修士◆B1E4/CxiTwの物語



【大賢者】 [2]

一つ目は、城の人間が王様ごと一斉に消えたという、
北方の王国サントハイムで起こった、人体消失事件。
二つ目は、一つ目の事件より少し前、
北西の王国バトランドの片田舎で頻発した、子供の行方不明事件。

今では、この2つの事件は、当時地上に侵攻していた
ピサロの意向によるものと判明しているという。
行方不明となった者たちは、その後無事、戻ってきたそうだ。

そして三つ目。それは勇者一行に、そのピサロが加わった後のこと。
彼らは旅の途中、およそこの世と思えない、奇妙な世界を冒険したという。
そこで彼らは、奇妙な二匹の怪物と戦い、再び元の世界に戻ってきたとか。

この話以外にも、人が消えたという昔話は各地にあるそうだが、
所詮は昔話、創作や過度に誇張された物語ということらしい。

僕「えっと・・・・・・・じゃあなんで、さっきの三つの話は信憑性があるんです?
  200年も昔のことなら、その話だって事実が脚色されていたり、
  創作かもしれないじゃないですか」

アクデ「・・・・・・・確かに。遠き物語を紐解くと、多くの真実は遥か低俗なもの。
    だがこの物語には、信ずるに足る根拠が存在する。それはつまり・・・・・・・・

    この地上には今も、勇者の旅の真実を語る証人がおられる、ということだ。
    かつて勇者の旅に同行した、仲間の一人が」
僕「・・・・・・・・・・・え?」

は?・・・・・・・どういうことだ?だって、200年・・・・・・・

僕「え、ええと、確認しますけど、その勇者っていう人の旅って、
  ええと・・・・・・・200年も前の話なんですよね? 仲間の人って・・・・・え?」
アクデ「サントハイム王国におわす、200年の歳月を生きる大賢者、クリフト。
    その方こそ、偉大な歴史の生き証人だ」

僕「・・・・・・はぁ!?」
アクデ「正確には230歳ほどだったか」


僕「それは・・・・・・・・失礼ですけど、狂言の可能性は?」

僕の世界でもたまにあるじゃないか。
出生記録が残っていない老人が、物珍しさを狙われ仕立て上げられることが。
確か前も、どこかの発展途上国であったはずだ。

アクデ「・・・・・・・なるほど。勇者に関することは、そなたにとって夢物語だろう。
    だがあのお方は、断じて不埒(ふらち)な山師の輩ではない。
    世界が彼の物語の証人だ。

    畏敬の念を持たずには対峙できぬ、独特のオーラ。
    性別・国・種族を問わず、あらゆる者が同じ想いを抱いている。

    それに年齢のことなら、私も158歳。あの方とは100年以上の付き合いだ。
    まぁ、魔物は大抵人間より長命であるし、
    人の身にありながらあれほどの長命は、まさに奇跡だが」


僕「えっと・・・・・やっぱりその、クリフトっていう人、偉いんですよね?」
アクデ「当然! サントハイムの元国王でもあらせられるし、
    彼の成した偉業、それは永遠に色褪せぬ伝説の一つだ。

    アーシュ、本題に入ろう。
    幸いあのお方は、近々、特使として我が国の慰霊祭にお越しになられる。
    私はこの機に、そなたのことを彼に相談すべきと考えるのだが、如何か?
    人類の宝とも称される博識と聡明な心には、国を跨ぐほどの価値がある」

僕「・・・・・・・・・・」
アクデ「国王陛下には私から事の経緯を説明する。
    特使は通例、最初に謁見の間にお越しになり、国王陛下と挨拶を交わす。
    王宮職員に混じり、そなたもその場に参列できるよう、手配しておこう。

    そなたの事は、火急のため一両日中に伝令を出し、あちらへ速書を届ける。
    こちらにお越しの際には、そなたもご歓談できるやもしれぬぞ」



――――――数日後。中央図書館16階「科学 第6書庫」――――――

白石造りで荘厳(そうごん)とした佇まいの、この図書館。
内部は、悠久の古臭がところどころに漂う、大小の書庫の集まりだ。

2つの棟の1階と10階にはそれぞれ、大広間があり、そこには
ギルドのそれが可愛く思えるほどの、広大で活気あふれる貸出・返却受付が構え、
新刊コーナーはもちろん、ソファ、長机と椅子が、いくつも置かれている。


僕は今、多くの科学書の中から、物理に関する書物をいくつか抜き出し、
机の上に積み上げている。今読んでいる本の題名は『近代科学対話』だ。

明日僕は、魔術地区と自然科学地区の職員、主に学者たちに対し、
僕の世界の基本的な科学理論を、説明することになっている。
本来なら今日までに、こっちの科学について理解するはずだったのだが、
結局何もしなかったため、今日は朝から、図書館に缶詰なのだ。

どの世界でも図書館のルールは一緒なのだろう。
『図書館の中ではお静かに!』
そんな貼り紙を、この部屋に来るまでに、
昇降機の中も含め、あちこちの壁で見かけた。

どうやら高い階層はあまり人気(にんき)がないようで、
ここは、ちょっとしたホールくらいの大きさなのに、
利用者は僕を含めて3人だけだ。


・・・・・・全ての無において、有は生成されず・・・・・・・・・ふーん。
基本的な法則は結構、あっちの世界と共通してるな・・・・・。
あ、でも、魔法があるし、根本が異なっているかも。うーん。

ざっと内容を理解した僕は、机に置いた本を元の場所へ戻す。
・・・・・・・・少しして僕は、『熱学の基礎』という本を手に
机に戻り、内容を確認する。

・・・・・・・・「熱素カロリックの原理」・・・・・・うーん。
「熱素の移動」・・・・・・熱素カロリックに質量はなく・・・・うーん。

どうしよう・・・・・・・明日はどこから説明を・・・・・・・うぅ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

翌日の夕方。
兵と共に馬に乗り、僕は宿屋を発つ。

大通りを城の方へ向かい・・・・・・・・商業・経済地区に面するところで左折する。
辺りには、以前セラウェさんに案内してもらった、学生会館、
第41、第48号研究棟。その他、立ち並ぶ建造物群。

ところどころ存在する、公園のような芝生の一角。
そのような場所で、ベンチや、あるいは地べたに座りこんでいる、
異様に背が低い者、尖った耳の者、尻尾の生えた者。
それら、かつて人間以外の種族と紹介された者を横目に・・・・・・・。

・・・・・いつしか周囲の様相は変化し、小山程度の林、
屋外に設置された、近世の色を感じさせない、何らかの装置群、
そして、建物が密集し立ち並ぶ一角が現れる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

王宮のような荘厳さを持つ施設と、シャープで実用的な施設。
それらが均整よく融合された風景。
この風景にはめ込まれた、校舎のような青色の建物の前に、僕らは降り立つ。

4階建て、ステンドグラスのような、様々な色彩を持つ窓がいくつも見え、
入口のプレートには、『第105号研究棟』と書かれている。

入ってすぐ左の受付で男性職員に案内が引き継がれ・・・・・・・・・・
そして僕は、彼の後ろを歩いていった。



――――――――第105号棟3階 第13講義室――――――――

長机がいくつも並ぶ、小さな会議室。
今ここでは、研究者同士の活発な議論はもちろん、僕への質疑も行われている。
これがいわゆる、学会にセンセーションが巻き起こった状態、か。
黒板に書いた僕の説明、基本的なことだが、わかってくれると嬉しい。

質疑自体は、皆この理論の初心者、高度なものはそれほどない。
問題は魔法エネルギー、魔力の概念だ。これらの理論を踏襲した質問には、
何も知らない僕は、ときどき答えに詰まってしまう。