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◆u9VgpDS6fgの物語

アルカパ[1]
目を覚ますとその日は昨日までと様子が違っていた。
階下では複数の人間の話し声が聞こえる。
ストーリーが動き出していることを感じて、俺は体を起こした。

『やっと目を覚ましたのね』
小さな笑い声がして目線を落とす。
くすくすとブロンドを揺らしながらベッドの傍らに肘をついて
ビアンカが俺の顔を覗き込んでいた。
『サンってば、結構お寝坊なのね』

おはよう、と咄嗟に口に出すと
けらけらと笑いながらビアンカも挨拶を返してくる。
『パパのお薬が出来上がったの。残念だけど今日でさよならだわ。
ママとご挨拶に来たのよ。あたしの家にも遊びに来てちょうだいね』
寂しさを誤魔化すためか早口に少女が言う。

大丈夫まだお別れじゃないよ、と
俺はビアンカに慰めを思った。
声には出さなかったけれど。

身支度を整えてビアンカと共に階下に下りると、パパスが顔を上げた。
『サン、やっと起きたのか。
おかみとビアンカは今日帰ってしまうそうだ』
声に対して、目一杯寂しそうな表情を作ってみせる。
おかみはその表情を微笑ましげに眺めている。

にっ、と髭の奥の口角を上げて、パパスは言った。
『女二人では危険だからな。
父さんはアルカパまで二人を送っていこうと思うんだが、
どうだ?お前も来るか?』

俺が頷くよりも先に、ビアンカが
『本当に?』と嬉しそうな声をあげた。
俺も顔を上げて「いいの?」と子供らしく尋ねる。

満足げに目を細めるとパパスは
『そうと決まれば早速出かけることにしよう。
サン、すぐに準備をして来なさい』
言いながら自分の荷物袋を抱え上げる。
俺は自分の装備を簡単に確認すると「大丈夫」と頷いた。

アルカパまでの道程は驚くほど順調だった。
殆どモンスターと遭遇することもなく
日が天頂を通り過ぎる頃には
町の入り口で警備兵と挨拶を交わすことが出来た。
ごくろうさん、とパパスが声を掛けると兵士は
どうぞ、と道を開けパパスの横顔に敬礼した。

アルカパの町は、サンタローズに比べて広々と賑やかだった。
入り口すぐには商店が並び、そこかしこから
買い物をする主婦の声や、
笑いあう子供達の声が聞こえてくる。

きょろきょろと辺りを見回していると
ビアンカが『賑やかでしょう?』と楽しそうに言った。

その町を一望する通りの真ん中
一際大きな建物を構えて佇んでいるのが
ビアンカの住む宿屋だった。

サンタローズにはない大きな建物にしばし見とれてみる。
大きな正面扉をくぐると
広々としたロビーには隅々まで手入れが行き届いており
趣向をあわせた品の良い装飾品が設えてあった。
天井には嫌味でない程度に豪華な
小ぶりのシャンデリアが柔らかな輝きを放っている。

フロントの右手には小さな扉があり
おかみは脇目も振らずに扉の奥へと消えていった。
後を追うビアンカに従ってパパスと俺もその扉をくぐる。

同時に『おかみさん!』という若い声が耳に届いた。
『お帰りなさい、遅かったですね。薬は手に入ったんでしょう?』
きっちりとした制服を着込んだ従業員らしき若い男が
頷くおかみに向かって笑顔を見せた。

『これでこの人も良くなると思うよ。
まったく世話が焼けるったら。手伝ってくれる?』
『はい!だんなさん、お薬ですよ。早く元気になってくださいよ』

応えるように間仕切りの奥のベッドの上で、
青白い顔をした年配の大男がのそりと身を起こした。
弱々しく微笑んだその男がダンカンだろう。
パパスも近付いて『大丈夫か?』と声を掛ける。

医療の知識が皆無な俺にもその様子が
あまり穏やかでないことが見て取れた。

手持ち無沙汰に歩き回っていたビアンカに
おかみが気付き、俺の顔を見る。

『サンちゃん、良かったらビアンカと遊んでらっしゃいよ』
『久し振りだろうから、散歩でもして来たらいい。ただし外には出るなよ』
パパスも振り向いてそう言う。俺は素直に従うことにした。

ビアンカと連れ立ってロビーへ出ると
正面扉へ向かおうとした俺をビアンカが引きとめた。
『おもしろいお話を聞かせてあげる』
と、悪戯っぽく笑みを含んだ瞳で俺の手を引く。

さっきの寝室の向かい側に、
こちらはそれより少しだけ豪華に彩られたもうひとつの扉があった。
その扉を開くと、手入れされた植物に囲まれた小さな中庭。
蔦の絡んだベンチのひとつに、艶やかなローブを身に纏った
女と見紛う程の美しい顔をした男がゆったりと腰掛けている。

『今日もやっぱりここに居たのね』
ビアンカが話しかけると
病的なまでに白い顔を上げて男が微笑んだ。
『ここが好きなんだ。落ち着くじゃない』
『ねえ、あのお話を聞かせてくれない?』
俺のほうをちらりと見ながら、ビアンカが言う。

男は、おもむろに俺の方に向き直るともう一度にこりと微笑む。
その真っ白な頬に僅かに赤みが差した。

『そうか、ぼうやにはまだ話したことがなかったかな』
ビアンカが笑いを堪えるように口元に手をやる。
男は、ひとつ咳払いをすると
大げさに身を乗り出して俺の目を見据えて、口を開いた。

『この町の少し北に、大きなお城があるのは知ってる?』
俺は知らない振りで首を横に振る。

『レヌール城と言うんだ。
昔、そのお城には逞しい王と、それは美しい王妃が住んでいた。
とても仲の良い夫婦だった。
だけど何故か二人には子供が出来ず、
いつしかその王家も途絶えてしまったんだ』

俺は小さく頷く。男の穏やかな顔が少しだけ真剣になる。
『ところが、ね。今となっては
誰も住んでいないはずのそのレヌール城から、
夜な夜なすすり泣くような、
物悲しい声が聞こえてくると言う・・・』

ぶる、と肩を震わせて、男は体を戻した。
『どうだい、恐ろしいだろう?』
くすくすと、堪えきれない笑いを漏らすビアンカの横で
俺は深刻な顔を作って頷いて見せた。男もそれに応えて頷くと、
『レヌール城には決して近付いてはいけないよ』
と言ってまたベンチに背中を預けた。
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