4の人◆gYINaOL2aEの物語
サントハイムの決戦(後編)[1]
「なんだ…お前は」
「下衆に名乗る名などない」
力と力の真正面からの拮抗。
純粋なそれだけならば、バルザックの方が勝るのだろうか。
僅かずつ押されていく中で、それでも騎士は左手でバルザックの動きを封じながら、右手でアリーナに上位治癒(ベホイミ)をかけた。
「あ…」
「治りきらないか。こっぴどくやられたようだな…君らしくもない」
騎士の言葉が少女の五感に浸透していく。
ハッと気付いたかのように、アリーナはその場を飛び退った。
それを見て、騎士もまたバルザックの力を受け流し横に逸らす。
「醜いな…貴様は俺が見てきたどんな魔物より、どんな人間よりも醜悪だ…」
「ほざくな小僧!この私を愚弄するか!!」
バルザックの怒りが大気を振るわせる。
そして騎士に、竜巻のような棍棒の乱舞が襲い掛かった。
上から、右から、左から、正面から、ありとあらゆる方角から打ち込まれる打撃の雄々しき独唱。
響く音は次第に大きくなり、やがてそれは爆砕音とすら言える程に高まっていく。
「――くっ!!」
アリーナの鉄の爪がぶよぶよとした腹に突き立てられる。
だが、その脂肪の壁を貫くには到底及ばない。
それでも、かろうじてバルザックの手を止める事は出来たようだった。
「ぐふぅ…蚊に刺された程度の痛痒よな…。
それに比べて、ほれ。あの男は爆心地に居たかのようではないか」
少女が、騎士の方向へと振り返る。
そこには砕けた床や埃が舞い上がっており、何も見通す事ができない。
「絶望したか?小娘よ。お前やあの小僧程度の実力で私に歯向かうとは、役不足というものだ」
バルザックの耳障りな笑い声が玉座に響く。
だが――アリーナは、その何も見えない空間に、何かを見通していた。
誇り高き――魂の輝きを。
「――――その通りだ。俺にとっては貴様の相手など、役不足で物足りない」
噴煙が晴れる。
何事もなかったかのように、その場に立ち続けるその姿。
その姿はまるで―― ――の、ようであった。
「うおらぁぁーー!!!」
ライアンが戦斧を振り回す度に、辺りに鮮血が舞う。
戦士は圧倒的な体力で前進を続けていた。
「範囲物理障壁(スクルト)!」
殿にいるクリフトからの支援が飛ぶ。
仲間全員に物理的な耐久力をつける、強度自体は多少劣るものの物理障壁(スカラ)の上位互換と言える。
それに加えて、流れるような槍捌きで犬のような魔物を屠る。
クリフトも中々どうして、見事な技量を披露していた。
確かに神官戦士を名乗るだけの事はある。
アリーナがいると、どうしても物理的な攻撃面では影が薄くなりがちだが侮ったものではない。
「ふむ。この場合の最適解は――そうじゃな。これでどうじゃ――速度上昇(ピオリム)!」
身体に羽が生えるとこうなるのだろうか?
突然の身の軽さに戸惑う。だが、これなら――駆ける事ができる。疾駆する事ができる。
ソフィアが、ミネアが、マーニャが階段に取り付いた。
ライアンが切り開いた隙間に細い身体を滑らせる。
僅かに遅れていた俺の前に紫色の土偶が立ち塞がった。
「させませんよぉ!」
トルネコが、その体型からはちょっと想像できない俊敏さで横から土偶を打ち砕いた。
首がすこーん!と遥か遠くにかっとんで行く。見事なホームランだ。
「すいません!」
俺は短く礼を言い、階段を駆け上がる。
その間際に見た男たちの表情は、皆一様に頼もしく、なんだか異常にカッコ良く見えた。
「さて――」
階段を背に、ブライが立ち、老人を守るかのようにライアンが正面に、クリフトとトルネコが左右にそれぞれ立った。
半円の陣で魔物達を迎え撃つ。
そして魔物達もまた、それほど積極的に動かなかった。
これはブライ達が知る事はできなかったが、実の所魔物達にとっても女たちが階上へ進むのは決して悪い事では無かったのだ。
魔物達はバルザックの強さを知っている。女子供に倒される訳は無く、彼女たちはすぐに慰み者となるだろう。そう、予測した。
ブライ達は、ソフィア達の強さを知っている。此処で魔物の本隊を足止めできれば、彼女達がバルザックを斃すのは想像に難くない。
ライアンとブライは更に、階上に魔物がいる可能性も考慮していたが、それを考えたとしても今はまず、この魔物達を掃除しなくては援護にも行けはしまい。
「一人、10体と言った所ですかな」
「ハハ…いや、私はちょっとおまけで免除して欲しいですよ」
「そうじゃな。トルネコ殿の分の幾許かは、魔法使いのワシが負担しよう」
「ブライ様もご無理はなさらないでくださいね」
「馬鹿者!クリフト!ワシを年寄り扱いするでないわ!!」
戦士が、商人が、魔法使いが、神官戦士が、一様に笑う。
歴戦をくぐり抜けてきた男たちが一同に介し、一つの目的に邁進しようとしていた。
鋭く大気を裂く音が玉座の間に響く。
騎士の剣は柄に翼の飾りのついた、美麗な剣だった。
どちらかというと儀礼的な雰囲気すら醸し出している剣であったが、それは確実にバルザックの皮膚を傷つけ、血を噴き出させている。
――ヒュン。
風斬り音は一度だけ。
だというのに、二箇所からほぼ同時に血液が舞う。
それはアリーナにさえ見切れない、隼のような速度の連撃だった。
「おのれ、ちまちまと小賢しい…!」
バルザックの苛立つ声が響く。
一撃自体は、決して重くない。だが、痛みは集中力を削ぎ落とす。
確実に蓄積していくダメージに、バルザックは焦り始めた。
棍棒で騎士を打ち据える。それでも、騎士は憎らしいほどに微動だにしないのだ。
ダメージは0ではあるまい。しかし、微々たるものであるのもまた、間違い無いだろう。
騎士の鎧兜は、頑丈過ぎる。異常とも言える頑強さは、何かを犠牲にしているのかもしれない。
バルザックの攻撃を、騎士はまるで避けようとしない。
避ける必要が無いのか、避ける事ができないのか。
例え後者だとしても、前者もまた同時に満たしていると考えた方が自然である。
ノーガードの打ち合いで遅れを取るなど屈辱の極みだが――だが、進化とは様々な状況に対応できるようになる事でもある。
そう考えれば、さほど悪い事では無い。
バルザックが凍りつく息を吐き出す。
騎士は、仮面の下で僅かに眉を寄せた。
自身の鎧は、物理攻撃だけでなく炎や吹雪、更には炎熱、爆裂系の呪文にすら耐性を持つ。
だが、その鎧でも氷結系の呪文にだけは、そこらの鎧となんら変わりない。
ヤツが冷気を得意とするなら少しマズイか。そう、思考したときには既にバルザックは呪文の詠唱に入っていた。
高速詠唱――それは進化の秘法故にか、それとも偉大なる錬金術師の元弟子故にか。
「広域氷結(ヒャダルコ)ォォ!!」
辺りの気温が下がると共に、大気の成分が変動し空気そのものが氷結する。
鎧と皮膚の隙間にある原子の振動が止まっていく。液状化。固体化。肉に突き刺さる、氷塊。
騎士は身体に走る痛みよりも、姫君の安否を優先した。
少女のダメージは大きかった。度重なった打撃に対する十分な治療が行われず、ブレス、呪文と続けばそれも致し方あるまい。
「――大爆裂(イオラ)」
炸裂音と共に、バルザックの頭上から瓦礫が降り注ぐ。
もうもうと立ち込める煙に一寸気を取られた隙に、騎士も姫もその姿を消してしまっていた。
「ふん…隠れたか。まあ、良いわ。ゆっくりと追い詰め、引き裂き、破壊してやろう…」
歪んだ愉悦を顔に張り付かせ低く嗤う。
破れた皮膚が、削がれた肉が再生していく。
ああ――それにしても。
腹が減った。女を抱きたい。惰眠を貪りたい。もっと偉くなりたい。全てを支配したい。
先ほどまでの戦いなど忘れてしまったかのように、気だるい欲求不満がバルザックを苛む。
もっと欲しい。もっと満たされたい。
――わたしは、何を望んでいたのだろう?
権力を手に入れ、それに付随する金も、女も、手に入れたというのに。
進化を極めたと言うのに――何故、満たされない。
とろとろとした白昼夢を見ているかのような感覚に、バルザックは苛立ちながらも身を委ねている。
「――見つけたわよ。バルザック」
そんな彼を現実に引き戻したのは――美しき、ジプシーの姉妹であった。
城の廊下を駆ける俺は、余りの嫌悪感に気が狂いそうになっていた。
至る所に元は人であったらしき物体が散乱し、鼻が曲がりそうな腐臭を放っている。
――進化の秘法の実験体。
キングレオにいた、魔法の実験を繰り返していた人間の話と符合する事実。
コーミズ村より更に南に位置するモンバーバラから、或いはハバリアから集められた人々の成れの果てがキングレオ城で、そしてこのサントハイム城に集結している。
これが…こんな、これが…人の所業だと言うのか。
事実そうである筈だ。これまで魔物の仕業にしてしまう事はできない。
バルザックもキングレオも、元は人間だったのだから。
人間と、魔物。それらがどれだけ違うというのか。どちらも――どちらも同じように、醜悪じゃないか。
突如響いた呻き声に、俺は飛び上がらんほどに驚いた。
まだ――生きてる、のか。
言いようの無い恐怖を覚え、全力以上の力で駆け抜ける。
死ぬよりは、生きている方が良い。そう、思っていたのは既に遠い過去のものになりそうだった。
「――見つけたわよ。バルザック」
奥に見える巨大な扉。
開け放たれた扉の近くに、マーニャの、ミネアの、そしてソフィアの後姿が見える。
俺はそれに少しでも早く近づきたくて、大量の荷物を背負っているため満足にとはいかないまでも、懸命に足を動かした。
「姿が変わっていても解るわ。今こそ…お父さんの仇…」
「おお…誰かと思えば懐かしい顔では無いか。マーニャ、そしてミネア。我が敬愛する愚かな師、エドガンの娘達!」
グフフ、と不気味な笑みを浮かべるバルザックに、
マーニャもミネアも、嫌悪感を少しも隠そうとしない。
そのぶよぶよとした姿を目の当たりにしたミネアがぽつりと呟いた。
「なんて禍々しい姿…」
「どうだ、見違えたであろう!
既に私は究極の進化を極めた。この肉体は――神に近い。
最早、デスピサロ様…いや!デスピサロのヤツすらも私には及ぶまい!フハ、グハハハハ!!」
ソフィアの身体がぴくりと揺らぐ。その、名前を聞くだけで。少女の心身は燃え上がる。
「ハッ!笑わせるんじゃないわよ!あんたみたいな小物が、神に近いだなんておこがましいわ!!」
マーニャが呪文の詠唱に入る。ソフィアとミネアが、剣と槍でそれぞれバルザックに迫る。
それが、戦いの合図となった。
俺もまた、物理障壁(スカラ)の準備を始める。先行したはずのアリーナの姿が無い事が少し気になった。
暖かい光を感じ、アリーナは眼を覚ました。
どうやら自分はベッドに寝かされているらしい。――このベッドは、懐かしい気がする。そうだ、自分のベッドだ。
翳される掌。上位治癒(ベホイミ)の光。クリフト…?否、彼では無い。
「――バルザックは!?」
一気に覚醒した少女はベッドから跳ね起きる。
騎士はソレを見て、一つ息を吐く。どうやら安心した様子だった。
「一度、玉座の間から上階に避難した。都合よくベッドがあったんで君を寝かせた。あれから時間はさほど経っていない」
「そう…」
悔しそうに歯噛みする少女。これでは――足手まといもいい所では無いか。
騎士が上位治癒の対象を自らに変える。
だが――光は、鎧兜の上からでは中々届かなさそうに見えた。
「私、征くわ」
「――君一人では……」
「大丈夫。もう、あんな風に我を忘れたりしないし、それに――今頃、きっと私の仲間たちが来ていると思うから。
このお城は、私のお父様のお城だもの。お父様が居ない間に勝手に侵入した不埒者は、私が成敗しないと」
少女の言葉と決意に、騎士は小さく頷く。
「……解った」
「貴方は、傷が治るまでここで休んでいてね。――此処、私の部屋なんだ」
小さく微笑む姫君に、騎士はなんと言葉を返したものか迷う。
…やはり、一箇所だけ穴が開きっぱなしになっている壁について尋ねるべきなのだろうか。
なんとなくそれは問うのを憚られたので、咄嗟に何の関係も無い疑問を口にする。
「……ところで、どうしてレオタードに網タイツなんだ?」
「――!?い、良いでしょ、どうしてでも!丈夫なんだから!!」
顔を真っ赤にしたアリーナは騎士に手加減なしのツッコミをいれて部屋を飛び出していく。
あれじゃ、手の方が痛いだろうなと思いながらも騎士はその後姿を見送った。
俺から見ても、ソフィア達は圧倒的に押していた。
彼女たちのモチベーション、新たな武具、そしてどうやらバルザックは手負いらしいのも要因の一つであろうか。
バルザックのタフさも特筆に値するものの、マーニャの火焔球(メラミ)が連続で着弾するのには耐えられないようだ。
「ぐぅぅ…広域氷結!!」
辺りに氷塊が浮き上がり、縦横無尽に暴れ狂う。
俺たち全員の肉体を、その鋭利な刃で傷つけた。
「ハハハ――どうだ。今なら、まだ命乞いを受け入れてやるぞ?私のものになるが良い。最高の富と快楽を与えてやるぞ」
なんだか卑猥な事を言うヤツだ。
多分、俺は入ってないだろう。入ってたら逃げる。一目散に。
「ふん。バカ言ってんじゃないわよ。あんたなんかに傅く位ならねえ。こいつの方がマシよ!!」
マーニャが、俺の右腕に身体を絡ませる。
師匠(マスター)挑発っすか。
「同感ですね。バルザック、貴方なんかに触れられる事になろうものなら私は舌を噛みます」
ミネアが、俺の左腕を取る。
みみみみみミネアさんまで!?か、勘弁してくださいっ。
「みんなー!」
後ろからアリーナの声がしたかと思うと、背中に体重を感じる。
コイツは何も解っていないんだろうが、多分雰囲気だけでなんとなくやってるんだろう。
「アリーナさん、無事だったんですね!」
「もちのロンよ!!」
女たちが無事を喜びあっている。
いやまあ、俺も嬉しいけど。
「――――!」
最後にソフィアが俺の傍で困ったような、尚、つーんとしているのを継続しているのだと言うような顔をしていた。
自分は怒っているのだ。それを忘れるな、これはあくまで挑発の為なのだと言わんばかりである。
暫し考えた後、ソフィアは俺の正面に立ち、首に腕を絡めてきた。
――ああ、そうか。これが、俺の人生のクライマックスか。
「貴様ら…この私をコケにしおって…許さんぞ!!その貧弱貧相貧賤な男が、私の何に勝るという!!
バルザックが棍棒を頭上でぐるぐると回している。
怖い…というか嫌な予感がする。
「あ〜ら?自称神様なのにそんな事も解らないの?じゃあ、このマーニャ様が教えてあげるわ。
――全部よ。全てにおいて、あんたよりは マ シ なの!!!」
あは。マシっすか。いやまあ、そんな程度だとは思ったけどNE!!
消去法の結果に、ショックを受けるなんて事は無い。そんなのは自惚れだからだ!!
「――シネェェェェ!!」
何やら物騒な雄叫びと共に、棍棒が振り下ろされる。
マーニャがさっと身を離し、ミネアもまた距離を取る。
アリーナとソフィアがほぼ同時に飛び退いた。俺はといえば当然それらの後に行動する訳だからして出遅れ必至な訳でちょっとまてリアルクライMAX!?
スゴン!!
物凄い衝撃が頭に走った。次の瞬間目の前が真っ暗になる。
既に何も見えない。ソフィアの悲鳴が聞こえた気がしたが、それも気のせいかもしれない。
思考の経路がぷちぷちと寸断していく感覚。しまった。物理障壁を自分にかけるのを忘れていた。
砕かれた頭から何かが噴き出していくのが解る――ああ、だけど――ほぼ、即死なら、あんまり苦しまないで済むと言えばそうなのかもしれない――。
©2006-AQUA SYSTEM-