、思わず情けない声が出てしまった。
そ、そうだよな、水なんかかけたら傷に滲みる。そりゃ痛いよな、動くよな。
でもこういうのって少しずつかけた方が……いいのか?
よくわからないままに続行していると、ふと険しかった男の顔が幾分か和らいでいることに気づいた。
苦しそうだった呼吸も整ってきている。試しに額に手をあててみると、熱が下がっているように思えた。
おいおい。傷口がきれいになっただけでそんな変わるもんか?
怪訝に思いながら傷口に目を戻したが、またおかしいことが起きた。
男の右肩から傷口がなくなってやがるのだ。

見失った、ということはない。
だってその部分の鎧は壊れているし、破れている服には血が染みている。断じて俺の見間違いではない……はずだ。





もしかして、この水にも薬草と同じように傷を癒す効果があるんじゃないか?
なるほど、町のおばちゃんが魔王に襲われる心配をするわけだ。
こんな便利な水、敵側に置いておきたいわけないもんな。
とにかく、俺は胸を撫で下ろした。何とかこの人を助けることができそうだ。本当に良かった!

傷口に水をかけたり薬草を充てているうちに、男の体はみるみる治っていく。
これ、普通だったら全治二ヶ月くらいの怪我じゃないか……?全身縫いまくりだよ。
もはや消えゆく命を助けられたという感動は俺の中に無く、この不可思議な世界観に首を傾げるばかりだった。

完治まであと薬草二つ分、というところで、男が目を覚ました。
ぼんやりと瞬きを繰り返している。
かと思えば勢いよく起き上がり、腰に携えていた剣に手をやったもんだから、次にはうずくまる羽目になった。

「いてててて……ちくしょう」
「だ、大丈夫ですか?無理しない方が……」
「おう、すまねえ……。あの魔物は……まだ倒せてねえみてえだな」

自分の顔がさっと青ざめるのがわかった。
そうだ!手当てにいっぱいいっぱいで全然気が回らなかった。ボッツたちは大丈夫なのか?
それに気づいた瞬間、呪文を唱える声や魔物の咆哮が耳に流れ込んできた。
なんで今更!己の体の鈍感さを憎らしく思いながら後ろを振り返る。
すると、すぐ近くに見覚えのあるツンツン頭が立っていた。

ボッツだ!
あちこちに怪我をしてるが、見る限りそんなに深い傷じゃないみたいだ。
それにしたって、いったいどうしたんだろう。
ボッツに遮られてよく見えないが、物音からすると、まだ魔物との死闘は続いている。
一緒に行動するようになって日は浅いけど、ボッツは戦っている仲間を見捨てて逃げるような奴じゃない……はずだ。
あ、もしかして、手持ちの薬草がなくなったのか?
なるほど、それでふくろを背負ってる俺のところに来たわけね。

「オッケー、薬草だな?ちょっと待ってろよ……」

ふくろに手を突っ込み、まさぐってみる。
うーん、手当てに結構使っちゃったからな。まだ残ってるといいんだけど。
と思ってるうちに、葉っぱ特有の感触が見つかった。いやいや良かった、使い切ってたらどうしようかと思ったぜ。
ま、それで人ひとり助けられたんだからいいけどな。俺は薬草(仮)を引っ掴み、さっそく目の前の仲間に渡すべく、顔を上げた。

「ほらよ、ボッツ」

しかし次の瞬間、視界が揺らいだ。間もなく体が岩壁に叩き付けられる。痛え。
何だ?何が起こった?いやわかってる。多分あの男に突き飛ばされたんだ。
意味わかんねえ!俺はただ、仲間に薬草を渡そうとしてただけだっていうのに。
痛む体を起こし、いっちょ怒鳴ってやろうと口を開いたが、怒声は出ず、あろうことか口が塞がらなくなってしまった。

ボッツが剣を手にしていたのだ。
いや、それは別におかしくない。今は戦闘の真っ最中。剣を抜かないでどうすんだって話だ。
言い直そう。ボッツは剣を振り下ろしていたのだ。


――――ついさっきまで、俺のいた場所に。



タイチ
レベル:5
HP:30/32
MP:13/13
装備:ブロンズナイフ
    くさりかたびら
    けがわのフード
特技:とびかかり