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4の人◆gYINaOL2aEの物語

導かれし者たち
空気を裂く音が響く。
大勢の兵士の前で型を披露したライアンに、万雷の拍手が送られる。
武門の誉れ高きこのバトランド王国において、ライアンに勝る戦士は――いない。

「なんと…また、旅に出たいと申すか…」

頭を垂れるライアンに、バトランド王は残念そうに呟いた。

「だが、何故だ?嘗て、そなたは勇者を探す旅に出た。
では、今度は何ゆえに旅出る?」

ライアンは王宮戦士だ。
王宮に仕える戦士が、任務以外でバトランドを離れるなど、本来あってはならないこと。
世界は平和を取り戻した。
最早、彼が旅に出なければならない理由は無い。
王は、この無骨な戦士に、ゆっくりと休んでもらいたかった。

「…私は戦士。戦士は、戦いこそ生業。
幸いなことに、今、この国は平和です。ですが…それでも、この世界には悲しみが満ちている」

「だが、それは――」

魔物が人を喰らうとか、ある意味単純なことではない。
人は、人を傷つける。
そこから生み出す悲しみを打ち消そうとすれば、それは矛盾とやるせなさに焼かれることになる。
戦士の役割では、無い。

「ライアンよ。…悲しみを消すことは…できぬぞ?」

「それでも――減少させることはできると信じます」

「……」

バトランド王は大きく嘆息した。
目の前の大戦士を止められる言葉など、存在しないことを悟ったからだ。

「あい、解った。行け、ライアン。…だが、偶には顔を見せろよ?」

「ハッ!必ず!!」


――――――――――


「あーあ…退屈」

ベッドの上で足をばたつかせる。ぼすぼすと蹴られる枕。
変形してしまったそれは、特に文句を言うことはない。いつものことだし、優しいメイドがまた形を直してくれるから。

「退屈ならばお勉強を」

ブライのツッコミは完全にスルーだ。
馬耳東風とはまさにこのこと。そんな様子をクリフトは苦笑を浮かべて見守る。

「ところで、クリフトにブライが揃って私の部屋に来るなんてなんの用?」

「王が見合いの話を持っていけと仰られましてな」

「帰れ」

「私もなんとかお止めしようとしたのですが…」

「流石クリフト。忠臣ね」

アリーナに褒められ、まんざらでもなさそうなクリフト。
それを見て普段なら青筋を立てて怒るブライが、なにやら神妙な様子だ。
アリーナもクリフトもある程度予想していた事態が起こらなかったために、疑問符を浮かべる。

「実はわしも、もう良いのではないかと思い始めましてな」

意外なぶっちゃけトークに、クリフトの口があんぐりと開く。
対照的にアリーナは小躍りをして喜んでいる。

「ブライ!解ってくれたのね!」

「ええ。このブライ、恋愛沙汰には決して疎くはありませぬ。
どうやらアリーナ姫様には心に思う方がおられる様子。ならば、見合いなどをしても幸せにはなれぬでしょう」

ひげを整えながらしれっと言うブライに、今度はアリーナが慌てふためいた。
クリフトは…開けた口から魂が抜けてしまったのか、呆けてしまっている。

「ちょ、な、何言ってるのよブライ!」

「王を安心させるためにも、彼を探しにいきましょう。旅ですぞ、姫様」

「…まあ、そこまで言うなら…旅は楽しそうだしね…」

婿探しの旅というのはアリーナ的には非常に気になる所だが。
それでも、彼女自身旅は大好きだし、それに…。

「クリフト、いつまで呆けている。
…旅先で色々あって、結局一番身近な人の大切さを知ることもあるかもしれぬぞ」

ブライにぼそっと囁かれ覚醒するクリフト。
彼とて、負けてはいない。いや、負けられない!と、意気込む。
アリーナは二人がなにやらこそこそしてるのに首を傾げていた。


――――――――――


エンドールの小さな武器屋。
その二階で、トルネコは椅子に座りじっと何かを考え込んでいた。
夫のそんな様子は珍しく、ネネは邪魔にならないように、それでもトルネコが自分を呼んだらすぐに返事ができるように、
傍で繕い物をしている。

「…ネネ」

「はい?」

「私は夢を叶えた。世界一の武器屋になるという夢…天空の剣こそ手に入りはしなかったけれど、
武器は元々使い手がもってこそ輝くもの。あの剣の輝きが見れただけでも私は満足だし、今や武器屋の間で私の名前を知らないものはいない」

レイクナバ、田舎の小さな村で店員のバイトをしていた頃から比べれば考えられない出世をした。
富も、名声も得た大商人だったが、それなのにどことなく最近のトルネコは暗い顔をしていることが多かった。

「…すまない、ネネ。私は、また――」

「ええ。用意はできていますよ、あなた」

トルネコが言い終わる前にネネはすっかり整理の終った旅の荷物を机の上に置いた。
眼を白黒させるトルネコに、くすくすと微笑む。

「ただし、条件があります」

「じょ、条件?」

「今度の旅には、私もポポロも一緒に連れて行くこと――前の旅よりも、危険は少ないでしょう?」

この妻には自分は一生敵わないだろう。
そんな予感をトルネコはいつも抱いている。
だからこそ、この展開も、実の所考えてはいたのだ。
そしてそれは――彼にとっても、嬉しいことで。

「解った。行こう、ネネ。だけど、ポポロには此処に友達がいるんじゃないのかい?」

すーすーと眠る息子、ポポロを見る。

「ふふ…もし、またあなたが旅に出るようなら、絶対についていくと言い出したのはこの子ですよ」

「そうか…」

一組の家族の幸せな夜は静かに更けて行く。


――――――――――


ごとごとと揺れる幌の中でマーニャはぱたぱたと鉄扇で風を迎え入れる。
他に見ているものもいないので、中々だらしない格好をしているのだが。
共に旅するミネアはパトリシアの手綱を握っているので、自由なものだ。

「ねーミネア」

「なあに、姉さん」

「コーミズ村で、父さんに報告したら…どうしよっか」

ミネアはマーニャからその言葉が出るのが少し意外だった。
マーニャならばてっきり、あの住み心地の良いモンバーバラで過ごそうとするものだとばかり思っていたから。

「だって、ミネア、あんまり好きじゃないでしょ?」

…何も考えていないようで、時折鋭いことを言う。
マーニャにはひょっとすると自分以上の占い師としての才能があるんじゃないだろうか?
以前そんな話をしたら、マーニャは一笑に付した。
曰く、

「私が解るのは、私が好きな相手限定だもの」

とのことで。
面と向かって好きだと言われて赤面してしまったミネアは、その後マーニャにからかわれることになったのだが。
閑話休題。

「だけど、モンバーバラじゃなければ何処にいくの?」

「んー…ミネアの占い次第ってのはどう?」

「…私には、もうどちらに行くべきかなんて見えないわよ姉さん」

「違う違う。つまり、ミネアちゃんが行きたい方角に行ってみるってこと!根拠なんてなくていいの」

けらけらと笑う姉に、ミネアははあっと嘆息する。
それはもはや放浪に近い。

「父さんの話、覚えてるでしょ。私達の母さん、ジプシーだったって。
…私達は、ジプシーの姉妹。だから、旅が似合うんじゃないかって思ってさ」

「…ジプシー、か。
…そうね、そうしよっか。姉さん」

ひひーん、と、道程は任せろとばかりにパトリシアが嘶いて。
姉妹は朗らかに笑い合う。


――――――――――


ロザリーヒル近くの丘の上で、エルフの少女が歌っている。
花畑の中央に座り、少女の膝を枕に銀色の髪の青年が身体を大地に横たえており。
その綺麗な歌声を堪能している。

「…ピサロ様」

「……」

ピサロは返事をしない。
だが聞いてはいるのだろう。
微かな身じろぎを膝に感じたのでロザリーはそのまま続けた。

「…私…色々なものを、見てみたいです…ピサロ様と一緒に…」

控えめな少女が控えめに伝えた願い。
いずれ、そう言うのではないかと考えていた。
魔王とて、少女を籠の鳥にしたくてあの塔に押し込めた訳ではない。
しかし…。
これからも人は増え続ける。
平和な世で育った人は、きっとそうではない世で育った人よりも――酷い生き物になるのではないか。
そんな、予感めいたものをピサロは感じていた。

「――私は……」

お前が心配だ。
お前を喪いたくない。

そんな言葉を直接発することはない。
それでも、少女には届いていた。

「……行くか」

「……はい!」

青年と少女は以心伝心であり、心がすれ違うことなど二度とありはしないだろう。
少女が行きたいと言うのなら。
叶えてやりたいと思う。その、願いを。


――――――――――


「…ふむ。これは…面白い、な」

ぽつりと呟く緑髪の男。
ソロはとある洞窟の中にいた。
今は失われた技術が眠ると言われる洞窟の中にあった、箱のような乗り物。
その中には、中年の男性が乗っており、延々と同じ線路の上を走らされている。
どういう原理かは解らないが、誰かがスイッチを切り替えてやらなければ止まらないようだ。
男が何か言っているようだが、よく聞き取れない。

「ま、そこで暫く反省してくれ。…なあに、あんたにとっては大して永いと呼べる時間じゃあないだろうさ」

結局ソロは男性を助けず、その洞窟を抜けた。
眩しく差し込む日の光をかざした手で遮る。

「……さて、と」

故郷を喪い、父母を喪い。
まるで運命を暗示しているかのような名前をつけられた青年は、太陽に向かって腕を突き出し、大きく伸びをした。

――次は、何処へ行こうか。
それが言葉になることはない。彼には、旅の連れ合いはいないのだから。
だが、それでも彼の顔は明るく、希望に満ちていた。
勇者ソロの旅は、まだまだ続いていく。
終りでは、無い。そのことにこそ、喜びを感じているかのように。

孤独な男の右の耳には、スライムのピアス。
そして左の耳には、再会を誓って交換したキラーピアスが輝いていた。


――――――――――


そして――。

岬の上に置かれた墓石。
刻まれる名前は無い。名が無いことこそ、ここに眠る存在の証。
跪く、緑色のふわふわの髪をした少女。

「皆、旅立って行ったよ」

「ライアンもアリーナもクリフトもブライも、トルネコもミネアもマーニャも…ピサロもロザリーも、兄さんも…」

「皆、元気。皆、嬉しそう。一つが終って、これからに向かって、歩いていってる」

「私は」

「私は――……」

「……ぐすっ」

「……私は、もうちょっと時間がかかるかもしれない」

「……ほら、デスパレスもこのままにしておけないから。ピサロはロザリーを幸せにしないといけないから…私が面倒見ないと」

「なんだか、逆になっちゃったね!前は…私が喋れなくて…あなたばかり…喋らせちゃってて…」

「だけど、いつかは…」

「いつか…」

「返事を、してもらいたいから…お話したいから…」

「私も、旅に出る」

「――あなたを、探しに。だから、覚悟しておいてね」

ミニデーモンの小さな影が少女に近づき、デスパレスで魔物たちの喧嘩が始まったことを知らせる。
少女の背の翼が広がり、天空へと羽ばたいて行く――。
彼女の腰で、壊れた砂時計と、刀身の喪われた剣の柄が揺れていた。



 ――ドラゴンクエスト4――
   導かれし者たち...if...



     THE END
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