修士◆B1E4/CxiTwの物語



【崩れ落ちる英雄】 [2]

・・・・・・・・・・・・・1週間前。

昼の光が降り注ぐ会議室。
毎日この時間は、クリフトと3名の弟子が集い、
学園の運営をはじめとする諸連絡が交わされている。
バルはこの会議に参加していない。彼はまだ若すぎるのだ。

ゾク「失礼します」

まず最初はゾクが

ダグフ「失礼します」

少し後にダグファが

ペトロ「失礼します」

最後にペトロが入室してくる。

クリフ「・・・・それでは始めましょう」

・・・・・・会議は粛々と進み、1時間ほどで散会となる。
ダグファは研究室へ戻り、ゾクは担当する講義の準備へ。
そしてクリフトとペトロは、クリフトの部屋に向かっていた。
会議の中で、この後二人で話し合うことが決まったためだ。

・・・・・・・・・・・・

ペトロ「失礼します」

クリフトが部屋に入るのに続き、彼女が部屋に入る。

クリフ「ちょっと待っててくださいね」

彼は中央の応接机を挟んだ向こうに進む。
それを見て彼女は、少し気を落ち着けたのだろうか、
入ってすぐ横の本棚をふと見た。

ペトロ「そういえばせんせ


ヒュン!!


・・・・・そのとき彼女は、その体に不釣り合いなほど素早く、体を左に逸らした。
間一髪のところで彼女は、壁に突き刺さる黄金の矢を交わす!

ペトロ「な・・・・え!?」

壁の矢からゆっくり動いたその視線の先には、
彼女の一瞬の隙を突いて虚空から魔法の矢を呼び出し、
今も矢を放った左腕を前に突き出している、師であるはずの男の姿があった。


クリフ「私がわからないとでも思ったか」
ペトロ「!」

クリフ「君は昨日、一昨日と体調を崩していたね。部屋で臥(ふ)せていたとか。
   迂闊だった・・・・君を気遣って面会に行かなかったからね。
   だが・・・・・こうして目にした以上、私は騙されないぞ。
   答えてもらおうか。ここへ何しに来た。
   そして・・・・・本物のペトロはどこだ!」

ペトロ「そ・・・・な、何のことなのか、理解しかねます」

・・・・・・・・・ふと、彼女は彼から視線をわずかに外す。
それは、百戦錬磨の者こそ気にする動きだった。
その視線に彼が一瞬つられる・・・・その瞬間だった!


シュッ!!


彼女の体が、クリフトの横を通り抜け、正面の窓へ飛び跳ねる!
彼は体をぐるりと反転させ、その手から威圧の呪文を放った!
それを見ていた彼女は、進路をとっさに変更し、左へ逸れる。

一瞬の間も置かず彼女は、執務机の左から、低姿勢で走り出す。
それは、クリフトが反転した方向とは逆。視界が切れるその空間を狙うもの。
彼女は一瞬だけ、腕を左右に振る! クリフトの迎撃は一瞬遅れた。


ドシュッ!!


小さな手から飛び出したそれは、ヒャドという小さな氷の呪文。
彼女はクリフトの動きを鈍らせ、その脇を通り抜けようとした。
しかし直後、彼女の目の前に黄色の矢が、柵を形作るように降り注ぐ!
彼女が一瞬止まると、再び上方から、彼女の四方を囲うように矢が降り注いだ。

彼女は矢を左右に交わし後ろに飛び戻ると、再び窓から飛び出そうとする。
しかしそれは叶わなかった。そこには既にクリフトが、封印の呪を施していたのだ。

そして彼女は一瞬で考え直し、炎が広がる閃熱呪文、ギラを放つ!
クリフトの眼を熱と眩しさで曇らせつつ、机の上から彼を飛び越そうとする彼女。
間髪おかずクリフトは、その手から、竜巻の呪文バギを繰り出す。
彼女は、羽織っていたローブを翻してその突風を受け流し、空中で方向転換をする。

面高の低い応接机と、向かい合うよう置かれたソファ。
その傍らに着地するまでの一瞬の間。今度の彼女はイオの弾幕と、
先ほどのバギで舞い上がった机の上の本を一冊、彼に投げつける。
次こそはと、彼女は壁に向かって一直線に飛びつつ、拳に力を込めた。

しかし、彼女の動きは捉えられていた。
クリフトは一瞬で攻撃を払いのけ、彼女の動きに割り込むように突進した。
体位を整え彼は彼女の前に立ちふさがり、その両手首を掴み取ろうとする。

・・・・・・応接机の傍ら。先ほどと一転し、
組み合う二人の小手先で、小さな動きが繰り広げられ・・・
・・・・・やがて、クリフトが彼女の腕を完全に掴み取る。

ギ、ギ・・・・ググ・・・・
皮膚のしなる音が聞こえ、力の攻防はここに拮抗した。

?「・・・・・っく・・・・」
クリフ「モシャスに・・・・・マヌーサの呪文を重ねたな。
   ペトロの色をまとったか。だが、・・・・くっ・・・・私には効かない」
?「・・・・っち!・・・・あるいはとは思っていたが・・・」

その言葉が言い終わる間もなく
透明な脱皮を行うかのように、彼女の顔が上から変わり始める。
それは、彼女を包んでいた呪文を彼女自身が解除したからだろうか。
そこに現れたのは、赤毛のペトロとは似ても似つかない、短い金髪の女性だった。

二人が強烈に睨み合っていたのは、ごく短い時間だったはず。
それでも、彼女が意を決し頭突きをしてクリフトの目線の下に潜り込み、
彼の拘束を素早く解いたとき、互いの息は肺の奥であがっていたに違いない。

・・・・それでも彼は、その足掻きを逃がさなかった。
一瞬振り返った彼女の動きを読んでいたかのように、
その両袖と肩の肉に、今度は太く赤い矢を何本も突き刺した。

・・・・・・・・・・・・・

?「・・・はぁ・・・・うう・・・・・?」
クリフ「力が入りませんか? 呪文を封じる力です」
?「・・・・・・・・・」

彼女は身をよじり、その拘束具合を確かめる。
肘から先は動かせるが、矢の先端部に手を動かそうとすると
なぜか力が抜け、だらんと落ちてしまう。
要所に物理的拘束を加えた、汎用性の高い術のようだった。

?「・・・・・・・・・」
クリフ「ペトロはどこだ」
?「・・・・・・生きてると思う?」

このとき、彼女の挑発にいささか気を荒立たせてしまい、
そのぎりっと握られた拳の真意を見抜けなかったことが
彼の最大の過失となった・・・・・・。

彼女の右肘から先だけが力強く振りあがるのと、
最上階に座すこの部屋の天井に、空につながる穴が
強烈な音を伴い開かれたのは、ほぼ同時だった。

その行為にわずかに目を細めつつも、クリフトは手のひらを彼女に向ける。
彼女の右腕は完全に体に張り付き、動かなくなった。

クリフ「もしまた動けば、呼吸以外の全ての動きを封じます」

・・・・・そして、彼女の力は目に見えて抜けていった。