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4の人◆gYINaOL2aEの物語

サントハイムの決戦(前編)[2]
肌寒さで眼が覚めた。
どうやら、ここは船の見張り台らしい。ぶるっと身体を震わせる。
目の前には、アリーナが膝を抱えて座りじっとこちらを見ていた。
何が楽しいんだろう。ああ、俺の顔の造作か?まあ、ギャグかもしれん。…鬱…。
こういうのも自傷癖というのだろうか。
少女が、小さく身体を震わせた。なんだ、結局寒いんだな。
こんな所にいなければ良いのにと思いながらも、着ていた外套を少女へとかけた。
あー。似合わない事をしている。
気恥ずかしくて、俺は少女から視線を外し、夜の海の見張りを開始した。
沈黙が流れる。いつもよく喋り、よく動くアリーナが近くにいるとは思えない、静寂さ。
彼女の部屋を訪ねたのも、それが原因と言えた。
マーニャとミネアに関しても気になりはしたのだが、彼女たちはキングレオに向かう船上で結構吹っ切れた部分もあったと思う。

「で、そのレオタードと網タイツはどうしたんよ?」

「――え?あ、うん。マーニャがね。エンドールで見つけてきたんだって」

って事は、わざわざ瞬間転移(ルーラ)を使ったのか。何考えてんだろう…それとも、魔法のカギで開けられる何かに心当たりでもあったのか。
…ん?そういや、サントハイムにも転移で行けるんじゃないのか?
――ああ、けど、まあ。船で移動する為にかかる時間が、別の所に作用するという事もあるのかもしれない。

「ね」

「ん?」

「どうして、貴方を連れて此処に来たと思う?」

さて?なんだろう。
少なくとも、アリーナに関して愛だの恋だのが原因で起きた事では無いと言うのだけは断言できる。
相手が俺というのがどう逆立ちしてもありえないのもあるのだが、それ以上に、この娘はそういうのに、超絶的に疎いと思う。

「さあ…わかんね」

「ソフィアがね。貴方といると、安心するんだって。だから、試してみたの」

ソフィアが…?

「私にも、なんとなく解っちゃった。貴方、臆病でしょう?誰かを傷つけるのが怖い人。誰かを傷つける事で自分も傷ついてしまうのが怖い人。その痛みが怖い人。
だから、優しい人」

「けなしてるだろう」

「うぅん。そんな事ない。試してみて、やっぱり成功だったわ。なんだか、落ち着いたもの。
サントハイムの事を考えると、どうしても気が滅入っちゃってしょうがなかったけど。
――貴方って、変な人よね。なんだか私、見守られている気がする。もしかして、神様とかじゃない?」

「けなしてるだろう」

「うぅん。そんな事ない。試してみて、やっぱり成功だったわ。なんだか、落ち着いたもの。
サントハイムの事を考えると、どうしても気が滅入っちゃってしょうがなかったけど。
――貴方って、変な人よね。なんだか私、見守られている気がする。もしかして、神様とかじゃない?」

アホな事を言う少女に視線を戻す。
えへへ、と笑顔を浮かべている少女に、なんと言ったものかと迷う。

「俺は神様なんかじゃないし、それに神の意思を語るヤツってのは碌なのがいないもんだ。間違っても神様だとか、それに準ずる者だなんて言いたくないね。
よく解らんけど、俺はそんな褒められるようなヤツじゃない、引き篭もりのダメ人間だ」

「んー、そういう自虐的なのは確かにマイナスかなあ」

今度はにしし、と笑うアリーナ。
困った。ソフィアにしてもそうだが、俺はこういう時どうしたら良いか解らない。
自虐が良い事だとは俺だって思っていない。だけど、他人に肯定されるのに慣れていないのだ。そしてその後の否定が恐ろしい。
だから先回りして、己を貶める。そうする事で予防線を張るんだ。
俺は最初からこういうヤツだ。お前が最初に勘違いをしていたんだ、と。
この年下の少女に、なんだか見透かされている気がして、少し落ち着かない。
救い難い、臆病者。だが、それを優しいと肯定されたら、俺はどうしたら良いのか。
なんだか意味も無く身体を動かしたり、頭を掻いたりする。
その挙動不審な様子をアリーナは楽しそうに見ていた。

「わざわざ部屋まで様子見に来てくれて、ありがと」

少女のお礼。
それは、確かにある一つの事象を示している。
俺という人間がどういう人間であろうと、少女を心配し様子を見に行ったという事は、少女にとって肯定するべき事なのだ、と。
この場を見ているのが月と星だけである事を、俺は感謝した。
きっと気恥ずかしさ故に、格好の悪い表情を浮かべていたであろうから。

サランの町は、サントハイムの城下町という位置づけになっている。
実質的には少しばかり離れているのだが、今回はそれが僥倖だったようで魔物たちの気配は無い。
町に入った俺たちは、とても歓迎された。
流石に姫君の帰還は大きいらしかったが、それでも眼前のサントハイム城に魔物が住み着いたという現実を前に、 未だ悲観的な者も少なくなかった。
アリーナ達サントハイム組は悔しそうだったが、幼い少女にアリーナ様のようになりたい、アリーナ様頑張って、と言われると、にっこりと笑みを返していた。

「サントハイムの王族には、代々未来を予見する力があったと言われています。それ故に、狙われたのかもしれませんね…」

町の歴史家がそんな事を言っていた。
アリーナの表情は沈んだが、

「じゃあ、占いで未来が解るミネアは実は王族!?
だとしたら、私たちはアリーナのお姉さまねっ。あはははっ」

「もう、姉さん!」

この姉妹の精神状態は、仇を目前にしても良好であるらしかった。
それにつられるように、アリーナも微笑んだ。

サランの町で一晩ゆっくりと休んだ俺たちは、サントハイム城を前にしている。
キングレオ城よりも、無骨さは無いがその分、優雅であり、誠実そうな雰囲気である。

「解るわ。…あいつは、この中にいる」

「血が熱くなるの。あいつを倒せって声が聴こえる」

ミネアとマーニャの瞳に炎が灯った。
いざ、決戦と言った所だろうか。自然と緊張感が増し、俺もこめかみに軽く汗をかいた。
意を決して、扉を押し開け城内へと進む。
だが――その、内情は酷いものだった。

「――――」

アリーナの、クリフトの身体が固まる。ブライは、半ば予想していたのか、僅かに眼を細めるだけに努めた。
キングレオ城よりも遥かに酷い惨状が広がっている。
綺麗な絨毯は汚物に塗れ、荘厳な壁はまだらに染まり、その上ぼろぼろに朽ちかけてしまっている。
廊下の中央に無造作に放置されている不気味なオブジェ――あれは、人だろうか?
肉体が変形してしまっている。腕が頭から生えているのもいれば、顔が無い者もいる。
それは、最早魔物とも言えないような肉の塊であった。
余りの醜悪さに、俺たちは一様に気分が悪くなる――。

「――ああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

アリーナの絶叫が城内に響いた。同時に、彼女は正面の階段目掛けて駆け出す。
俺たちは慌てて少女を追うが、本気の彼女に追いつける筈が無い。
階段の横合いから、魔物達の大群がぞろぞろと顔を出した。
正面突破をしようとしている少女に気付き、慌てて進路を妨害しようとするが、魔物たちすらも追いつけない。
結果、階段を登っていったアリーナと、俺たちの間に魔物達が立ち塞がる形になってしまう。

「くっ、姫様…!」

「流石にアリーナさんでもこのままでは…!」

ブライの、トルネコの焦燥が辺りに伝播しかける。
だが、それを阻んだのは逞しき王宮戦士だった。

「――手筈通りにいきましょう。勇者殿、私が道を拓きます。
勇者殿とマーニャ殿、ミネア殿――それと、貴公は上へ」

俺もっすか!?
いやまあ、これはどっちが楽そうかなというと――。
揺らめく邪悪な炎。
凶悪な牙をちらつかせる獣。
不気味に笑う魔法使い。
そういったのが、ぞろぞろごろごろいるこの場より、マシかもしれないが…。

「行きますぞ!皆さん!!」

俺のせこい打算を無視するかのように、
戦士の裂帛の気合が、辺りに響き渡った。

「……これ以上、魔物達の好きにはさせないわ。
……命にかえても、あいつら、みんな追い払ってやる」

アリーナが人間の限界に挑戦するかのような速度で玉座の間へと辿り着く。
そこには、一人の男が座っていた。汚らしく、くちゃくちゃと音を立てて果実を噛んでいる。
男は音を蹴立てて駆けてくるアリーナへ、胡乱そうな眼を向けた。

「お前は…」

「――貴様!!誰の玉座にのうのうと座っている!!!」

男に最後まで喋らせず、アリーナの飛び蹴りが炸裂した。
たるんだ頬肉にくっきりと足跡がつく。

「絶対に許さない!引き摺り下ろして、ぎったぎたのこてんぱんにしてやるから!!」

――しかし。
男はアリーナの渾身の蹴りもまるで意に介さず、逆にその足首を掴み宙に放り投げた。
アリーナもまた、バランスを取る。だが、いかな彼女でも空中では精々姿勢制御しかできない。
男が立ち上がる。脇に立てかけていた、数メートルはあるであろう巨大な棍棒を掴んだ。

ゴキン!!!

それを、思い切りバットのように振り回す。
アリーナはものの見事に弾き飛ばされ、城の柱にぶつかる。その余りの衝撃に柱が耐え切れず、ぼっきりと折れてしまった。

「礼儀がなっていない娘だな…この城の王であるこのバルザックが直々に躾をしてやろうか」

第二撃がアリーナの頭上を襲う。
足が言う事を効かない。避けられない――咄嗟に、両の腕を交差させ頭を守る。

ボキリ。

耳障りな音が響く。――左腕が、折れた。
バルザックが嗜虐的な愉悦を顔に浮かべている。
そのにたにたとした好色な笑いに、アリーナは生理的嫌悪感を禁じえない。

「クックック…次は、足を折ってやろう。身動きできなくなれば犯してやろう。
お前のような生意気な小娘は殺すよりも、組み伏す方がより悦楽を得られる」

「黙れ、黙れ、黙れ!!!」

腕の痛みをものともせずに、アリーナは再び跳躍する。
バルザックはぎひ、と嗤う。少女の腕が折れた時点で、挑発すればこうなる事は読めていた。

「神に近しい肉体を見せてやろう。これが、進化を極めるという事だ!!」

バルザックの恫喝が玉座の間に響き渡った。
それまではかろうじて、人の姿をしていた男が、まるで脱皮するかのように――人の皮を破り捨て、膨らみ出る巨体。
青への侮辱たる醜悪さ。だらしなく口からこぼれた長い舌が揺れている。
ぶよぶよとした胴。身体の半分ほどが、肉で覆われたその姿は、サイズの大きい棍棒を使う為には適していたであろう。
凶悪な棍棒が再度、振るわれた。少女の身体は、軽々と吹き飛ばされる。

「ハハ、アハハ、ヒャハハハハハ!!」

嘲笑が反響する。
力の差は圧倒的だった。それでもまだ、かろうじて息があるのはそのレオタードのお陰だろうか。
アリーナはふらつく足を叱咤し、再度立ち上がる。


「ふざけないで…私は…サントハイム王国王女、アリーナ…私には…この城を守る責務がある…。
私は…エンドール武術大会優勝者…貴様如き下衆に…負けたら…あの大会で戦った人達に…合わせる顔が無いわ…」

「ほう?お前は、この国の姫君か――ハハ、それは良い。
では、お前を孕ませ、子を産ませよう。恐怖のみで支配するよりかは、その方が都合が良いというものだ」

棍棒が三度、振るわれる。
宣言通り、ヤツは足を狙っているらしい。
万全の態勢ならば問題無く避けられる一撃も、今の少女には着の身着のままで月に行くのと同じ位難しい事だった。
余りの悔しさに身が震える。それすらも、バルザックは恐怖によるものだと勘違いし、愉快そうに笑うのだ。
アリーナは眩むような悔しさの中、ぎゅっと眼を瞑り、衝撃に備える――が、いつまでもそれは訪れない。

バルザックは己が目を疑った。
棍棒と少女の間に、僅かな空間が出来ている。
何かの力が働いて、それより先に押し込めない――。

「…頭に血が上りすぎだぞ、アリーナ」

そこに現れたのは、騎士であった。
黒い、邪悪な力を感じさせる鎧兜を纏う男。
パデキアの洞窟で遭遇した彼の騎士が、バルザックの棍棒を片手で止めてしまっていた。

HP:68/68
MP:30/30
Eはじゃの剣 Eみかわしの服 Eパンツ
戦闘:物理障壁
通常:
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