◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.1 エスケープ

----------------- GAME SIDE -----------------


 そりゃ確かに現実を忘れたいって気持ちがあったことは認めるよ。
 もう何年前になるのか、ドラクエなんかにハマってた幼少時は、僕も平和な毎日を送っていた。
 あの頃が急に懐かしくなって、衝動的に本体ごと押し入れから引っ張り出して、裏ボス直前の冒険の書を再開したのが昨日の夜中。
 夜更かしなんて滅多にしないんだけど、人間たまには精神的に「避難」したい時ってあるでしょ。
 でもあくまでゲームってのは、一時的な心の休憩時間に過ぎないものだと、僕は思う。
 それで活力を養って、また明日から厳しい現実に立ち向かっていくわけですよ。
 よく「異世界に行ければ」なんてアホな夢語るヤツがいるけど、別に僕はそういうのあんまり興味ない。
 なんというか、人選ミスだと思います。
 僕みたいに、それなりに生活こなしてる人間じゃなくてさ。こういうのは、もっとこう、救いようのないヒッキーなヲタとかが適任だと思うわけ。
【ダメダメな主人公が異世界で困難に立ち向かい、成長する感動物語!】
 ほら、その方がサマになるって、絶対。

 ――なんてことをダラダラ考えながら寝てるフリを続ける僕を、こちらの世界のお母さんは、優しく優しーく揺すって起こそうとしている。
「まったく、こんな大切な日だっていうのに寝起きが悪いのは、あの人に似たのね」
 むしろ嬉しそうな声。「頼もしい」という解釈なんだね。ポジティブな親だ。
 今日は僕の一六歳の誕生日。
 勇者オルテガの息子である僕が、魔王バラモス討伐のために旅立つ、大切な日。
 FC版はないけど、SFC版は4回もクリアしてますから、よーく存じ上あげている流れだ。
 そうか、最初からなのか。神竜まで行ってたのになんてこった。
 っていうかこれでDQ3何本目だ? そろそろ読者様もお腹いっぱいなんじゃないのか?
 ここで無視ブッちぎって投下するこの作者はもうアホかと、バカかと、小一時間問い詰め(ry


「――おはよう、母さん」
 腹をくくって身体を起こす。こうなったら仕方ない、やることやってさっさと戻ろう。
 切り替えの早いヤツが生き残るもんだって、死んだ曾祖父の口癖だったし。リアル戦争体験者の言葉には重みがある。
「ようやくお目覚めね、私のかわいい勇者さん」
 DQ版お母さんは(美人だ。しかも若い)ふんわり笑って、僕の頭をクシャッとなぜた。
「さ、早く支度してちょうだい。王様にご挨拶、しないとね」
 笑顔が少し切ない。そりゃそうだろうな。一人息子で、愛する夫の忘れ形見を、死地に送り出すんだから。
 初プレイ当時、マセガキだった僕はこの時点でそういう裏事情を想像して、実はかなり根の暗いゲームなんじゃないか?とか思ってたっけ。嫌な裏付け取れちゃったな。
 まだ寝ぼけている演技で、勝手のわからない「支度」を手伝ってもらう。
 それなりに整ったところで、パンと野菜ジュース(ナゼ青汁?習慣?)で軽い朝食を取り、僕とDQ版お母さんは城に向かった。
 ゲームでは一人で王に謁見するはずだったが、ここはDQ版お母さんがついてきた。
 案内がなければ一発で迷いそうな立派な城だったけど、そこにおわします王様はなかなか気さくな人で、僕やDQ版お母さんとも親しげに話してくれた。
 ゲームでは出てこない雑談をカットすると、ここも記憶にあるシナリオとそう違いはない。
 激励を受け、いくらかのお金とアイテムをもらい、ルイーダの酒場で仲間を連れて行くよう助言を与えられて、退室。
 途中、知り合いらしい兵士に「例のアレ、頼みますね」とかなんとか言われてヒヤッとした。
 どう見ても年下の僕に敬語だから、友人未満の間柄と推測。曖昧な返事でやり過ごす。
 城の前でDQ版お母さんと別れた。
 別れ際にギュウっと抱きしめられてドギマギした。母親に抱きしめられるなんて、もう何年も無い経験だ。こっちのお母さんはずいぶん感情表現がストレートだな。ちょっと羨ましいかも。

 さて……そろそろかかってくる頃か。
 一人になった僕は、近くの建物の裏側に回り、周囲に人がいないことを確かめてから、ポケットから携帯を取り出した。
 ベッドの中にいた時から、ずっと隠し持っていたものだ。
 案の定、取り出した途端、マナーモードにしていた携帯が震えた。

『どうだ、俺のおふくろ。なかなかイイ女だろう?』
 開口一番それですか。まさか勇者がマザコンとは思わなかったよ。
 僕はため息をこらえつつ、昨日の対話の内容を確認した。
「で? ナビはしてくれるって約束だよね」
 僕の言葉に、彼は「まあなー」と面倒そうに答える。
『でもこっちもドッキドキの異世界生活だしぃ? んなヒマねえかも』
「ふざけるな。だいたい僕は本気で承知したわけじゃないんだぞっ」
 思わず怒鳴った僕に、彼は――勇者アルスは、くっくと嫌な笑いをもらした。
『でもお前、言ったじゃねえか。“代われるものなら代わりたい”――ってさ。だから俺は、お前の願いをかなえてやったんだぜ?」
「悪魔か君は……」
 初めて会話したときは、そりゃもう立派な勇者様って感じで、僕も思わず彼の話に引き込まれてしまったものだけど。
 だからつい、こんなアホな話に乗ってしまったんだけども。
 ダーマ神殿にはきっと「詐欺師」という裏職業が存在するんだ。そうに違いない。
「君がサポートについてくれなきゃ、とてもじゃないけどクリアなんて不可能だよ?」
『大丈夫大丈夫。パラレルじゃ「じょしこーせー」だって元気に冒険してるし』
「やめーい!」
 投下寸前で3&ケータイが偉大な先輩様と被ってたと思い出したけどそのまま投下したなんて言えません。
『4回もクリアしてんだからナビなんざいらねえんじゃねえの?』
「あのね、自分の母親の名前すら知らないのに、どうしろっていうんだよ」
 多少の知識はインストールされるかと期待してたのに、僕は本当に僕のままだった。
 さっきの兵士だって、もしかしたら過去にアルスの命を救った恩人かもしれないが、僕にはさっぱりだ。
 人間関係の話だけじゃない。
 ブーツひとつ履くのにも苦労した。麻製の布地は少しゴワゴワしてて、これも慣れるまでかかりそうだ。
 四次元ポケットみたいな「ふくろ」は、とりあえず入れるだけでいいみたいなんで、王様からもらったアイテムを担いで歩く必要はなくて助かったけど。
 たとえば、いずれ数万単位で持ち運ぶことになるはずのゴールドとか、どうやって管理するんだ?
 どんな体感ゲームでも味わえないリアリティ。
 うわっつらのシナリオを知ってるだけでどうにかなるほど、この世界は安っぽい作りじゃない。
 目覚めから数時間たっただけで、僕はそれを痛感している。
『大丈夫大丈夫。中には言葉も通じなくて困ってるのもいたじゃん。お前恵まれてる方』
「やめーい!」
 だから他の先輩様の作品を引き合いに出すなますます被ってる印象になるじゃないか。
「じゃなくて。とにかくナビ。ゲームと実際に携わるのとじゃ、勝手が違いすぎる」
 僕が辛抱強く繰り返すと、彼は電話の向こうで『へいへい』と投げやりに返事をした。
『わーったよ。んで、これからルイーダか?』
「そうだよ、君のオススメは?」
 ゲーム上では数値しか見えない相手だったけど、これから生死をともにする仲間だ。
 実際の選択基準には、もっと細かい要素があって当然だろう。
『そーだなー。宿屋の娘でエリスってのが、魔法使い登録してるはずだ』
「人の話は聞こうよ。友達とかは避けて欲しいんだって言ってるだろ」
 僕は君の交友関係を知らないんだってば。
 舌打ちしそうになったのをなんとかこらえた僕に、バカ勇者は追い打ちをかけた。
『安心しろ。友達じゃなくて元カノだ。こないだ捨てたんだよな。でも魔法の才能はホンモノだから、連れてって損はねーぞ、うん』
 うおおおおい、そんなの押しつけるなー!
『というわけで、今日のヒントはここまでー。じゃあ頑張ってね。ばいばい』
「ええ? 切るなよオイっ……って……ちょっと……」

 ――ただいまおかけになった番号は、電波の届かないところにおられるか、電源が――

 あのバカ電源まで切りやがった!
 その後なんどリダイアルしても、あの無情な音声案内が流れるのみで。
 失敗した。あそこでうかつに「はい」なんて選ばなきゃ良かった。
 どう考えてもあの人、僕を身代わりにする気マンマンだ。
 これは、あれだな。
 ゲームキャラの現実逃避に、プレイヤーが付き合わされた――ってことですかね。



----------------- REAL SIDE -----------------


 うるさくなりそうなんで、俺はさっさと通話を打ち切り、携帯の電源をオフにした。
 どうせヤツのことだ、たとえクリア経験が無かったとしてもそれなりにこなせるだろう。
 よっぽどヤバイときはナビしてやるが、基本的にはほっとくつもりでいる。
 いい加減、あの世界とはしばらく関わりたくない。
「ようやく“こっち”に来れたんだし……さ」
 ゴチャゴチャした狭い部屋。
 窓の外を眺めれば、この部屋以上にゴチャついた街並みが、どこまでも広がっている。
 いつもいつも、夢で見ていた通りだ。
 魔王も魔物もいない平和な世界。勇者なんかまったくもって不要。
 それどころか魔法も必要ない。あんな疲れるもんなくったって、100円ライターで火は着くし、金さえあれば電車だのバスだの飛行機だの、夢みたいな乗り物でどこまでだっていける。ホント、死ぬ気でラーミア蘇らせてんの、バカみてー。
 そもそも、無理に移動する必要もほとんどない。
 狭い一地域で、狭い人間関係の中で、毎日決まり切ったことをテキトーにこなしてればいいだけなんて、ここはパラダイスですか。
 室内に目を戻す。付けっぱなしのテレビの画面では、ヤツが丁度ルイーダの酒場に入るところだった。ドット絵の二頭身キャラクターが、恐る恐るといった感じで歩いている。
 さっき試してみたが、こちらからのコントロールは一切受け付けない。そういう設定なのか、「俺」だからなのかはわからないが、手を出せないというのはつまらん。
 しかも、今はまだお互いに移行が完了していないから、もしデータがブッ飛んだり、ヤツがあっちで死んだりすると、俺も一緒に消えるらしい。
 そうでなければ、とっくの昔に本体ごと叩き壊しているところだ。
「ま、せいぜい頑張って、お前も神竜を倒すことだな」 
 そして俺と同じ願いを叶えてもらうこと。

【もし目が覚めたら そこが現実世界の一室だったら】

 血を吐くような思いで神竜に願った瞬間。
 渡されたのは、小さな精密機械。
 遠く離れた個人と個人を一瞬でつないでしまう、魔法のような道具。
 開いた途端にコールが始まり、出た相手は、夢の中のあの少年で――。
「初めまして、タツミ君。キミ、勇者をやってみる気はないかい?」
 考えるより先に、言葉が出ていた。
「さてと――まずは“コンビニ”でも行ってみるか」
 口慣れない単語をわざと声に出してみる。それだけでちょっと楽しい。
 ヤツも言っていたが、確かに、夢で見ているのと実際に携わるとではだいぶ違う。
 こっちは少し、空気が悪いかな。
 さーて、あんまりのんびりしてもいられない。
 ヤツが戻ってくるまでに、なんとか完全に入れ替わる方法を見つけないとな――。
 部屋を出る。
 剣も魔法もない奇跡のような世界での、記念の第一歩だ。