◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.14 Cursing My Dear

 ――アイツはじっと俺の言葉を聞いていた。
 携帯の向こうで。
 画面の向こうで。
 決して混じり合うはずのない二つの世界。
 俺たちの出会いは、それ自体はとんでもない奇跡であるはずなのに。
 なのに。

 なあ、タツミ?
 俺はお前が大嫌いだよ。死ぬほど嫌いだ。
 だけど俺は、どうしてもお前を嫌うことができない。
 それも、お前がそう望んでいるからなのか。
 俺の気持ちも、ぜんぶお前が決定していることなのか。

「さあね。で、これは復讐なの?」


 ――わかんねえよ。







----------------- REAL SIDE -----------------


 一周目。

 俺が「現実」を「夢」で見るようになったのは、最初の旅の中盤くらいだった。
 「夢」の中で俺は、タツミという五、六歳くらいの幼い少年をすぐ近くから見下ろしていた。まったく知らない世界――そこは、すべてが見知らぬ物ばかりで、しかも毎晩のように見るもんだから、本気で俺の頭がおかしくなったのかと心配になった。
 だが、タツミがしょっちゅう夢の中でやっている「ゲーム」のストーリーが、たった今自分が歩んでいる冒険を簡略化したものだと気づいた時、俺はこの「夢」を、アリアハンのはるか未来の世界を見ているのだと解釈した。
 謎の「ゲーム」とやらは俺の冒険譚をつづった絵本のような物で、あの小さな男の子はそれを楽しんでいるのだろう、と。そして俺のことが後世に伝説として残っているのなら、俺は魔王討伐に成功したに違いない、なんて、前向きというか、今思えばずいぶんのんきに考えていたもんだ。
 妙な「夢」はその後もずっと現れたが、俺はいつしかそれを楽しむようになった。メモを取ってあれこれ考察したり、仲間たちにもまるで知らない文化について語ってやるのが日課になった。
 いつかこのタツミって子に会ってみたいなと、そんなふうに考えたりもした。

 旅自体は決して楽ではなかったが、それなりに順調に進んだ。エリス、サミエル、ロダム。みんな頼もしい、強い絆で結ばれた大切な仲間たちだ。
 特にエリスとは……まあ当然のように恋仲になって。この旅が終わったら結婚しようと約束を交わした。プロポーズの瞬間は、ホント死にそうなくらい緊張したなぁ。
 泣きながら抱きついてきたエリスが、デバ亀してたサミエルに気付いてイオナズンで吹っ飛ばしたときは、ちょっと早まったかと不安になったが。
 やがてバラモスを倒し、センセーショナルなゾーマ様の登場に再び旅立ちを決意し、ギアガの大穴から地下世界に赴いた。
 俺はそこで、死んだはずの親父が生きていたことを知る。生きてたなら連絡くらい寄越せと憤りも感じたが、やっぱり嬉しかった。
 でも結局助けが間に合わなくてさ。親父は俺の目の前で殺されてしまった。
 つらかったよ。その場で崩れ落ちそうだったが、それでも仲間たちが懸命に励ましてくれたお陰で、俺たちはついに魔王を倒すことができた。
 が、今度は魔王のバカが半端な仕事しやがってたせいで、故郷に帰りそびれるという始末。最後までハタ迷惑な野郎だ。
 そこも俺はグッと堪えたさ。おふくろやじいちゃんには悲しい思いをさせてしまうが、やるべきことは果たした。あの二人ならきっとわかってくれる。俺と、そして親父のことを誇りに思ってくれるだろうって……。

 ――そこで俺は、最初のループを体験する。
 確かに倒したはずなのに、いつの間にか魔王の城に行く直前に戻されていたのだ。ラダトームでの華やかな凱旋式も記憶に新しいのに、なぜかアレフガルドは再び闇に閉ざされていた。
 メダパニ状態の一歩手前だった。仲間たちに聞いたら、魔王打倒を願うあまり幻でも見たんじゃないかと笑われた。マジで?
 俺が納得できないでいると、ロダムが「こんなもの持っていましたっけ?」と首を傾げながらなにかを差し出した。まさに凱旋式のメインイベントで、ラダトーム国王ラルスから授与された「ロト」の証しだった。
「ロトの称号を授けよう!」
 という国王の言葉に国中が沸き返り、そのあまりの騒ぎっぷりに俺はつい「ロトってなに?」と聞き返したら、全員がひっくり返ってしまった。いやだって、アレフガルドじゃ立派な称号らしいが、俺にはその原義がよくわからんし。
 なぜ手元にあるのか? 仲間たちはそれについても覚えがないと言う……。
 ふと「真の勇者の称号がなんたら」とか聞いたのを思い出したんで、俺たちは先に竜の女王の城に向かった。魔王の城を目の前にしてそんな寄り道する余裕もなかったんだが、どうしても気になってさ。
 そこから天界へ昇り、俺たちは神竜と戦うことになる。

 神竜は強かったが、俺たちも弱くはなかった。ゴリ押しで叩いてたら意外と早く倒すことができた。偉そうにしてっからだ。
 そしたら願いを叶えてやろうと言われた。親父の復活さえ可能だって!?
 信じられなかった。この俺が、あの時は心の底から感謝したもんだよ。魔王討伐の後、あの幻(?)の通りにアリアハンに戻れなくなったとしても、これならおふくろだけが残されることはない。息子としてはロクな孝行をしてやれなかったけどさ……これで少しは許されるんじゃないかなぁ、って。
 神竜に父親の復活を頼んで、アリアハンで久々に親父とツラを会わせた。
 もう言いたいこと、山のようにあった。まずは最初に恨みつらみをぶつけてやる予定だったけどなw 何年も家ほったらかしてこのクソ親父、おふくろがどんだけ苦労したかわかってんのか!
 んで十分反省したら、改めて「おかえり」って言ってやろう。
 そんな風にさ、いろいろ考えてたんだ。

 なのに……最初にちょっと会話しただけで、急にフッと意識が無くなって。
 その冒険はリセットされた。


 二周目。

 次に意識が戻ったとき、俺は再び16歳の誕生日の朝を迎えていた。
 ……なぜこんなことが起こったのか、まったく理解できなかった。あれだけ過酷な旅をしたにも関わらず、エリスたちはなにも覚えていないという。
 なんだこれ? なぜ俺だけが前の冒険の記憶を持っている??
 起きたことは強引に解釈するしかなかった。前の冒険の記憶は、例の不思議な「夢」とはまた別の「予知夢」かなにかで、ルビス様が事前に教えてくれたのかもしれない。
 急げばあの時は助けられなかった親父も死なせずに済むだろう。サマンオサで偽国王に理不尽に殺されてしまった人や、前の冒険では間に合わなかった人たちを助けることができるんじゃないか。
 俺は死に物狂いで突き進んだ。一日でも一秒でも早く進めば、それだけ誰かを救えると信じていた。でなきゃやってられなかったよ。あの冒険のすべてが夢オチとか、冗談じゃねえ。俺だけが「未来」を知っていることに、なにか意味を持たせたかった。
 旅には同じメンバーを連れて行った。なんど過去の話を振っても誰もなにも思い出してはくれなかったが、それでも俺の無謀とも言える旅程に必死に付いてきてくれた。
 やっぱりこいつらはいい連中だ。大事な仲間だ。――そう自分に言い聞かせて。
 エリスに結婚は申し込まなかったけどな。せめて彼女だけでも思い出して欲しかったから。だから、なんか裏切られたようで、どうしても許せなかったんだ。
 あの不思議な「夢」もまた見るようになった。ボケッと平和に過ごしているガキが腹立たしくて、俺はもう無視することに決めた。

 結局、俺たちがどんなに頑張っても、未来は変わらなかった。
 前の冒険より数ヶ月も早く到着したってのに、レイの父親の勇者サイモンも、他の人たちも、みんな間に合わずに死んだ。親父もやはり俺の目の前で殺されてしまった。
 なんで? どうして? 時間軸おかしいだろ!
 わかっているのに助けられない。
 苦しんでる俺を、エリスたちは本気で心配してくれる。だが本当の意味で俺の苦しみを理解できてるわけじゃない。否応なく孤独感は増していく。心がすさんでいくのが自分でわかった。
 それでも俺たちはなんとか魔王を倒した。わかりきってた結末だから、達成感はなかったが。凱旋式もその後のパーティーでも、俺はぼんやりと酒を飲んでるだけで、仲間も扱いに困ってるみたいだった。
 どうせこのあとは……とか思ってたら案の定、前回と同じくいったんショートループに巻き込まれて魔王を倒す前に戻された。
 そこから「予定通り」天界へと向かい、神竜と戦って今回も短期決戦で勝利できた。
 願いを叶えてくれるというが……しかし二度も救えなかった人々のことを考えれば、俺だけ親父を生き返らせるなんて、できないだろ?
 せめて平和な世の中に似合う娯楽でも増やしてやろうかって。
 仲間の猛反対を押し切って、俺は半ばヤケになりながら新しいすごろく場を頼んだ。

 そのすごろく場でゴールした瞬間、フッと意識が遠のいた。
 ああ、また最初からだと……ゾーマが大喜びしそうな絶望の中で、俺は眠りについた。


 三周目。

 一六歳の朝に戻ったと気付き、俺はすぐに一回目の自殺を試みたが死ねなかった。寝間着のままアリアハン王の前にワープしてきたバカは俺くらいだろう。
 そのまま外出許可をもらい、その足で外に出て魔物に食われてみたが、やっぱり無駄に生き返るので早々に諦めた。死ねないってのもある意味呪いだよなぁ。
 家に戻ったらおふくろが半狂乱になっていた。当然だな、前日までは「明日から勇者として頑張るぞ!」とか意気込んでたヤツが、起きるなり割腹自殺を図ったら何事かと思うわ。いちいち説明するのも面倒だったから無視して旅の支度をし、ルイーダんとこに行った。メンバーは全員違うヤツらで、遊び人とか盗賊とか、なんか楽しそうな連中ばかり適当に見繕った。……あいつらと一緒にいても俺がツライだけだし。
 かったるい。もはや他人の生き死になんかどうでも良かった。飛ばせるイベントはガンガン飛ばした。すごろくやら闘技場やらに入り浸り、冒険はまるで適当だった。さっさと役目を降りても良かったが、実は勇者ほど金回りのいい職業はないってことは知ってたから、とりあえず続けていただけだ。

 例の奇妙な「夢」は相変わらず見続けていた。
 タツミの世界は平和そのものだ。その頃に気付いたが、向こうはどうもループしていないようだった。こっちと比べると恐ろしく時間の進み方が遅いが、前の冒険の頃に見ていた「夢」よりは明らかに季節が進んでいる。
 なんか知らんが向こうはこれから「ショウガッコウ」とやらに通うことになるらしい。こちらのことなど露知らず、ガキは妙にはしゃいでいる。
 ったく、俺はお前くらいの年の頃に親父が死んだとか聞かされて、同時に勇者の十字を科せられたんだからな。こいつブチ殺して入れ替わりてえよ、ホント。

 そんなんでも魔王を倒してしまったんだから、世の中は本当に適当だ。
 親父はまた目の前で死んだ。いっそ火山に落ちた時点で素直にくたばっててくれりゃ良かったのに。
 ついでだから神竜も倒した。願いはエッチな本ってやつ。別に勇者の肩書きのお陰で女に不自由はしてなかったが、神様直送便がどんだけスゲエんだって気になったから頼んでみた。期待してたほどじゃなかったが。
 冒険の最後がエロ本で終了。そして振り出しに戻されるわけだ。
 ったく、すごろくの落とし穴よりひでえ。あんまりひどいと、なんか逆に楽しくなってくるよ。人間どうしようもなくなると笑うしかないって言うが。
 あははは。
 あはははははははははは。
 
 誰か助けてくれ。


 四周目。

 ……感覚的なものだが、前回から随分と間が空いていたように思う。うんざりしつつも、久々に冒険に出るような軽い高揚感があった。
 それは間違いじゃなかったんだろう。例の「夢」の中のガキが、急にデカくなっていたのだ。俺と同い年くらいまで成長していて、しかも驚いたことに、アイツは気味が悪いほど俺とそっくりな顔をしていた。
(これなら本当に入れ替われるな……)
 そう思ったがすぐに打ち消した。くだらねえ、「夢」の中の相手とどうやって入れ替わるってんだ。
 変わったことはもう一つあった。俺の他にもう一人、過去を覚えてるヤツがいたのだ。今までに何度も会っていたのだが、敵同士だったので気付かなかった。
 切っ掛けは些細なことだった。
『何度来ようとも同じこと。このバラモスがどれほど偉大か、思い知らせてくれる』
 はいはい、どうせ俺に倒されるのにご苦労なこって。心の中で嘲笑しつつ(半分は自嘲だったかもしれない)、剣を構えたときだった。
「……あれ、前はハラワタ食うとか言ってなかったっけ」
 今回の冒険では初対面なのに、「何度来ようとも」だと?
「あんたまさか、前のことを覚えてるのか?」
 そいつの顔色が変わった。
『貴様も覚えているのか!?』
 勇者と魔王が妙な会話を始めたことに仲間たちは動揺している。ウザいんで俺はそい
つらをラリホーで眠らせ、バラモスにバシルーラで片付けてもらった。

 バラモスが記憶を引き継ぐようになったのは、俺の三回目の冒険の時かららしい。
 二回目の頃からも、なんとなく俺の顔に見覚えがあるなぁとは思っていて、三回目と四回目(つまり今回)は、最初からしっかり思い出していたそうだ。
『先を知っておるのに、侵略はある点を境に一向にはかどらぬ。まだ力を持たぬうちに貴様を始末しようと刺客を差し向けたが、それもつど邪魔が入る』
 立場こそ反対だが、こいつはこいつで俺と同じような苦悩を抱えていたようだ。
「しっかし、よりによってお前かよ。こちとら許嫁だった女にも忘れられてんだぜ?」
『こちらのセリフだ。われがなんど進言申し上げても、ゾーマ様は夢でも見たのだろうと一笑に伏される。たかが人間に討たれるなどと、クドく言えばお怒りに触れるだけだしの』
「あー……上の理解が得られない中間管理職ってのも、大変だな」
 取り引きしないか。俺はバラモスに提案した。紙とペンを用意させ、俺に関わる親類縁者や親しい者たちの名を片っ端から書き連ねて、手渡した。
「この世界をくれてやる。人間を支配するったって、全員皆殺しにしようってんじゃないんだろう?」
『な、なにを……』
 ぽかんとしているバラモスに、俺はもっと呆れるような内容を告げてやった。
「お宅の上司、こっちにも簡単に手を出せるほどの力があるのに自ら侵略に来ないのは、上の世界はとりあえずあんたに一任してるってことだよな? だったらそこに書いてる人間たちだけは優遇してほしい。その人数なら現場レベルでこっそり調整できるだろ」
『われを信用するのか?』
「してない。でも他に頼めない。でさ、もしもゾーマ直々に上の世界もいじりだして、あんたでも庇いきれなくなったら、その時は……逆にあんたがみんなを、苦しまないように一瞬で楽にしてやってくれ」
『勇者の言葉とは思えんな』
「それくらい思い切らなきゃ、この輪廻から抜け出せない気がする。完全に魔王に支配された世界でも、それもひとつの未来だろ? 人間中心の世の中が魔物中心に変わるってだけで、おふくろも親父も、俺の仲間たちも、来世でモンスターに生まれ変われば、普通に暮らすんだろうし」
 淡々と語る俺にバラモスさえビビっていた。その時の俺はどんな顔をしていたんだろう。
「俺を封じてくれ。完全に死ぬとアリアハンに戻るだけだから、生かさず殺さずで。ついでに永遠に苦しむような呪いでもかけてくれよ。その手のは得意だろ」
 未来を得るために人類を売り飛ばすような勇者には、それくらいしないとなぁ?

 バラモスは承諾した。承諾せざるを得ないだろう。
 これでもかってくらい何重に呪術を施した丈夫な石棺が用意されて、俺はそこに押し込められた。
「なんか、妙に寝心地いいんですけど」
 中は柔らかくて肌触りのいいシルクが敷かれている。むしろこれじゃあ……。
『さらばだ』
 バラモスの言葉と同時に、石棺の蓋が重々しい音を立てて閉じられていく。同時に強烈な眠気が襲ってきた。
『安らかに眠っておればよい。これ以上苦しむ必要もなかろう』
 なんだよこいつ、いきなり約束破りやがって。
 魔王のくせに――。

 意識が薄れるのと同時に、いつもの「夢」が現れた。タツミは「ゲーム」が映し出されている「テレビ」の前で、なにやら困っているようだった。
「おっかしいなぁ。バラモスごときに負けるなんて。しかもいきなりバグるし」
 ヤツが見つめているテレビの中にはコミカルに描かれたバラモスがおり、「アルスたちは ぜんめつした!」と表示されている。
 随分あっさりした記述だ。その「ぜんめつ」するまでの行程にどれだけの想いがあったのか、こいつにはわからないだろう。
 画面は静止していて、なんの操作も受け付けないようだ。タツミはしばらくうなっていたが、「まあいいか」とスイッチを切った。テレビが暗くなり、俺の世界は眼前から消えた。あっちはどうなっただろう。バラモスはうまくやってるだろうか。
 今のタツミは「コウコウセイ」とやらになっていた。父親は単身赴任で家におらず、母親はお稽古ごとだのショッピングだの、自分が楽しいことを優先するタイプなので息子にはほとんど構っていない。それが少し寂しいと思いつつも、タツミは友人やガールフレンドに囲まれ、それなりに楽しく暮らしている。
 俺は「夢」の世界でタツミと一緒に時を過ごした。

 そのまましばらく経った、ある日のことだ。
 いきなり場面が飛んだ。
 学校からの帰りがけに、戸田和弘とマクドなんとかに立ち寄ってダベっていたはずが、いつの間にか家に戻っていた。
 場面が飛ぶのは今までもよくあったことだが、タツミの様子がおかしい。
「まさか……嘘だろ」
 薄暗い部屋の中で電気もつけず、座り込んでブツブツと呟いている。
「あいつの妹が? 冗談だろ? ……うぐっ!」
 いきなりタツミがむせた。口を押さえて便所に走っていき、ゲホゲホと吐いている。
 キッチンでうがいをして落ち着くと、タツミはまた部屋に戻った。
 しばらくぼうっとしているようだったが、やがて物憂げにテレビの方を見た。あれ以来ずっとやっていなかった「ゲーム」の機械を引っ張り出し、スイッチを入れた。
 嫌な予感がした。なにが起きるか想像がついた。
 やめろ、ソレに触れるな! あのまま終わらせてくれ! 俺をもう起こさないでくれ!
 俺の祈りは届かず、グンと意識がどこかに引っ張られる感覚があって――。
 目を開けると、俺はダーマ神殿の入り口に立っていた。あの時バラモスのバシルーラでアリアハンに飛ばされた仲間たちも、何事も無かった顔で俺の後ろに立っている。
「恨むぞ、タツミ……」
 この時になって俺はようやく、この世界と「ゲーム」との因果関係を把握した。
 あっちが「現実」なのだ。
 俺のいるこの世界こそが、ただの「ゲーム」だったのだ。俺たちが物語を作っているんじゃない、すでに出来上がっているストーリーのコマとして、アイツに動かされているだけなのだ。俺も、仲間たちも、魔王ですら。そのことに俺はやっと気がついた。
 再会したバラモスはすべてを諦めたような顔をしていた。お互いに一言も交わさず黙々と戦い、シナリオ通りにヤツは俺に弊され、ことは運んでいった。
 地下世界。魔王討伐。ショートループ。天界。そして神竜。
 次の願いはなににしようか。もう新しい選択肢は無かったはずだが。


 そこで、奇跡が起きた。


 いきなりそれまでとは違う流れになった。神竜が急に妙なことをほざきだしたのだ。
『オマエノ ネガイヲ カナエヨウ』
 ワケもわからず立ちつくしている俺に、神竜は言った。
『オマエハ タツミニ ナリタイノダロウ?』
 お前はタツミになりたいのだろう?
 意味が――理解できるまでに随分かかった。
 返事をするまでには、さらにかかった。
「……本当、に?」
 掠れている自分の声が、他人のものみたいだった。

【もし目が覚めたら そこが現実世界の一室だったら】

 血を吐くような思いで神竜に願った瞬間。
 渡されたのは、小さな精密機械。
 遠く離れた個人と個人を一瞬でつないでしまう、魔法のような道具。
 開いた途端にコールが始まり、出た相手は、夢の中のあの少年で――。
 
「初めまして、タツミ君。キミ、勇者をやってみる気はないかい?」
 考えるより先に、言葉が出ていた。

   ◇

『……そして僕と入れ替わったわけだ』
 俺の長い話しが終わり、携帯の向こうでタツミは大きく溜息をついた。
『で、これは復讐なの?』
「わかんねえよ」
 いや、どうなのかな。考えないようにしてきたが。
 俺はタツミを生け贄にして別な世界に逃げた。それが事実だ。これからタツミは、俺の代わりに永遠に終わらない伝説をグルグルと紡いでいかなければならない。
『まあ、あくまで僕がクリアに失敗すればだけどね』
「そうだが……」
 タツミの声は普通だった。いつもよりやや冷たい感じはしたが、俺が想像していたよりずっと冷静だった。俺はもっとこう――
「お前、今の話しを聞いて、なんとも思わないのか」
『なにが。君が僕を身代わりにしたこと?』
「ああ、まあ」
『別に。なに、僕になんか言ってほしいの?』
 すっかり呆れているようなタツミの返答に、俺は戸惑った。
 俺が、なにを言ってほしいって……?
『あのさー。なんか僕ムカつかれてるみたいだけど、それ僕のせいじゃないよね。絵本の登場人物に、ループするから読むなって恨まれても、それ読者の責任か?』
 こんな理不尽な逆恨みもあるかよ、いい加減にしてくれ。
 バッサリ切り捨てられ、俺は完全に言葉を失った。
 タツミは続ける。
『さっき言ってたよね、どうしても僕を嫌いになれないって。イイコぶるのはよせよ、君の目の前にあるそのゲーム、キャラの気持ちまで操作できないなんて、わかるだろ。単に僕に罵られたくないだけじゃないの。それとも、僕への哀れみかな? バラモスが君を封じた時みたいに。僕ってほら、割と物わかりはいい方だからさ。諦めて運命を受け入れてくれるんじゃないかって期待してるんだろ? だからせめて俺はお前を許してやるって? 自己肯定するにしても、それはちょっと浅ましくないかなー』
 …………。
『まったく。一度は自分を犠牲にして、人類を引き替えにしてまで未来を勝ち取ろうとしたってとこまでは、カッコ良かったのにさ。聞いててそこは感心したよ、さすが主人公だよなーって。でもだったら最後まで貫いてほしかったな。諦めて逃げ出してハイ終了はないっしょ。なにこのクソゲー。ねえ?』
 …………。
『悪いけど僕はクリアするよ。こんな理不尽な要求、呑む気はさらさらないね。だいたいさ、せっかく僕の親が僕のためにって買ってきたプレゼントに、こんなヒドイ仕打ちをされるって、倫理的に許されるのかよ。親子の愛情とかさ、もう完膚無きまでに踏みにじりまくってるよね。どう思う、正義の味方の勇者さんとしては?』
 …………。
『でも君だって本当はわかってるんだよね? 自分の望みがどういう意味を持つのか、死ぬほどよーっくわかってる。だから君は僕を素直に憎めない。可哀想だとは思うよ、同情する。でも僕はどうなのかな。ねえ、君と僕と、どっちが可哀想なんだろうね?』
 …………。
 俺は…………。
『僕はただゲームをしていただけだ』
 俺は……なにも答えられない。
『ゲームをしていただけなんだよ。平和な世界で、ちょっとしたヒマ潰しに、古いゲームを楽しんでいただけだ』
 俺はなにも答えられない。
『でも――君にそれは関係ない。僕に君の苦悩が関係ないように、君の苦悩に対して僕の権利や主張は関係ない。そうだろう? 運が悪かったんだろうね。僕たちは敵でも味方でもなくて、起きてしまった現象に巻き込まれて、そこでお互いに譲れないってだけでさ。だから君は悪じゃないんだ。僕の存在さえ否定すれば、君はちっとも悪くない』
 なにも、答えられない。
『とりあえず僕が君に要求するとしたら、そっちの時間で明日の朝くらいまで、テレビを消しててくれってことくらいかな。なんかね、見られてるのがわかるんだよ。どうも落ち着かないんだ。どうせ金輪際、君にナビを頼むこともないだろうしね。でも本体のスイッチは切らないでくれよ? それとも僕と心中したいかな。僕は止めようがないけど』
「いや……切らねえよ」
『ありがとう。――ああそうそう、それともうひとつ』
「なんだ?」
『優しいバラモスさんはできなかったみたいだけど、僕はそんなに優しくないからさ。代わりに僕から、君に呪いをあげるよ』
 タツミの声が、急に明るくなった。
『それでもね、僕は君が好きだよ。友達になりたいって今でも思ってる』
「……友達?」
『そう。だってすごくない? ゲームの中の勇者と友達になれるとかさ?』
 まるで子供がはしゃいでいるようなタツミの問いかけに。
「そうだな。すごいことだよな」
 俺は、まるで中身のともなわない空虚な言葉を返す。
『だろ? だからさ、友達になってよ』
「いいぜ。友達になろう」
『良かった! 嬉しいよ。あ、画面は消してほしいけど、なにかあったらいつでも電話していいからね。困ったことがあったらなんでも聞いて。簡単なアドバイスくらいしかしてあげられないけどさ』
「わかった。そうする」
『それじゃまたね。おやすみ、アルス』
「ああ――おやすみ、タツミ」

 電話が切れた。
 俺はまず、言われたとおりテレビのスイッチを切った。電気はつけていなかったから、部屋が暗くなった。カーテン越しに差し込む街灯の明かりが、ぼんやりと室内を照らしている。
 次に電源が入ったままのゲームの本体をテレビ台の中に押し込んだ。コントローラーのひもを巻いて、それもいっしょに中に入れてガラスの戸をカチッと閉める。
 それから俺は、上着を脱いでベッドの中に潜り込んだ。
 ただ眠りたかった。バラモスが用意してくれたあの石棺が――異常に恋しかった。