◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.13 勇者試験(後編)

----------------- GAME SIDE -----------------


「薬草は持ちましたか? 毒消し草は? 聖水と満月草もちゃんとありますね?」
「いいですか、危なくなったら迷わず逃げるのですぞっ。絶対に無理はなりませんぞっ」
「っくぅ! 俺が付いて行ければいいんスけどッ、いいんスけどぉ……!」
 あのね、「はじめてのおつかい」じゃないんだからさぁ……。
「「「レイ殿(さん)、くれぐれもうちの勇者様をよろしくお願いします !!」」」
 深々〜と頭を下げる三人組に、
「ま……任せておきたまえ……プックククク」
 レイさんは必死に笑いを堪えている。
 ――心配してくれるのはありがたいんだけどね。

 そんなこんなで僕とレイさんは、いよいよ試験会場にやってきた。
「ここが入り口らしいな」
 赤茶色の地肌がむき出しの荒野が、地平まで広がっている。そのど真ん中にぽっかりと空いている空洞。妙に人工的に整った階段が地下へと続いている。
 建材に発光物が含まれているのか、中は地下全体がぼんやりと明るく、視界に不自由はなかった。降りてすぐ、僕の背丈ほどあるドクロの像が左右に並ぶ通路が続いている。
 眼窩の奥が赤く光っている不気味な彫像を、レイさんが剣の先でつついた。
「まだ新しいな。わざわざ作ったのか?」
「やだね、このいかにも〜って雰囲気。ピラミッドでも感じたなー」
 侵入者を歓迎しない建造物ってのは、えてして随所に恐怖を煽ろうとする「あざとさ」がある。それでなくとも僕が直接絡むイベントは異常に難易度が高い。また本来のシステムを無視した難問を吹っかけられなければいいけれど。
「しかし、まさか君がこんなふざけた話を承知するとは思わなかったよ、青少年」
 先を歩くレイさんが振り返って言った。なにやら上機嫌だ。
「青少年って……レイさんとあんまり変わらないと思うんだけど」
「ははは、一回りも年上なんだ、いいだろう」
 ということは二八歳か。それでも世界に名を馳せる勇者としては十分若い。
「君のことだ、てっきり本部に食って掛かると思ったんだがね」
「騒いだって時間を食うだけでしょ。どうせ世の中なんていい加減なもんだし」
 僕がさらっと流すと、レイさんは首をかしげた。
「なんだか前に会った時とは別人のような気がするな」
「そんなに変わったかな」
「怒らないでくれよ? 以前の君は少々ギスギスしてて、人を寄せ付けない雰囲気があったんだが、今は素直というか……かわいい、というのか……」
 かわいい、ねぇ。まあ妥当な評価だな。へたに「デキるヤツだ」と頼られたり警戒されるより、多少あなどられるくらいが丁度いい。
「それに武器も。剣は使わないのかい?」
 僕の腰に差しているえものをレイさんは珍しそうに見ている。さっき武器屋で新調したばかりの物だ。基本的に戦闘は人任せな僕としては使う機会が無いことを祈りたいが、いざとなったら自分で身を守らないと、ってんでサミエルに見繕ってもらった。
「使い慣れてるわけじゃないけどね。僕、こういう軽いのじゃないと扱えないから」
 なにより刃物で斬ったり刺したりってのが、どうにもダメだ。その点でもこの武器は僕の性に合っていると思う。
「まあ人それぞれだが。やはり君は変わったなぁ」

 ひとまず地下一階は問題なく進んだ。
 僕がさりげなく正解ルートに導いてるせいもあるけど、なにせレイさん、強すぎ。
 途中で二、三体のさまようよろいと出くわしたが、ひとりで瞬く間に倒してしまった。金属の塊を剣でスッパスッパぶった斬っていくんだから、常軌を逸している。
 最近のサミエルも戦闘が人間離れしてきたと感じていたが、この世界の人たちは能力の上昇具合が半端じゃない。外側からゲームとして接していた時は考えもしなかったけど、こうして生で見る分には鳥山先生のDBかって迫力だ。
 しかも洞窟を入る前にさり気なく現在のレベルを聞いてみたら、三〇を超えたあたりから面倒で数えていないとか言ってるし、もしかしてこの人、実は単独でバラモス打倒も余裕なんじゃないだろうか。

   ◇

 地下二階に降りると、だだっ広い空間に出た。画面上なら右上の方に正解ルートの下り階段があるはずだけど、ここからじゃ遠くて見えない。
「たぶんこの方向だと思うけど」
 見当をつけて歩き出そうとした矢先。レイさんが低い声でつぶやいた。
「あのヨロイ共ばかりなら良かったんだが……やはり生身の魔物もいるか」
「グワゥ!!!」
 暗がりから突然ピンクの物体が飛び出してきた。キラーアンプ、蛍光ピンクの殺人ゴリラという、こいつも別の意味で向こうじゃ考えられない生物だ。
 そいつが二、四、六……ちょっと待て、なんだこの数?
「散れ、用はないっ」
 地下室に爆発音が響き渡った。東の二代目のイオラが、押し寄せてきたピンクの群れを牽制する。
 だが魔物の群れは怯む気配もなく、さらに数を増して押し寄せてきた。地下室を埋め尽くさんばかりのモンスター軍団。ピンクのゴリラの波間に、巨大な鹿型モンスター・マッドオックスや、ピラミッドでも散々お世話になったマミーやら腐った死体やらも混ざって大騒ぎだ。
 やはり来たか、ゲーム設定を大きく無視した局地的ハードモード!
 今回は「エンカウント率が黄金の爪所有時並」というイレギュラーらしい。
「仕方ない。君は下がっていたまえ」
 すうっと流れるように、レイさんは魔物の群れの中に踏み込んでいった。
 瞬間、黒い剣士を中心に殺戮の嵐が巻き起こった。血煙の中を舞う白刃に、迷いはかけらも見受けられない。
「グギャア!」
 モンスターの身体の一部が空中を飛んで、ドサリと僕の目の前に落ちてきた。斬られた本体の方と目が合った瞬間、そいつは後ろから縦に半分にされて転がった。
 いやはや、本当に強いな。これなら僕に出番が回ってくることもなさそうだ。

「さて……と」
 僕の作戦はいつものことながら「ぼうぎょ」。
 いかに素早く戦線を離れ身の安全を計るかが重要だが、仲間から離れすぎると別の敵と相対する危険があるため、「にげる」とは違う微妙な距離の取り方が難しい。防御も存外と奥が深いのだよ。
 ほら、戦闘じゃ全然役に立たない分、せめて邪魔にならないようにしないとね。
 なんて気をつけてたつもりだったんだけど、いきなりバシっと肩のあたりに痺れるような痛みが走った。
「――ッ なんだ?」
 ブーンという昆虫の羽音が近づいてきた。巨大なピンクの蜂が何匹も飛び回っている。
 げっ、ハンターフライだ。確かこいつは通常攻撃の他にもう一つ、ギラを持っている。順当なルートでこの洞窟に挑んだのなら大したダメージではないはずだが、僕のレベルでは十分な痛手だ。
「大丈夫か青少年?」
「平気、こっちは気にしないで」
 とは言ったものの、素早いコイツらから逃げ回るのは至難の業だ。
 仕方ない。
 心は迷ったままだったが、僕の理性はその場で作戦を切り替えた。マントを後ろに払って、新品の武器を引っ張り出す。
「たまには戦います、かっ!」
 ヒュンと空気を裂いて鎖状の刃がうねり、攻撃してきたハンターフライが逆に吹っ飛んでいった。
 はがねのむち。
『勇者様は器用っスから、こういう特殊武器の方が合うと思うっスよ。っていうかコレしかないっしょ! ほらぴったり! 似合う!』
 というサミエルのアドバイスを受けて(なにがそんなに似合うんだか気になったけど)買ったものだ。今まで扱ったこともない武器をいきなり実戦投入するのは不安だったが、さすが武器の専門家が見立ててくれただけあって、コイツは意外と思った通りに動いてくれる。
 僕には一撃で仕留められるほどの腕力は無いが、当たれば痛いものは痛い。本能レベルで襲って来ているモンスターたちを牽制するには十分だ。
 が。
「え、嘘?」
 牽制のつもりで放った一撃が、一匹のハンターフライの片羽を根本から切り落とした。
 偶然だ。テロップでは『改心の一撃!』とか出ているんだろう。足下に墜落してきたピンクの蜂は、狂ったようにその場で暴れている。
 これを放っておくのは……かえって可哀想だよね。とどめをさしてやるべきだ。
 僕は意を決してそいつを足で押さえつけ、聖なるナイフを握った。
 ――手が、動かない。

 耳元には別の敵の羽音が迫っている。
 羽音に混じって、いつもの悪夢がフラッシュバックする。
 刃物が肉を割く音と、飛び散る血と。
『あんたなんて――』

 ズサリ、と目の前の蜂に大振りの剣が突き立てられた。
 同時に肩にトン…と重みがかかり、そこがふわあっと暖かくなった。いつの間にか傍らに来ていたレイさんが、僕の肩に手を当てている。今のは回復呪文? 
「無理しなくていい。さ、耳を塞いで」
 僕は咄嗟に両耳を手の平で押さえた。
 ドーン! ともの凄い音が轟き、先刻よりさらに激しい光と衝撃が周囲を席捲する。
 イオラのさらに上位呪文、イオナズンに違いない。こんな極大呪文まで溜めナシ詠唱ナシで発動できるって、どんだけ熟達してんだろう、この東の二代目は。
 ばしゃ、ばしゃ、と吹っ飛ばされた生物の部品が雨の様に降り注いできた。
 今度は耳じゃなくて口を塞いだ。
「減らないな……立ってくれ、どっちへ行けばいい?」
 グイっと僕の腕を取って引き起こし、レイさんは微かに焦りをにじませた声で言った。見ると、敵の数がほとんど減っていない。むしろ増えているみたいだ。
 あくまでここは「試験会場」のはず。このモンスターたちも神殿の管理者がなにかしらの手段で呼び寄せたんだろうが、もう少し調整があってもいいんじゃないか? 本気で潰しにかかってるようなこの状況は、どう考えてもおかしい。
「ま、まずあの昇り階段まで。昇らずにそこから北」
 僕は一番近い位置にある昇り階段(結構距離がある)の方を指して言った。あの階段はダミールートで、そこを起点に上、つまり北方向に進めば正解ルートの下り階段がある。
 簡単にそれだけを伝えると、レイさんは急にニンマリ笑った。
「緊急事態だ、大目に見てくれたまえ」
 いきなり僕を抱き寄せるように手を回して、「え?」ひょいっと肩に担ぎ上げ――。
「ひゃあああ〜!?」
「腹に力を入れてないと息が詰まるよ」
 とか言われた途端、すんごいスピードで景色が動き出した。グンッとGがかかって本当に息が詰まりかける。
 「はい退けて」「邪魔だよ」なんて、そこまで気合いが入ってるようにも聞こえないレイさんのかけ声とは裏腹に、進行方向に背中を向けている僕の眼前には、斬られた魔物が死屍累々と横たわっているのが見えた。ちょ、なにこの人間ダンプ。
「ここから北だったね」
「は、はぇ?」
 気がついたらダミールートの階段に到着していた。
 止まることなく直角に折れてまた走り出すレイさん。背後からどたどたと追いかけてきた人型モンスター・殺人鬼が斧を振り上げたが、
「レ、レイさん、さつじ……」
 僕が警戒を呼びかけるまでもなく、レイさんはクルッと一回転、次に見たときにはそいつはあっさり返り討ちにされていた。筋肉質の胸のあたりがぱっくり裂けて、吹き出した生暖かい液体がピシャリと僕の顔に跳ねた。
「――!」
 抑えろ! 死んでも抑え込まなきゃ!
「目をつぶってなさい。君が血に弱いのはロダム殿から聞いている」
 一瞬、吐き気も忘れた。
 ロダムから聞いてる?

   ◇

 地下三階への下り階段へ飛び込んだところで、追撃はぴたりとやんだ。魔物にもそれぞれの持ち場があるのか。こうなってみるとあれも試験のうちだったのかもしれない。
 先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえった地下室に、レイさんの吐息だけが聞こえる。さすがの勇者様も少し息が荒い。少しで済んでるのがすごいけど。
「あの……そろそろ降ろしてくれます?」
 やっぱり軽々と地面に降ろされた。よろけた僕をレイさんはすかさず支えてくれた。
「具合が悪そうだったからね。でもよけい酔わせてしまったかな?」
 首だけ振って答える。ここはお礼を言うべきなんだろうが――。
「聞いてたんだね。いつ?」
「君が武器屋に行っていた少しの間にね。旅を始めた頃よりひどくなっていると。ずいぶん心配していたよ」
 やだなぁ、さすが最年長。見抜かれてたのか。
「なにか血に関してトラウマがあるのかい?」
 レイさんの問う声は軽い。まるで大したことじゃないとでも言うように。本当なら、仮にも勇者の名を背負っている人間に対して、怒鳴りつけてしかるべきだ。
 どうしてだろう、この世界で僕が深く関わる人たちは、みんな怖いくらい優しい。
 まるで僕の理想が反映されてるみたいに。

「ごめん、今は話せない。口に出すのはちょっとまずいんだよね」
 さっきから過去のつらい感覚が戻りそうになっていて、僕の理性が必死に抑え込んでいる。街中ならともかく、こんなダンジョンの奥で発作を起こしたら迷惑もいいところだ。
 レイさんは困ったように下を向いた。言葉を探しているようだ。
 話せない理由については、ちゃんと教えないといけないか――。
「なんていうか……僕は人より記憶力がいいんだ。知識面だけじゃなくて、その時に見た映像や音、感じたこととかを丸ごと覚えていて、頭の中にそっくり呼び出せる」
「そりゃすごいな」
 レイさんは感心したようにうなずいた。
「でも弊害もあるんだ。今この瞬間に感じてる現実の体感よりも、脳内で再生された疑似体感の方が勝ってしまえば、僕自身はもう、自分が今どこにいるのかさえわからなくなるほどその『記憶』の中に引きずりこまれてしまうんだよ」
 視覚も聴覚も嗅覚も触覚も、あらゆる感覚を処理しているのはあくまで脳だ。その全ての記憶が忠実に再生されれば、今『それ』を体感しているのと同じことになる。
「そして感情もね。たとえばその当時は本当に死にたいくらい悲しかったとしても、何年もあとに思い出したら薄れてるものだろう? でも僕の場合は……」
「その場で自殺しそうなくらいの悲しみが、同じ程度で戻ってきてしまう、ってこと?」
「うん。レイさん、理解が早くて助かるよ」
 それでも、ただ頭の中で思い出すだけならまだ抑制がきく。
 しかし口に出して語るというのは、まず頭の中で言うことをまとめ、音声で形にし、自分の耳で聞くことでまた脳に還元されるという、三段階で記憶を鮮明にする行為だ。それだけですぐに意識が飛ぶってことはないけど、どうしたって感覚がおかしくなるから極力避けたい。
 ユリコやカズヒロに何度か過去を聞かれたこともあるけど、それが嫌でそのたびに誤魔化していたものだ。
 別に生まれた時から付き合ってる症状だから対処法もよくわかってるし、日常生活にはそんな支障もなかったんだけどね。うかつに思い出話ができないくらいで。
 でもこの世界に来てガラッと環境が変わって、刺激の強いことも多くて……。
「血に弱いとしか聞いてなかったが、仲間にはそこまで話してないのかい?」
 他人のパーティーを心配するレイさんの優しい言葉に、僕は苦笑を返した。
「言えばみんな気にしすぎて、必要以上に制約を設けてしまうからね」 
 それでなくとも最近、みんな戦闘ではなるべく流血沙汰を少なくしようと気を遣ってくれてるみたいだし。今後イベントのたびに「これは勇者様には刺激が強すぎるのでは?」なんて協議されるわけにもいかない。
「なるほどなぁ……。仲間に隠し事をするのは感心しないが。冷静に判断した上で黙ってるならいいんじゃないかな」
 レイさんはにっこり笑うと、僕の頭をぽんぽんと叩いた。なんか完全に子供扱いされてる? 仕方ないけど。
「先を急ごうか。次はどっちだい」
「右に折れて、あとは道なりに行けば突き当たりの小部屋にゴールの宝箱があるはず」
「ははは、楽で良いな。今後も一緒に旅をしたいくらいだよ」
「僕もだけど。ダメなの?」
 こんなに頼もしい人がパーティに入ってくれるなら、願ってもない。
「私はどちらかというと父上を捜すのが目的だからね。同行することで迷惑になる」
 っち、断られたか。惜しいなー。
 まあ目的があるのに、こんな面倒な連中に構ってられないか。

   ◇

 いよいよ試験も終わりだ。地下三階にはまったくと言っていいほど敵の気配は無かった。上の階で出し尽くしたんだろうか。
 奥の正面の壁に目をやると、大きな人の顔が掘られていた。例の「引き返せー」を言ってくるわけだが……ここは黙っておこうw レイさん驚くかなー?
 とかwktkしつつ、そいつの前まで来たら。
 あれ? なにも言わないぞ? レイさんはさっさと左に曲がっていく。壊れてるのかな。
 僕はそいつの顔をペチッと叩いてみた。
『しまった! レイさん、振り向かないでそのまま聞いて』
 いきなりそいつがしゃべった。それも僕そっくりの声で!
「なんだい、青少年?」
『忘れてたんだよ、ここはそういうトラップなんだ。振り向いたらスタート地点に戻されるっていう』
「ち……!」
 違う! なにデタラメこいてやがんだコイツ!
 と言う前になにかが腹の周りにもズルッと巻き付いて、すごい力で後ろに身体ごと引っ張られた。
「おいおい、いきなりゴール間近で振り出しに戻るトラップとは」
『ひどいよね。そういうことだから、気をつけて……』
 石の人面とレイさんの会話が、急速に遠ざかっていく。

「ひゃあああ〜 !?」
 なんかさっきも同じようなことなかったか?
『騒ぐな』
 頭上から降ってくる低い声。見上げると、金色の鱗がうねうね動いていた。太い蛇のような身体が僕に巻き付いたまま、狭い通路を器用に飛んでいる。
 僕の記憶が正しければこいつは、
「あんた、スカイドラゴン?」
『当たりだ』
 確かにここの地下深くには、なぜか空の名を冠する金色の龍が出現する。システムバランスはともかく、生態系としてはどうなんだと突っ込んだ記憶がある。
『暴れるな、取って食ったりはせん』
 金の龍は言った。
『貴殿に話しがあるのだ、異世界の勇者よ』
 異世界の……僕の素性を知ってる?
『本当なら上の階で分断し、連れてくる予定だったのだが。片割れが絶えず貴殿を気にしていて、思うようにならなかったのだ』
「ええ〜 !? じゃあ死ななくていいのに殺しちゃった魔物もたくさんいたんじゃないの? ごめん! そんな事情知らなくて」
 思わず謝ると、金の龍はぐははと笑った。
『気にするな。戦いに興奮して本当に貴殿を襲っていた愚か者もいたようだ。知能が低いのはちっとも使えんよ』

 そうこう話しているうちに行き止まりについた。ここは宝物部屋の裏側に当たる外れルートで、もっとも奥にある人面に「たまには人の話を素直に聞け」と諭される場所だ。
 その最後の人面が、僕を見下ろしている。
 僕の後ろで、金の龍が地に降りて頭を下げた。
 直後に、威圧感。
 圧倒的な――。
『われが勇者と語り合うのは、これで五度目となるな』
 壁の顔から声が聞こえた。どこか遠くから流れてきているような、擦れ混じりの声だ。
『だが貴様は、勇者であって勇者ではない。あの孤高の、悲しい少年とは、違う』
「……アルスのこと?」
『そうだ』
 アルスのことを悲しいと言ったそいつは、静かに、決定的なことを僕に告げた。
『われが勇者によって討たれたのは四度。さしもの少年も、四度目には狂いそうな顔をしておったよ』
 心臓が、鳴った。
 ずっと考えないようにしてきた事実を、とうとうここで突きつけられてしまった。
「いやぁ……うん、なんとなくわかってたんだけどね。やっぱりそうなんだ。参ったな」

 ――あの、眩暈がするほど高い神竜の塔の最上階で、まるで鏡を見てるようなもう一人の「僕」が、満面の笑みで手を差し出した。
『キミも勇者になってみなよ。本当に楽しいから』
 吸い込まれるように僕も手を差し出して、そして契約が成立したあの瞬間。
 彼が一瞬、すがりつくような目をしたのを、僕は見たのだ。

 ゲーム……だからこそ、この世界には決定的なものが欠けている。
 決して救われない。どんなにあがいたところでどうしようもない。
 世界を救うはずの彼だけが、ここに未来がないことを知っている。

『繰り返される伝説の中で過去を覚えておったのは、勇者たる少年とわれだけであった』
 そうか。それでも他に仲間はいたわけだ。皮肉にも敵の親玉だったみたいだけど。
 本当に参ったなー。
 いやね、最初からどうもおかしいとは思ってたんですよ。だってアイツ『四回も』って言ってたでしょ? 僕のクリア回数を。
 でもこのゲーム、前回のデータを引き継いだまま最初からプレイはできないから、冒険の書は一度消さなきゃならない。アイツが前の冒険を覚えてられるはずがないんですよ。
 っていうか、ですよ?
 死に物狂いで旅をして、目の前で父親を殺されるような経験もして、挙げ句にやっとの思いで魔王を倒したら今度は故郷にも帰れないとか、そんなキッツイ冒険をですよ?
 延々と繰り返されたら……普通、精神イッちゃいますよね?
「魔王を倒してふと気がついたら、一六歳の誕生日の朝に戻されるってわけだ。あなたも、いつの間にか復活していて?」
『さすがに飽いたわ。決して手に入らぬ世界を侵攻してなんになる』
「そういうシナリオだもんねぇ。でも僕に声をかけたということは、僕にそれを壊せる可能性があるということかな」
『知らぬ。無いのではないか?』
 そんな投げやりにされても。あんた魔王でしょ。
「じゃあなんで呼んだの」
『伝えただけだ。いつもの通りわれの元に来るも良し。なんらかの方法で神竜とやらに会い、さっさと戻るもよし』
 ただ貴様には会ってみたい気もするがな。壁の向こうで笑う気配があった。

 ――そして、そのさらに向こうからレイさんが僕を呼んでいるのが聞こえた。
 僕がいなくなったことに気がついたらしい。
『…………』
 壁の顔は沈黙してしまった。あの圧倒的な威圧感も無くなっていて、後ろを向くとスカイドラゴンの姿も消えていた。
 ビキッ
 いきなり目の前の壁に亀裂が入った。あっという間に崩れ落ち、埃が舞い上がる向こう側に、レイさんが剣を構えて立ちつくしている。
「ど、どこに行っていたんだね! 心配したぞ、気がついたらいないから」
「ごめん、なんか変なワープトラップ踏んじゃったみたいで、気がついたらここに飛ばされてたんだ」
 言いながら壁の残骸をまたいで隣の部屋に移動する。そこには二つの宝箱が並んでいた。
「まあ無事で良かったよ。それでこの宝箱だが、どちらかニセモノだったり罠だったりするのだろう?」
 それを聞こうとしたら僕がいなかったんだね。さすがレイさん、慎重だ。
「えーと確か……」
 僕は一方の宝箱を、すっと指で示した。
「こっちをレイさんにあげる。実はランダムで当たり外れがあるんだ。こればかりは事前知識じゃわかんないんだよ。それでさ、考えたんだけど……ここくらいはフィフティにいかない? 当たった方が合格ってことでさ」

   ◇

 僕の手にはコインが一枚。初めて手に入れた「小さなメダル」ってヤツだ。向こうではレイさんがブルーオーブを片手に、神殿の人たちと更新手続きの件で話しをしている。
 こちらを気にしているようだったので、僕はもう何回目になるのか、「気にするな」と手を振った。
「心配ありませんよ勇者様、どうせすぐ別の条件で合格できますって!」
「一級討伐士を持つ者は人気が半端でじゃないですからな、退魔機構もそうそう剥奪できません。ヘタなことをすれば世論を敵に回しますし」
「そうッスよ! 俺らも今までと変わんないし。元気出してください!」
 仲間たちが口々に僕を励ましてくれる。
「ありがとう。ごめんね、期待に応えられなくて」
 僕の形ばかりの返事にも、みんなは真剣な顔で言葉を継いだ。
「なに言ってるんスか! 無事に戻ってきただけでホッとしましたよ」
「命あっての物種ですからな」
 みんな本当にごめん。僕もいい加減、自分が嫌いになりそうだよ。
 こんなに心配されてるのに……僕もう、そんなのどーでもいいんだよね。
 なんかいろいろ考えることがてんこ盛りで、頭の中ワヤクチャだよ。

 さてどうしよう。
 天下の魔王様まで投げちゃったこの大問題を、どうやって片付ける?