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4の人◆gYINaOL2aEの物語

ロザリー[1]
事象は限定された空間で起こった。
やはり、ブライの話は大袈裟ではあったのだ。
爆発の範囲もさほど大きくなければ、発生した力も星のソレには及ぶまい。
だが、それでも中心点近くの存在全てをほぼ完全に分解し、無に帰してしまう程のものであったのも事実。
俺はもっともっと威力の小さなものだと思っていたから結局見通しが甘かったのは否めない。

「――イヤァァァァァァァァァ!!!!」

悲痛な絶叫が直ぐ傍から聴こえた。
俺は今まで、こんな、心そのものを直接傷つけるかのような声を、聴いた事が無かった。
それは一体、誰のものだろう。直ぐにはそれが解らない。
声は、初めて聴く音だったから。

「兄さん!兄さん!!兄さぁぁぁん!!!」

止めてくれ。それ以上、哭かないでくれ。
じゃないとこちらにまで伝播してしまう。哀しみが、絶望が、死が、俺の心を侵していく。
それでも、当の少女に直接それを止めろと言える訳が無い。
俺は、どうしたら良い?
根拠も無く、あれは君の兄なんかじゃなかったと言う?
仕方が無かったと諦める?
何も言わずに抱きしめる?

どれもが滑稽じゃないか。
そういうシーンは何かで見た事があった気はする。
けれど実際に、その場に立ってしまった時――あるのは負の感情による圧倒的な重圧と、圧迫感だけだった。

ライアンは、急ぎ処置をすれば恐らく生き返る事はできよう。
だが完全に消滅したあの男はどうだ?導かれし者達では無い者は――……。
いや、それでも俺という例外も存在するじゃないか。
敵ならば死んで良いとか、味方ならダメとか、そういうレベルの問題ではなく、
ただ単純に、知らずに兄を殺してしまう妹だなんて――相手が敵か味方か以前にあんまりだ。

「ソフィア…それが、大事な事なら諦めちゃダメだ、諦めちゃ――」

「だって、だってぇ!わた、私が、私が……」

引き付けを起こしたかのように身体をびくびくと震わせる少女。
その傷ましさに胸が張り裂けそうになる。
ダメだ、このままじゃソフィアは――声どころか、魂まで永久に氷結させてしまう。

無力だ。今、目の前でソフィアの魂が砕けてしまいそうになっているというのに。
何処まで俺は無力なのか。――いい加減、苛々してくる。たかだか一人の少女も救えない。
力の無さに諦めた事もあった。悔しく思い、明日を目指した事もあった。
だが――いくら明日を目指しても、今日が無ければそれは無意味だ。
必要なのは未来では無く現在なんだ。――くそ、クソ、糞!!
……これも、進化の秘法があれば――こんな、こんな気持ちにならずに済むのだろうか?

巻き起こった爆発がゆっくりと収縮していく。
見通しが良くなるのと比例して哀しみが実体化し、襲いかかってくるだろう。俺たちは自然と身構えた。

ちりちりとした放電のような光を最後に、騎士の立っていた場所には何も無くなっていた。
いや、よく見ると床に僅かながら黒ずんだ細かい物質が散らばっている。
呪われた鎧兜の残骸であろう。
それ以外には、何も無い――相変わらず重厚な扉が、侵入を阻んでいるのみ、だ。
ソフィアが呆けたように何も無い空間を見詰めている。
声も無ければその行為に意味も無く、また、何の訳も無い。
在るとするならそれは、そこに在った過去の情景を、そして残滓を探そうとする無意識に他ならない。
少女の瞳は復讐という名の血塗られた未来を見据えてここまでやって来た。
果たして、血塗れで歩き続けるのと、後悔に身を灼き生きるのと、どちらが幸せなのだろうか…。

仲間達にもまた、声は無い。
ミネアとトルネコが斃れたライアンの身体を後ろに下げるのが精々で――。

――待て。アリーナはどうした?

「姫様…まさか…」

クリフトがソフィアと同じ位に顔を青くし震えている。
ブライは表情にこそ表さないが、やはり深い思考に陥っているようである。

巻き込まれた?あの娘まで、消滅したのか?
肉の欠片一つ残さず消えた人間を生き返らせる事はできるのか?
俺の思いつきでソフィアの兄だけでなく仲間まで殺したのか?

身体中から嫌な汗が噴き出してくる。
ヤバイ。くそ、なんで、こんな――。
俺じゃない、今、本当に苦しいのは俺じゃないのに、なのに俺には余裕が無い――。

その時だった。
何者をも拒絶しそうに思われた重い扉が、誰も触れていないのにゆっくりと押し開かれていく。否、引き開けられる。
俺達は誰一人として動けなかった。
連続して変化する状況に対応できなかったと言っても良い。

開いた扉の前に立つ人影。
紅みがかった桃色の髪、白いフォーマルドレス。そして、尖った耳――。
美しいエルフの娘。
そして、その傍には碧色の髪の男と、アリーナが倒れこんでいた。



日が落ち、月の昇った塔の最上階。
ライアンと騎士がベッドに寝かされており、それぞれ眠っている。
戦士には擬似蘇生(ザオラル)が成功したらしい。
騎士は、身体全体の損傷が著しかったが、呪怨武具の力が幸いしたかまだ息があった為、上位回復(ベホイミ)を施した。
彼の装備していた、魔神の鎧、邪神の面、諸刃の剣はボロボロに崩れ、半ばから折れ飛び、既に見る影も無い。
かろうじて、鞘に納まっていた皆殺しの剣だけは形を保っていたが。

「…ソロ様を助けて頂いて、ありがとうございました」

スライムを腕に抱いたエルフの娘が、開口一番にそう言った。
アリーナが照れたように笑うのを見て、ブライがまたガミガミと説教をしたそうにそわそわと身体を動かす。
あの瞬間、飛び込んでいったアリーナは、ソロの身体を掴み全力で廊下の奥へ退避行動を取ったらしい。
鳴り止まない戦いの音に不安を覚えたロザリーが、内から扉を開く。そこに、アリーナ達が滑り込んだという話だった。
特定の座標で起きた爆発が、外因でその中心点を移動させなかったから良かったようなものの…。
危険な上に行き当たりばったりな行動に、ブライが切れるのも無理は無い。

「ソロ様にあの兜を渡したのはピサロ様なのです。
あれが無ければ、あそこまで自分を追い詰められる事も無かったでしょう」

娘の面持ちは沈痛だった。
邪神の面。あの面を通して視た世界は、憎しみや欲望が炎となって現れるらしい。
そして、それは酷く醜悪だという。俺には『醜悪な炎』というものが具体的によく解らなかったが…。
人が、炎に焼かれながら尚ぐずぐずと蠢く姿を想像し、なんとなく解ったような気になった。
そんな気になっただけかもしれないが。

「外すよう説得し切れず…。
私ばかり、助けてもらいながら結局何も…」

娘からは悲しみのオーラのようなものが出ていた。
それは、悲哀に暮れる事に疲れてしまったかのような。
恐らく…これは、娘の本質では無いだろう。
だというのに、こうなってしまっている、ならざるを得ない――そういう、環境。そういう状況。
俺達は個人の努力でそれらを変える事はできるけれど、それにも限度というものがある。
どうにもできない事は、やはり存在するのだから。

「…ロザリー殿。不躾とは思うが…貴女は、エルフ、ですな?」

「――はい」

その返答を聞き、ブライはうむ、と深く頷いた。
どうりで合点が言ったと呟く。

「貴方方の目的が、私にあるのでしたら、私はそれに従いましょう。
ですから、ソロ様とこの子達だけはどうか――」

「そ、そりゃねーっすよ!おいらだって、ロザリー様とソロ様を助ける為ならこの身が砕けようとも…!」

ロザリーの足元で気炎を吐くのはやたらでかいフォークを持ったミニデーモンだ。
…あれ?あいつ、もしかして…昔、俺が額ににくって書いたヤツじゃ…。
まさかな。それに、大分前の話だし、覚えてるとも思えない。

「くそ、人間め!やっぱりロザリー様のルビーの涙が目当てなんだな!
やっぱり碌なヤツがいないぜ!俺の顔に落書きしたのも人間に違いないんだ!」
ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
…………………………………。
ファイナルアンサー?

「ファイナルアンサー!」

―――――――――――正解!!

「っぷはあ!いやあ、引っ張り過ぎっすよぉ。ってお前かよ!?」

うるせぇこの野郎!お前にトルネコさんの肉は渡さねーぞ!あれは俺の非常食だ!

「な、そ、それはもう昔の話だよ!ソロ様にも言われたからな…。
ま、人の肉ってよく見たらそんな美味そうでも無いしなー」

なんだ、そうなのか。それを速く言え。いやあ、あの時は正直すまんかった。

と、軽く懐かしいトークに花を咲かせているとふと周りのAIRがおかしい事に気がついた。
マーニャを筆頭にジト目で見られている――空気を読め。そんなメッセージが――そんなに見るな!見るなよぉ!
軽く錯乱しながらも暫く黙っている事にする。

「待って!私達は貴女を傷つけに来た訳じゃないわ!」

気を取り直したアリーナがはっきりと否定した。
ロザリーは、暫くじっと少女の瞳を覗いた後、ふんわりと微笑む。

「…貴女は澄んだ瞳をしているのですね。
貴方達を信じましょう。…私の話を聞いて下さいますか?」

一も二も無く頷く俺たち。
彼女の話は、きっと俺たちが聞かなければならない事だから。

「今――この世界が、魔物達によって滅ぼされようとしているのです。
魔物達を束ねる者の名は、ピサロ。
今はデスピサロと名乗り、進化の秘法で更に恐ろしい存在になろうとしています。
……いつの頃からでしょうか。
気付いたときには、あの方はその心の内を私にも隠すようになってしまわれました……。
お願いです。もし、ピサロ様が……いえ、デスピサロが野望に憑りつかれてしまったのなら――。
どうか、あの方を止めてください。私はこれ以上あの方に罪を重ねて欲しく無いのです……。
……私はあの方がそのような事をする筈がないと今も何処かで信じています。
ですが……人間を滅ぼすというピサロ様の言葉を信じたくないが故に、盲目になっているのかもしれません。
元はと言えば私が自分の身も満足に護る事ができないせいで……だというのに、私ではあの方を止める事もできない……」

宝石のような瞳に紅い雫がじんわりと浮かび、頬を伝う。
細い顎にまで辿り着いたそれが、重力に引かれゆっくりと零れ落ちる。
泪は空中で固体化し、床に落ちた。
コン、コン、と小さく跳ねた後、やがて動きを止める。

――ルビーの、涙。

俺は足元に転がった娘の涙を掌に乗せてみる。
悲哀を感じさせる輝きを放つルビーは、途端に砕け散ってしまった。

これは、きっと人が触れて良い物では、無いのだと、そう思った。
だというのに――それだからこそ――人は娘を追いまわし、苛め、泣かせようとするのか。

娘の話を聞いた皆は、一様に黙っていた。
とはいえ、その反応は様々であったが。

燃えるアリーナ、宥めるブライはお約束だし、
トルネコは娘の涙に感化されたか涙ぐんでる。マーニャはかりかりと頭を掻いて態度を決め兼ねると言った雰囲気だ。
ミネアとクリフトはそれぞれソロとライアンの様子を見ながらも、考えてはいるようである。
ソフィアは――少女は、今は少し意識を他方に裂く余裕が無いのだろう。

「解ったわ!それで、デスピサロは何処にいるの!?」

勢い込んで訊ねるアリーナに、ロザリーは少し面食らう。
だが、すぐに気丈にも涙を拭い、それに答えようとした。
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