[] [] [INDEX] ▼DOWN

4の人◆gYINaOL2aEの物語

ピサロナイト[2]
「安心しろ。逃がしは、しない」
かつり、こつり。
靴底の音がやけに高く響く。
今の俺には、目の前の男は鎧を着た死神以外の何者でも無い。

だが、縦横無尽に進撃をかける男に立ち塞がる者がいる。
サントハイム王女、アリーナ。
王女は騎士に立ち向かう意を決したようだった。
「…ピサロナイト!貴方はどうして…」
姫君が彼の騎士の名を呼んだ。
ピサロナイト。ピサロの、騎士。そうか、迂闊だった。この塔をピサロが訪れたのなら、ヤツの手の者がいてもなんら不思議じゃない。
「……。勘違いするなよ、アリーナ。俺は別に、ピサロに忠実な騎士じゃない。
ヤツは…ヤツは、俺から全てを奪っていった。村も、家族も、幼馴染も――」
「解らないわ!それじゃ尚更――」
「だが、俺は弱かった!ヤツに掠り傷一つつけられない位に!どんなに叫んでも、どんなに願ってもヤツを滅ぼせない――。
だから、最も確実で、最も速く目的を達する手段を選んだ。ヤツはどういう訳か、俺を殺さなかった。その上、力をつけろと言い出した。
――ヤツの思惑など知った事じゃない。俺はヤツを利用しているんだよ」
「そんなの…貴方の方がただ、利用されてるだけかもしれないじゃない…!」
「ああ……そうかもしれない。それも、解った上で、だ。
……アリーナ。俺は魔族が、魔物が憎くてしょうがない。ヤツラは弱き人をごみのように扱う。なのに――。
……醜悪なのは、魔族だけじゃなかった。人間も――同じ位に汚物そのものだったんだよ……」

初めてアリーナが息を呑む。
騎士の告白は続く。
「ロザリーヒルを訪れる人間たち、バルザック…。
そしてお前たちもそうだ。仇討ちに狂う者達…特に、そっちのヤツは身体中が憎しみの炎で包まれていて姿も見えない」
ソフィアの方を見て、吐き捨てるように言う。
「…何の事は無い。ピサロの言うとおりだった。俺は幸せな村にいたから、何も知らなかっただけで――。
魔物と人間なんて、大して変わらない。
…だが、一番醜いのはこの俺だ。俺の身体こそ業火に灼かれ尚形を保っているかどうかも確認し得ない。それが解ってからは――尚更手段なんてどうでも良くなった」
「…私には、解らないわ。何がそんなに醜いのか――それほどまでに嫌悪する事なんて無いと思う。誰に対しても。
だけど――これだけは言える。倒そうとしているヤツの下に居る限り、どんなに強くなってもそいつを超える事ができるとは思えない。
貴方はヤツ以外には負けられないと言った。だけどそれは、あいつには負けても良いって言ってるのと同じよ!」

「アリーナ…君の姿が見える理由はそこにあるのかもしれないな…。…では、どちらの手段が正しいか、死合いで証明するとしよう」
「ええ。結局、言葉を交わすよりも解りやすいもの!
私は貴方と殺し合うんじゃない。試合って、解り合って、その先に行けると信じてる!」
アリーナが騎士へと駆ける。
迎え撃つ騎士は、横薙ぎに諸刃の剣を振るった。
弾き飛ばされる少女。だが、すぐにその勢いを利用し壁を蹴り、再度迫る。
その機動の高い戦闘に俺はまるでついていけず、かろうじて視線で追う事しかできない。
――だけど。
自分より年下の娘があんな風に戦っているのに、自分は何もせずにいる。
そんな事――認められない。よな?誰より、俺自身が。
じゃないと、あの誓いに、新品の剣に、申し訳無さ過ぎるから。
少女達と騎士の剣が交差するのを尻目に、俺は後退しミネアに話しかけた。
「ミネア、あの珠の事、何か知ってるの?」
「え?え、ええ…あれは、静寂の珠。父の、形見のような物です」
「それを、どうしてあいつが持ってるんだ?」
「解りません!――どうしたのかしら、私は、ねえ、姉さん。私たち、アレを捨てたりしてないわよね?」
「…当たり前よ。…なのに、私もミネアも覚えていないわ。こんなバカな事ってあると思う?
お父さんの形見を、失くした事にすら気付かないなんて…」
悲しげなミネア。悔しそうなマーニャを見て、彼女達は本当に覚えていないのだと悟る。
しかし、俺はもう少し簡単に考えていた。
つまり、あるんじゃないか?――こちらにも、静寂の珠が。
むしろ話を聞く限り無い方がおかしいような気がする。
荷物を探る。これはちからの種…かやくつぼ…。
無い…やはり、無いのか…?失望感に襲われながらも最奥にまで伸ばした手が、丸い物に触れた。

「え――?」

ミネアが小さく声を上げる。
それは寸分違わずあの騎士の持っている珠と同じ物だった。

「ありえないわ!どうして、此処にもあるの!?」
「落ち着くんじゃ。…あるのじゃから、これは存在しておる。それに疑問を挟むのは今すべき事では無い」
パニックに陥りかけるマーニャをブライが窘めた。
老人に諫められたのが少し腹立だしそうではあったが、現状を理解し口を噤む。
「ですが、これで逆転の目が出ましたか?あの騎士の呪文を封じる事ができれば…」
「…いや、仮に封じる事ができてもあの装甲を剣のみで破るのは現実的では無い。
――旗色はいずれにしても悪い……」
クリフトの言葉を否定し、ブライが唸る。
これじゃ、ダメか…同じ珠…在り得ない筈の存在。……。
そうだ。それならば、ひょっとすると。

静寂の珠を持ち、立ち上がる。
俺は極小の可能性に賭け、やれる事をやろうと一歩足を踏み出した。
だが、二歩目が前に出ない。
怖気づいた訳じゃない。俺の意思とは別に、抑制しているものがある
ソフィアの掌。

それが、俺の肩に乗っていた。
手、肘、肩と順に伝い少女と視線を合わせる。
少女の意志は言葉ではなく、口の動きと文字をなぞる指と、その強い光を湛えた瞳で語られた。

『私が行く』

少女は言外にそう語る。
ああ、思い出した。あの話は、君も聞いていたっけ。

「…こんな役目、女に任せる訳いかないじゃないか」

『男とか女とか、関係無い。
あいつは強い。私でも巧く行くかどうか…同じ事をするのなら、成功率の高い方が実行するのは当然』

「…それは――」

『時間が無い。アリーナも、もうもたない。お願い。じゃないと、私は貴方を傷つけなくてはならない』

「――――」

俺は、それでも彼女に静寂の珠を渡すことができなかった。
この思い付きそのものである行動、分の悪い博打を人任せにしたくない。
だが、何かそれ以外の所でも嫌な予感がするのだ。――なんだろう。心がざわめくと言うか。
…そんな当てにならない話よりはむしろ、脅すような事を言われてしまったからには、の方が正解に近かったかもしれないが。

『……。ごめんなさい』

少女の当身が俺に直撃する。
悶絶する俺に泣きそうな瞳を向けた後、零れ落ちた静寂の珠を拾い、一直線に駆け出した。
俺は少女を掴まえようと必死に手を伸ばすが、後一歩の所で届かない。

アリーナがソフィアの存在を感じ取り、後ろに目があるかのような動作で横に飛ぶ。
ソフィアの唐竹割りを騎士は諸刃の剣で受け止めた。

「炎の爪よ!」

アリーナの炎の爪から、特大の火球が飛び出した。
此処で呪文に準ずるモノが飛んでくるとは思わなかったのか、騎士に僅かながら動揺が走る。

そこに、ソフィアの手が滑り込んだ。
騎士の腰にくくりつけられた静寂の珠と、ソフィアの持つ静寂の珠が接触する。
一ミリ。それ以下であろう。だというのに――それは、発生した。


――景色が歪む。空気が歪む。

――音が歪み、存在が歪んだ。

――存在しない筈の存在に、
――世界が悲鳴と警鐘を鳴らす。

――警戒、警報、対処、
――在り得ないモノは、
――在るべき形に。


なんだ!?騎士を中心に――捩れた渦が発生してる…?何が捩れてるんだ。空気?空間?
いけない。あれは、マズイ。いくら俺がこの世界に疎かろうが、元来鈍感だろうがはっきり解る。解ってしまう。

「ソフィアー!」

その予想を遥かに超える異常な状況に、己の見通しの甘さを呪い自己嫌悪しながらも俺は必死に叫んだ。
せめて声で少女を護る事ができれば、と。だが、叫んだだけで何かを護れるのなら誰も苦労はしない。そんな都合の良い話は存在しない。
筈だった。

「…ソフィア?」

その呟きは、本当に小さく聴こえた。
余りにも小さかった。そして、余りにも遅すぎた。開けてはならない悲劇の幕が上がって行く。
遅きに失したその中で、尚、騎士は意志を体現せしめた。

騎士が全力でソフィアの身体を突き飛ばす。
小柄な少女は俺の足元にまで吹き飛んできた。
身体を丸める騎士。まるで、これから起こる事象の余波をできる限り押さえ込もうとするかのように。

――世界が鳴動した。

収縮した星の爆発にすら匹敵すると言われる現象。
剣が砕け、騎士の鎧が、兜が粉々に砕け飛ぶ。
呪われた武具ですら破壊する究極的且つ、局所的な爆発。
ソフィアが死後硬直を起こしたかのように、身体を固まらせた。
破壊の奔流に巻き込まれていく男の姿が、一瞬見えたから。

『――――…………兄さん?』

騎士の髪はソフィアと同じ、碧色をしていた――。

HP:34/88
MP:42/42
Eドラゴンキラー Eみかわしの服 Eパンツ
戦闘:物理障壁,攻勢力向上,治癒,上位治癒
通常:治癒,上位治癒
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-