◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.12 リアル・バトル

----------------- REAL SIDE -----------------


 PS3やらWiiやらが台頭している今の世では、すでに3世代くらい前になる置き型ゲーム機スーパーファミコン。そのドットも荒い原色バリバリなドラクエ3の画面の前で、俺はきれいに「orz」の姿勢を取っていた。
「やべえ……本試験のこと完っっっ全に忘れてた」
 タツミたち一行がランシールの宿に入り、例の「ターラーラーラータッタッタ~♪」の効果音のあと朝を迎えたが、携帯電話はいっこうに繋がる気配を見せない。
「なんで通じねぇんだ。なにやってんだあのバカはー!」
 などと俺が一人で騒いでいる間に、ヤツらは町はずれの神殿に入っていった。
 そこで表示された会話を読んで初めて、俺は彼らが「一級討伐士の本試験を受けにランシールに来た」ということに気付いたのだ。
 タッちゃんマジでごめんなさい。
 そのあたりもちゃんとナビるつもりでいたんだがなぁ。クリアしてもらっちゃ困るけど、くだらないことで余計な苦労はさせたくないというのが俺の本音だ。矛盾してるのは重々承知だが、なんつーか……タツミには俺の世界を嫌いになってほしくないんだよ。
 この「本試験」、実はもっと楽に合格できる裏技があったりする。
 一級討伐士のクリア条件の一つに、【期間内に魔物から村や町、教会など慈善組織(海賊等は含まれない)を護る、救う】というのがあるが、裏の仲介屋を通して教会や修道院に金を渡せば、「この方々に危ないところを救われました」などといくらでも口裏を合わせてくれるのだ。向こうはあんな世界だからどこも財政難で、そこは持ちつ持たれつ。俺も本試験のみならず、半年ごとの更新試験のたびに利用していた手だ。
 ズルいとは思わない。本当に魔物に襲われた人々を前にして、「俺が助けたんだ!」なんて自慢げに世界退魔機構に申請するのは、なにか違うだろ? そんなことのために戦ってんじゃねえんだから。
 なんだけど……もう日にちに余裕がないから今更の話だよな。
 よりによってランシールか。正攻法でいくならレベル的にここしかないだろうが、他の試験会場の内容と比べると一番面倒なんだよな、ここ。
「ったく、ホントお互いタイミング悪いよな……。って、レイ!?」
 俺が頭を抱えている間に、画面の中ではなにやら妙な展開になっていた。レイ=サイモン? あのスカしたキザ野郎と競争だと? 

*「どっちが勝つか わからないが こうなったら 今回は ゆずるよ?」
   はい  いいえ
*「協定を組む ということで いいのかな?」
  はい   いいえ

 ゲーム仕様でかなり省略された会話になっているが、どうやらレイと二人で洞窟攻略に挑戦することになったようだ。
 う〜む……まあ、腕は立つ男だからな。妙に馴れ馴れしくて俺は苦手だったが、最初から勝ちを譲るようなことも言っているし、タツミが一人で行くよりは遙かに安全か。
 どうも洞窟攻略が終わるまでは携帯を繋げる気も無いようだ(怒ってんだろうなぁ)。今回はおとなしく経緯を見守ることにしよう。
 となると、飲み物とお菓子は必須だろ。俺はタツミの自室を出てリビングに行った。

 キッチン周りの戸棚を適当にあさると、「チョコパイ」と書かれた赤い箱を発見した。何気なく箱の裏の成分表を見る。小麦粉や砂糖はわかるが、聞いたこともない物がいろいろ入ってる。ショートニングってなんだ。ソルビトール? なんの呪文だよ。
 それにしても賞味期限がすごい。これ生菓子だろ。何ヶ月も保つってのが信じられん。こんなのが旅の間にあればもっと……。
 ーーガチャガチャ
「んん!?」 
 玄関で鍵を開ける音がして、俺はその場に固まった。まさか。
「あら、タツミいるの……?」
 そのまさからしい。タツミの保護者である「伯母さん」が帰ってきたのだ。

   ◇

 ユリコに事前に確認したが、タツミも普通に「伯母さん」と呼んでいるそうだ。
「なんか下の階の店がボヤ出したとかで、今日は早く終わってさ」
 彼女は高そうな毛皮のコートをそこら辺に放ると、リビングのソファにバタッとうつぶせに倒れ込んだ。歳を考えると少ぉしばかり露出度が高い気もするドレスをお召しになっていて、昨日の昼間にはボサボサだった髪もきれいにセットされている。
 うわぁ……酒くせぇ。本当に夜系のお仕事をなさっていらっしゃるらしいです。
 別に職業差別してるんじゃないぞ。俺みたいな、たとえ魔物でも殺してなんぼのヤクザな商売やってたヤツが、なにをか言わんやだし。
 そうじゃなくて、昔ルイーダの店で嫌なことがあって、そういう雰囲気を持っている相手だとどう扱っていいかわかんねえんだよ、俺。
 まして「身内」とくれば。
「……あれ出してよ」
 伯母さんがかすれた声で言った。
「え、あれ?」
「ビール」
 まだ飲むんですか。迎え酒ってやつですか。
 やめた方がいいですよ、と言いたいけど、うかつなことは言えないし。タツミはいつも素直に出してんのか?
 冷蔵庫を開けると下段の奥に銀色の缶が並んでいた。一本取り出して、シンク横の水切りかごに伏せてあったグラスに注ぎ、半分ほど余った缶と一緒に彼女の前のテーブルに置いた。
 向かいのソファに座って様子を見ていると、伯母さんは物憂げに顔をあげた。
「なによ……そのままで良かったのに。洗うの面倒でしょ」
「そ、そうだね」
 伯母さんはモソモソと身体を起こして、グラスの中身を一気にあおった。俺が注ぎ足してやる間もなく、缶に直接口をつけて残りを飲み干す。そしてグテーッと背もたれに寄りかかって動かなくなった。
「あの、もう一本、飲む?」
 恐る恐る聞いてみると、彼女はヒラヒラと手を振った。もういらないのか。となると俺はすることがない。
 コッチコッチコッチ……
 家の中は静まりかえっていて、時計の音だけが妙に大きく響いている。
 伯母さん、なんか動かないんですけど。もしかして寝ちゃったんですか? そんな姿勢だと首をいためるんじゃないかなぁ、とか。
 えーと……。
 コッチコッチコッチコッチ…………
 だぁああああ!! 気まずい!! めちゃめちゃ気まずい!!
 これならおばけキノコとお見合いしてる方がまだマシだぁ!!!!!

   題 【お見合い】
 アルス「キノ子さん、ご趣味は?」
 キノ子「甘い息を少々」
 アルス「zzz」
 キノ子「まあ、居眠りするなんて失礼な方ね!」
    〜完〜

 いやいやいや、4コマに逃げるな俺。現実を見なきゃ。
「あんたさ、大学はどうすんの?」
 いきなり聞かれた。
 ちょ、ここで進路相談!? え? 俺が答えていいの?
 でも俺がタツミなんだもんな。これからは俺が決めなきゃいけないんだよな。
「――い、行かせてもらえるなら、行きたいなぁ、とか」
 今在学している「高校」の卒業まで約2年。ここからゼロスタートだとしても、卒業前までに必要な学力を身につけるだけの自信はある。だてに一級討伐士は取ってないぞ。
 俺の言葉に、伯母さんは「おや?」という顔をした。
「はーん、行く気になったの。働くってきかなかったのに」
 ここの家庭環境を考えると、ヤツならそう言いそうだな。
「その方があの子も喜ぶだろうね。お母さんに報告した?」
「まだ、だけど」
「じゃあ伝えてきなさいよ」
 くいっと奥のドアをあごでしゃくる。彼女の自室で、まだ入ったことはない。もたもたしてるのも怪しまれるから、俺は素直にその部屋に入った。

   ◇

 照明をつけてドアを閉める。ムッと立ちこめる芳香。化粧品や香水とかの "女" の匂い。
 バックやら靴やら、果ては下着までそこらじゅうに散らばってる狭い部屋の奥に、そこだけきれいに整ってる、不思議な一角があった。
 漆塗りの黒檀に金箔の装飾が施された、東洋版の祠というか。小さな扉が左右に開け放たれていて、各神具の細かい意味はわからないが、それが死者を悼む祭壇だというのは察しがついた。文化の違いはあれど、そこに込められた祈りはどの世界も共通だろう。
 中央に白黒の写真が二つ飾られている。一枚が俺のおふくろによく似た女性で、もう一枚は、親父を少し若くしてひょろっとさせたらこうなるかなって感じの男性。
 タツミの両親に違いない。
 あいつの。
「……やっぱ甘いか」
 二度目のごめんなさい、かな。
 俺もさ、こっちに来る前はありとあらゆることを予測してたし、覚悟もしてた。でも実際、こうして目の前にしてしまうと、なんの意味もないことが思い知らされる。
 俺が? タツミになる? ムチャもいいとこだ。どの面下げてこの人達の供養を引き受けるってんだよ。
 俺も最終的には、ショウが言っていたように適当なところでプレイヤーの人生を捨てて、ここを離れることになるんだろう。そうじゃなきゃやってけねえよな、とても。
「タツミ、どうしたの?」
 伯母さんに呼ばれて俺はリビングに戻った。怪訝そうにしている彼女に、さっきの話の撤回を告げる。
「あー……大学のことだけど、やっぱりもう少し考えようかと思って」
「そう。ま、好きにしたらいいわ」
 いくぶん投げやりに言う伯母さん。こういう話し合いは今までにも何度かあったようだ。
 そういや俺もおふくろや爺ちゃんから「本当に勇者やるのか」ってよく聞かれてたっけ。二人とも普段はそれを願ってるようなことを言ってても、やっぱり心配だったんだろう。どこの家庭も一緒なんだな。
「ごめん、ちょっと忙しいんだ。部屋に戻るよ」
 意識的に目を合わせないようにして、俺は背中を向けた。

 と、リビングから廊下に出る寸前に、玄関のチャイムが鳴った。
 人ンちを訪ねるには遅くないか。なんだかんだで夜の9時を過ぎているんだが。
「タツミ、出てきて」
 伯母さんは玄関をジッと睨んでいる。なぜか少し声が震えている。借金取りのコワイお兄さんだったりして? ありそうだなぁ。
 ま、そいつが闇の衣をまとって極大呪文を連発するような魔王じゃない限り、2秒で撃退してやるから心配すんな。もちろん正当防衛が成り立つようにな。
「はいはい、どちらさんっすかー?」
 玄関のドアを開けてみたが、そこには誰もいなかった。
 その前にパタパタと慌てて去っていくような足音がしたから、ピンポンダッシュってやつだろうか。暇なヤツもいるもんだ。
 と下を見たら、一抱えくらいのダンボール箱が置いてあるのに気がついた。
 ――これで俺がもう少し現実世界の風潮や時事に聡ければ、爆発物や毒物じゃないかとまず疑っただろう。昼間の奇襲や、不良少年エージの存在を考えれば警戒して当然だった。
 だが育った世界の違いというのは、ふとした瞬間に表れるもので。
「届け物か?」
 俺は特に疑問にも思わず、その箱を抱えてリビングに戻ってしまった。
「誰からだろ。玄関に置いてあったよ」
 封もしてないのですぐに開けられる。なんの気なしにテーブルの上に置いて、俺がフタを開いたのと、伯母さんが叫んだのは同時だった。
「ダメ! 開けるんじゃないタツミ!」
「え?」
 黒い塊が詰め込まれていた。鼻をつくような腐臭がぶわっと広がる。
 そして、俺はミスを重ねることになる。
「なんだこれ。なんかの動物の死骸か?」
 そう……「冷静」に判断してしまったのだ。
「もういやだ! なんなのよあんたはぁ! そんな、なんともない顔して……!」
「な、なんともないっても、えーと……」
 だって見慣れてるんだもん死骸なんかっ。ってか俺自身が死骸の大量生産してたしっ。
 だから伯母さんが金切り声を上げて暴れ出したのにも、「いやなんでそこまで反応しちゃうのこんなもんで?」と、俺の方が一瞬ボーゼンとしてしまったワケで。
「あの、とにかく落ち着こう? すぐ捨ててくるから。ね?」
「信じられないよ! あんた、母親もそんな顔で見殺しにしたの!? ねえ!?」
 ちょ、なんすかそれ。母親を見殺しにした?
 伯母さん顔が真っ青になってるし、なにがなんだか。
「あんたが来てからロクなことないわ! もう出て行け!」
「いや、出て行くのはいいけど、コレとかどうしたら――」
「出てってよぉ! 疫病神! みんなみんなあんたのせいで……!」
 た、た、助けてエリスぅ! ユリちゃんでも可! 俺どうすればいいんですかぁ?

 ――ピンポーン
 玄関のチャイムが鳴り、一瞬、静かになる。
 ……と同時に、俺は反射的に走っていた。緊張状態が不意に断ち切られたせいで、フラストレーションが暴発したというのか。
「てめえがやったのかコラぁ!」
 半ば体当たりするようにドアを開けて、勢いで吹っ飛んだ相手につかみかかっていた。
 が、相手はきれいに受け流すと、俺の足をパンっと払った。勢い余って思い切り後頭部から硬い床に落ちかけたところを、寸前で襟首をつかまれて引き止められる。
 目の前で、色とりどりのブレスレットがぶつかり合って、チャリっと鳴った。
「いった〜。まったくどうしたんですか?」
「ショウ……?」
 仰向けにゆっくり降ろされた俺は、廊下に転がったまま――ふうっと息をついた。
「悪い。こういうの……慣れて、なくて」
 ショウは眉間にしわを寄せると、一つうなずいて中に入っていく。俺も、もう一呼吸つけてから、起き上がって後についていった。

   ◇

 ショウはダンボールの中身を一瞥すると、さっさと玄関まで持っていってリビングのドアを閉め、目に触れないようにした。ソファで顔を覆っている伯母さんの前に腰を落とし、見上げるようにしてゆっくりと話す。
「僕、タツミ君の友達でショウといいます。大丈夫ですか? ずいぶんと悪質な嫌がらせですね」
 第三者の介入を警戒してか、さっきまで半狂乱だった伯母さんもずいぶん落ち着いてくれた。ショウは穏やかに言葉を重ねる。
「これは立派に犯罪ですよ。警察へは届けましたか?」
「警察……」
 彼女は壁際で腕を組んでいる俺をちらっと見て、首を振った。
「それはまずいわ。あの子、奨学金をもらってるんだけど、今度また警察沙汰になったらもらえなくなるって言われてるの」
「そんなバカなことはないでしょう。本人が罪を犯したならともかく、被害者なんですから。僕の父は警視庁の人間です。きっと力になれると思いますよ」
 ショウの力強い言葉にも、伯母さんはただ戸惑うように視線を彷徨わせている。
「……少し休みましょうか」
 彼女は小さくうなずくと、ショウに支えられながら立ち上がった。
 奥の部屋に向かう前に、こちらに顔を向けて苦しそうに言った。
「タツミ……さっきは悪かったわ。あれ、本心じゃないからね」
 疫病神とか、あんたのせいだとか。思わず本音が出た――って感じだったけど。
「わかってるよ。全然気にしてないから」
 たぶん本物のタツミなら、こう答えるだろう。

 そうして伯母さんが自分の部屋に入って静かになり、一段落したところで、ショウが小声で聞いてきた。
「どうします? ここだと筒抜けですよね」
 神経が過敏になってる今の彼女に、余計な話は聞かせたくない。
 裏にある公園に出ようと決めて、俺はショウを先に行かせた。一度、自室に戻ってゲームの進行具合を確認する。
 レイを仲間にしたタツミは、特に問題なく進んでいるようだった。携帯にかけてみると相変わらず不通のままだったが、取り立てて俺のナビも必要ないってことだろう。
「ちょっと出てくる。なんかあったらすぐ電話しろよ」
 通じないのはわかっているが、画面にそう声をかけて、俺もショウのあとを追ってマンションを出た。
 
   ◇ 

「はい、お疲れ様。あなたのところはいろいろ厄介みたいですねw」
 ベンチに並んで座ったところでコーラの缶を差し出され、俺は冷たいそれをひたいに押し当てた。
「でもびっくりしましたよ。たまたま近くに来たんで挨拶しに寄ったんですけど、チャイムを鳴らそうとしたら、いきなり中から『出て行け!』ですもん」
 しかもドアで吹っ飛ばされるし、とショウはクスクス笑う。
「すまん、俺も気が動転してたっていうか……」
 自分ではもうちょい冷静に物事に対処できる人間だと思ってたんだが。なんか本気で、魔王を倒した英雄だって自信が無くなってきた。
「それで、コレですけど」
 ショウの足下には、例のダンボールが置いてある。
「マンションの前で走っていく人影を見たんです。よく見えなかったんですが、背格好からして、たぶん昨日の昼間にあなたが投げ飛ばした子だと思うんですよね」
「やっぱあの不良か。今度会ったら絶対ヘシ折る」
「どこをですか。この国の法律は復讐を認めてませんよ」
「わかってる! でもこんなんされて黙ってられるか!」
 俺は力任せにダンボールを蹴飛ばした。フタが開いて黒い塊が転がり出る。
「この猫はなにも悪くないんですから、八つ当たりしちゃダメですよ」
 ショウが俺の肩を叩いて、猫を拾いに行った。ダンボールに入れて戻ってくると、また足下に置く。
「モンスターとは違うんですから、たとえ死体でも憐れみを持って接してください。でないと『冷酷な人』と思われますよ。ヘタすれば『精神異常者』とされかねない」
「……面倒くせぇ」
 さっき伯母さんも、俺の冷静な態度を責めていた。日々命がけでモンスターとバトルしてた俺に、そんな甘っちょろい感傷を常識だと説かれてもツライものがあるぞ――。
「魔物を相手に剣を振ってる方が楽、ですか?」
 そう問われると、どっちが楽とかって問題でもない気はするが。
「ま、現実なんてこんなもんですよ」
 ショウは悟ってるように言い切った。
「狭い一地域で、狭い人間関係の中で、毎日こまごましたことに神経をすり減らして生きていく。これが現実での戦いなんです」
 俺が冒頭で言ってたのと同じような言葉が並んでるが、意味合いはまるで正反対だ。
 確かにこの世界に来てから、身体より心が疲れることが多すぎる。
 タツミが以前から不良に金をタカられてたってことも、奨学金とやらの関係でそいつらに真っ向から対抗できないってことも、さらにはネジの外れたゲームサイドの男に襲われてもケーサツにすら言えないってのも。挙げ句に猫の死骸を届けられるわ、保護者のはずの人間に「疫病神」だの「出て行け」だの言われるわ。
 悪者をぶった斬っておしまい、にはならない。なんでも手順を踏んでルールに従って、いろんなことを我慢して……よくもタツミはここで一六年間も生きてきたよ。
 その他人の人生を横取りしようとしてる俺が、言う筋合いじゃないけどさぁ。
「僕のこっちの父親は警察の偉い人間なんです。この件は任せてもらえませんか?」
 悪いようにしませんから、とショウは微笑んだ。
「ん……任せる」
 今は素直に厚意に甘えておく。
 携帯電話を貸してくれと言われて渡すと、ショウはなにやら設定してから返してきた。
「僕の番号を登録しておきました。短縮8番ですぐ僕に繋がりますよ。――あと本名、教えてください。僕はラグエイト=ハデック。元の世界ではエイトと呼ばれてました」
「なんだよ、本名は伏せてた方がいいんじゃなかったか?」
「そうなんですけど……僕はもう『ショウ』の方が慣れちゃってますが、あなたは『タツミ』と呼ばれるたびに、ちょっと困ってるみたいだから」
 うっ。ホント気の回るヤツだ。俺は苦笑しながら名前を教えた。
「アルセッド=D=ランバート。アルスとか、アルとか呼ばれてた」
 地元じゃ「ジュニア」と呼ばれることも多かったが……あれは大っっっ嫌いな呼び名だから却下。
「じゃあまた、アルス君」
 ダンボールを抱えて、ショウは離れていく。
 ――俺は迷いつつも、その背中を呼び止めた。
「ショウ、もう一つ頼みがある」
「なんです?」
「その……三津原辰巳の過去を調べられないか? 両親を殺しただの、母親を見殺しにしただのと、不穏な話が多くてさ」
 人のプライベートを探るようなマネは好きじゃないが。
「本人には聞けないんですか?」
「携帯がつながり次第、聞いてみるつもりだったけど。あいつ、仲のいい友達や幼なじみの女にも秘密にしてるみたいで、本当のことを話すかわかんねえし」
 情報の曖昧さが、俺の判断を鈍らせる一番の原因になっている。背に腹は代えられない。
「わかりました。今回の件をカタすにも必要な情報ですしね。なにかわかったらすぐに知らせますよ」

   ◇

 マンションに戻ってみると、伯母さんは眠ってるのかシーンとしていた。
 俺は冷蔵庫から缶ビールを何本か取り出して、自室に持ち込んだ。テレビ画面の中では、タツミとレイが「ちきゅうのへそ」を出るところだった。

*「それでは 君がこまるだろう。本当に 私でいいのかい?」
  はい   いいえ

 なんだか入り口付近でもめている。レイに何度も念を押されつつタツミは「はい」を選んでいた。もしかして、勝負をレイに譲ったのか?
 缶ビールを飲んで(金属くさくてまずいコレ)携帯をかけてみるが、まだ繋がらない。画面の中では、仲間たちが不合格になったことを口々に慰めている。
「……お前、なに考えてる……?」
 なぜか、ひどく嫌な予感がした。