◆DQ6If4sUjgの物語



第三話 人生、時々晴れ

「すんませんでしたあぁぁッ!!」

前回、辛抱たまらなくなって金髪の彼女に飛び掛かった俺だったが
繰り出された強烈なビンタをまともに喰らって吹っ飛び、地面に叩き付けられてしまった。

お前ら知ってるか?本気のビンタって結構痛いんだぜ。
地面に叩き付けられた時にも体のあちこちを打ったね。
まあその痛みにより俺も正気に戻り、彼女の貞操は残念ながrいやいや、間一髪のところで阻止されたのである。
そして何とか起き上がった俺は、あちこち痛む体でジャパニーズ土下座をかましていたのだった。
どうだいこの芸人並の体の張りっぷり。こりゃ吉本から直々にスカウトが来てもおかしくないね、うん。
さっきの俺の吹っ飛び方なんて、カメラが回ってなかったのが惜しいくらいだぜ。

「ほんっとすんませんでした!俺どうかしてました!」
「あ、ああ。急に話し掛けられて混乱しちゃったんだよな。大丈夫、俺たちは全然気にしてないよ」
「お、おう。こいつもちょっとびっくりしたくらいで怒ってないって。なあ?」
「え、ええ…。こちらこそごめんなさい、いくらなんでも張り飛ばしてしまうなんて……さあ、顔を上げて」
「あざぁぁっす!!!」

ああ優しさが痛い。しかし察するに、俺が覗きをしていたことは知らないようだ。
恐らく俺を見つけたのは、カーテンを閉められた直後だったのだろう。安堵に息が漏れる。
さすがに彼らでも、覗きを笑って許すような心の広さなんて持ち合わせていないだろう。
特に金髪の女性はそういったものは許容できないはずだ。
少々良心が痛むが、覗きをしていたことは黙っておこう。
知り合いが一人もいないこんな世界で白い目に晒されるなんてごめんだからな。
……あ、でもさっきの姉ちゃんやこの人に冷たい目で見られるのは悪くないかも……腰に提げられたあの鞭で叩かれてみたい。
なんて馬鹿げたことを考えながら、俺は言われた通り顔を上げた。
目の前にはガチムチのモヒカン兄貴、青いツンツン頭、そしてその真ん中に金髪の女性が並んでいる。

「いやあ悪かったなぁ、いきなり声かけたりしてよ」

モヒカン兄貴が申し訳なさそうに後ろ頭を掻いてそう言ってくれた。
とんでもない、と俺はかぶりを振る。

「あの……なんで俺の姿が見えるんですか?」

すっかり落ち着きを取り戻した俺は三人に問い掛けた。
三人は顔を見合わせて神妙に頷き、ツンツン頭が未だ正座したままの俺に手を差し伸べた。
おいこいつ近くで見ると結構イケメンじゃねえか死ねイケメンこじらせて死ね。
そんなことを思いつつ、俺はツンツン頭の手を取って立ち上がる。

「その前に場所を移そう。ここだとちょっと……その、人の目につきすぎる」

苦笑いしてそう言うツンツン頭。
何事かと辺りを見回すと、なるほど老若男女の村人たちがじろじろとこちらを見つめていた。

なぁあんた、絹を裂くような叫び声が聞こえたと思ったら女が虚空をビンタし、
あまつさえ三人揃って何もないところに話し掛けていたらどうするよ。
怪しく思って様子を伺うだろ?
大丈夫だ。誰だってそうする、俺だってそうする。

さあ行こう、とツンツン頭が歩きだす。
モヒカン兄貴はさすがに気まずいのかぽりぽりと頭を掻き、金髪の女性もばつが悪そうに俯いた。
俺は三人以外にも姿が見えないにも関わらず、居心地の悪さを感じながら彼らの後に続くのだった。







というわけで、三人と俺は村のはずれまでやってきた。ここまで来ると滝の音もあまり聞こえない。
立ち話もなんだから、とそれぞれ適当に草むらに座り込み、
いびつな四角形の輪が出来上がった。裸足に草むらの感触が気持ちいい。

「さて、まずは自己紹介からだな。俺はボッツ」
「ハッサンだ。よろしくな」
「ミレーユよ。私たち、ちょっとした訳があって三人で旅をしているの」

ツンツン頭がボッツ、モヒカン兄貴がハッサン、そして女性がミレーユ、ね。
顔に違わず外国人っぽい名前だ。

「俺は……太一です。よろしくお願いします」

そう挨拶して頭を下げる。
苗字は名乗るべきか迷ったが、もしかしたら苗字という文化が
ない世界かもしれないことを考え名乗らなかった。
ボッツたちも名乗らなかったしな。

「へえ、タイチか。変わった名前だな。ええっと、まずさっきの質問についてだけど」

ボッツたちの話によれば、上から下の世界に落ちて(意味わからん)透明になってしまった人は
同じように透明になった人の姿が見えるようになるのだという。
つまりボッツたちも、今の俺のように透明になったことがある、ということだ。
そういえばさっきミレーユが「あなたたちも私に話しかけられた時は…」とか言ってたな。なるほどそういうことか。

そしてもちろん、彼らの体は透明じゃない。元に戻る方法があるってことだ。
ボッツは腰に提げていた革の袋をごそごそと探ると、手のひらサイズのガラス瓶を取り出した。
中には白濁色の液体が揺れている。おいおいおい、まさか片栗粉Xじゃないだろうな。

「これは夢見のしずく。これを使えば、元に戻ることができるんだ」
「え!」

俺はまじまじとボッツの手の中にあるガラス瓶を見つめた。
どう見てもアレにしか見えないが、これは透明人間化を解除する薬らしい。
夢見のしずくとはずいぶんおしゃれな名前だ。

「ミレーユ、使ってもいいよな?」
「ええ、もちろんよ。おばあちゃんもそのために持たせてくれたんだもの」
「よし、それじゃさっそく」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれ!」

意気揚々と瓶のコルクを抜こうとしたボッツを俺は思わず引き留めた。
戻されるなんて冗談じゃない!この姿は、戦いなんてできない俺が魔王を倒せる唯一の手段なんだ。
戻してくれようとする好意は嬉しいが、今ここで戻されたら元の世界に戻る手だてがなくなってしまう。
慌てて止めようとする俺を、三人はぽかんとして見つめてきた。
ああ、そりゃそういう顔されるよな……。

「おいおい、どうしてだよ。そのままじゃ不便だろ?……あ、わかった。さては怖いんだろう」
「ハッサン!……大丈夫よ、痛いとか苦しいとかそういうのはないわ。一瞬で済むから」
「い、いや、そうじゃないんだ」
「?じゃあ、どうして?」

元の世界に戻るため魔王を倒さなきゃいけないから、なんて言ったらどう思われるだろうか。
俺だったら多分電波ちゃん認定するな、うん。
だからといって他に良い言い訳も思いつかない。
覗きができるから、なんて言ったら、今度はハッサンにぶん殴られるんだろうなぁ。
あのぶっとい腕で殴られるのは正直勘弁してほしい。
いや、実際下心もなくはないけどな!

それに、万が一見限られたとしても俺のやることは変わらない。
今は自分のやれることをやるしかないのだ。

事情を話していくうちに、彼らの顔は様々な色に変化していった。
まずは驚き、次に疑心、そして同情。ああ、やっぱり頭が暖かい人に思われてしまったんだろうか。
彼らは最後には考え込むように俯いてしまった。そうだよな、突然言われて信じてもらえるわけがない。
俺だって、未だに夢じゃないかと思ってるくらいなんだから。
……いや、夢であってほしいと願ってるの間違いだな。

「……タイチ、事情はわかったわ。さすがに信じがたいけれど……」

最初に口を開いたのはミレーユだった。彼女は顔を上げ、曇りのない澄んだ目で俺をまっすぐに射抜く。

「元の世界に帰るため、魔王を倒さなければいけない……というのも、なんとなくわかったわ。
きっとそれがあなたの役目なのでしょう。
それを成し遂げたいのならば、尚更あなたは夢見のしずくを使った方がいい」
「え!?な、なんで?」
「それは……あなたの姿は人々には見えないけれど、魔物たちにはしっかりと見えているからよ」

え?

「多分、君の姿はムドーにも見えると思うよ。あいつらは匂いや気配には敏感だから」

ええ?

「それでなくとも俺たちとは作りが違うしな。…ま、世の中そう甘くないってこった」

えええええ!?







「まあそういうことだから……。その姿でいてもいいことは―――まあ無くはないけど、不都合なことの方が多いだろ?」
「はい、そうですね…」

燃え尽きて真っ白になった矢吹丈のようになっている俺が
投げやりにそう返すと、ボッツは再びコルクに手をやった。
それを止める者はもはやおらず、きゅぽん、と軽快な音が響き渡る。
……それが合図になったかは知らないが、急に十数分前のことが思い起こされた。


(最強。それは男なら一度は抱いた夢)




いやああああぁぁあああああああぁぁぁあああぁ!!!




俺超恥ずかしい!めっちゃ恥ずかしい!!でら恥ずかしい!!!この歳になって黒歴史とかありえねえ!
さっき自信満々に、


「この姿を利用して魔王を倒そうと思ってるんです(キリッ」


とか言った俺死ねえええ今すぐ死ねぇええええ!!うおおおおおおぉぉぉ!!!

俺はすべてがどうでもよくなり、草むらに大の字になって倒れ込んだ。青臭い匂いが飛び込んでくる。

「ちくしょう!もうどうにでもしろ!夢見のしずくでも片栗粉Xでも、何でも飲んでやるよォ!」
「いや、飲まねえよ」
「え?」
「え?」
「はは、そうそう。じっとしててくれると助かるな」

ボッツはこれまた爽やかに笑うと、俺の傍らに片膝を立てて座り、
そして夢見のしずくを額に当てて目を閉じた。
さっきまでの好青年はどこへやら、まるで坊さんのように厳粛な雰囲気だ。
いったい何が始まるんです?
おちゃらける間もなく、変化は起きた。

ガラス瓶の中の夢見のしずくが、ほんのりと光を発し始めたのだ。
もう片栗粉Xとは似ても似つかない。光はどんどん強くなる。
やがて眩しさに目を細めようとしたその瞬間、ボッツがカッと目を見開き
そのまま何かを薙ぎ払うかのように腕を振った。

――――つまり一言で言えば、俺に夢見のしずくをぶっかけたのである。

「つめてっ!」

胸のあたりにかかった冷たい感触に身をすくめたが、
すぐそれどころではないことに気がついた。
思わずがばりと起き上がり、自分の両手を見る。
まるで先程の夢見のしずくの光が伝染してしまったかのように、俺の体がきらきらと光っていたのだ!
すわ透明人間の次は発光人間か、とふざけたことを考えていると、光はすぐに収まってしまった。

そして――――俺の体は色を取り戻していた。思わず、感嘆の声が小さく漏れた。


「気分はどう?」


顔を上げると、ボッツとハッサン、そしてミレーユが俺の顔を覗き込んでいた。
俺は立ち上がり、久方ぶりの笑顔で答える。

「最高。ボッツ、ハッサン、ミレーユ。ありがとう」

まだ黒歴史の気恥ずかしさが残っているものの、悪い気分じゃない。
そんな俺にハッサンが笑いかけ、丸太みたいにぶっとい腕を肩に回してきた。
その衝撃でハッサンの肩に頭をぶつけたが、彼は微動だにせず笑っている。
俺もサークルで多少鍛えてるってのに……自信なくすなぁおい。

「礼なんていいって!何だかケツがむず痒くなっちまらぁ!ま、良かったなタの字。これで一安心だ」
「何だよタの字って、俺の名前は太一だって。なぁ―――」

同意を求めてボッツに目をやると、彼は手で口を押さえてそっぽを向いていた。
怪訝に思い今度はハッサンを見ると、こいつもまた同じような様子だった。
二人とも肩が震えてるし、呼び掛けても首を振るだけでこっちを見ようとしない。
……既におわかりの通り、どうも笑いを堪えているらしい。
なんだ、俺の顔がそんなにおかしいか!?

「おーおー、確かに俺はそんなイケメンじゃないよ!
でも笑うほどか?笑うほどおかしい顔してるか!?
これでも一応彼女くらいいたことあるんだよ!現役大学生ナメんなあぁぁ!!」
「あ、あの、タイチ……」

おずおずとミレーユが俺を呼ぶ。何故か彼女はまたばつの悪そうな顔をしていた。

「これで見てみるといいわ」

そう言って差し出されたのは手鏡。ほほうこの世界にも鏡はあるのか。いやそりゃあるか。

え?何?これで己のブサっぷりを再確認しろって言ってるの?
俺もしかしていじめられてる?

被害妄想をぐるぐると回しながら、俺はミレーユから受け取った手鏡を覗き込んだ。
――――とたん、俺の疑問は氷解した。

「その……ごめんなさい」

鏡に映っていたのは間違いなく俺だ。ただ違いがあるとすれば、左頬。
そこに見事な紅葉が浮かび上がっていた。
堪えきれなくなったのか、それまで静かだったボッツとハッサンの口から大きな笑いが漏れ始めた。

「いや、いいよ……」

自業自得だしな、と俺は胸中でつぶやいた。
……しかしボッツにハッサン。人の周りで盛大で大爆笑しているお前らは絶対に許さん。
絶 対 に だ !




タイチ
レベル:1
HP:15/20
MP:0
装備:ぬののふく
特技:とびかかり