◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.11 勇者試験(前編)

-----------------  GAME SIDE -----------------


「我々魔術師は、世界は膨大な一個のプログラムで構築されている、と考えています。その根源的な構成文書の一部に、直接働きかけて実行させるのが魔法である、と」
 小難しい魔術理論の本を挟んで、テーブルの向かいに座っているエリスが説明する。僕がうなずくと、彼女は本を閉じて横にどけ、目の前にピッと指を立てた。
「世界に起こりうるすべての事象と結果には式が存在します。たとえばメラ」
 立てた指の先に「ボッ」と火が灯もる。
「この座標に同規模の発火を生じさせる手段はいくらでもあります。ロウソクを使ってもいいし、丸めた紙の先を燃やしてもいい。実際に火が着いたのですから、結果そのものはすでに構成文書の中に存在しています。その結果式に術者の意志をアクセスさせ、結果のみを先回りして実行させるわけです」
「だけどロウソクや紙というのは、燃焼する物があっての結果だよね?」
「はい、物事が実働するためには対価が必要です。その実働エネルギーに代替えとして充当されるのが術者自身の理力、つまりMPなんですね」
 なるほど。MP消費量が多ければ、より広範囲に大きく結果を出せることにもなる。
「結果式の検索にもっとも大切なのが、あらゆる『過程』を瞬時に『仮定』するイメージ力なんです。専門用語では『検索アルゴリズムの設定』と言いますが」
 勇者様の得意分野ですよ、とエリスが微笑む。構成文書、つまりこの世界を構築するプログラム群の中から、必要な『結果式』を探し出すための、もっとも効率的な手順を素早く設定する能力。
「私の場合は『精霊による力の発現』というイメージを手がかりにアクセスしています。イメージがブレないための詠唱なので、今のメラのように慣れた呪文は省略してますね」
 逆に慣れ過ぎると意識が不用意に結果式にアクセスしてしまうことがある。そこで誤作動を防ぐため、術の行使には実行を確定するキーワードが存在し、「メラ」や「ギラ」などの言葉が当てられている。パソコンで言えばEnterキーってところか。

 ここはランシールの宿屋の一室。僕はアリアハンから引き続き、エリスに呪文の講義を受けていた。
 一級討伐士の試験はランシールの単独洞窟攻略、さすがに簡単な回復呪文くらい使えないとマズイってんで、アリアハンを出発してからずっと詰め込み授業をしている。
 それにしても、この世界に住むエリスの口から「世界はプログラムだ」という言葉を聞くのは不思議な気がする。
 確かにその通りで、僕が現実側から「呪文」というコマンドを選択した時に、対応プログラムが実行されて画面上に結果が表示される。その成り立ちを内側から見た場合の認識が、彼女の講義内容になるんだね。
「時間がなかったので昨日はまず実践から入りましたが、これが魔術の基本概念です。よ
ろしいですか?」
「はーい先生。僕はメラ・プログラムを実行してるわけなんだね。…… “メラ”」
 エリスのマネをして、指先に火を灯してみる。この時の感覚はなかなか口では説明しづらいんだけど、発火までの過程をイメージしてるうちに「これかな?」という形の無いなにかが意識の中にフッと浮かぶ。それを捕まえて、タイミング良く呪文(実行キー)を打ち込む。そんな感じ。
「ここまではほとんど完璧ですね。正直、かなり悔しいですよ。私、本格的に練習を始めてメラが成功するまでに、2週間かかったんですよ?」
 苦笑するエリス。
「いやまあ……具体的にイメージする、なんてのは僕の十八番だからね」
 いきなりメラが成功した時は、エリスは目をまん丸にして「す、少し席を外しますね」とか言いながらフラフラと部屋を出て行って、しばらく戻って来なかったっけ。
 これまで読み漁っていた本の中にも魔術書や呪文書があって、「なんとか理解はできそうだな」とは思っていたけど。まさか僕自身も、昨日の夜ちょっと実践的な指導を受けただけで呪文が発動するとは思わなかったよ。
「概念も理解できて実際に発動できたなら、あとはすべて応用させるだけです。こればかりは実戦の中で覚えていくしかありませんから……」
 エリスは窓の方を見た。つられて目をやると、外はもう日が沈んで真っ暗だ。
 いよいよ試験は明日に迫っていた。
「ここ二日間はほとんど寝てないんですから、今晩はゆっくり眠ってください」
「そうするよ。君もゆっくり休んでね」
「はい。じゃあ、私はこれで――」
 エリスは本を抱えて席を立った。
 そしてドアに向かいかけたところで、ふと彼女は振り返った。
「あの、勇者様。本当はこんなことを言うのは良くないのでしょうけど……無理しなくていいんですからね? 危ないと思ったらすぐ戻ってきてください」
 いつもの優しい笑みを浮かべる。たとえ勇者の肩書きなんかなくたって、私たちは今までと変わりないですから、と……。
 きっとその通りだろう。もしもアリアハン国王との約束を彼女たちが知ったら、今すぐルーラでとって返して猛抗議するに違いない。
「わかってるよ。ありがとう」
 僕も笑顔を作った。おやすみを言って彼女を送り出し、ドアを閉める。
 それから小さく「ごめん」と付け足した。
 こんなにいいメンバーなのに、僕は隠し事が多すぎるよね。
 
 ベッドに寝転がる。古びた木目の天井をじっと見つめていると、なんとなく、このずーっと向こうでアルスが見ているような気がした。
 ポケットから携帯を取り出すした。電源はオフのままになっているから、現実側の時間はわからないけど、もうそろそろ帰ってきた頃だろうか。
 ――たぶん僕は、意地になっている。
 王様との確執だって、アルスが起きるのを待って、携帯をつないで本人から王様に真実を説明してもらえばそれで済んだ話だ。アルスも根はいいヤツっぽいし、僕の腕が切られるなんて聞いたら、そこでシラを切るようなことは絶対にしないだろう。
 でも僕は嫌だった。自分が現実に戻ることを前提に旅をしている以上、彼が最終的にこちらに戻ってきたときのことを考えれば、真実は最後まで伏せておいた方がいい。
 父親が魔王討伐に失敗して、息子まで使命を投げ出して異世界に逃げたなんてレッテルが張られたら……エリスたちや、サヤさんやデニーおじいちゃんも、アルスを好きな人たちみんなが嫌な思いをすることになる。それがアルス自身も傷つける。
 どんな嘘も偽りも、最後まできれいに繋がれば本当のことになるから。
 僕がうまくやればいい。最後に僕がすべて抱え込んで消えれば、それで済む話なんだ。

   ◇

 翌日、いよいよ試験という段階になって、ひとつハプニングが起きた。
「か、重なったですとぉ!?」
 ランシールの神殿の入り口で、僕の代わりに手続きを取ってくれていたロダムが、彼には珍しく大声を出した。なんだと思って行ってみると、そこにはもう一人、真っ黒な甲冑に身を包んだ背の高い剣士がいた。
 美しいというか、凛々しいというか……思わず見とれてしまうほど端正な顔立ちをしている。その人は艶やかな黒髪を掻き上げると、僕を見て顔をほころばせた。
「やぁ青少年、久しぶりだね。ダーマの試験会場で以来だったかな。あの時は騒ぎになってしまって、すまなかった」
「は、はぁ……」
 手を差し出され、つられて握手を返す。まるで厭味のない笑顔。透き通るようなアルトの声。カッコイイとかって次元じゃない。さすがゲーム世界。
「しかし、まさか君と重なるとは思わなかったよ。私の方は更新試験を受けに来たんだが、私も君と同じく期日ギリギリなものでね。今日を逃すとまずいんだ」
 黒い剣士さんは腕を組んで難しい顔をした。
 ランシールの洞窟って、誰かが挑戦したあとは清掃やらトラップ再設置などの準備のために、次の試験まで2、3日の間を置くことになるんだって。なんてこった。
「まあこれが一般職なら、どっちかが諦めろと言われておしまいだろうが。お互い一級討伐士ともなると、神殿側も慌ててるよ。世界退魔機構の本部に指示を仰ぐそうだ」
 苦笑する剣士さんの言葉には、しかし少しだけ誇らしげな響きがある。一級討伐士ということは、つまりこの人も「勇者」なのか。
 僕がまじまじ見ていると、剣士さんは不思議そうな顔をした。
「どうした青少年。もしかして忘れられてしまったかな。私だよ、レイーー」
「さー勇者様! 早くエリスたちにも知らせねば! ではレイ殿、のちほど!」
 ハッと気づいたロダムが、慌てて僕を引っ張っていく。そうか、アルスの知り合いらしいから、僕もそれっぽい態度を取らなきゃいけないトコなんだよね。……そろそろ面倒になってきたけど。
 あーあ、また絶対ややこしいことになるな。

「アレがかの有名な『東の二代目』ッスか」
 遠巻きにチラチラ見つつサミエルが感心している。レイ=サイモン。『東の勇者』として名高いサマンオサの一級討伐士サイモンの、その跡取りとのこと。
 サイモンって、あの無人島の牢獄に流されて骨になってたガイアの剣の人だっけか。確かにその子供だっていうNPCもいたね。
 でもまた原作と設定がズレてるな。
「あの人、セリフと違うんだけど……」
「セリフ?」
 おっと、ゲーム中のセリフがどうだなんて話はできないか。
「いや、ルビス様に少し聞いてたんだ。サマンオサで行方不明のお父さんを探してるって」
「お父上を……そうだったんですね。ですが、あまり触れ回ってはなりませんぞ」
 ロダムが口に指を立てて「内緒」のポーズをとった。
「そういう目的があっても誰も責められるものではありませんが、やはり世間体を考えると、『私情で勇者になった』などと誤解されそうな話は避けるべきかと」
 エリスも相づちをうつ。
「一級討伐士の一次試験を受けにアルス様がダーマに行かれたときに、たまたま用事で近くに来ていたあの方が訪ねて来られたんです。ご本人は軽い気持ちだったと思うのですが、『世紀の対談だ!』と神殿の前にもの凄い人だかりができてしまったとか」
「そうそう。結局5分も話してられなかったって、しばらく話題になってたッスよ」
「レイという名前も、本名ではないという噂がありますしなぁ」
 まるでハリウッドスターだなw ならプライベートを守るために、いろいろと隠す必要も出てくるのかな。有名人も大変だ。
「まあ少し会っただけなら顔を忘れていたとしても不自然ではありませんし、レイ殿からおっしゃらない限りは、なにも知らないフリをしていた方が得策でしょうな」
 ロダムがレイ=サイモンに対する方針をまとめる。了解したよ、司祭殿。

 なんて僕らがヒソヒソやっているところに、当の本人がやってきた。
「参ったね。競争になってしまったよ」
 世界退魔機構より指示。今回の試験は二人が競争し勝った方が合格とする、とのこと。
 はぁー? なんじゃそりゃ!?
「完全におもしろがってるわ! なにを考えてるのかしら」
「私もそう抗議したんだが、本部の指示だ、の一点張りなんだ。よっぽど『西の二代目』と『東の二代目』の対決を見たいらしい」
 おいおい。一級討伐士とかの特別職は、一度試験に落ちたら再試験は受けられないんだろ? 落ちた方は二度と勇者に復帰できないってことじゃないのか。
 僕がそう言うと、レイさんは首を振った。
「いや、それは1次試験の話で、本試験や更新試験は1年間の猶予がある。ここで不合格になっても9ヶ月後の最終期日までに条件を満たせばいいんだ。その間は例の『特典』がつかないんだが、まあそれは大したことじゃないがね」
 こうなったら今回は譲るよ、とレイさんは言う。どっちが勝つかはわからないが、更新試験ならまだしも、本試験を落としたとなると今後の旅にも支障をきたすだろう、と気を遣ってくれるんだけど――。
 それも変な話だろ。
「レイさんだって、勇者やってる一番の理由は、人々を苦しめてる魔王を倒して世の中を平和にしたいからだろ? そういう人を支援するための制度じゃないのかよ、これ」
 僕の白けきった言葉に、レイさんもため息をついた。
「まったくだ。こんなくだらないことで貴重な人材を潰し合わせてどうする気なんだか」
「よし、私がもう一度かけ合ってみますっ」
 ロダムが憤然と立ち上がる。
 ……あーでも、ちょっと待てよ。
「ストップ、ロダム」
 いきなり止められ、つんのめりかけてレイさんに支えられるロダム。
「待って。競争はいいけど、なにを競争するの?」
「地下神殿の奥に奉られている宝物を、どちらが先に持ってくるか、だそうだよ」
「誰がそれを判定するの。同行する審判でもいるの?」
 そこで、僕が言わんとしていることを全員が理解したようだ。
「……協定を組む、ってことでいいのかな?」
 レイさんがニヤリと笑う。
 僕は、今度は自分の意志で手を差し出し、握手を交わした。