修士◆B1E4/CxiTwの物語



【クリフトの話】 [3]

――――――――――翌日 謁見の間―――――――――――

僕「・・・・・サント・・・・ハイム・・・・・北の国・・・・・」
ダシュ「猊下はしばらく、我が国に滞在なされる。そしてお帰りの際には、
    再びこちらにお戻りになられる。そのときまでに決めてほしい。

    連絡は私かアクデン先生のところで構わぬ。陛下はこれから数日忙しい。
    時間が合わなければ、部下の者ノ言伝(ことづて)を頼めばよい」
僕「・・・・・・・・・わかりました」

シルバ「頼むぞ。・・・・・・・ところでアーシュ、どうだろう。
    突然だがこの際だ。名前に姓を貰いたくないかね?」

僕「? どういうことですか?」
ダシュ「この国は何年か前に、平民でも姓を名乗れるようになったのだ。
    陛下の政策の一つだ。登録所で申請手続きが必要だがな。
    そこでは、希望者が望めば苗字の選定もしてくれる」

そういえば・・・・今まで出会った人はほとんど、名前しか名乗ってなかったな。
姓・・・・・名前を決める・・・・・・・なんだかゲームの主人公みたいだぞ。

僕「そうですね・・・・興味あります・・・・・・・あ、でも、
  もし僕がこの国を離れたりしたら・・・・あと、
  僕はこの国の生まれではないですし・・・・・・・・・大丈夫ですか?

ダシュ「そなたは特別だ。本来なら身分を示すものが要るが、それは私が保証しよう。
    後で私の部屋の受付で紹介状を受け取るがよい。登録所まで部下に送らせようか?」
僕「あ、いえ。場所さえ教えていただければ結構です。ありがとうございます」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

?「なんだぁ、小僧ぉ・・・・・この俺になにか用であるのかぁ?」
僕「いいいいいえ、なんでもないです! いやホント!」

伝承の中にしか存在しないはずの、一つ目の青色の巨人が、僕を上から覗き込む。

?「ちょっとサイップ、やめなよー。この人びっくりしてるよー。
  ホントすみませーん、驚かせちゃって」
僕「!・・・・・・・・そ、その姿h」
サイッ「あいあいわかったよぉ、モキィ。行くぞぉ」

ドシン、ドシンと、腰巻き一枚の体を揺らす巨人と一緒に、
彼より頭十個分は背が低い、小柄な若い女性が立ち去ってゆく。

・・・・・・・思わず見上げて固まっちゃったよ。あれか・・・・・巨人の魔物って。
そういえば、巨人の出入りする地区もあるって聞いたな。
それとあの女性・・・・・・・真っ白な肌。耳が横に尖っていて、瞳も真っ赤で・・・・・
あれこそ話に聞いていた、エルフっていう種族だ! 初めて見たぞ。

・・・・・・・そうだ、登録所探すんだった!
・・・・・・ええと、・・・・・・あー、あそこに見えるのが中央図書館で・・・・・・
それでここか。この道をこっちで・・・・・・・・・・・・・・・あった!


広い通りの右手に『総合市政所 第18分館』と縦看板が見える。
王宮関連地区の一角。僕の目指す場所は見つかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

?「それでは、決まりましたらまたいらしてください」
僕「はい。ありがとうございます」

天井から吊るされた看板には『氏名登録受付所』の文字。
担当の女性といろいろ話した結果、僕は、
何冊もある候補の一覧カタログを参考に、自分で考えることにする。

最初、彼女が僕の希望に沿い、カタログからいくつか書き出してくれたが、
どれもピンとこなかった。
僕がそこに書き記されたものを参考に自分で考えてみると、
それは有名な家柄のもので使えません、と言われてしまった。

受付の横には閲覧室という、カタログを見るために使える部屋が設けてある。
・・・・・・・・僕は、そこに入っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・宿屋のトーヤ。

トーヤ「苗字?そんなもん、俺は興味ないねぇ」
僕「そうですか・・・・・・」

僕は食堂で夕食を食べつつ、宿屋の主人トーヤさんと話している。

トーヤ「確かに便利にはなるだろうよ。
    アンとかレオンとか、同じ名前の奴は結構いる。
    『何とか屋のレオン』ってな具合に説明しなくちゃならねぇしな。
    ただ、それに慣れきった奴も多いのさ。俺もその一人だ。
    若いもんらは結構申請してるようだけどなぁ」



―――――――――十日後 コーミズ村の外れ 慰霊碑前―――――――――

マーニャ・ミネア姉妹の生まれた村、コーミズ。
その近くに建立された大きな慰霊碑。二人を讃える碑文が刻まれている。
村には前日までに、国内をルーラで結べる神官により、数多の関係者が集っている。
しかし、規模の大きなクリフト一行だけは、イャーヌで進むしかない。
無論そのために、サントハイム有数の移動速度を誇る、この動物が使われている。

野鳥の囀(さえず)りは小さく響き、吹き抜けのテント内には
参列者たちが黙したまま、椅子に座っている。
彼らの護衛はその外にて、護衛の任に当たるか、粗相の無い程度に休んでいる。


・・・・慰霊祭は、レオ王国の誇る大神父による祈りの儀で始まった。
その後、シルバーレオが石碑前に佇み、古式に則り、短い言葉の後に黙祷を行う。

国王が席に戻り、次に慰霊碑前に跪いたのは、かの大賢者クリフト。
静かに左右の指を組み、偉大なる姉妹の名が刻まれた石碑に向かい、黙祷を行う。
・・・・やがて、クリフトは静かに立ち上がる。再び指を組み、小さく体を屈ませ、
最後の祈りを行い・・・・・・・ゆっくりと振り返り、しずしずと来た道を戻ってゆく。

・・・・・・・・続いて神父・神官など、後続の参列者たちが黙祷を捧げ・・・・・・・・・
その中にはもちろん、アクデンやベリアルンの姿も見受けられる。
・・・・・・2時間に及んだ慰霊祭は、何事も無く終了した。



――――――――――数日後 謁見の間――――――――――

バーズ「陛下! ご帰還、お持ち申しておりました!
    アーシュ殿がサントハイムに行くというのは、誠ですか!?」
シルバ「・・・・・・・・耳が早いですな、先生。仰りたいことはわかる。
    しかしこれは、昨日、彼が決めたこと。
    私は、本人のためにも善き選択であろうと考えている」

バーズ「・・・・・ええ、わかっております!
    しかし陛下! 彼の知識は、私たちより数百年・・・・・・・いや、
    千年先を進むものかもしれません。陛下もご覧になられたと伺っております!
    あの奇妙な光沢を放つ持ち物を! あれが今のわが国で作れましょうか!
    彼を今この国から手放すのは、実に惜しいことではないでしょうか!」

シルバ「私も同様のことをアクデン先生から伺っている。しかし先生、お忘れか?
    彼はこの国の者ではない。途方も無い旅の果て、我が国に迷い込んだのだ。
    私は、我々の都合で彼の行く手を阻むことを、善しと考えない」

バーズ「・・・・・・しかし・・・・・・・」
ダシュ「先生、彼は旅人なのです。ここに少々留まっていたために、
    我々はその部分を見誤っていたのではないでしょうか」
バーズ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アクデ「いきなり陛下の御前に行かなくとも・・・・・・気持ちはわかりますよ、先生」
バーズ「・・・・・・・・・・心配なのです」
アクデ「都合がつけばまたこちらを訪れる、と話していましたし。
    それに、今後は文通を続けるということじゃないですか」
バーズ「・・・・・・・・・・・」



―――――――――数日後 城内 内務大臣執務室―――――――――

ダシュ「そうか、そのままの名で行くか。良いものが無かったのかね?」
僕「そうですね・・・・・・・・時間もちょっと足りなくて」

嘘だ。僕には、どうにも踏ん切りがつかなかった。
今の名前はあんなに躊躇無く決めたのに。
かつてのあの僕は、なんだったのだろうか。

ダシュ「まぁ、またの機会でもよかろう。
    猊下は後十日ほどでこちらにお戻りになられる。
    船団の停泊するハバリアまで、我が方でそなたを送ろう。
    あちら方面は初めてであろう? 景色を目に焼き付けておくといい」
僕「わかりました。いつもサポートしていただき、ありがとうございます」