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◆u9VgpDS6fgの物語

アルカパ[2]
ロビーに戻り扉を閉めると
ビアンカがけらけらと笑い声を上げた。

『サンってば、真っ青になっちゃって。怖かったんでしょ』
否定も肯定もしないまま俺は正面扉へ向かった。
無言を肯定の意味に取ったらしく、
ビアンカは嬉しそうにまた笑って俺の横に立った。


表へ出ると、まだ高い太陽は
相変わらず眩しく世界を照らしていた。
一息ついて樽の探索を始めようと思ったところに
ビアンカが『案内してあげるわ』と俺の手を引く。

外の探索さえ、この町ではやりにくいのか。
本当に厄介だ。

ぶらぶらと道を行き
あそこが教会、あそこがお店、と
その度にビアンカが指をさし示して俺に教えてくれる。

道行く女性に挨拶をしながら「あっちは?」と俺が町外れの建物を指差すと、
『あそこは子供が入っちゃいけないお店』とビアンカに袖を引かれた。

町の中央には広場があり
ビアンカや俺と同じくらいの年恰好の子供達が駆け回っていた。
なんの事はないその風景に、ビアンカがぴたりと足を止める。

『あれって、何してるのかしら』
ビアンカに並んで目をやると、子供が二人
小さな生き物を追い回しては歓声を上げていた。
追いやってはその前に立ちはだかり
摘み上げては地面に投げ出す。

不意にビアンカが駆け出した。
『あんたたち、何やってるのよ!』
突然のビアンカの怒鳴り声に、二人の少年が足を止める。

乱暴に手に掴んでいた生き物が地面に転がり
体を震わせながらぐるる、と奇妙な唸り声を上げた。
頭に鮮やかな色の鬣を蓄えた小さな猫・・・
と言うよりは虎のように見える。

『なんだよ。またお前かよ』
背の低い方の少年が面倒くさそうに答える。
背の高い方がビアンカの顔を不服そうに睨んだ。

『やめなさいよ、かわいそうじゃない!』
怒りを含んだ声でビアンカが怒鳴る。
少年達が顔を見合わせて首を竦める。
母親と子供みたいだな、と俺は眺めながら思った。

『こいつ面白いんだぜ。変な声で鳴くんだ。
お前もやってみりゃいいじゃん』
背の低い方がまた言った。
高い方は猫だか虎だかとビアンカを
忙しなく見比べながら所在なさげに唇を尖らせる。

『だからってかわいそうじゃない。その子をあたしに渡しなさい』
少し落ち着いた様子で話すビアンカに
少年達はあからさまに嫌そうな表情を作り
『どうする?』とお互い目配せをした。

小さいほうがまた口を開く。
『まあ、虐めるのも飽きてきたし、別にやってもいいけどさ。
タダでやるのはなんか癪だからな』
『レヌール城は?』とそこで初めて、背の高い方が声を出した。
ああ、と言うように小さいほうが頷き、
『そうだな。レヌール城のお化けをやっつけたら、やってもいいぜ。交換条件だ』
とにやりと言った。背の高い方があわせるように笑う。

『バカじゃないの?そんなのこっちがいいって言うと思ってるの?』
ビアンカは威嚇するようにまた声を荒げたけれど
少年達はにやにやと笑顔を崩さないままで
『それならこいつは渡せないな。諦めろよ』と言った。

苛立たしげにビアンカは息を吐きながら
『わかったわよ!お化けを退治したらその子を渡すんだからね!約束よ!』
半ば吐き捨てるように言い、踵を返した。

広場を出るビアンカを追うと、怒りに満ちたその背中から
『ほんっと子供なんだから!』と呟く声が聞こえる。

『・・・ねえ、サン』
歩きながら呼びかけられ、俺は歩幅を広げてビアンカの隣に追いついた。
苛立ちと不安の織り交ざった表情でビアンカが足を止めずにこちらを見る。

『猫ちゃんを助けたいの。とっても勝手だって思うけど、
サンもお化け退治を手伝ってちょうだい。だめかな?』
申し訳なさそうに、けれど確固とした意思を宿して見つめる瞳に、
気圧される形で俺は頷いた。
ほっとしたようにビアンカの表情に笑顔が戻った。

複雑な面持ちのままのビアンカを促して宿に戻ると
パパスが帰り支度を始めるところだった。
待たせてすまないな、とパパスが俺に言う。

『ダンカンの容態も薬で落ち着いたようだ。そろそろ帰るとしよう』
椅子につこうとしたビアンカが一瞬、不安げな表情になった。
俺に向けられたその表情がお化け退治は?と訴える。
流れを知っている俺としては嫌にもどかしい一瞬が流れて
助け舟のようにおかみが口を開いた。

『あらやだ、パパス。今夜は泊まっておいきよ』
額から下ろしたばかりの白い布巾を片手に持ったまま
おかみはパパスの元へ歩み寄った。

もう片方の手で手際よく帳簿の確認をする。
従業員の男がおかみから布巾を受け取り、ダンカンのもとへ戻る。

『しかしサンチョを待たせているしな』
パパスは意外そうに、少し渋るように視線を空中に迷わせた。
『一晩くらい大丈夫でしょう。今から戻ったら日も暮れて危険だよ。
空き部屋でよければね、世話になった恩返しをさせてちょうだい』
『・・・うむ、そうか?ではお言葉に甘えるとするかな』

少し考えた後、パパスはやっと首を縦に振った。
おかみの顔と同時に、心配そうだったビアンカの表情も明るくなる。
『ああ良かった。すぐに食事の支度をするからね。
ビアンカ、お部屋までご案内してあげて』。

『はーい、ママ。サン、おじさま、こっちよ!』
おかみの持った宿帳を覗き込み、
ビアンカがぱたぱたと駆けるようにして扉を開いた。
促されるまま階段を上がり、三階のどう見ても一番立派であろう部屋に通される。

『こんな部屋を。もう少し安い部屋でもいいんだがな』
気後れするようにパパスが呟くと、ビアンカが
『いいのよ、どうせ今は暇なんだもの』
と笑った。

食事が出来たら呼ぶね、と言い置いてビアンカは階下へ戻っていく。
荷物を下ろしてパパスは
その広い部屋に感心したように頷きながらベッドに腰を下ろした。

『サン、明日は早めに出るぞ。食事を取ったら今夜はすぐに休もう』
こくりと頷くと、パパスは緊張を解くように大きく伸びをしてベッドに横たわった。
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