修士◆B1E4/CxiTwの物語



【あいつ】 [3]

ジーク「休憩所は、盗賊やよからぬ輩によって荒されることはまずありません。
    アーシュさん、何故だかおわかりになりますか?」
僕「え!?・・・・・うーーん。そうですね・・・・・彼らも利用しているとか」

ジーク「おぉ、利用とはいい線ですね。答えは、獲物を生かすためです」
僕「獲物を・・・・生かす?」
ジーク「休憩所の信用が無くなると、獲物である商人や旅人の往来が減りますから」
僕「あぁ、確かに」

ジーク「だから休憩所は安息ポイントなのです。彼らもここまでは深追いしません。
    我々にとっては、あまり嬉しくない理由ですが。
    稀に、この暗黙の了解を無視する者も居ますけどね。
    休憩所の多くは、猛獣が近くにおらず、かつ風雨を凌げる地にあります。
    人の信用によって成り立っているシステムといえるでしょう。

    両開きの扉のところは食品入れです。ほら、中に棚があります。
    通気性を保つために、ほら、扉の表面はひさしが重なっているようでしょう?
    一応、虫除けの香が備え付けられていますが、効かない虫もいます。

    真ん中の引き出しは、食品以外の小物の収納場所です。
    ・・・・・このとおり、手袋やアクセサリーですね。
    下の一番大きな引き出しは、武器・防具などの大型道具入れです。
    よいしょ・・・・ガラクタばかりですねぇ。もう少々寝巻きで我慢してください。

ジーク「ここで何か手に入れたら、自分の持ち物を代わりに置くのが慣わしです。
    物でなく、詩や旅の近況報告を紙に書き置く人もいます。
    あの場所にはあれが、とか、あの辺りはこうなってて、とか。

    自分の持つ紙に書く人と、休憩所備え付けの紙に書く人がいます。
    まぁ、後者が多いですね。一種の掲示板というべきでしょうか。
    盗賊が現れなくなったという噂もここが発信源みたいです。

    ここは王国の人間が定期的に巡回し、保全に勤めています。
    どんなガラクタも価値は人それぞれなので、腐りものの処分や
    消耗品の補充以外、基本的に中のものには手は加えません。
    ただ、使用された紙は新たな紙と交換され、国の機関に持ち帰られます。
    紙に書かれた文は、絵や記号も含めて精確に上質な紙に複写されます。

    紙は、記載元の紙も含めて防腐・防虫処理が施され、国で保管されます。
    虫食いはなぜか、備え付けの香では防げないんですよねぇ。
    記載元の紙は公開されませんが、複写された紙の閲覧・複写は自由で、・・・・・・
    噂では、一般人は閲覧不可の記録もあるようです。
    ときには国に不都合な情報もあるのでしょう。まぁ、情報の集積所ですから。

ジーク「面白いものだと、あまり人が立ち行かない場所についての冒険記録や、
    名の知れない人物による連載小説というのもあります。
    こういうのには少なからずファンがいましてね。

    私もひとつお気に入りの小説があるんです、
    『もし目が覚めたらそこが魔界の宿屋だったら』というお話でして。
    結構な人気でしてね。一般の作家の小説と同じくらいの知名度です。
    さてと、」

長い説明を終え、ジークさんは再び食品入れを確認する。


ジーク「干し肉が結構ありますね。5枚貰いましょう。あとは・・・魚の燻製ですか。
    ま、こんなもんでしょう。さて、何を返しましょうか・・・・・では、これを」

棚から布の包みを2つ取り・・・・鞄から、皮の帽子?を出し、中央の引き出しへ。

僕は、常備されている紙というものを見てみる。
真ん中の引き出しの中に仕切りがあり、狭いほうに置かれている。
サイズは少し小さめで・・・・・B5くらいか。何十枚もあるようだ。
全部白紙のようだが、完全な白ではない。筋張っており、パピルスに近い。

僕はテントの中も見てみる。天井には蝋燭があり、床にはゴザが3人分。
その上には、ご丁寧に薄手の掛け布が畳んで置かれている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

三日目。

道は少し海側に寄り、そしてこの辺りは、全体的に上り坂のようだ。

昨日から何人かと道ですれ違っている。はじめは緊張したが、
ジークさんの知らない人ばかりだったとかで、軽く挨拶を交わしただけ。
服装はジークさんと同じような感じだった。
・・・・・・・・・あちらは僕の服装に驚いていたみたいだが。

ジーク「坂を越えたらいよいよ家があります。最初は木こりのクルミエさんの家ですよ!」
僕「木こり・・・・ですか」
ジーク「えぇ。一人暮らしですが気さくな方でして、3人の子供がいらっしゃいます。
    長男のピオさんはお城で兵隊勤務を、長女のフレテさんは嫁いでおり、
    そして年の離れた末っ子のモリブ君は、なんと学校の6年生です」
僕「へぇ・・・・なるほど」

・・・・・・・・・あっ。

ここまで聞きようやく気づく。ジークさんは、僕をこの世界にうまく溶け込ませるため、
多くのことをそれとなく説明してくれてるのだ。

気取らないやさしさ。それがこの世界にも確かに根付いていることを知る
僕は何よりそれを、日本的なものと思う。

僕「ジークさんにはご家族はいらっしゃるんですか?」
ジーク「まだ独身です。周りからはいつも、所帯持て持てと茶化されています。はっはっは」
僕「ご両親も、早く孫の顔が見たいんじゃないですか?」
ジーク「そうだったでしょうねぇ・・・・どちらももう亡くなってまして」

・・・・・・・・・・・・・・・

坂を越えると、右の岩山の背が次第に低くなり、同時に前方に森が見える。
さらに歩くと、森の前に小屋のような一軒家が見えてくる。
ジークさんいわく、あれがクルミエさんの家らしい。

家に着く。ジークさんが戸を開け、中に向かって挨拶する。
・・・・・・・どうやら中に居たようだ。戸口に出てくる。


ジーク「どうもお久しぶりですぅ。お元気そうでぇ」
クル「おぉ! 久しぶりだのぉ〜」
ジーク「早速どうです? 何か入り用の品物はありますか?」

クル「えーとなぁ・・・・・・・そんだ! 毒消し草はあるかねぇ?
   ちょいと前に蜂に刺されて、手持ちがなかったん。とりあえず一束欲しいんが」
ジーク「毒消し草を人束ですね、・・・・・・はい、どうぞ。100ゴールドになります」

・・・・・・・僕は持ち無沙汰で佇む。
クルミエさんの年は・・・・・50歳ちょいか。話し方に訛りがあるみたいだ。