修士◆B1E4/CxiTwの物語



【だれかいませんか?】 [1]

「・・・・・・・・・あ!」

携帯の電源を入れるのをすっかり忘れていた。
胸ポケットから取り出し、改めて電源を入れる。
歩いてる間に落とさなくてよかった。


・・・・・・・・・・っと。・・・・・・ここもだめか・・・・。

ここも圏外だ。少し時間を置いて待ったが、表示は変わらない。
そんなにエリアから遠いのか。山が近いためかも・・・・・そうだ!

僕は閃く。

時間が分からなくても、適当な時間に設定して後から確認すれば、
移動中にどれだけ時間が経ったかが分かる。
時間が分かれば、歩く速度からおおよその距離も求まるし、
時間も距離も、今必要な情報のひとつだ。

これ程までにだだっ広い平野。もしかしたら今日一日、
誰とも会わないままかもしれない。
どう進み、どう行動するか、時間や距離はそれを考える目安になる。

情報の価値は状況で変化する。砂漠で水に飢える旅人は、
一杯の水を得るために己の全財産を差し出すだろう。

もっともそんな状況ではその程度の水、何の役にも立たないが。


早速適当な時間・・・昼の12時に設定する。・・・・・・・・・ぐぅ・・・

・・・・・・・そういえばお腹が減ってきたな。
森の中の木には何の食べ物も見つからなかったし、歩くのに夢中で、
というか、途中から何も考えられなくなったんだよな。
森を抜けてからは川の水しか飲んでないな・・・・・我慢我慢。


少し迷ったが、今度は携帯の電源を切らないでおく。

僕のことは既に母さんも知るところだろうし、
僕に連絡を取ろうとしているだろう。突然、僕が消えたんだから。
母さんはメールが使えない。だからその場で連絡を取るしかない。
こんな状況だし、仕事には行ってないんじゃないだろうか。

森の中でない平原なら、どこかで電波が繋がるかも!
可能性は低いが、ここはその希望に賭けるぞ!


よし、電波の状態には常に注意して胸ポケに・・・と。 そしたら・・・

丘の上から辺りを見渡す。今度は景色に見とれるためでなく、道を探すため。
今は自力で進むしかない。どこか人里に繋がる道はないかな、と・・・・・・


・・・・・・・・・・んー・・・・


何とか目を凝らしてみる、が・・・・・・
・・・・・・・・・・・・だめだ。人っ子一人見えないし、道なんて・・・・


こんな広大は景色を見るなんて、ほとんど経験が無い。
その事実が僕の心を余計に惑わせる。

満足にものを食べられない空腹感、
慣れない道を歩き続けてきた疲労感、
誰とも会えずにくすぶり続ける孤独感、
見知らぬ土地で右も左も知れない絶望感。

幻想なる景色が織り成す夢から次第に醒める感覚。
今までの生活で強烈な存在感を示してこなかったこの感覚。焦り。
今までの生活が、脆弱なる安全に包まれた箱庭であったことを知る。

早ければこんなところ、たった一日でおさらばだ。そうあってほしい。
でもその一日は、きっと今までで一番長い一日になるだろう。
やっぱり一刻も早く、こんな状況から抜け出さないと!


何かないか・・・何か・・・
近くにないなら、もっと遠くには・・・・・・

・・・・・・うむむむ・・・・・
・・・むむむむむ・・・・・・・・む! あっちにも丘が見えるぞ!


さっき渡った川の流れる方向に、もう一つ丘が見える。

でもさっき、あっちは奥まで川しか見えなかったはずだよな。
川は一本の直線だったが・・・・・・お!


肉眼で見えるぎりぎりのライン。その少し手前で
川は緩やかに左に逸れている。川はそのまま左の地平線の彼方へ。

上から見て初めて分かる光景。そして逸れた川の左側、
その手前のまだ一直線に伸びている川の延長上に、丘。
世界を丘の向こうとこちらに分かつ、ポイントのように聳えている。

丘までの距離は・・・遠すぎて距離感が掴めない。
森の中で歩いた程の距離ではないだろう。ここから丘の近くまで
なだらかな下り斜面が続いているので、遠くまで見えるようだ。

丘の高さなど到底判断できないし、ちょこんとしか見えないが、
ここから見えるくらいだ、まぁでかいだろう。
丘の向こうに何があるかは・・・・・見えない。


それにしても、あの川は大平原の端っこまで流れているのだろうか
・・・・・・・・・・・川?

川・・・・川・・・・!・・・・そうだ! もしかしたら人が見つかるかも!


僕はまた閃き・・・・いや、思い出した。
なぜもっと早く気づかなかったんだ。講義・・・・・
いや、授業か何かで聞いた気がする。
地理学的に合っているのかどうか分からないし
勘違いかもしれないが、答えは単純だ。

基本的に人間の生活は、川の流れに沿いながら
上流から下流に展開してゆき、次第に川から離れた範囲に生活圏を広げてゆく。
下流から上流の山々に向かって土地を切り開くこともあるが、
下流地域は平地が多く整備もしやすく、都市化に向いている。


だからあの川の先に向かえば・・・・そこには人の営みがあるかもしれない!