◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.2 ラムと偽牛乳

----------------- GAME SIDE -----------------


 勇者アルスのナビが当てにできないので、僕はさっさとこの世界に慣れることに決めた。
 まずは素直にルイーダの酒場に行ってみる。いつか映画で見たような中世ヨーロッパ風の薄暗い店内で、3人の男がジョッキを片手に騒いでいる。その男達の他に客の姿はない。
 なんだかガラの悪い連中で、あまり近づきたくない雰囲気だ。仕事が無いのか、夜からの仕事なのか、どちらにしても昼間から飲んだくれてる人間にまともなヤツはいなさそうだ。どっちの世界も一緒だな。
 奥のカウンターで、ハデな化粧のお姉さんがこっちを見てニヤニヤしていた。
 優雅にキセルをふかしている様は、なかなか堂に入ったものだ。そんじょそこらのアラクレじゃあ太刀打ちできないしたたかさがにじみ出ている。彼女がルイーダさんかな?
「いらっしゃいよ。話は聞いてるわ」
 チョイチョイと人差し指を手前に倒す。一応僕が噂の勇者様だから遠慮したみたいだが、そうでなければ、きっと最後に「坊や」とか入っていただろう。
 彼女のセリフで僕の存在に気付いた飲んだくれ達が、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。僕がカウンターに着くなり、3人の酔っぱらいは当然のように僕を取りかこむ。
 そのうちの1人が馴れ馴れしく肩に腕を回してきて、酒臭い息を吹きかけた。
「勇者様ぁ、今日が旅立ちでしたっけぇ? こちらにはお仲間を探しにぃ?」
 わかりきってることをわざと聞いている感じだ。
「でもせっかく酒場に来たんだし、勇者様も景気付けに一杯飲んでいかねえかい?」
「もちろんここは、勇者様のおごりでな!」
 3人目の言葉と同時に、全員が爆笑。
 勇者だからって、誰もが諸手を挙げて万歳三唱ってわけでもないんだな。
 まさかいきなりカラまれるとは思わなかった。
 出だしから騒動を起こすのもなんだし、ここはヘタに逆らわない方がいいかな……。
「バカ言ってんじゃないよ。勇者様にタカったなんて知れたら、しょっぴかれるわよ」
 ルイーダさんが僕と肩を組んでいた(というかもはや羽交い締め状態だった)男の腕を、キセルでパンっと叩いた。中の粉が飛んで、2、3度咳こんでしまう。
 それを見て、またもやみんな爆笑。
「いやいや勇者様、もちろんおごれってのは冗談ッスよ?」
「緊張してるみたいだからほぐしてやろうと思っただけだって。なぁ?」
 ふーむ。こんなのに構ってるヒマないんだけどなぁ。
「だっけど勇者様もよぉ、酒場に来たんなら礼儀として、一杯くらいは飲んでいかな……」
 ガシャン!
 いきなり大きな音が店内に響いた。やいのやいの騒いでいた男達がピタリと黙る。
 カウンターにはゴールドの山。王様からもらったお金を、僕が全額ぶちまけたのだ。
「いいよ、飲もう。でもこれじゃ足りないと思うから、ここは飲み比べといかない?」
「ちょっと、無茶すんじゃないよ、坊や!」
 ルイーダさんの顔がこわばった。意外といい人だったり? いや、勇者に悪さをしたら捕まるぞ、みたいなこと言ってたから、そっちが心配なのか。
 もう遅いけど。
「ここは酒場でしょ、ルイーダさん。お客に酒を出せないの?」
「うおっしゃ、よく言った勇者様!」
「大丈夫大丈夫、これくらいありゃあ、多少アシが出るくらいだぜ!」
「この剣とかも売れば釣りが来るしな!」
 男達が再び大騒ぎしだしたのを横目に、僕は最初の一杯を注文した。

「……マジかよ、強すぎだろ……」
 最後の1人が口元を押さえて表に飛び出していったのを、先にダウンした男が見送りつつ、呆然とつぶやいた。
 そいつの足下には、もう1人の男がいびきをかいて寝ている。
 しんと静まりかえった店内に、僕がくるくると揺らしているグラスの、カランと氷がぶつかる音だけが響く。
「いやぁ、おじさんたちが先にだいぶ飲んでたからだよ」
 僕は残りのロックを一気にあおった。
「あ、あんた、大丈夫なの?」
 ルイーダさんがカウンター越しに手を伸ばして、僕の頬に触れる。その手をやんわりと遠ざけて、代わりに空になったグラスを手渡した。
「もちろん大丈夫じゃないよ。さすがに、ちょっと酔ったかも」
 ラムなんて強いお酒で勝負しちゃったしね。
「っぷ……くくくく……アハハハハハ!」
 と、ルイーダさんは突然ゲラゲラ笑い出した。さっきまでの妙にシナを作った笑い方じゃなくて、ちょっと中年オバサンが入ってる品のない笑い方だ。
「参ったねぇ。お高く止まった優等生だとばっかり思ってたけど」
「へえ、そんな風に思われてたんだ」
 アルスってば、こっちでも性格悪いって思われてるのかよ。ダメじゃんあの勇者。
「意地悪してごめんよ。仲間を探すんだろ? こっから選んでちょうだい」
 ルイーダさんはボンっと厚い冊子を投げてよこした。
 開いてみると、1人1ページずつ、似顔絵付きで人物紹介がされている。
 これが例の名簿か。
「うわー……」
 こっちの世界の文字が普通の日本語として認識できるのはありがたいんだけど。
 パラパラとめくってみて、僕はガックリきた。
 どこまでいっても「レベル1」ばかりだ。
 いやゲームではそうなんだけど、実際問題、こんな履歴書で本気で雇われたいと思ってんのか。ナメてないか?
「――そう言えば、あの人は12だったな」
 城で声をかけてきた「例のアレ頼みますね」の兵士のことを思い出す。
 あの時はろくに話もしなかったけど、彼の胸には城の外門の紋章と同じ形をしたプレートが付けられていて、それには「レベル12」と書いてあったんだよね。
 う〜、いるところにはいるんだよな。連れ出せるなら、あの人がいいんだけど。
 まあだけど、載ってないのも当たり前か。
 とりあえず最後まで目を通した僕は、使い物にならない名簿をカウンターに投げ出した。
「いい加減にしてよルイーダさん、これ全部じゃないでしょ? 何で隠すのさ」
 少し間があった。――それからニヤリと笑うルイーダさん。
「ふふん、勇者の方から言ってきたなら、違反にゃならないからねぇ」
 とか言いながら、奥の階段から二階に上がっていく。
 すぐに戻ってきた彼女は、僕が今持っているのと同じ冊子を持ってきた。
 ただし、こちらの表紙には大きく「特選」と書いてある。
「本当はこっちも見せるべきなんだけど、王様に止められててさ」
 開いてみると、なるほど、特選と銘打ってるだけあってトップページから「レベル10」だ。
「勇者の指名は断れない、って決まりを先に出しちまったもんだからさ。優秀な人材を引っ張って行かれるとマズイから、こっちの名簿は見せるなって言われてたんだよ」
 ルイーダさんはあっけらかんと真相を語る。
 おいおい王様、人の良さそうな顔して、それはひどくないか?
 特選の名簿には、あの兵士さんも載っていた。サミエルさん。うそ! 22歳? 意外と若かったんだなー。てっきり30代半ばくらいかと思ってた。
「ああ、サミエルね。ずいぶんあんたについて行きたがってたわよ?」
 ルイーダさんが思い出したように笑顔をこぼす。登録時は相当意気込んでいたようだ。ということは「例のアレ」ってのは、旅仲間に指名してくれってことだったのかな。
 その2ページ後で、僕はようやく、目当ての彼女を見つけることができた。

 【エリス/魔法使い/女/一六歳 「レベル一四」】

 アルスの言っていた魔法使いの女の子。
 さっきの名簿に彼女が載っていなかったからこそ、別冊があると思ったんだ。嫌がらせで元カノを勧めてきたのに、その子が架空の人間というのもおかしいからね。
 それにしてもレベル一四とは。
「じゃあまず、このエリスさんを指名するね」
「あら、別れたんじゃなかったの?」
 ルイーダさんが訝しげに尋ねる。さすが酒場のママ、他人の色恋話には詳しいようだ。
「うん、ヨリを戻したくなって」
 面倒だから適当に答えておく。僕の淡白な対応に、ルイーダさんも簡単に流してくれた。
 「あとはコレを持って本人を迎えに行ってね」と三人分の契約書を渡される。
 「レベル一〇」以上ともなると、別の場所で働いている人も多いから、雇い主が迎えに行くのが習慣らしい。ようやく酒場を出られるな。
「全員お城勤めだから楽でいいわよ。じゃあ頑張ってね♪」
 ルイーダさんは、すっかり僕に気を許した風だ。
 だから僕は最後に、気になっていたことを聞いてみた。
「ねえルイーダさん。もし僕が特選名簿のことに気付かなかったら――レベル1のヒヨッコどもを押しつけて、世界を救えと言うつもりだったの?」
 今度は、少しの間もなく。彼女は笑顔のまま答えた。
「当然でしょ。どうせあんた、ルビス様の加護がついてんだから簡単に生き返るし」
 ーーーー了解。
 わざわざ入り口まで見送りに来てくれた彼女を、僕は二度と振り返らなかった。


 店を出ると、外はすでに日が傾いていた。うわ、けっこう長くいたんだなー。
 でも携帯の時計の方は、まだ正午を少し過ぎたあたりだ。ゲーム内の時間と現実時間の相対比率を考えて、僕は少し気持ちが楽になった。
 始めからレベルの高い仲間を得ることに成功したし、この分なら探せばまだまだショートカットできるところはありそうだ。うん、思ったより早く戻れるかもしれない。
 さて。
 城に向かう前に、僕は裏路地の井戸に立ち寄った。運良く誰も使ってなかったので、桶に水を汲んで、路に沿って掘られている側溝まで持って行く。
 側溝にかかっている踏み板を外して、僕はその場に膝をついた。
「ゲホッ…うぇっ……ゲホゴホ!」
 さすがに限界だった。いくらなんでも飲み過ぎだ。量で勝負の安酒なんて、悪酔いするに決まってる。
 でも気分は悪くなかった。
 あの根性のねじくれた大人達が、呆気に取られている様子は見ものだった。
 まったく――一六歳の少年に、いい大人が揃いも揃ってとんでもない大儀を押しつけといて、よくも「お高くとまった優等生」なんて言えたもんだ。ふざけんな。だからアルスだって嫌になるんだよ。
 でも……現実も、同じようなもんなんだけどね。
 手酌で口の中をゆすぎながら、携帯越しに聞いた彼のはしゃいだ声を思い出して、僕は少し、心が苦しくなった。



----------------- REAL SIDE -----------------


 上着をはおって部屋を出ると、リビングのテーブルにヤツの母親が伏せっていた。
「……いまごろ起きてきたの?」
 顔も上げず、かすれ気味の声で非難してくる。
 そういう自分も昼寝してたんじゃねえのかよ?と突っ込みたかったが、まあ初日はおとなしくしておこう。
「ちょっと出かけてくるよ」
 普通に声をかけておく。彼女がなにか言っていたが、俺は無視して靴を履き玄関を出た。マンションの廊下に出て、エレベーターで1階へ。こういう仕掛けは向こうにもあったから、大した珍しくもない。
 だが一歩外に出ると、俺は視界一面にあふれている意味不明な記号群に圧倒された。
 「止まれ」とか言葉が書かれているものはわかるんだが、絵だけの表札はハッキリ言ってさっぱりわからん。あの青い親子連れはなんだ。人さらい注意?
 もっとも、徒歩の場合は自動車にさえ注意すれば、移動はそれほど難しくないはずだ。信号はわかる。何度か夢に見た。赤はNG、青はOK、インパスと一緒だな。
 住宅街の一角に、目の前の住人の日照権を完全に無視した形で立っているデッカイ茶色の建物がヤツの住居だ。入り口を出てすぐ裏側に回る。こっち側からはマンションのベランダが見えて、4階の一番右端に今出てきた部屋がある。
 迷子にならないようにこの景観を頭にたたき込む。通学路だから、ヤツを通してしょっちゅう見ていた景色なんだが、やっぱり現実に目にすると感覚が違う。ここで暮らすからには、こうやって一つ一つ確実に自分の物にしていかないとな。
 ここからコンビニまではそんなに遠くない。マンションの裏手にある小さな公園を横切り、狭い路地裏を二〇〇メートル(単位は俺の世界と同じ。アレフガルドは違ってたけど)も歩くと、青い看板が見えてきた。
 ところで、このコンビニの看板はなぜミルクタンクのマークなんだろう。
 気になるじゃないか。

 実は俺、牛乳が大好きだ。
 だがイイ女ほど冷たいのと一緒で、あの白磁色の甘い液体は、俺の腹に入った瞬間に暴れ出す。飲んだ端からすーぐゴロゴロきちまうんだよな。だから俺の朝食はいつでも野菜ジュースだ。おふくろは蜂蜜を入れたり、あれこれ工夫して飲みやすくしてくれてはいたが、やはり牛乳の魅力には敵わない。
 さて、こっちではどうだろう。
 俺はワクワクしながら、縁起の良いマークのコンビニに入った。
 それにしてもスゲエ品揃えだ。こんな狭い敷地内に、いったい何千点のアイテムがあるんだか。アリアハンで年に一度開かれる大百貨市でも、店の規模はともかく、これほどの種類は集まらないだろう。
 さっそく愛しの牛乳ちゃんが並んでいる場所を目指す。もちろんこんな大事な部分はちゃんと予習済みだ。こっちの牛乳は、紙の箱に入って冷やされてるんだよな? 壁際の方から冷気が漂ってくるから、あっちかね。
 そう言えばレーベの発明ジジイが、低温の食料貯蔵庫を作るとかってはりきってたな。
 エサをやることを条件にスライムつむりにヒャドらせてたら、気がついたら食料みんな食い逃げされたとか。こっちの「冷蔵庫」を見せたら、どう思うだろ。
「あったあった♪ えーと、メグ…ミル…?」
 赤いパッケージのは他のと比べてちょっと高い。せっかくだからこれにしよう。
 ただ、さすがに1リットルのを買っても飲みきれないから、俺は同じデザインの一番小さい紙箱、じゃない紙パック(だっけか?)を手に取った。
 と――同じ段の左側に並んでいる、緑色の細長い紙パックが目に入った。
「まめちち?」
 “乳”とつくからには、これも牛乳の仲間だろうか。しかし、「まめちち」って。エリスに言ったら泣くだろうなー。いや、俺は大きさも大事だが形も大事だと思……コホン。
「違うな。TO…NYU……とうにゅう、か」
 とうにゅう。とうにゅう。不思議な響きだ。
 俺はついでにソレも買うことにした。勇者たる者つねにチャレンジ精神を忘れてはならない。他にも数点、ツルツルした袋に入った軽い食い物を選ぶ。スナックとかいうやつ。
 持ちきれなくなってきたので、俺は精算することにした。金はレジで、だよな?
 青いシマシマ服を着た姉ちゃんが、カウンターの向こうで、しきりにこっちを気にしていた。俺は別に変な行動は取ってないはず。他に客もいないからヒマしてるのか、
「それとも――顔がいいからかな〜?」
 一応ゲームキャラですから。まあ美少年と呼んで差し支えはないでしょう。
 とはいえ、俺のプレイヤーが俺にそっくりだっつーのは、ちょっとシャクに障るが。
 そんなことより問題はあれだ。どうやって牛乳を飲めばいいか。これ開け方わかんねーぞ。
 商品を店員の前に並べつつ、俺はさらに頭を回転させた。
 よし! ここは――
「すみません。それ飲んで帰りたいんで、そういう風にしてもらえます?」
 つらっと頼んでみる。店員は怪しむこともなく、牛乳の箱の横に張り付いていた小さな棒を、箱の上部にプツッと突き刺した。あ、なーる。そうやるのね。
「六三八円になります。会員カードはお持ちですか?」
 カイーンカード。わからん単語は飛ばすに限る。「ありません」。こまかい貨幣計算はまだ不慣れなので、俺はヤツの財布から紙幣を一枚抜き出し、渡して様子を見た。足りたようだ。
「ところでお客様」
 釣りを受け取って立ち去りかけた瞬間、姉ちゃんが声をかけてきた。
「そのぉ……」言いにくそうな姉ちゃんは、「ズボンのファスナーが……」と視線をそらす。
「あ、どうも」
 そうか、ここが開いていたのか。確か、こっちでは恥ずかしいことなんだよなー。あはは。
 ……って向こうでも恥ですから! うわー、これで歩いてたのかよ俺 !!
 やっぱ緊張してんのかな。

 買い物を終え、俺は店から少し離れたところで立ち止まった。
 コンビニの袋を片手に、もう一方の手には言わずもがな、牛乳のパックを持っている。
 これがビン入りだったら腰に手を当て、斜め四五度に向かって仁王立ちで飲みたいところだが、そこまで望むのは贅沢というものだろう。いよいよ念願の現実牛乳だ。
 いざ、リアルミルクターイム!
 チュウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーー………………ぷはぁ!
「…………」
「……………………」
「……………………………………マズイ?」
 なんだろう。妙に水っぽくないか? いやこんなもんだっけか? 向こうでも久しく飲んでないから、味を忘れてるんだろうか。でもなんか違うような気がする。あれ〜?
 しかも腹のあたりで嫌〜な感触がしている。まだ大丈夫だがこれ以上はヤバイ、という警告らしきものが、胃の腑のあたりで沸々している。
 こんな微妙なもんで腹を壊すのも嫌だ。ちょっともったいない気もしたが、俺は残りを適当な排水溝に捨てて、空の紙パックをコンビニの袋に入れた。
「楽しみが一つ減っちまったなぁ……」
 まあ仕方ない。牛乳だけが人生じゃないさ。
 
「いいもん。牛乳だけが人生じゃないもん 。・゜・(ノД`)・゜・。」
 俺は公園のベンチに座り、しばらくシクシク泣いていた。本当はめっさショックでした。
 しかし勇者は決して希望を捨てないものだ。俺はコンビニの袋をあさり、謎の「まめちち」を取り出す。俺はこいつに賭けるぜ!
「でも一応、成分表を見てからだな。……うむ。牛乳は入ってないのか」 
 乳が入ってないのに乳とはこれいかに。店員がやっていたように、俺はパックの横についていた細い筒を頂部に突き刺した。
 どれどれ……?


 ----------------- GAME SIDE -----------------

 アリアハン城で3人分の仲間の契約を終えた頃には、すっかり夜も遅くなっていた。
 僕が指名した3人の仲間は、宮仕えの中ではレベルこそまだ中の下くらいらしいが、どの人も将来を有望視されているエリートで、王様には散々嫌味を言われた。
 だーから、世界を救う勇者に人材の出し惜しみをするなっつーの。

「疲れた〜」
 夜中に帰ってきたにもかかわらず、DQ版お母さんは優しく迎え入れてくれた上に、夕食も用意すると言ってくれて、すごく嬉しかったんだけど。
 とてもご飯なんか食べる気力もなくて、僕は二階の自室に戻るなり、ろくに着替えもしないで、そのままベッドに倒れ込んだ。
 明日からはいよいよ本格的に冒険が始まるのだが、そんな興奮も押し寄せる眠気の前には消し飛んで……

 プルルルルルル! プルルルルルル!

「うはぁ!」
 いきなり鳴り響いた甲高い電子音に、僕は心臓が止まりそうになった。反射的に携帯を手にとって確かめると「ARS」と出ている。
 え……アルス? 向こうからかけてくるなんて、もしかしてなんかあったのか?
「どうしたのアルス!? まさか事故にでも遭っ――」
『聞けよタツミー! すげえぞコレ! ウマイってもんじゃねえの! まめちち最高!』
 ぎぃやああ !! ふ、二日酔いの頭にガンガン響くぅぅ!
「はぁ? な、なんだってぇ?」
『だから、まめちち? いやトウニュウ? これマジウマー!』
 こらこらこらこら、ちょっと待て。
「うるさいよ! なんだよもー! 何時だと思ってんだよ!」
『あん? 午後3時22分だが、どうかしたか』
「こっちはもう夜中だ! 時差を考えろ!」
『時差ぁ? 知るかよ。それより、まめちち!』
「ワケわかんないっつーの!」
『いいから聞いてくれよ〜! でなきゃこの感動を、俺は誰に伝えればいいんだ! だって牛乳じゃないんだぞ? 腹ゴロゴロいわねーんだぞ? なのにマッタリとしてコクがあって、それでいて動物性タンパク質にある独特の脂っぽさが無いこの上品なテイスト! 作ったヤツはもはや ネ申 だぜ! なあ!?』
 ……なんだか知らんが、すっかり現実世界を謳歌していらっしゃるらしい勇者様。この様子なら当分はなにも心配なさそうですね。
『しかも、このハバネロってのがまた辛いけどサックリ感がーーッピ』
 通話を切って、今度はこっちから電源をオフにする。
 さらに輪をかけてグッタリ疲れた僕は、
「カンベンシテヨモウ……zzz」
 次の瞬間には、意識を失っていた。