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4の人◆gYINaOL2aEの物語

獅子王[2]
「む!?…碧の髪、そして蒼い瞳…。間違いない!お告げ所のお告げ通りだ!
ぬおおっ!このライアン、遂に捜し求めた勇者殿にお会いする事ができた!
勇者殿!貴方様を捜して、私は…どれほど旅をしたことか…っ!」

涙ぐむライアン。ぬおおって凄いな。
彼の勢いに、ソフィアは驚いて眼をぱちくりとさせている。
俺はなんとなく面白くない。

「……と、今は苦労話をしている時ではなかった!
この部屋の中にいるのは、世界を破滅せしめんとする邪悪の手の者と聞きます。
共に打ち倒し、その背後に潜む邪悪の根源を突き止めましょうぞ!
さあ!中へ!」

ライアンが壁の一点を押し込む。
すると、がこん、という音と共に壁が消え通路が現れた。
すげえ。からくり屋敷みてえだ。
俺は感心しながら奥へと進む。

「おのれ、曲者め!であえ、であえ!」

後方から響いてきたのは数人の兵士の声だった。
数人――これしか、いないのか?どうも、この城はおかしい。まあ、好都合なのだが。

「こやつらは私が引き受けた!勇者どの、早くキングレオを!」

一番先頭に居た筈のライアンが一気に戻ってきて、兵士たちと切り結び始める。
いや、三人同時に相手するとか、凄いとは思うんだが…俺たちに強敵押し付けですか('A`)
あれ?っつか、なんだこの流れは?キングレオは姉妹の仇って訳でもないような…。オーリンとかってのの仇なんだっけか?
ライアンが無事ならそれはそれで良いような…邪悪、邪悪、ねえ。
邪悪の手の者と聞きますって、誰に聞いたんだろう?あのお告げ所の女か?――ふむ。

どうやらこの隠し部屋こそ、この城の王の間であるらしい。普段の謁見とかどうするんだろう。
玉座の後ろには、獅子のレリーフが飾られている。
いや、玉座の後ろなどをじっくり観察する余裕などありはしない。

「騒々しい事だ…」

――獅子王。
そう呼ばれる存在が、玉座に座している。
豪奢な金髪が、確かにまるで鬣のようだ。

「…ん?ほう…お前たちは…バルザックを仇とやってきたエドガンの娘らだったな」

キングレオがマーニャとミネアを視界に収め、ニヤリと笑う。
姉妹は既に戦闘態勢を取り、各々の武器を構えている。

「生憎だがバルザックはもうおらんぞ。残念だったな…。
まあ、退屈しのぎに丁度良い。此処まで来てしまったからにはタダで帰す訳にもいかん。人間どもの力の無さを思い知らせてやろう」

つまり――人間では無いのか。目前の男は。
俺の推測を裏付けるかのように、キングレオの姿が歪む。
服が破れ、腕が、足が、生える――。
それは、変成(へんじょう)であった。なるほど、こんなものが、人である筈が、無い。

「お前たちをそのような脆い生き物に創った神を恨むが良い――」

四本の足で立ち上がり、四本の腕をそれぞれ別の生き物のように動かす。
巨大な身体。巨大な顔。顔を囲う変色した鬣――。
俺は、圧倒的な威圧感を感じていた。
あの大灯台にいた虎など、比べ物にならない。
――劣等感。
解る。解ってしまう。俺は、アレに比べれば――劣等種だ。

アリーナが、ソフィアが、ミネアがキングレオに斬りかかる。
爪を、剣を、槍が閃く。だが、さっと鮮血が舞う中でもキングレオは不気味に笑っていた。

「――遅いのだよ、お前たちは!」

ガン!ズガン!!
連続して響く破砕音。壁にめり込んでいるのはソフィアとアリーナだ。
――あの二人をほぼ同時に捉えたのか!?
彼女ら二人はうちのスピードキングだ。その二人を一度に殴り飛ばすなんてありえない――。
ミネアが慌ててソフィアに駆け寄り上位治癒(ベホイミ)を唱える。俺はそれを確認し、アリーナに近寄り、彼女を抱き起こした。
口の端から紅い筋が伝っている。
俺は慌てて荷物の中から薬草を取り出し、彼女の口元へと運んだ。

「――う……。う〜、いった〜……ありがとっ」

ぴょん、と跳ね起きる。だが、その足元はおぼつかない。
――薬草の効果が、ダメージに対して及んでいない。
こんなケースは極稀だった。今迄、痛恨の一撃を誰かがもらう事があっても、ミネアかクリフトの上位治癒で十分事足りたと言うのに。
ソフィアもアリーナも無防備な所を喰らった訳ではないのにこのダメージだ。

「調子に乗るんじゃ――ないわよ!」

マーニャが放つ大炎熱(ベギラマ)の炎が獅子を焦がす。
だが、焼き尽くすにはそれでも足りない。
俺は怯む心を叱咤して、鋼の剣を構え獅子に突貫する。
突き。それが、かろうじてものになって来ている俺のほぼ唯一の攻撃手段だ。
しかし、獅子は。
俺の全力の突きを、指先で、まるで無造作に止めてしまった。

「…弱いな、お前は。しかし、成る程、エドガンの娘たちはあの時よりかは多少腕を上げたようだな。だが…それも、無駄な努力だ」

キングレオが大きく息を吸い込む。
――ヤバイ。俺は咄嗟に、剣を無理やりに引き、バックステップを踏む。
周囲の熱が消える。体温が凍る。キングレオが迸らせるのは極寒の吹雪だった。
ヒュォォォォォォ――!!
冷気が俺の耳を切り裂いた。指の先が氷結し、感覚が死滅していく。

「――キャァァァ!!」

それは誰の悲鳴であったろう。
だが、それすらも確認できない。顔を僅かにも上げる事すら叶わない。
俺はキングレオの巻き起こす凍える吹雪、ただそれだけで既に生と死の境をさ迷ってしまっている。

「…あんたは下がりなさい!こいつは、あんたには荷が勝ちすぎるわ!」

マーニャの指示が飛ぶ。
確かに、これは――ダメだ。攻撃の余波だけで俺にはとても耐えられない。この上直接攻撃など喰らった日には――。
幸いな事なのかどうか、キングレオは俺を弱者と定め、そしてヤツは弱者には注意を払わないようである。
俺は、一歩、二歩と、凍りつきかけた足で後退した。

「弱い…脆い…人とは何と罪深き事よ…。
力無き者には仇を討つ所か、生を甘受する資格すらない」

ソフィアが、アリーナが吹雪の中を猛然と突き進み、獅子へと肉薄する。
マーニャは、長い呪文の詠唱と集中を行っている。
ミネアはソフィアの治療を行った後、自身も聖なる槍を獅子の身体に突き立てた。

「黙りなさい…!お父上を幽閉した挙句国を売り、デスピサロなどに城を与えられて喜んでいる愚王が…!」

「…父?ああ、あの男か。あの男も弱かった。獄死というのも、無様な王に似合いだと思わぬか?」

「――獄死、ですって。王様が……あの方まで、死んでしまったの……?
あの、優しかった王様を獄死させるなんて……どうしてそんな非道い事ができるの……」

「…弱いという事は罪なのだ。王は、国は、強くなくてはならん。優しさにかまけ、強さを放棄したあの男は大罪人だ」

……その理屈は、俺には少しだけ解ってしまった。
甘い顔ばかりでは、つけあがるヤツラは必ず存在する。
優しい。ただ、それだけで。永遠に搾取され続ける。
だが、俺はこの国の現状など知らなければ興味も無い。
この瞬間、最も俺が興味を持っている事はこの状況をどう切り抜けるか、だ。

キングレオの放った炎熱(ギラ)の炎が床を走る。
吹雪だけでなく炎も操るとはなんと器用なライオンか。
それでも先ほどの吹雪よりはマシだったのか、臆する事無くソフィアとアリーナが獣の身体に鉄を突き入れる。
確かにこちらの攻撃も効いている。だが、それ以上にこちらが満身創痍だ。

「――出来たわ」

ぽつりとマーニャが呟く。
手中には凄まじい魔力の奔流が渦を巻いていた。

「見せてやるわよ――この、天才魔術師マーニャ様の秘技!ミネア!勇者ちゃん!アリーナ!一気に決めるわよ!」

「OK!」

アリーナが嬉々として返事をする。
彼女の魂は、危機において尚、輝きを増すのか。

「――キングレオ。これが、最後です」

「お前たちの短い人生の、な」

ミネアが再びソフィアに治療を施した後、低く槍を構える。
ソフィアも、皆とそれぞれに視線を合わせて大きく頷いた。
それに呼応するかのように、キングレオもまた四本全ての腕の拳を握る。

――アリーナが、ソフィアが跳躍する。

――マーニャが、船に乗っている間からブライの協力を得て研究していた魔法、火焔球(メラミ)を解き放つ。

――ミネアが、敢えてワンテンポずらしたタイミングで距離を詰め、下から槍を突き上げる。

それは、全てが捨て身の攻撃だった。
彼女たちは、この強敵の前に己が命を賭けている。
特に、前衛の三人はキングレオの重い打撃にこれ以上耐えられないであろうと予測している。
それでも――例え、マーニャのあの呪文が止めとならなくても、誰か一人が残れば。
その人が、決めてくれる。
俺にはそれがとても眩しくて、格好良く見えた。
同時に、キングレオの打撃に、一度として耐えられないであろう己が身の貧弱さが悔しかった。
だから――。

――俺は、詠唱を開始していたのだ。

呪文。それは、意思の体現を促す式。
高度な魔法になればなるほど様々な物質のあり方から学び、正しく理解する事でイメージを更に強化していかなければならないのだが、 最も基礎的な魔法の行程は、精神を繋ぎ、意図を伝え、力を喚び、イメージを現実に回帰させる法であるとブライは言う。

意思。俺の意思。
俺の意思は――彼女たちに、傷ついて欲しくない。


そこに必要なイメージはなんだ。
――防具だ。防具があれば良い。
古い伝承に在る何者にも貫かれない盾を顕現させる。
イメージ。だが、どんなに最強の盾をイメージしても、それはどのような形ならば最強なのか?何で構成されていれば最強なのか?それが俺には解らない。
そして何よりも、それは最強の矛の前では存在し得ないのだ。
俺の中でその存在は矛盾する、と意識してしまえば、盾の強度は一気に崩壊する。
ダメだ。盾ではダメだ。いや、もう間に合わない――なら!!

城の床を蹴り、少女に少しでも近づくべく駆ける。
跳躍している彼女の後ろから、精一杯に腕を伸ばして俺は俺の意思を体現させる。

「物理障壁(スカラ)!!」

キングレオの拳が、ソフィアを弾き飛ばした。少女が盛大に宙を舞う。
マーニャの身長程もあるであろう特大の火の球がキングレオに着弾する。
圧縮され、炎熱や大炎熱よりも更なる高温を宿した火球がキングレオの肉をぶすぶすと焼き尽くした。

「おのれ――おのれぇ!!貴様、だけでも…!」

キングレオの瞳がぎらりと光り、碌に治療を受けられなかったアリーナへと向けられた。
中空にある彼女の身体を、キングレオの拳――否、凶悪な爪が、アリーナの身体を刺し貫かんと迫る!

――そこに浮かぶのは、三枚の盾。

獅子の瞳が驚愕に見開かれる。それは、アリーナにとっても同じ事だ。

「――!?ふざ、けるなぁ!」

更に突き込まれる爪に、盾の一枚が砕け散る。
二枚目――三枚目。それすらも、獅子は咆哮と共に貫いた。
だが、そこまでだ。
盾との拮抗で磨耗した爪を、アリーナは易々とやり過ごし、キングレオの顔に渾身の蹴りを見舞う。
ぐらりとその巨体を揺らす獅子。
無防備に晒された腹部に、ミネアの槍が突き刺さった。

「こ…この私が、敗れるのか…。お前たちは一体…」

身体中から血液を溢しながら、尚、立ち続けるのは王としての意地だろうか?
アリーナが、ミネアが、油断無く構える中、吹き飛ばされたソフィアが剣を杖に立ち上がった。

「勇者…と、言ったな…地獄の帝王様を滅ぼすと言われる勇者…?
ばか、な…勇者なら…デスピサロ様が既に殺した…筈…」

キングレオの身体が歪む。ミネアが槍を引き抜き、寂しそうにこう言った。

「王よ。貴方の理念や信条が間違っていたとは言いません。
ですが――この荒廃した城を見て尚、王として正しいと。そう、言えますか?
人を捨て魔物になった事が、城の人間を使って実験を繰り返す事が…!!」

「ふ……。強き事は素晴らしき事……強き、エドガンの娘たちよ……。
余が間違っていたとするなら、それは唯、一つ……お前たちに敗れる程に弱かった、余の……。デスピサロ様に……デスピサロに及ばなかった、余の……。
……教えてやろう。バルザックは……サントハイムに……」

最後の言葉を聴いたアリーナの顔色が変わる。
だが、少女はすぐに頭を振り一度は平静を取り戻したかのように見えた。

百獣の王の最後。
彼は力を求め、最後まで力が足りないが故の結果であると信じて力尽きていった。


ソフィアが、がっくりと膝をつく。
俺は慌てて彼女に駆け寄った。

「ソフィア!大丈夫か、ソフィア!」

俺の呼びかけに、少女は小さく頷いた。
ミネアも傍に来て、急いで治療を始める。

「それにしても、意外だったわね。私はてっきり、あの状況で物理障壁を使うなら勇者ちゃんにかけると思ったわ」

「うん、私も」

マーニャとアリーナがそんな事を言う。
これの意図する所はなんなのだろうか?

「んな事言ったって、ソフィアはミネアに何度か治療してもらってただろ。
アリーナは、俺の薬草が精々だったから、アリーナのがヤバイと思ったんだよ」

「あれ?そういうものなんだ。そうよね、危ない方を優先するのが普通よね」

やっぱりクリフトがおかしいんだと、アリーナは一人合点が言ったようだ。
マーニャの方は、ふーんとか、ほーとか、気の抜けたような相槌を打つばかりだ。

「その、な。…ごめん、な。痛い思い、させちまって」

ソフィアに謝意を述べると、少女は頭を振って先ほどよりも大きく意思を表す。
俺の掌を取り、そこに細い指でゆっくりと文字を書き始めた。

『呪文、使えたね。良かったね』

無我夢中で発動させた、初めての呪文。それはとても、スマートと言えるような流れでは無かったけれど。
彼女は、己の身体の痛みよりも何よりも先に、俺への祝福を優先してくれたのだった。

HP:3/68
MP:21/30
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戦闘:物理障壁(スカラ)
通常:
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