修士◆B1E4/CxiTwの物語



【あいつ】 [1]

・・・・・頬を、何かが叩く。何度も何度も。
これは・・・・手?僕は・・・・・・えっと・・・・・・眠ってる? 頬を、何度も・・・・え?
・・・・・・目を開ける。目の前には空と草原の境目。僕を覗き込む人。
・・・・・・僕は抱き起こされてて・・・・・・・・・・

ジーク「大丈夫ですか! 叫び声をあげたり急に倒れたり、もう私はびっくりで」
僕「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジーク「ささ、座って」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ。
僕は名乗った後、急に体の力が抜けて、倒れて・・・・ここは・・・・・・

頭がうまく働かない。上の空ってやつだ。

ジーク「大丈夫ですか?」
僕「・・・えぇ」


少しして、僕のことを気遣いつつ、ジークさんから質問が飛びはじめる。
僕はどこにも目の焦点を合わせられず、ただ機械的に答える。

僕は日本という国に住む、日本人だということ。
レオ王国なんて僕の世界では聞いたことがなく、僕の国に国王はいないということ。
僕の世界はもう、人跡未踏の地がほとんど存在しないこと。

胸から取り出したあれは携帯電話といい、電話の一種であり、
僕の世界ではすでに当たり前の技術で、日本ではほとんどの人が持っていること。
・・・・・・・電話とは、離れた地点に居る人間と声で会話する、通信技術であること。

最後に、僕らが話している言葉は日本語で、日本でしか使わない言葉ということ。
つまり、名も知らない地において意思疎通できること自体、おかしいということ。

ジークさんは僕が答えるたびに、ひどく驚く。
あるいは、僕を訝し(いぶかし)げに思っているかもしれない。当然だろう。
僕だっていきなり、私は違う世界の人間だ、などと言われたら、その人を狂人か、
自分は宇宙的な真実を語る資格を持つという、近寄りがたい宗教者と疑うはずだ。


ジーク「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ジーク「・・・・・とりあえず、出発しませんか? にわかに信じ難い話ですが・・・・・
    私はアーシュさんを信じたいと思います」
僕「・・・・・そうですね。警察に行けば・・・・・」
ジーク「けい・・・・さつ・・・・・?」
僕「・・・・いえ、なんでもないです」

出発前に、ジークさんが荷物の中の余った布を、僕の両足に器用に巻いてくれた。
靴を履いてない僕への、ジークさんによる応急処置だ。厚手で破れはしないだろう。
途中に人家があるらしく、もし靴が余っていたらそこで貰おうということになる。

僕たちは準備もそこそこに、道に沿って歩き出す。
一人のとき、あんなにも目に焼きついていた自然が、今は一切頭に入ってこない。
途中、ジークさんからいろいろ声を掛けられるが・・・・
あまり頭に入らず、ただただ、適当に答えていく・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ジーク「・・・・・・もうすぐ夜ですね。お腹が空きませんか?
    今日はアーシュさんのこともあるので、早めにこの辺りで休みましょう」

・・・・空が暗くなってきているのに気づく。どれだけの時間、歩いてきたのか。
振り返ると、僕の後ろの地平線に日が落ちる寸前だ。
周りを見ると、ところどころに土がむき出しの段差がある。
ジークさんは近くの木の下に向かっている。僕も一緒に行き・・・共に腰を下ろす。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

干し肉と少量のお水で食事を取る。
・・・・・・・・・食事が終わると、ジークさんは荷物を整理しはじめる。
僕は何をするでもなく、頭に入らない周りの景色をただ見る。

・・・・・・・・・・夜も深くなり、ジークさんは、寝る準備をしましょう、と話してくる。
僕はジークさんから、掛け布として湯上りタオルみたいな大きいタオルを貰う。
こんなものしかなくてすみません、とジークさんは釈明している。
僕も感謝の言葉を返し、一段落する。

そしてジークさんは、・・・・・・・? 鞄の口を留めるベルトのところに
何か付けてる。・・・・・錠前!?小ぶりだが。

ジークさんに聞くと、野宿する際の最低限の泥棒対策なんだとか。
厚いベルトに穴を通し、重なった二枚を留めるらしい。ベルトは切れにくいし、
背負って寝るので、万が一誰かが切ろうとしても、動きでわかるそうだ。
普段であれば、野宿でも護衛が交代で荷物の番をするのだとか。

見張りをやります、と僕が言うと、自身が大変な渦中なのだから、と受け流された。
携帯も一緒に保管しましょうか?、と言われたが、今度は僕が丁重に断る。
今や、あの世界とを繋ぐ大切な持ち物だし、近くにあると安心するから。

ジークさんを真似て、タオルを自分の体に被せ、木の下に寝転ぶ。
毎晩のことのように傍に置いた携帯を手に持つ。
そして僕は、なぜだろう、自分宛のメールを、いくつもいくつも見てしまう。

・・・・・・充電コード・・・・持ってきたほうがよかったのだろうか?

空き地にそのまま置いてきたコード。道具もなく、直せる訳がない。
だってあのときは、近くのショップで、また買えると思っていたんだ。

極めて異常な事態が今、自分の身に起きてるはずなのに、
僕はそれを、捉えきれないままでいる。