4の人◆gYINaOL2aEの物語
神殺[3]
・
・
空が蒼い。
雲は白い。
見慣れた風景。辺り一面の花畑。
ゆっくりと上体を起こす。自分は何故、このような色とりどりの花たちに囲まれているのか。
ぱらぱらと身体から落ちていくものがある。
それはどうやら小さな石や埃…砂のようだった。
(おはよう、ソフィア)
頭の中に響く二つの声。
ずっと傍にいた人たちの声だから、自然と受け入れることができる。
村で育った幼馴染の少女と、村を出てから共に歩いた青年の幻影が空へと消えていく。
手元に転がる壊れた砂時計。
周囲に広がる花畑にも、自身の身体にもかかっている砂。
足元に突き刺さる、細い刀身を持つ剣。
ソフィアは壊れた砂時計を左手に、刺さった剣の柄を右手で握る。
なんの抵抗も無く引き抜かれる剣。
その刀身には、こう刻まれていた。
――Sword Of Sofia――
彼女は彼女の、ソフィアの剣を手にする。
(さあ、行こう)
「…どこへ?」
(あの、空へ)
「…どうして?」
(君の、兄と、かけがえの無い友を救うため)
「…どうやって?」
(それは君が一番解っているよ)
・
・
・
男が身体を断たれ、地へと落下してから数時間が経ち。
マスタードラゴンの火炎が玉座の間へと降り注ぐ。
ミネアがフバーハでそのダメージを軽減するが、それもこう何度も吹き付けられるとキリがない。
だが、自分たちには彼の神を撃つ手段が無い――。
「…卑怯者!降りてきなさいよ!」
アリーナが地団駄を踏む。
彼女たちは今、完全なる自分の無力を呪っていた。
散発的に飛ぶマーニャたちの攻撃魔法では、決定的なダメージを与えることができない。
マスタードラゴンは凍てつく波動を放たずに、火炎と吹雪を交互に吹き付ける。
ミネアを初めとして仲間たち全員に、火傷と凍傷が少しずつ刻まれていく。
もはや満身創痍となりながら、仲間を癒すクリフト。
だがそれも、心が折れるまでだろう。
「賭けるしか…ないのか…」
だがそれはあまりに分の悪い賭けだ。
それまでの戦闘経験が、未だ機が熟してはいないとソロを押し止める。
だが、このままでは機が熟す前に、全てが終ってしまうだろう。
迷っているのはピサロも同じだ。
あのエビルプリーストの使った進化の秘法。
進化のスピードの速いあの術なら、今この場で使用することもできるだろう。
しかしそれでは…。
「――む?」
気が向くままにブレスを吐いていたマスタードラゴンが訝しげな声をあげる。
なんだ?と思った矢先。
下からの一陣の光がその鱗へとぶつかっていく。
神は絶対的な自信をもっていた。
即ち、我が身の鱗を貫けるものなどこの世には創りあげていない、と。
「なんだとお!?」
なのに、何故だ。
今、我が身より弾け、噴出すものは一体なんだ!
神が身をよじり、地より飛来した何かを見る。
白い翼。自身の眷属として生み出した者たちが持つ、美しき羽。
彼女の持つ剣。それが何なのか一瞬、解らない。
だが神はすぐに理解する。つまり、神が解らないものであるということが、一つの決定的な意味をもつのだから。
異界の物質。異界の剣。即ち、己を殺し得る剣!
天空城から空を眺める者たちは見た。
彼らがその身と心を預けていた少女が、今――。
ソフィア殿!ソフィアさん!ソフィア!!
「ミネア!マーニャ!祝詞を捧げて!彼の残した卵とオーブに向かって!」
そう告げるや否や、ソフィアは背の翼を巧みに操り神へと向かっていく。
その小さな背を追うようにピサロが飛んだ。
竜の尾撃がソフィアに向かって放たれる。その射線上から彼女を突き飛ばし、その勢いを利用し自分もまた逃れる。
「――ヤツはどうした?」
「あの人なら、ここにいるわ」
掲げられる細身の剣。
「……そうか」
ピサロもまたそれ以上は言わず。
二人は神へと挑んでいく。
「祝詞…ミネア、なんのことか解る?」
「いえ、私にも…」
アリーナが辺りに散乱していた彼の遺した道具から、一つの卵と六つのオーブを持ってくる。
だが、祝詞を捧げてくれと言われた二人が困惑していた。
(ミネア…マーニャ…)
「…え?ミネア、今の…!」
「…私にも聞こえたわ、姉さん!」
(今から捧げるべき言霊を伝えるから…繰り返して…)
頭に直接響く声。
それを、二人は復唱していく。
その唱和は、彼が狭間で得た二人の友の、餞別へと届いていく。
「時はきたれり」
「今こそ、目覚めるとき」
(大空は、お前のもの)
「舞い上がれ――」
「――空高く!」
ミネアの真摯な祈りが。
マーニャの捧げる神域の踊りが。
本来、羽ばたく筈の無い翼を蘇らせる――。
炎の直撃を受けるソフィア。
だというのに、まるで怯まず己に突っ込んでくる。
いかな勇者と言えど、おかしい。
心が折れなかったとしても、肉体が傷つけば動きはどう足掻いても鈍くなる。
「…まさか」
神は眼をこらした。
少女を、ではない。少女の持つ、異界の物質を。
上位治癒(ベホイミ)の光。
それだけではない。
神が凍てつく波動を放てば、攻勢力向上(バイキルト)の光が、物理障壁(スカラ)の輝きが、少女を包む。
そういうことか――。だが、それでも。
万が一にも敗れることはない。
竜身を完全治癒(ベホマ)の光輝が包み込む。
少女と魔王、彼女らとはポテンシャルが違いすぎる。
時間をかければ如何様にもできる。それが、神の結論。
「…愚かな娘よ。幸福な夢から望まず目覚めさせられ…戦いを強いられている。その剣のせいで…」
「……」
「沈黙は肯定か?では、そのような剣など捨ててしまえ。我のそなたへの感謝は本物だ。
また、安らかに…眠らせてやろう」
「……それは、道具への感謝よね?」
「そうだ。そなたとて、道具を使い終わったら、道具が使えなくなったら処分するだろう?
そうしなければ延々と溜まっていくだけだ」
「ええ。中には捨てるものもある。売るものもある。
…だけど。私は全てをそうしようとは思わない。例え壊れてしまったものでも――」
少女の腰に揺れる壊れた砂時計。
「大切なもの。ずっと、一緒にいたいもの。そういうものが、きっとある。
貴方にとって私たちはそうじゃなかったのかもしれない。
だけど、だからといって――はい、そうですかと破棄されるのなんてごめんだわ」
握る剣に力が篭もる。
少女の意思に応えるように、剣は震える。
「――では、破壊するまでだ。さらばだ、勇者よ!」
神の攻撃が激しくなる。
そんな中、ソフィアはただじっと耐えていた。
たった一度のチャンスを逃さないために。
大魔王の炎(メラゾーマ)が横合いから神を撃つ。
馬鹿な。この高さの我に、どうやって――。
神は見た。
己と同等の存在が。
空を自由に駆ける翼神が――!
この世界で、己以外に存在してはならない存在が――!!
ブライの放つ巨大な氷柱。ミネアの巻き起こす大気を裂く竜巻。
寸分違わず直撃し、神の動きを拘束する!
翼神の加護を受けた4つの流星が縦横無尽に駆け回り、神の鱗に叩きつけられる。
その一撃一撃が、重い。竜鱗をすら砕く一撃へと変貌していた。
ライアンが、アリーナが、クリフトが、トルネコが、砕き、斬り裂き、貫く!
「――ソロ」
「――ピサロ」
その間、勇者は仲間達の魔力を借りて。
魔王は、己自身の魔力の全てを練り上げて。
辿り着いた神域の魔術を――開放する。
「ミナデイーーーン!!!)」
「マダンテ!!!」
鼓膜を破壊しかねない轟音と、衝撃。
まさに全身全霊。
仲間達の築いたその道に、ソフィアが最後の一撃を放つ。
天使の翼が羽ばたくと、少女の姿は一筋の光と化した。
深々と突き刺さる、ソフィアの剣。
神は叫ぶ。苦痛に悶絶しながらも、治癒の叫びを。
「…眠りましょう、一緒に」
ソフィアは解っていた。
これだけでは、止めにならないことを。
だから、覚悟していた。
そして、ソロもまた。
覚悟をしていた。
魔王は大丈夫。彼にはロザリーがいるから。
神も、勇者もいなくても。
きっと、幸福が沢山できる。
…あれほど魔王を憎んだ自分が、こんな感情を抱くとは。ソロは、小さく笑った。
翼神の背から飛び降りるソロ。
神の背へと降り立ち、妹の元へと駆け寄る。
妹は兄へと笑顔を向けて。
同じ結論に達した兄に、申し訳なさと、嬉しさの混ざった笑みで。
「――ダメェェェェ!!」
アリーナの悲痛な叫び。
二人は、少しだけすまなそうに、仲間達を見て、同時に手袋を外す。
神の身体が完全治癒の光に包まれる。
だが、それよりも速く。
ソフィアの剣が引き裂いた、神の鱗の内部にソロが手を突きいれ。
「ありがとう、皆。――大好きだよ、みんな!」
少女もまた、兄の手に、己の手を添えた。
楽しかった思い出。悲しかった思い出。
故郷を出て、旅をして、様々な人に出会って、色々な土地に赴いて。
一秒一秒が輝いていた。
ありがとう。
だから、これはお礼。
大好きな女の子への、小さな、小さな…。
座標融解現象が巻き起こるその中心で。
最後に大きな泡を生み出し、少女の剣は砕け散った。
©2006-AQUA SYSTEM-