修士◆B1E4/CxiTwの物語



【クリフトの話】 [2]

―――――――――アクデンの執務室内別室 応接室――――――――――

クリフ「君が・・・・・・・・アーシュ君だね」


窓の下に置かれたサイドボードの上には、小さな花瓶に添えられた色豊かな花々と
一見すると骨董品のような陶器が置かれ、別の窓からは光の筋が、
中央の机と、その前後を挟む大きなソファに投げかけられている。

アクデンさんの執務室の中にある、大きな扉。
その先こそ、僕が今いるこの部屋。後ろの執務室に負けず劣らず大きな応接間。
そしてソファの傍らには、昨日、謁見の間にて賢者と紹介された、かの人の立ち姿。

僕「はい! はじめまして」
クリフ「話は伺いました。大変な日々を過ごしているそうで」
僕「な、なんとかなっています」

信じてくれているのか?僕のことを。


アクデ「お待たせ致しました。どうぞお座りになられてください」
クリフ「お手間を取らせてすみません。では、失礼します」

僕もアクデンさんに促され、クリフトさんの真向かいに座り・・・・・
僕の隣に、アクデンさんが座る。

クリフ「先生、私主導で話を進めていいですか?」
アクデ「ええ、もちろんでございます。猊下たってのご希望でありますゆえ」
クリフ「ありがとうございます。ではアーシュ君。いくつか質問よろしいですか?」
僕「は、はい」

僕は、ガチガチに緊張しながら、
ときにはアクデンさんのフォローも交えつつ、自分の思いや立場を説明する。
携帯を見せると、クリフトさんは興味津々で触ってくる。

・・・・・・・・・・・・話が一段落し、場が少し弛緩する。
するとクリフトさんは、改まってソファに座りなおし、再び僕に顔を向ける。

クリフ「・・・・・・・・アーシュ君、ちょっといいかな」
僕「はい。なんでs・・・・・ぉお!」

クリフトさんの手から、おぼろげな、青か緑色の光が滲(にじ)み出し・・・・・・
その手が少し振られ、僕は頭上に暖かさを感じ・・・・・
目の前に、いや、頭から、薄緑色の膜のようなものが下りてくる。

僕「あ・・・・・・・・・これ、は・・・・・・・・」

すぐに膜は消え去ってしまう。

クリフ「傷を癒す呪文、ホイミです。どう感じますか?」
僕「ホイ・・・ミ?・・・・・ええと、頭が暖かくなって・・・・・
  そういえば、なんだか体がスッキリしたように思えます」

クリフ「薬草の話を君から聞いて、興味が湧きましてね。
    生まれた世界がどこであれ、魔法の効果は無関係なようですね」
僕「それは・・・・・・・僕のこと、信じていただけるということですか?」
クリフ「残念なことに、今の私もアクデン先生同様、解決の道は示せません。
    ただ、私なりに協力させていただきましょう」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アーシュが執務室を後にし、応接室には再び二人が残る。

アクデ「どうですか、先生」
クリフ「・・・・・・・・・・・・・ちょっと失礼しますよ」

クリフトは再びソファに腰を下ろす。
彼は目線を、ベージュの石が敷き詰められた床に落とし・・・・・・
意味も無く、指先を様々に動かし始める。

クリフ「アクデン君・・・・君は、現代の魔導師、
    魔法使いと聞くと、誰が思い浮かびます?
    私のことは忘れて」

意表を突く質問に、アクデンはしばし言葉を失う。

アクデ「は・・・・そうですな・・・・・・・・・。では僭越(せんえつ)ながら。
    まずは我が国の誇る、“ホーリィ・ウィッチ”ダムリエン。
    次に、先生の弟子の一人、寡黙のダグファ殿。
    ガーデンブルグの稀代の天才、“魔老”イレイノン卿。あとは・・・・・

    若くして既にエンドール中に名の轟く、“魔法公女”シスタニア嬢。
    同じくエンドールの“大魔道”パコン、と。この辺りでしょうか」

クリフ「・・・・・・・・・・・・・」
アクデ「あの、先生。今のは・・・・一体どういう・・・・」
クリフ「・・・・私も概ね、その方々の名が浮かびます。
    ただ、今の私にはもう一人、気になる方がいるのです」
アクデ「?・・・・・」

クリフ「・・・・・・ガーデンブルグのハルサという魔導師、知っていますか?」
アクデ「ハル・・・サ・・・・・・・・いえ、すみません」

クリフ「ああ、いえ、知らないのも無理ありません。
    あの国の地方の領主に仕える一介の魔導師で、それほど名も通っていません。
    君が先ほど述べた方々には、実力では及ばない・・・・・はずです」
アクデ「?・・・・・はず・・・・・というのは」

クリフ「最近、妙な噂を聞いたのです。
    ・・・・・魔導師ハルサは別世界の魔法を操る、という噂を」
アクデ「!!・・・・・それは・・・・・」


クリフ「噂によると、夜に山で剣の稽古をしていた一人の兵が、
    立ち入り禁止である領有地に入り込んだ際、そのハルサを見つけたそうです。
    思わず隠れたその兵は、ハルサが見たことも無いような呪文を出すのを見た、と」

アクデ「・・・んむぅ・・・・・」
クリフ「ただの噂です。数ある与太話の一つと認識して結構。事実かどうかはわからない。
    でも、最近ごく一部からそう認識され始めた人物、ということなのです。

    普段の彼は、魔法のレパートリーも多くない、
    至って普通の魔導師らしいのです。2、3年前でしたか・・・・・
    あの国で私も彼と話しました。噂を聞き思い出したのですが、普通の大人でした」

アクデ「先生がおっしゃりたいのは・・・・」
クリフ「・・・・・・・アーシュ君・・・・・異世界から来訪者。
    君の話は信じます。でもそれは、信憑性の無いとされている一つの噂を
    無視できなくなる、ということになる。

    ガーデンブルグとの関係は良好ですが、自国領の防衛にも関わる方々について、
    噂を元に立ち入った話を求めるのは、難しいでしょう」


アクデ「魔導師・・・・ハルサ・・・・」

クリフ「今では祝福されし者たちとも称される私たち一行の、旅の途中。異世界で
    相見(あいまみ)えた二匹の不思議な魔物、怪力のチキーラと魔法のエッグラ。
    彼らは少なくとも、この世界の呪文と技の使い手でした。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

短くない時間、二人は沈黙し・・・・・・・その空気を破ったのは、特使であった。

クリフ「アクデン君。彼、アーシュ君だけど、私の国に連れ帰っていいかな?」
アクデ「な!・・・・・んですと・・・」

クリフ「もちろん、本人や陛下の了解があってこそ。
    私は明日、コーミズに出発します。各地へ巡幸の後、
    ここに再び戻ってくるのは一ヶ月以上先のこと。
    そのとき、もし彼の意思が私へ、・・・・この国の外へ向いているのなら、
    ・・・・・・・・・・・」

アクデ「・・・・・・・・驚きました。先生、今日会ったばかりの者に、なぜそう拘るのですか?」
クリフ「・・・・・・・・・そうですね。確かに、私のわがままかもしれませんね」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その夜。

ダシュ「なんと・・・・・・・・思い切ったご提案というか・・・・・」
シルバ「アクデン先生もなかなか戸惑っておられた。・・・・・・・・大臣、
    私は、彼のために良かれと思うことはすべきだと考えている」

ダシュ「アーシュへの連絡は、既に?」
シルバ「まだだ。大臣の考えを聞きたくてな。
    それに私は明日、あちらに向かう。引き継がなければ」

ダシュ「・・・・・・・・今、自然科学の学者の間では、彼の話題で持ちきりだとか。
    今後もぜひ彼の知識を享受願いたい、との声もあるそうです」
シルバ「アクデン先生からも伺った。そちら程ではないが、魔術課程も同様らしい」

ダシュ「・・・・・・・・・わかりました。陛下のご意向を尊重致します。
    ただ、魔導師のことは伏せておきましょう」