◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.15 喧嘩と恋とエトセトラ(前編)

----------------- Game-Side -----------------


「僕のMP、今のでどれくらい減ったのかな」
 現実の通話料に換算すると、けっこう減っちゃったかも。これ、もし最近のサービスを利用してたらタダだったりしたんだろうか。思い出にこだわらないでさっさと新しい携帯に機種変しておけば良かったかもしれない。

 窓の外に目をやった。今夜は満月。石畳の歩道と池を挟んだはす向かいの三角屋根から、月明かりに照らされて怪しげな煙が立ちのぼっているのが見える。
 ここはレーベの村。試験を終えてランシールを出立した僕たちは、アリアハンに戻る前にこの村に泊まることにした。ここらでちょっと骨休みしようという僕の提案による。最初はアリアハンに直帰する予定だったのだが、魔王討伐中の勇者一行が地元をうろうろするのも気まずいし、勝手のわからない街では落ち着けないから、レーベあたりが妥当じゃないか――という僕の言い分に、みんなも賛成した。
 それは建前で、なんのことはない。サヤお母さんに「絶対に合格するから」なんて大口たたいちゃった手前、顔を出しづらいだけなのだが。

「ん、どうしたのヘニョ」
 ベッドに座っている僕の隣にヘニョがやってきた。なぜてやろうと手をのばしたら、思い切ったようにピョンとひざに飛び乗ってきた。
 まん丸の目が僕を見上げている。なんだかまた心配されているようだ。
「さっきの電話かい? 大丈夫、別にケンカしてたんじゃないよ」

 しっかしあのバカ、よくもまあとんでもない勘違いをしてくれたもんだ。「三津原辰巳のことはなんでも知ってる」とか言っておいて、まさかなにもわかっていなかったとは。
 父さんは単身赴任で? 母さんは僕に無関心? 友人やガールフレンドに囲まれてそれなりに楽しく暮らしてるって? はあ? 誰のことだよそれ?

 それねー、僕が思い描いていた『夢』なんですよ、アルセッドくん。
 アルスが同調(シンクロ)してたのは、現実の僕そのものじゃなくて、僕が「こうだったらいいなぁ」と思い描いていた理想の自己像だったのだ。
 なにせ僕の場合、イメージ力が半端じゃないからね。僕のリアルな妄想を「現実」と勘違いし、彼は「日本のごく平均的な高校生」と入れ替わったつもりでいたわけだ。ずいぶん混乱したことだろう。

「そっか……知らなかったんだ」

 まあ、知らないならその方がいいんだけど。
 アルスのさっきの話を聞けば、僕の方がマシか?って気がしないでもないし。

 さてと、その辺の処理は後でやるとして――。
 レーベには明日いっぱい滞在する予定だ。全員フリーにしておいて、僕はその間にこっそり抜け出し、一人で王様のところに行こうと思っている。
 あれだけ言えば、アルスも大人しく言うことを聞いてくれるだろう。向こうの時間で明日の朝まで、最低でもあと数時間は、絶対にモニタリングさせてはならない。

   ◇

 翌日は抜けるような晴天だった。
「――というわけで、かなり綿密なプランの練り直しが必要なんだよ。一日部屋にこもるから、悪いんだけどみんな邪魔しないでね」
「了解ッス!」
 即答で敬礼するサミエルの後ろで、エリスとロダムは微妙な表情を浮かべている。
 エリスはわかりやすい。試験に落ちた僕をずっと気にかけているようだから、「今この人を一人にして大丈夫かしら」とか、女性らしい心配をしているんだろう。うんうん、君は本当に優しいね。
 ロダムはちょっと怖い。どこまで読まれてるのか……この人は勘がいいからな。

 そのロダム本人がふうっと息を吐いたことで、ことは進んだ。
「わかりました。では我々も一時解散ということで。私は博士を訪ねておりますので、なにかございましたら、そちらへいらしてください」
 一礼して退室するロダム。昨日の夕食の時に、魔法の玉を作っているおじいちゃんが、もとはアリアハンお抱えの発明家だと聞いた。若い頃ロダムも少し勉強を見てもらったことがあるそうだ。
「んじゃ俺は、誘(イザナ)いの洞窟まで行ってます。たまにゃ顔見せろってうるさいんスよ」
 誘いの洞窟にいるおじいちゃんはサミエルの親戚の人なんだって。人口密度の低いアリアハンでは、たいていどっかこっかで血が繋がっているんだろう。
「では、私はアイテムの補充をしておきます。道具屋さんにいますから」
 エリスも渋々部屋を出ていった。宿には僕だけが残された。


 廊下に人の気配がなくなったことを確認し、ドアに鍵をかける。ベッドの下から隠していたキメラの翼を引っ張り出そうとしたら、なにか引っかかった。
「こらヘニョ、なにやってんの」
 キメラの翼に噛みついて放さないヘニョごと引っ張り出す。置いていかれると本能的に理解しているのだろう。行くなと目が訴えている。
「いい子だから放して、ね? 別に大したことじゃない。すぐ戻ってくるから」
 現在の膠着した状態を打開するためには必要なことだ。
 半透明のとんがりをこちょこちょしてやると、ヘニョは諦めたように口を開けた。
「ありがと。じゃ、ちょっと行ってくるね」
 僕は窓を乗り越えて外に飛び降りた。二階の高さから地面に落ちるまでの間に、素早くアリアハンに飛ぶ。

 アルスの実家の前を避け、僕はルイーダの酒場の横から道具屋の裏へ廻り、城の外堀に沿って歩いた。
 城門の近くまで来ると、僕に気付いた若い番兵さんがにこやかに声をかけてきた。
「ジュニアじゃないか、どうしたんだい?」
 たまにアルスのことを「ジュニア」と呼ぶ人がいる。僕はどうも好きじゃないんだが、今はかまわずに用件だけを告げた。
「王様に会いたいんだけど、取り次いでもらえるかな」
 番兵さんは少し不思議そうな顔をしつつ、奥の詰め所に向かった。そうか、アルスは顔
パスで入城できるんだっけか。
 しばらくしてさっきの番兵さんが二人の兵士を連れて出てきた。おろおろしている番兵
さんに構わず、厳めしい顔をした兵士たちは両サイドから僕の腕をグイとつかんだ。
「まさか自ら戻るとはな」
 ドスの効いた声だが、なんとなく困惑している。僕がニセ勇者だということと例の「約束」についてはトップシークレットのはずだから、たぶんこの兵士たちは、サヤさんと王様が密会していたあの夜、王様の警護に当たっていたSPあたりだろう。
「追っ手を放つ準備をしていたが、手間が省けた」
 どういたしまして。税金を無駄遣いさせなくて良かったよ。

 すぐに牢屋に連行されるかと思っていたのだが、普通に謁見室に通された。
 この部屋の主役である国王はむっつりと押し黙り、ランシールの地下にあった石の人面より無表情だ。重苦しい雰囲気の中、王様ではなくそばに控えていた大臣が口を開いた。
「……なにか申し開きはあるか」
「すみません」僕はぴょこんと頭を下げた。「落ちました」
 大臣が目を丸くする。広い謁見室は再び静まり返った。
「他に言うことはないのか!」
 たまりかねたように王様が怒鳴った。大臣が止める間もなくづかづか近づいてきて、僕の襟首をつかんで無理やり引き立たせる。意外と背が高い人で、僕は爪先立ちになった。王侯貴族なんてみんな貧弱だと思ってたけど、かなりの腕力だ。大勇者オルテガの親友だけあって、この人も実はそこらの冒険者より腕が立つんじゃなかろうか。
 なんて考えている僕に、王様は怒声を重ねる。
「この痴れ者が、ようもヌケヌケと現れたものだ! 貴様、よもや自分が吐いた言を忘れておるのではあるまいな?」
「忘れてませんよ。手でも足でも好きに持っていけと言いました。――でも」
 僕は正面から王様を見つめた。
「言い訳はありませんが、ひとつ確認していいですか?」
 王様が手を離した。僕は再び膝を着くことはせず、立ったまま続けた。
 あの不条理な「約束」についての確認を。

「僕も当時は誤解してたんですけど、今回の本試験に落ちたからって『一級討伐士』の資格が永久剥奪されるわけじゃないんですね。現地で違う討伐士の方から聞いたんですが、一時的に特典が利用できなくなるだけで、残り9ヶ月で本試験に合格すればいいんだと。なんであのとき教えてくれなかったんですか。っていうか、試験に落ちたら勇者じゃなくなるという王様の言葉、あれは嘘だったってことですよね?」
「……」
 僕の言葉に周囲の空気がわずかに波立った。
「教えてくれたのはサマンオサの一級討伐士の方でしたが、その人と僕が競争になったのは、王様のご指示だったんでしょうか」
「余ではない。退魔機構の議会が決めたことだ」
「やっぱりご存知だったんですね」
 王様の唇の端がピクリと動いた。
「……なにが言いたい」
「いえ。ずいぶん嫌われたものだなーと、そう思いまして」
 世界退魔機構の創設者であるアリアハン国王に、僕とレイさんの試験が重なったことはすぐに知らされたはずだ。「おもしろそうだから競争させろ」なんて超法規的措置(ムチャクチャ)を黙認し、この瞬間まで触れなかったんだから、王様もなかなか意地が悪い。
 別にみんながみんな、僕の味方をしてくれるなんて楽観してるわけではない。
 ただ――
「正直に言わせてもらいます。僕はあなたの干渉がとても面倒だ。これ以上僕にかまって欲しくない」

「無礼者が!」
 脇にいた兵士が僕を絨毯に引き倒した。やり方を心得ているというか、顔面からいっちゃって痛いのなんの。毛足の長い高級絨毯だというのに、口の中に血の味がする。落ち着きなさいって君たち。
「ケン…カを売りたい、わけじゃない。前にも言ったように、僕はアルスを元の鞘に戻すことしか考えてないし。だから、王様」
 目の前のピカピカに磨かれた靴先に、僕は血に濡れた唇を押し付けてやった。
「好きなとこ持っていっていいんで……それで手を打ちませんか? サヤさんにも余計なことは伝えなくて結構ですから」
 このときの王様がどんな顔をしてるか見てやりたかったんだけど、僕はすぐに兵士に反対方向に引きずられ強引に退室させられたので、それは叶わなかった。

   ◇

 今度こそ地下牢にブチ込まれた。さて王様はどうする気だろうか。
 実際問題、僕にはなにひとつ「罪」はない。
 王様<神様 という図式が成り立つこの世界で、ルビス勅命で『アルス』の名を継いだ僕に詐称罪はあたらない。それはこの国を出立する前に目を通したアリアハン司法全書で確認している(安易にルビスの遣いを称してるわけじゃないのだよ)。まあアルス本人からのご指名だとストレートに言えちゃえばいいんだけど、そうはしたくないからちょっとややこしいことになってるんだけどね。
 んで焦点は上述の真偽になるわけだが……ぶっちゃけルビスの遣いなんてデタラメなんだけど、真実か偽りかを立証するにも、これまでの活動記録を洗うしかないわけで。この時点で僕のしてきたことに問題は無いはずだ。
 だがここで、僕と王様はこれらとは無関係に「約束」を交わしている。
 その始末の付け方によって、僕の身の振り方も決まる。

「いて――」
 口の中が気持ち悪い。初ホイミを試そうかと思ったが、今後のことを考えるとMPの無駄遣いは避けたいのでやめた。
 石作りの素っ気無い牢の中はランシールの地下を思い出す。自然とレイさんのことも。
 あの人は別れの間際まで僕のことをずいぶん気にかけていた。世界退魔機構へも、『どちらが合格してもおかしくない接戦だった』と力説していたとか。

「やはり私は、この試験を譲られるべきではなかったように思うよ」
 出発前に「少し話さないか」と呼び出された神殿の裏。大理石の柱にすらっとした長身
を寄りかからせているレイさんは、絵画のように様になっていた。
「譲ったわけじゃないよ、僕が最後にハズレを引いただけ。内容的には間違いなくあなたの方に軍配が上がると思うしね。なるようになったってことだよ」
 僕はちょっと大げさな動作で肩をすくめた。レイさんは黙っている。澄んだグレイの瞳が、なにか物思いにふけるようにじっと地面を見つめている。
 なんとなく落ち着かなくて、ちらちらと横目でうかがっていると、ふいにレイさんが顔を上げた。
「私はね、君のことが心配なんだよ、青少年。君はいつも、自分のことを二の次にしている気がする。最初に会ったときからね」
 反論を封じるようにぴっと人差し指を立てたレイさんは、一瞬あたりをうかがうようにすると、僕の耳元に口を寄せてきた。
「私は一度会った人間は忘れない。君は『アルス』じゃないだろう?」
「え? ええと……」
 内心焦っている僕に、レイさんは笑みを浮かべた。
「安心したまえ、誰にも言う気はないよ。君が誰だろうと、そんなのはどうでもいい。ただ私は――」
 『君』が心配なんだ。
 真っ直ぐに僕を見つめて繰り返すレイさんの言葉は、胸に響いた。さすが『勇者』っていうのかな。すべてを打ち明けて、寄りかかってしまいたくなるような。
 でも、今この人に言うべきことじゃない。僕には僕の、レイさんにはレイさんの役割がある。
「他に隠してることや困ってることはないのかい? 言ってくれ、力になるから」
 僕は黙って首を振った。レイさんはもどかしいような表情を浮かべたが、汲み取ってくれたのだろう。
「わかったよ。じゃあせめて、本当の名前くらいは教えてくれないか」
「タツミ。変わってるだろ?」
「ふむ、タツミか。珍しいが、いい名前だ」
 神殿の表の方から、サミエルが僕を呼んでいる声が聞こえた。出発準備が整ったらしい。
「そろそろ戻るか。ま、なにかあったら連絡してくれたまえ。退魔機構に問い合わせればすぐわかるようにしておくから」
「うん、ありがとうレイさん」
 歩き出した東の二代目の後姿に、一人っ子の僕にもし上がいたら、レイさんのような人がいいな、と思った。


 ……牢獄はしんと静まり返っている。
 ここにいる人間の気配のすべてが、僕に集中しているのがわかる。事情を知っているのは牢番だけで、囚人たちは「なぜ勇者が投獄されるんだ?」と興味津々の体で様子を見ている状態だ。
 やがて入り口が騒がしくなり、とうとう声がかかった。王様がお呼びだそうだ。手枷をかまされた時点で下った審判を悟ったが、僕はいっさい表情には出さなかった。

   ◇

 連れて行かれたのは、ぐるっと高い石塀に囲まれた直径30メートルくらいの円形の広場だった。赤茶色の砂をならした地面。ど真ん中にぽつんと設置されている、腰の高さくらいの平らな石の台。他にはなにもない殺風景な場所だ。
 真っ青な空に目を細める。今日は本当に天気がいい。

 正面の上段に王様が立っていた。逆光でよく見えないが、先刻より小さくなってしまったように思えた。
「もう一度聞く」
 どこか疲れた声で、王様は以前と同じ質問を投げてきた。
「アルセッドはどこにいる」
「言えません」
 僕の答えも以前と変わらない。

 たっぷり間を置いて。

「……利き腕はどっちだ」
「右、かなぁ?」
 実は両利きなのでどっちでもいいんだけど、そんなんで悩ませても時間の無駄なので、僕はそう答えておいた。普通に応答している僕に、王様はさらに疲れた様子で、
「お前はなにを考えておるのだ」
 と大きくため息をついた。


 僕が考えてることなんて、大したことじゃないですよ、全然。
 これは単なる…………嫌がらせ。

 そう、嫌がらせだ。
 王様の性格を考えたら悩んだと思うよ、この数時間。もう禿げ上がるくらいね。
 だって世界的に慕われている大勇者オルテガの親友だったんだろ? カッとなりやすい性質(タチ)ではあるけど、冠を盗まれたどこぞの国王みたいに、そこまでテキトーな人間とは思えない。サヤお母さんも「本当は優しい」みたいなこと言ってたし。
 そんな彼が嘘をついた。その場の勢いだったとしても、伝えるべき真実を捻じ曲げて、僕を追い込んだ。
 しかし間違った前提で交わされた「約束」でも、国王直々に申し渡したことをおいそれと撤回することはできない。最初から恩赦も考慮にあっただろうが、僕が終始こんな調子だからね。臣下は全員「容赦するな」って異口同音だったろう。
 だから彼はもう、身動きが取れない。彼が決められるのは刑の執行後のことだけだ。
この「約束」には、その後のことは含まれていないから。

 この世界で『勇者』の肩書きを背負っていくためには、世界退魔機構と無関係ではいられない。仮に今回の試験で合格していたとしても、僕がアルスのことを吐かない限り、王様からいつまでも陰険な妨害を受けるのは目に見えている。
 だからここできっぱり決別を叩きつけてやるために、僕はわざと試験に落ちた。さすがに決心までは時間がかかったが、アルスの話を聞けば、甘いことも言ってられない。
 王様にはご自分の不実にモヤモヤしていただきながら、今後の不干渉を取り付けさせてもらおう。

 これが僕の、喧嘩の買い方だ。


 丸く切り取られた青空を、一羽の鳶が横切っていった。その姿が見えなくなるのを見計らったように、王様がつい、と片手を挙げた。
 手枷が外された。目隠しをされ、石の台にうつぶせに肩を押し付けれた。
 高々と罪状が読み上げられる。小難しい用語を並べているが、要約すると大事な情報を隠匿したので罰を与えて国外放逐にするとか、そんな内容だった。だいたい予想通りのところに落ち着いたな。

 普通、こういうときに思い浮かぶのはユリコだったりエリスだったり、せめてアルスとかロダムとかサミエルとか、そのあたりだろう。
 なのに、僕が真っ先に脳裏に描いたのは、レイさんだった。
 おいおい大丈夫かよ僕、と自分に突っ込んだ瞬間。

 それが――来た。