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◆u9VgpDS6fgの物語

アルカパ[3]
宿の食事は華やかで美味かった。
腹を満たして部屋に戻ると、パパスはすぐに横になりいびきを掻き始めた。

俺も柔らかなベッドに横になったが、
すぐには眠りにつくことはできなかった。
ベッドの感触が肌に慣れ、やっとうとうとしてきた所で
俺は小さな声に呼び起こされた。


『サン。サン、起きて』
目を開けると暗闇に
輝くようなブロンドと白い肌が浮き上がっていた。
一瞬ぎょっとして体をこわばらせた俺に、ビアンカは怒ったように
『やだ、サンってば寝ぼけてるの?お化け退治に行く約束よ!』
言いながら強引に俺をベッドから引きずり出す。

よろよろと起きだすと、ビアンカは
もう、しゃきっとしてよ、と俺の背を叩いた。
隣のベッドでは相変わらずパパスがいびきを掻いている。

まだ眠りから覚め切れないでいる頭を軽く振って、
俺はやっと背を伸ばしてビアンカの隣に立った。

部屋の中に据え付けられているタンスを開けてみると
中には見覚えのある小さな種と、
根元に装飾のついた羽根飾りのようなものが見つかった。
これはキメラの翼に間違いないだろう。

道具袋にしまい込み、音を立てないよう慎重に扉を開いて
俺とビアンカは廊下へと滑り出た。

予想以上に大きな音を立てて軋む階段や扉に
ヒヤヒヤしながらそろそろと忍び足で正面へ向かい
やっとの思いで宿屋を抜け出す。

神経を尖らせてゆっくりと扉を閉めると
背後でビアンカが大きく息を吐いた。
『ああ、緊張した!こっそり抜け出すなんて初めてだわ!ワクワクしちゃう』
けらけら笑いながら言い、俺の顔を見る。

青白く明るい月がその笑顔を照らしていた。
作り物のように滑らかな肌と糸のような細い髪の毛が光を反射して
神秘的なまでに美しく輝いている。

思わずドキッとした。
とかならラブストーリーとしては正解なのかもしれないけれど、
無邪気に紅潮した頬は子供のそれそのもので
子守、なんて言葉が俺の脳裏を過った。
(早く大人になってくれ)

町を出る前にビアンカの装備を確認する。
薄いワンピースの上に羽織った厚手のケープに
小さな果物ナイフと薄い木製の鍋のふた。
『キッチンから持ってきちゃった』とビアンカが言うとおりに、
それはとても装備とは呼べない品々だった。

幾ら弱いモンスター相手とはいえ
この装備ではやはり不安がある。
手持ちの小銭を確認するが、現段階では
ビアンカの装備を買い揃えるだけの金は、勿論持っていなかった。

仕方なくビアンカに小銭稼ぎを提案するが
『そんなことしてたら夜が明けちゃうわよ』
と一蹴される。

モンスターの危険さとビアンカの身が心配なことを説明し、
何とか理解を求めたが駄目だった。
大きな不安を抱えたまま、急かされるように俺は夜の町を出た。

世界はまさに表情を変えていた。
昼間は気持ち良いほどに青々と茂っていた木々が
夜の青さの中更に暗く影を落とし、
遠くには緩やかな低い山の陰が
夜空をも飲み込みそうに深く黒く浮かび上がっている。

そこらじゅうにモンスターの気配が立ち込め
ビアンカも流石に雰囲気に圧されたのか
押し黙ったまま俺の袖を掴んで歩を進める。

やっぱりレベルを上げていった方がいいと言おうと、
振り向いたところでビアンカがほう、と大きく息を吐いた。

『凄いわ。夜に外に出るなんて、本当に初めてだわ。ドキドキしちゃう』
キラキラと瞳を輝かせて、また辺りを見回す。
この子には不安とか緊張とか言うものがないんだろうか。
俺はがっかりしてまた前を向いた。

アルカパ周辺での初めてのモンスターは
二匹のでかい緑の芋虫だった。
なんだっけこいつ。グリーンワーム?
モンスターの名前っていまいち覚えてない。

戦闘態勢に入ると、ビアンカがいの一番に駆け出した。
手に持ったナイフで『えいっ』と掛け声も高らかに切りつけるが
芋虫は体を竦めただけで傷ひとつつかない。

『何このナイフ。切れ味が悪いわ』
怒ったようにナイフを振り回すビアンカに
芋虫が体当たりを食らわす。
大きな悲鳴を上げて、ビアンカが地面に転がった。

『いった〜い!何すんのよこの芋虫!あったまきちゃう!』
口だけは達者だなあと、ビアンカを横目に俺も武器を叩きつけるが、
芋虫は一瞬ごろんと丸まるとすぐに体勢を立て直す。

うーん、やっぱり新しい武器が必要かも。面倒くせえなあ。
芋虫の体当たりを盾で防ぎながら俺は
どうやってビアンカを説得しようか思案していた。

実際のゲームじゃこんなこと考える必要もないのに。
あーマジ面倒臭え。

何度か攻防のやり取りがあり、芋虫は最終的に俺が仕留めた。
というかビアンカは役に立たなかった。
呪文でも覚えれば違うかもしれないけど
結局呪文ばっか使われてもすぐMP切れで役立たずに戻るのか。
あー、いばらの鞭が欲しい。くそ。

自分の攻撃が効かなかったことが余程不満なのか
ビアンカはふてくされるようにその場に座り込んでいた。
手を差し出すと少し間をおいてその手を握る。

『つまんないわ。あたしってそんなに弱いのかしら』
頬を膨らませるビアンカに、俺は再び説得を開始した。

経験をつめば強くなれること。
武器を変えれば攻撃も効くようになること。
そのためにまず町の周囲で
モンスターを狩っていれば一石二鳥なこと。

ビアンカは不承不承頷くと、
つまんないつまんないと言いながら俺の前に立って歩き出した。
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