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4の人◆gYINaOL2aEの物語

サントハイムの決戦(後編)[2]




「バルザックにサントハイムをくれてやった」

此処は、何処だ。
――王宮?そうか、いつか見た夢と同じ光景。
そこに居るのはあの時と同じ、銀髪のDQNと黒い騎士だけだ。
俺はそれを、ふわふわと浮かび上空から観察している。

「…あの城もお前がやったのか?」

「さて、どうだろうな?」

銀髪の男が愉快そうに笑い、言葉を続けた。

「――貴様はどうしたい?」

「……。サントハイムに魔物が住み着くなんて認めない。皆殺しにしてやる」

「そうか。まあ、好きにするが良い」

――その方が、都合が良い。実験の結果を見定めるためには。
どうせあの城にはバルザックの飼い犬しかいない。

「ああ、これを持って行け」

騎士に向かって何かを放り投げる。
それは――剣、だった。

「ロザリーが風邪を引いた時、わざわざパデキアを探しに行ってくれたそうじゃないか。
その報酬だと思え」

「……」

パシッと乾いた音を立てて剣を掴む。
抜き放ち、二度、三度振ってみた後、無造作に腰に差した。

「そうだ。それで良い。目的を達成する為には手段を選んでいられないのだからな」

ばさっとマントを翻し、銀髪の男が騎士の傍らを通り過ぎて部屋を出て行く。
騎士は、怒りとやるせなさに震えていた。

次の瞬間、外から見下ろしていた騎士に俺の姿が重なる。
これは俺の意思では無い。重なって、しまった――なんだ!?抜けられない――。
俺は、誰だ?俺は、俺だ。俺は、あの騎士と違うのか?
引き摺られる――俺が俺じゃなくなってしまう。
そうだ、俺はこれを最も恐れていた。
今、この時にしか解らない恐怖。この場以外では忘れてしまう感情。覚えていられない焦燥。
死そのものの先にある、俺が融けてしまう感覚。
嫌だ。これが、死、か?嫌だ――。

――誰かが、俺を呼んでいる。
その声に引き上げられるかのように騎士から抜け出、上を見上げた。
王宮の天井――それより更に上空から、誰かの声が聴こえる。
俺の姿は上へ、上へと昇って行く――。
暖かい腕に包まれるような感触。
温もりがあまりに心地よく。
何時の間にか、俺は誰かに抱かれているようだった。明るいシルエットで、誰かまでははっきり解らないが、身体のラインを見る限りどうやら女性のようである。
そのまま、ゆっくりと、次第に加速して場所を、時間を越えていく。

――これは――ミネア?





ゆっくりと意識が覚醒していく。
ぼんやりとした視界に最初に飛び込んできたのは、一心不乱に術の維持を行うミネアの姿だった。
彼女の組んだ両手からは、まるで生命力そのもののような光が溢れている。

――擬似蘇生(ザオラル)の光。

……死んでたのか、俺は。マジかよ……ヤバイ……あれだけ死なないよう頑張ってたのにこうもあっさり……なんか癖になりそうだ……。
一撃死だと苦しむ暇が無いとか、そういう問題じゃないわ……。
嫌な感じだ。死ぬってのは。なんだか解らんけどヤバイ気がする……って、ああ、くそ!内に篭もってる場合でもねえのか。

「ミネア…」

ゆっくりと腕に力を篭め身体を起こす。
ミネアは、脂汗を浮かべながらうっすらと笑んだ。
――その瞳には、安堵と、何故か戸惑いのような光があった。

「良かった…何とか成功しましたね…。――行きましょう」

精神を消耗したのか、ふらふらとした足取りで歩むミネアに手を貸して俺たちは進む。
どうやら大きな柱の影に隠れていたようだ。
前方では未だ、戦いが続いている。俺がどれだけの間倒れていたのかは解らなかったが。

「――!?あんた、ほんっと使えないわね!!」

俺の姿を見るなりマーニャの罵声が飛んできた。
お前、それはあんまりじゃないか!?

「何言ってんのよ!あんたがあそこでちゃんと避けてたら、一斉攻撃で終ってたのに、とんだ計算違いだわ!」

そんな事言ったって――見てみれば、マーニャの身体からも酷く出血しているようであった。
みかわしの服に長いスリットを入れた為相変わらず太ももなんか丸出しなのだが、そこにも深い裂傷が刻まれていた。
アリーナも、ソフィアもボロボロである。
事、ここに至り、既に口論をしている場合では無いと悟る。

「ミネア!治療はいいわ、あんたも手伝って!」

「え、でも――」

治療に駆け寄ろうとするミネアをマーニャが押し留める。
ミネアには多少迷いがあるようだった。それと言うのも、ミネアはソフィアやアリーナに比べると単純な力で劣る。
それ故に、バルザックのような脂肪の塊のような相手では、有効な打撃を与えにくいのだ。

「大丈夫よ!――あんた、此処で失敗したら一生あたしの奴隷だからね!?」

マーニャのひどい発破が俺に向けられる。
俺は、ミネアにしっかりと頷いて見せた。
バルザックが改めて姉妹が揃ったのを確認し、喜びの声を上げる。

「――そうだ、それで良い。マーニャ、そしてミネアよ。私は、お前たちと戦いたい。お前たちをこそ――この手に――」

ソフィアがバルザックの正面に立ち、ヤツの意識を自身に向けさせる。
煩わしい虫を潰そうと、振り下ろされる棍棒を破邪の剣で受け止めた。

「今までのお返し…!三倍返し、返品不可!!」

後ろに回りこんだアリーナが、今度こそとばかりに跳躍し、バルザックの後頭部に渾身の回し蹴りを放った。
鈍い音を立てて、陥没する頭蓋。だが、だと言うのに――何故か、俺にはバルザックの瞳に理性が宿った気がした。

一つ、二つと大きく息を吸い、吐き出して、自身と界を接ぐ。
ミネアの槍が、化け物の肉体ごときに敗れない映像。
彼女が俺を包み、引き上げてくれたように。今度は俺が、彼女に手を添え力になろう。
筋力の増強、武器の補強、骨子をそれらとして更にインパクトの瞬間に干渉する呪。

「――攻勢力向上(バイキルト)!」

背を押されるようにミネアが疾駆した。
彼女の聖なる槍が、バルザックの胴に突き刺さる。
異物の侵入を阻もうとする脂肪と筋肉に対し、更にそこからもう一押しを可能とする力が今の彼女には満ちていた。
見事、仇敵の胴を貫きせしめる槍。
バルザックの口の端に血塊が浮く。
ひゅーっ、ひゅーっ、と異音を漏らしながらヤツの上体が揺らいだ。
聖槍が引き抜かれる。穿たれた穴に、更にマーニャの火焔球が叩き込まれた。
――身体の内からその大量の脂肪を焼き尽くしていく。

「バカな…。完璧な筈の私の身体が…崩れる…?
進化の秘法がある限り…私に滅びは訪れない筈…今に…今に…いま、に…」

バルザックの身体が歪み、ざらざらと崩れ落ちていく。
その様子を一時も眼を逸らさずに見据える、ジプシーの姉妹の姿があった。

「……私は……何を望んだのか……。
金……権力……進化の秘法を封印すると言った師を許せず……欲しかったものを手に入れたのに満たされず……。
そうか……わた、しは……お前たち姉妹を……待――」

そうして、バルザックは跡形も無く滅び去った。
彼の男が果たして何を望み、最後に何を見たのかは俺には解らなかったが――少なくとも。これで一つの区切りがついたという事は解った。

「やった…遂にやったわ…!バルザックを…お父さんの仇を…!!」

マーニャがミネアに抱きついた。
ミネアの方は、最早声にならないらしい。
ぽろぽろと零れる涙。それを見て、マーニャの瞳にも同じものが浮かんでくる。

「やだ、ちょっと、こっち見ないでよ!!泣き顔はブスなんだから!!」

マーニャが珍しい事を言う。泣き顔がブスには見えなかったが、後でからかってやろうと思いつつ、ソフィアに近づいた。
バルザックの一撃を受け止め、へたりこんでいた少女に手を貸し立ち上がらせる。
アリーナが、バルザックの消えた跡を暫し黙って見詰めた後、隅の方の昇り階段へと駆けていった。
まあ、兎に角。とりあえずは――終ったのだろうか。
俺はソフィアに、お疲れさん、と労いの言葉をかけた。


「ふむ…どうやら、向こうも決着がついたようじゃな」

ブライが髭をしごく。
辺りには、夥しい数の魔物の死体が散乱していた。

「流石勇者殿達ですな」

「いやあ、流石なのはどっちもでしょう。信じられませんよ。まさか本当に、王宮の魔物全てを殲滅してしまうなんて」

トルネコがライアンに賛辞を述べる。
ライアンは、戦斧に付着した血液を拭いながら軽く笑った。

「なに、ブライ殿の氷結呪文とクリフト殿のお陰ですよ。やはり、治療の呪文を使える方がいるのは心強い。
…ホイミンを思い出しますな」

だが、褒められた当のクリフトは浮かない顔をしている。
いや、それ以上にはっきりと顔色が悪かった。
彼の前には、命を絶たれた『人』が転がっている。嘗ては人であったものが。
ライアンが心配そうに声をかけた。

「…あまり思い詰めない事です。私たちが彼らをあのような姿にした訳では無い」

「大丈夫…大丈夫、です…。ただ…ライアンさん、ブライ様、トルネコさん…。
ほんの、ちょっとだけなんですが――消えたサントハイムの人々じゃなくて良かった、なんて、思ってる自分が居て…自己嫌悪してしまって…」

老人が、若者の肩をぽんと叩く。

「このような事があってはならぬと思うのなら、探さねばな――元凶を。そして、戦わねばならぬ」

この面子の中では格段に若い神官戦士は、沈痛な面持ちで頷いた。
墓を作ってやらねばなるまい。それが、己の責務である、と。

城の廊下を歩くアリーナ。
先ほどは観察している余裕も無かったが、どうやらこのフロアは魔物達に荒らされていないようであった。バルザックが上がらせなかったのだろうか。
父王の寝室。やめておけ、と心が命じるのに逆らって、少しだけ覗いてみる。
そこには、誰もいない。
解りきっている事だ。それなのに、わざわざ確認して、後悔までしているのだから詮の無い話で。
がらんと静まり返った城の中。
戦いが終れば、こんなにも静寂に包まれてしまう、無人城。
少女の足が次第に速まる。そうして、少女自身の部屋の前にまでやってきた。
恐る恐る、扉を開ける――。
そこには、誰もいない。
ああ――誰も、いないのだ。
言いようの無い哀しみが少女を襲った。
ゆっくりと部屋の中を見回す。
ベッド――鏡台――箪笥――そして、破壊された壁。
あの頃が酷く懐かしい。お父様がいて、大臣がいて、兵士がいて、城の至る所に人が溢れていて。
皆に愛されていて、アリーナ自身も皆を愛していた。もう――あれから長い時間が過ぎ去っている。
静かに穴の縁に立ち、そこから空を見上げた。
いつのまにか日は落ちて、既に月が夜空に浮かんでいる。
少女はただじっと耐えた。
この、津波のように打ち寄せる感情をやり過ごす為に。
だが、それは、独りで凌ぐには余りに――過酷で。

ミー。

小さな小さな鳴き声。
アリーナは思い出した。この城に残された存在がいた事を。
壁に開いた穴から飛び出して、城の屋上に降り立つ。
少女が探すのは小さな猫だ。だが――そこにいたのは、猫を腕に抱く黒い騎士だった。

「あ――」

一寸、言葉に詰まってしまう。
騎士は、そっと猫を地面に降ろし、ゆっくりとアリーナに近づいた。

「――首尾はどうだ?」

「え?あ、うん。…バルザックは、斃したわ」

その返答に、騎士は頷いた。
そしてアリーナは、自分でも不思議な事に言葉を続けていた。

「だけど、ダメだった。バルザックを倒しただけじゃお父様は帰ってこなかった。
……ううん、平気。大丈夫。デスピサロを倒せば今度こそきっと……」

溢れる想いが言葉になる。
それは騎士に言う、というよりかは己に言い聞かせるかのようでもあった。
黙って聞いていた騎士は小さく頷きながら、少女の頭を撫でた。

「……本当の事を言うとね。お城に来るのは怖かったの。
誰もいないって解っているのに、どうしても期待してしまう。そうして、勝手に期待して、勝手に裏切られて――悲しくて、怖く、て。
だけど――。

ありがとう……。此処に、一緒に、居てくれて……」

月の光芒が嘗て栄華を誇った城を照らす。
屋上でその光を浴びるのは、城の主たる姫君と、黒い騎士。
その情景は、どこか物悲しく、どこか――儚さを感じさせるものだった。

「ピサロナイト様ー!!」

情動的な空気を破る甲高い声が響いた。
アリーナは驚いて身構える。
城の壁を登りぴょこんと顔を出したのは、ミニデーモンだった。

「実験は失敗だったみたいっすね。
うーん、やっぱり進化の秘法を完成させるには、黄金の腕輪が必要っぽいすよ。
ま、ピサロ様に報告しましょ――ってうわ!?こ、こいつは!!」

初めてアリーナに気付いたのか、ミニデーモンはぱっと飛び退った。
だが、当のアリーナは眼中に無いと言った按配で、呆けたように騎士を見ている。

「――ピサロ、ナイト?……ピサロの……デスピサロの、騎士……?」

騎士――ピサロナイトはアリーナに背を向け、歩き出した。
アリーナはそれを引き止めるかのように手を伸ばす。だが、肝心の足が動かない。
ピサロナイトとの距離がどんどん開いて行く――だが、それは突然ピタリと止まった。

闇夜に、白刃が閃く。

騎士が素早く隼の剣を引き抜き、受け止めた。
鍔迫り合いが起こる。隼の剣と――破邪の剣の。

「――ソフィア!?」

アリーナが驚きの声を上げる。
それでも、ソフィアは意に介さずに剣雨を振らせ続けた。

「…醜いな…お前も…お前の心も身体も…憎しみに塗れて見るに耐えん…」

仮面の下の瞳が剣呑な光を帯びた。

「――やめて!」

少女の絶叫が響く。
騎士は、振り下ろしかけた剣を逸らし、ソフィアに体当たりを仕掛けた。
バルザック戦の疲労もあったか、単純な実力差故か、少女は軽々と吹き飛ばされる。

「置いて行くぞ、ミニモン」

「あ、待ってくださいよ!!」

――瞬間転移(ルーラ)。
騎士とミニデーモンの姿は、跡形も無く消え去った。

「――……」

残されたのは、少女が二人。
一人は呆然と、一人はピサロの名を冠する者を逃がした事に唇を噛み。
それぞれ、まるで違う心境で騎士のいた場所を見詰めていた。

HP:78/78
MP:36/36
Eはじゃの剣 Eみかわしの服 Eパンツ
戦闘:物理障壁,攻勢力向上
通常:
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