◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.3 リサーチ

----------------- REAL SIDE -----------------


「ハバネロもいいが、かっぱえびせんってのもまた……あれ? もしもし? おーい!」
 なんだよタツミの野郎。話の途中で携帯ブチ切りしやがって。
 ……しかも繋がんねえし。まめちち発見記念に、大サービスでいろいろナビってやろうと思ったのにさ。
「まあ俺もヒマじゃねえから、いいんだけどよ」
 俺はメシ代わりにスナックを平らげ、まとめてコンビニの袋に突っ込んだ。えーと、こういった不要物の処理システムは、かなり整備されていたはず。
 狭い公園内を見渡すと、隅の方に白いカゴが2つ並んで設置されていた。緑に白字で「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」と書かれたプレートが取り付けられている。一応「燃えるゴミ」の方に袋を放り込む。
「あれ、タツミ? なにやってんの?」
「ハイィッ!?」
 ――おっとぉ。
 なまじ「俺はタツミだ」としつこいくらい自分に言い聞かせてきたから、タツミという単語に過剰反応してしまったな。
 声をかけてきたのはショートカットの小柄な若い女だった。ポカンとしている。
「あ、ごめん。びっくりさせたかな」
「いや、俺の方こそ悪かった。……カタオカ、ユリコ?」
 頭の中からヤツと関係する人間のリストを引っ張り出す。夢の中で断片的に拾った記憶のつなぎ合わせだから心許ないが、確か同じ学校に通う人間で、家も近所だったはずだ。

 っていうか「片岡百合子」って、ヤツのガールフレンドじゃなかったか!?
 嘘だろー……。確か今は「春休み」とかいう長期休暇期間で、知人に会う確立が低い時期だから安心してたんだが。
 俺もヤツと同じで、こっちの人間関係をきっちり把握してるわけじゃない。休みの間に電話などで間接的に確認し直しておく予定だったんだが、いきなりこんな濃い間柄の人間と出くわすとはな。
 エリス似のカワイイ子だから引き継ぐのは構わないんだが、さぁて、どうしたものか。
「休みは滅多に外に出ないのに、珍しいね」
 俺が思考を巡らせる間に、彼女は疑いもせず寄ってきた。それからふと首をかしげる。
「さっき『オレ』って言った?」
 ヤツの一人称は『僕』だっけか。いいや、のちのち面倒だからここで変えちまえ。
「ちょっとイメチェン。おかしいか?」
「う…ん、正直、違和感はあるけど。まあ、その方が取っ付き易いからいいんじゃない」
 なんだか歯切れの悪い言い方だ。彼女的には「僕」の方が好みなんだろう。
「それよりもさ! ヒマしてんなら付き合ってくんない?」
 ユリコは話題を切り替えるようにパンっと手を合わせた。さっそくデートktkr!
 この際うまく誘導して、あちこち案内させるのも手か。
「いいよ。どこに?」
「ガッコ。昨日の補習ん時に、教室に携帯忘れちゃって」
 やっぱ落ち着かないのよねえ、と苦笑する。なんだ、デートじゃねえんかよぉ。
 でも学校なら本や資料も豊富だろうし、この世界のことを調べるには丁度いいか。
 そこに行けば例の、なんだっけ、調べ物するのに便利な……「インターネット」! あれも使えるだろうし。
 そう、タツミの家にはインターネットがない。俺の夢研究が正しければ、16歳の少年が住む家には、当たり前にある設備のはずだが。
 改めて考えると、タツミんちって、ちょっと変わった家なのかもなぁ。
 なんて思って、俺はもう一度マンションを振り返った。
「ん?」 
 4階の自分の家のベランダに、ヤツの母親が立っている。じっとこちらを見下ろしていたが、俺と目が合うと、ふいっと中に引っ込んでしまった。
 どうしたんだろ。用があんなら声をかけてくれりゃいいのに。
 なんか感じの悪い親だよなぁ。ぶっちゃけうちのおふくろの方が若くて美人だし。
 ま、あんな親父にいつまでも入れあげてるバカ親よりゃ、よっぽどマシだからぁ? 贅沢は言わねえけどさ。


 近くのバス停から、がらがらに空いたバスに乗り込む。
 道順はけっこう単純だ。一〇分ほど揺られていると、学校の名前がそのままついた停留所が出てきたので、そこで降りる。次は一人でも迷うことはなさそうだ。
 初めてのバスだったから、「次停まります」のボタンが押せなくて悔しかったり(俺もピンポーンって鳴らしたかったぁ!)「定期券」がわかんなくて、ユリコにうまーく言って財布から出してもらったりと、いろいろあったがひとまず無事に到着。
 ヤツの通う学校はなかなか立派な門構えで、他の建物と比べると歴史を感じさせるような古びた風情があった。
 門の横に掲示板があり「合格者」と墨字で書かれた下に3桁の数字が羅列されている。
 こっちにも「試験」ってあるんだもんな。しかもなんか、やったらペーパーに偏った査定方法だったはず。向こうでは常にトップ張ってた俺だが、剣術や呪文なんかの実技の方が得意だったし、こっちじゃどうなるかな。
 本物のタツミに合わせて、勉強もスポーツも真ん中くらいにしといた方が、無難っちゃ無難なんだろうが……。
「ちょっと、置いてくよ?」
「あ、待てよユリコ!」
 置いてかれたら自分の教室わかんねーっての。

 ユリコは携帯を取ってくるなりスゴイ勢いでボタンを操作し始めた。たまっていた友達からのメールに返信しているらしい。かけた方が早いんじゃないか。
 ちなみに、俺が今持っている携帯は通話機能しかない。
 カメラもなければインターネットにも未対応なのでメールも当然ムリ。折りたたみ式のツルッとした黒いボディで、内側のモノクロ画面に表示できるのは文字のみだ。
 しかも裏側に、色あせてほとんど白くなってるロトのマークのシールとか貼ってるし。
 タツミの私物だが、はっきり言ってダセぇ。「着うたフル」とか楽しみだったのに。
「お待たせ。えーと、図書室だっけ?」
「いや、先にインターネット」
 俺が最初に調べたいことは、学校の図書には載ってなさそうだからな。
「じゃあ職員室でコンピュータールームの鍵借りないとね」
 ユリコはさっさと前を歩きだした。俺が命令するまでジーッと待ってるエリスと違って自発的に行動してくれる子で助かる。
 んで、新しく出てきた単語「職員室」。鍵の管理をしているなら、たぶん講師や管理側の人間の詰め所のことだろう、と予想したら正解だった。イエーイ。
 向こうにいた間も、「夢」に出てきた知らない単語は、そのあとの展開と照らし合わせながら意味を覚えてきた。「情報」を集めて「推測」するってのは、冒険中は当たり前のことだったから慣れたもんだ。
 まったく、旅の間はずっと脳みそフル回転だったからな。
 そこらのガキが歌ってた「お日様ボタン〜♪」とかのふざけた歌詞が、古代文明の大いなる遺産にして伝説の巨大迷宮ピラミッドの謎を解くヒントだなんて――
 普通は絶っ対わかりませんからぁ!
 俺がちょっと判断をミスれば、仲間の命を危険にさらすことになるし。ああ俺バカじゃなくて良かった……なんて、グタグタに疲れながら思ったもんだ。
 でもこっちはそんなキバんなくても平気なんだよな。ビバ現実世界!
「――さっきから難しい顔したり、ニタニタしたり、どうしたの」
「気にすんな。それより、これどーやって使うんだっけ?」
 俺はユリコに案内されたコンピュータールームの一席で、ついに「パソコン」と対峙していた。はい、使い方はサッパリです。
「忘れたの? 珍しい。まあ家にパソコン無いからね……貸してみて」
 彼女は俺の隣に立って、手元にあった線が付いた丸いヤツを動かした。画面の中の矢印が一緒に動く。あとデコボコがついた板状のものをカタカタやったら文字が出てきた。
 指示をするのは丸いの、何か記入するときはこっちの板だな。よし覚えた。
「パスワードっと……繋がったよ。何を観たいの?」
 そりゃ「無修正」とか「動画」とか「18歳未満は閲覧禁止」とか!☆
 なんて女の子にゃ頼めないしなぁ。っち。
 ――いやまあ、それは今度として。
「ドラゴンクエスト3ってゲームについてなんだけど」 
「ゲームぅ? ああ、ドラクエ3だけは好きだって言ってたっけ。攻略方法?」
「いや、内容は嫌っつーほど知ってるから、いい。なんつうのかな、位置づけというか、ゲームそのものの情報というか、たとえば、実際に作った人間のこととか」
 俺が「1ゲームの登場人物に過ぎない」という残酷な事実を、認識するために。
「じゃあウィキがいいかな。『ドラゴンクエスト3』っと……。はい出たよ」
「ありがと。悪い、ちょっと集中していいか? すぐ終わるから」
「ん…じゃ、あっちのパソで私もなんか観てるよ。終わったら声かけて」
 彼女が離れてから、俺はひとつ深呼吸して「ドラゴンクエスト3」という項目のページを読み始めた。知らない用語が多すぎていまいち理解しきれないが、「システム」「作品」なんて単語を目にすると、本当に俺の世界は作り物なんだな、と思い知らされる。
 初期型の売上本数、380万本。リメイクを含めるとそれ以上。
 そんな星の数ほどの「勇者」の中で……俺の存在に、どれだけの意味があるんだろう。



----------------- GAME SIDE -----------------


 翌日。
 夜中にアルスの電話で叩き起こされて少々寝不足だったが、僕は予定通り家を出た。
 街の入り口に行くと、昨日契約を交わした仲間たちが待っていた。
 現在の僕の仲間は3人。戦士、僧侶、魔法使いと、ごく基本的な構成だ。
 戦士は前述でも登場しているサミエル。
 22歳でアリアハン第二近衛隊の副隊長を勤めるエリートさんだ。剣術もなかなかの腕前だそうで、「新入りの指南役がいなくなるなぁ」と彼の上司は残念そうにしていた。
 もう一人の仲間は宮廷司祭見習いの32歳、ロダム。
 司祭職……つまり僧侶は年功序列の職業なので、この年齢の彼もまだ見習いだそうだが、実力は「Lv.16」と、パーティーの中で一番高い。
 そして問題の魔法使い……エリス。
 アルスの元カノで、「こないだ捨てた」なんて不穏なことを聞いていたから、初見の時はドキドキしたもんだけど。
 彼女はアルスに対して、まったく怒っていなかった。それどころかすこぶる低姿勢で、別れた原因も自分が悪いからと、会うなりいきなり謝られた。
 しまいには「こんな私を旅に加えてくださるなんて!」などと号泣する始末。
 他人の色恋沙汰に首を突っ込む趣味はないけどさ、なんというか……やっぱりこれは、アルスが悪かったんじゃないのかなー。
 素直だし、僕の幼なじみとちょっと似ていてカワイイ子だし、一瞬マジに付き合っちゃおうかな、とかとか、頭をかすめたんだけども。
 なんだか友達の彼女とこっそり浮気しているような、妙に後ろめたい気持ちがしたので、
「ここは友人からリスタート」ということで話をまとめておいた。
 そんなこんなで僕もいよいよ冒険の旅へ。
 もちろん目指すは、かつて誰も為し得たことのない、超最速クリアだ。

 で、最初の目的地はロマリア。
【レーべ▽岬の洞窟▽ナジミの塔(盗賊の鍵)▽レーべ(魔法の玉)▽いざないの洞窟】
 などという序盤のまどろっこしい順当ルートは、さっそく無視させていただきましたw
 実はエリスちゃん、つい半年ほど前までロマリアに留学していたそうで。
「もちろん私のルーラで行けますわ。お任せ下さい勇者様」
 とのこと。ショートカット第二弾。まだ二日酔いは抜け切ってないんだけど、頑張った甲斐があったなぁ。
「では勇者様、私から離れませんようお気を付けくださいませ」
 頭にバカがつくほど丁寧に言いつつ、エリスがルーラの詠唱に入った。
 彼女を中心に、地面に複雑な文様の光の円が浮かび上がる。
 初めて呪文を目の当たりにした僕は、内心かなり感動した。やっぱりここはドラクエの世界なんだな、と再認識する。

 軽い酩酊感を覚えたあと、目を開けると世界は一変していた。
 僕らは森の中にいた。アリアハンとはまるで違う種類の植物が茂っていて、湿度が低い。カラッと晴れ渡る青空と、爽やかな風。
 木立の向こうに、巨大な建造物がどーんと構えていた。白い頑強な城壁が左右に長く続き、二つの塔が天空に高く突き出していて、その先端には、ここからでも視認できるくらい大きな旗が翻っている。
 赤地に黄金の獅子の紋章を掲げる、王都ロマリア。
 現在、世界の中心はここと言ってもいいような、大きな都市だ。
 3階建ビルに匹敵する巨大な門の前に、二人の兵士が直立不動で番をしていた。ヨロイも上等とわかる凝った意匠で、彼らは僕たちが近づくと、長い槍を素早く交差させた。
 ロダムが先頭に出て、柔和な笑顔を向ける。
「我々はアリアハンより参りました。魔王討伐のために旅立った勇者アルスの名は、こちらにも届いておられるかと存じますが?」
「おお、アルス様ご一行でございましたか!」
 厳めしい顔をしていた兵士の表情が、アルスの名を聞いた途端に明るく崩れた。最敬礼でサッと道を開け、高々と「開門」を告げる。
 勇者アルスの名前って実はすごいんだな。本物はアレだってのにさー。
「さっそく王様にお会いください」と案内をされかけたのを、僕は「失礼になるので旅の汚れを落としてから」とやんわり断った。
 それは建前で、真っ直ぐ「ある」場所に向かう。訝しげな顔をしている仲間たちを連れて、街の南西にある大きな建物へ。
 武器・防具屋と道具屋のテナントが並んでいる向かい側から、賑々しい音楽が響いてくる。その先の大きな階段を降りていくと、そこがかの有名な「モンスター格闘場」。モンスター同士を戦わせ、その勝敗を予想する賭博場だ。
「ほぉ、こんなところに……。よくご存じでしたね、勇者様」
 サミエルが感心したように僕を見る。そりゃ予習してるからね。プレイ経験があるってだけじゃなく、実際、アリアハンを出る前に城内の図書館に寄って、ロマリアについて調べてきているし。
 奥の「受付」と書かれたコーナーの前に人だかりができていた。大きな黒板が立てられていて、男の人が二人がかりでモンスター名とそのオッズを、ひっきりなしに書いたり消したりしている。
 その隣には一回り小さな黒板があり、本日の結果の一覧が出ていた。
 よーし、これがあれば何とかなる。結果一覧をザッと見て、受付カウンターへGO。
  現在の所持金は、仲間から預かった分も合わせると約300ゴールド。
 僕は次の試合の2番目に高いオッズのアルミラージに、所持金の全額を賭けた。
「えっ!? ちょ、ちょっと勇者様!?」
 仲間たちが目を白黒させるが、まあまあと手を振りつつ賭札を購入してしまう。

 ――2時間後。
 資金を20倍ほどに増やした僕たちは、カジノ内のバーの一角を陣取っていた。
 もはや声も出ない仲間たちに、テーブルに積んだゴールドの山から4分の3ほど取り分けてあげる。
「さすが勇者様ですわ……」
 エリスなんか目をキラキラさせているが、種明かしをすれば、モンスターの強さや特性を「数値」としてよく知った上で、実際の戦績表から統計を取ったら、ほとんど外すこともないってワケ。大したことじゃない。
 それよりも、大事なのはこのお金の使い方だ。
「ちょっとみんなに頼みがあるんだ。国王様には僕が一人で会ってくるから、その間に、みんなには『金の冠』というものを取ってきてほしい。このお金で腕の立つ傭兵を雇えるだけ雇って、とにかく最短でね」
 どうせ「Lv1」の僕がついていったって、足手まといになるだけだもんね。
 僕はロマリアから目的地までの地図を、羊皮紙に描いてサミエルに渡した。ルーラで来たので世界地図を取り損なっているんだけど、頭に入ってるから問題ない。
 北上してカザーブに行き、そこから西に向かうとカンダタが根城にしている「シャンパーニの塔」がある。
「この最上階のカンダタ一味を倒せばOK。たださっきも言ったけど、絶対に殺さないこと。うるさく命乞いしてくるはずだから、見逃してやってね」
 カンダタとその子分の特技についても説明しつつ、そこは何度も念を押す。
 あとからまた出てくるキャラだから、殺してしまったりするとストーリーが大きく崩れてしまう。そうなると、僕が知っているシナリオからも逸脱し、その後のショートカットが使えなくなる可能性があるから、ここは慎重に。
「あと、こっちはシャンパーニの塔。出入口や階段が見つかりにくいから気をつけて」
 塔の内部図まで書き出した僕に、さすがにサミエルやロダムは「こいつはなんでそんなことを知ってるんだ?」という顔をしていたけど、
「昨日の夜、ルビス様からお告げがあったんだよ」
とか言っておいたら、なんだか納得したみたいだった。ルビス様バンザイ。
 半端な加護で迷惑こうむってる女神様だし、これくらいは利用させてもらおう。


 3人を送り出してから、僕は一人でロマリア城に向かった。
 正門の番兵にはすでに話が通っていたようで、僕はすぐに入城を許可された。
 そして入った瞬間に、思わず引きそうになった。目に痛い真っ赤な毛氈が、入り口から遙か先の階段まで一直線に続いているその両サイドに、きれいなドレス姿の女性たちがズラーッと並んでいたのだ。僕が歩くのに合わせてお辞儀をしていく。
 歓迎の意……というよりは、権力を見せつけたいんだろうね。気後れしたら負けだ。
 階段を上がると、そこが謁見の間だった。王の前まで進んで膝を折る。サミエルに事前に教えてもらっていた「騎士の礼」というやつだ。
 ロマリア王は思ったよりガタイのいいオジサンで、豊かなヒゲをなぜながら、僕を上から下まで一通り眺めた。
「勇者オルテガのご子息、アルス殿。よくぞ我がロマリアに参られた」
 王の声が広間に響いた。大勢の人がいるのに、他に物音ひとつしない。教育が行き届いているというか、この王様も一筋縄ではいかない御仁のようですね。
 うっしゃ、こちらも気合い入れてご挨拶させていただきましょう。僕のターン。
「わたくしも特別のご歓待を賜り、身に余る光栄に存じます。陛下のご聖采はかねがねうかがっておりましたが、聞きしに優る素晴らしい都ですね。まさに明君の賢政隅々までゆき渡りし様、ただただ感嘆の声を漏らすばかりです」
 必殺褒め殺し! さらにとっておきの営業スマイル発動! ここでターンエンド。
 王座の左右に控える大臣たちが「ほぉ」と小さく声を上げた。
「……ふむ。勇者殿に誉められると、儂も鼻が高いのぉ。ゆるりとしていかれよ」
 王様もまんざらでもないようだ。偉そうにふんぞり返っている相手は、とにかくヨイショしとけば間違いない。

 そのあとは予想通り、派手な歓迎パーティーに突入した。
 僕はあんまり騒がしいのは好きじゃないので、仕事でしたくもない接待に付き合わされてるのと同じことなんだけど、今頃モンスターを相手にしている仲間たちには、ちょっと申し訳ない。
 王様の機嫌がいいときを見計らい、僕は仲間たちが事情があってロマリアを離れていることと、戻ってきたら改めて紹介したい旨を伝えた。王様は二つ返事で承諾。
 その時には、金の冠奪還の記念に、さらに盛大なパーティーが開かれることだろう。
 そのついでのように、僕は本来の用件を切り出した。
「ところで陛下、あとで書庫を拝見せていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「書庫とな?」
 ワインを片手に鼻歌交じりだった王様が、怪訝な顔をする。
「ええ、古い歴史を持つ由緒正しきお国ですから、その蔵書もさぞかし素晴らしいのでしょう。ぜひ一度、この目で見てみたいと思っておりました」
「さすが勇者殿は篤学でおられるの。好きに見ていかれよ、あとで案内させよう」
 良かった。だってアリアハンのお城にはロクな本が無かったんだもん。
 アルスと「神竜の間」で最初に話し合ったときには、お互いに携帯を通して丁寧なフォロー、つまり「ナビ」をすると約束していたんだけど――。
 向こうにその気がないのもあるけど、結局いちいち聞いてる方が面倒なんだよね。自分で学んでしまった方が早い。ドラクエは書籍に関する表現が多い世界だから、そういった意味では知識を得るのが楽なゲームだ。
 アルスからのコールがほとんどないのも、きっと彼も同じ結論を出したからだろう。

 ところで、本は量より質が大事。ただ小難しいことが書いてあればいいってもんでもなく、読み手のレベルと目的に合った本こそが、その人にとっての「良書」だ。
 パーティーがお開きになってから、僕はすぐに書庫に案内してもらった。
 ロマリアの王様が遊び人、って事前知識があったから目をつけていたんだけど。いやーあるわあるわ、今の僕にとってのお役立ち本の数々♪ よだれ出そう。
「まずは『宮廷マナー入門(全2巻)』『公文書の書き方(全5巻)』『正しい帝王学のススメ(全12巻)』と。これもいいな『今日からあなたもカリスマ国王(全3巻)』『常勝必至の兵法150選(全22巻)』。あ、全部あっちのテーブルに運んじゃってください」
 案内役のお兄さんが手伝いを申し出てくれたので、僕は遠慮なく彼の手にどんどん本を積み重ねていった。
「あの、勇者様……これ全部、今から読まれるんですか?」
「もちろん。大丈夫、眠くなる前に片付けるから」
 めぼしい本はこのくらいかな。テーブルに移動する。
 さっそく1冊目を手に取り、右手の親指の腹でパラララっとぺージをしごくこと数回、
「次の本…と」
「えーっ! 今のでもう読み終わったんですか!?」
 うん、これでだいたい頭に入っちゃうんだよね、僕。
 ラピッド・リーディングーー「速読」ってやつ。
 ちなみに「直感像記憶力」という、目で見た情報を細部にいたるまで写真のように記憶できる能力もあったりする。
 勇者専用の呪文に「思い出す」というのがあったけど、つまりはコレのことなんじゃないのかな? 他の人にはきっと、魔法のように思えたんだろうね。
 だからアルスが僕の代わりをすること自体は、無謀ではないのだけれど。
「でもあの人には、あんな『現実』なんて、合わないと思うんだよなー」
 まったく、あっちの世界の何を見て「羨ましい」なんて思ったんだろう。
 こっちの方がずっとラクだろうに。