修士◆B1E4/CxiTwの物語



【剣と魔法の研究院】 [5]

――――――――三日後 城下町サラン 宿屋――――――――

尖塔の背には月が輝き、開け放たれた窓の外には、酒場からの声と、
その背景に溶け込んだ、名も知らない虫の鳴き声が響き渡っている。
そして、そんな情景を巡り巡ってきたであろう衣のような風が、
窓の傍の机に座る僕の横顔に、ときおりふわりと触れてくる。


レオ王国とテララテパ海を挟むここサントハイム王国は、クリフトさんのお膝元だ。
あの学園都市の、威容を誇る建造物の多さと区画整理された様と比べると
ここ城下町サランは、上下左右にうねる通りが何本も走り、城に近づくにつれ
高貴な様式の建物が多く立ち並ぶ、まさに城下の群像を垣間見ることができる。

カーブした石段の上の住宅街。二階の物干し竿から服を取り込むブロンドの女性。
すすけた茶色い石造りの集会所。裏の小庭から見下ろせる城下の建物。
町の外、横に平らに伸びる林の先から突き出た、クリフトさんの治める魔法学校。

石段の根元から伸びる平坦な石畳通り。幌(ほろ)を張る平屋の果物屋や魚屋。
ギルドのバイトのだみ声と客のざわめき。日陰の路地にいるのは、
地べたに座る骨董屋や古本屋や、値切り交渉をする帽子を被った老人。

大通りの交差点に広がる円形の広場。
ベンチに座る恋人たちや、周辺の原っぱで遊ぶ子供たち。
彼らをもてなす、動物による移動式の菓子屋やアクセサリー屋。

大通りの先に見えてくる貴族の屋敷と大庭園。正門に佇む守衛たち。
大きな建物の壁に刻み込まれた、王家の紋章や、流れる描法による何らかの紋様。

そして天を射す数々の尖塔が彩る光景は、空に伸びる人的意志を示すように・・・・。


城を照らす雲間の光。城から伸びるその陰影が包む、城下の影の美しさ。
それを城のテラスから臨み、さらにそこに、ティール国王謁見のため
城を訪れたときに見た、城下の大小様々な鐘の音が響き渡る奇跡、
それを再び見れば、僕は本当の町の生き様を知ることになるだろう。

そして僕はそのとき、思うはずだ。
この世界を発つその日まで、一目でも多く世界の有様を見、掴み取ろう、と。
夜の帳の下では決して見えないものを。


――――――――――さらに二日後――――――――――

城下町から馬車で三十分ほど。
林の先の開かれた平野に入口が広がるのは、魔法学校ユネストロ・ユカローテ。
別名、『剣と魔法の研究院』というそうだ。

ここに来たのは、クリフトさんとゾクさんに会うため。
僕は、さっき降り出した弱々しい雨が足元の縞々の縁石に染み込む中、
降車場で見取図を確認し、青々とした緑がそこかしこに満ちる中を進んでゆく。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

女性「どうぞソファに掛けお待ちになってください。
   すぐ先生がお越しになると思います」

赤い、レンガのような石で組み上げられた四角形の建物の中。
学長室に残された僕は周りを見渡す。

格調高い本棚が、右手の壁に沿い二本据え付けてあり、
・・・・・・どうやら、日光に直接当たらないよう考慮された配置のようだ。
そして左の壁には一面、世界地図らしき図面が貼り付けてある。


・・・・・・・・トスッ。

その瞬間、何か小さな物音が聞こえた。
何事かと辺りを歩き回ると・・・・・本棚の前の床に、
本が、背表紙を上にして開いたまま、床に落ちている。

赤いハードカバーの所々が剥げ、白地が浮き出た分厚い本。
背表紙と、表紙の上部に辛うじて題名らしき文字があるものの、
それはこれまでの人生で、そしてこの世界でもまったく知らない、奇妙な書体だ。
どうやらさっきの物音は、この本が床に落ちた音らしい。

拾い上げると、中の紙のざらざらとした感触が指先に伝わる。
僕はその本を、傍の机にそっと置き、開かれたページをぼんやりと眺める。
そこは何度も見返された箇所らしく、開き癖が付いているようだ。


・・・・・・・・・・あれ?この部分、なんだか見覚えがあるぞ?
この図は、ええと・・・・。記号が違うけど、たぶん・・・・。


・・・・・・・・・・・ギィ・・・・。

そのとき、後ろの扉が開き、茶色のローブを羽織ったゾクさんが入ってくる。

ゾク「遅れてすまんね。先生も少ししたら来るんだが」

僕は挨拶を返し、本棚から落ちた本のことを伝える。

ゾク「これか。・・・・・・・ありがとう。棚に戻してくれるかい」
僕「わかりました。・・・・・でもこれ、いい本ですよね。
  言葉は僕にはわからないですけど、中身は理解しやすそうですし」
ゾク「!?・・・・理解しやすい?」

僕「ええ。絵や式だけで内容がわかる本はいい本って言いますから。
  うちの国はそういう本が少なくて、羨ましいです。
  それに中身だって・・・・・まさかここで見覚えのあるものに出会えるなんて思
ゾク「ち、ちょっと!・・・・君はこの本に・・・・この書の中身がわかるのかい!?」

僕「ぇ・・・・ええと、恐らくです。
  このグラフとか・・・・・あ、これなんて解析式に似てますし。
  で、こっちのも・・・・・・・・。
  似たものをよく見ていたので、ちょっと頭に浮かんで・・・・・
  ・・・・・・・・・え?あれ?」

ゾク「・・・・・・・・・・・」


・・・・・・・雨は、上がっていた。

アーシュ
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