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◆u9VgpDS6fgの物語

サンタローズ[9]
『やれやれ。やっぱりだめか。
ぼうや、誰か大人を呼んできてくれると助かるんだがな』
子供のプライドを気遣ってか
出来る限り優しい口調で親方が言う。
俺は大人のプライドを持っていたので、逆に悔しかった。
辺りを見回す。

ふと思いつき、
散らばった中から適当な大きさの石を拾って
俺は親方の足の傍に置いた。
売り忘れて持っていたかつての武器を手にする。

岩の隙間に片端を差し込み
俺は石を支えに反対端に思い切り体重をかけた。
僅かでも浮けば。僅かでも。

考えを察したのか、親方が
空いた隙間に手を押し込み力を加え
更に自由な方の足を岩の隙間に捻じ込んだ。
木の棒が嫌な音を立ててしなる。
頼む、と俺はさっき祈りをささげた神に祈った。

不意にずるりと、親方の足が抜けた。
かかっていた重力が瞬間的に緩み
からりと乾いた音を立てて棒が転がる。
同時に、詰まらせていた二人分の呼吸と笑い声が空間にこだました。

『いや、ぼうや。助かったよ。賢いねえ』
肩で息をしながら親方が微笑む。
照れ笑いを隠して、俺は棒を拾い上げ腰布に差し込んだ。

親方の傷は本当に軽そうだった。
凝り固まった体を解しながら足首を回し、
『うん、大丈夫そうだな』と言うと
意外なほど身軽に立ち上がる。

『ぼうやありがとうな。みんな心配しているだろう。
早く村に戻らねばならんな。行こうかい』
手を引いて歩き出そうとする親方の申し出を断って
俺は洞窟に留まると伝えた。

「もう少し探検してすぐ帰るから」と言うと、親方は
『こんな洞窟でも、ぼうやには大冒険だろうな』
と笑い、こちらを気にしながら一人階段を上がっていった。

簡単に洞窟内の探索を進める。
最深部でも、出てくるモンスターの種類は殆ど変わらず
俺はスライムや昆虫や角の生えたウサギを叩きながら
分かれ道の先を覗いていった。

奥に朽ちた空き箱があり
その縁に布切れが引っかかっている。
手に取ると着衣のようだった。
今の俺の服よりは、少しだけ布が厚く縫製もしっかりしている。

その場で着替えるのはなんとなく気が引けて、
俺は軽く埃を落とすと服の上からそれを羽織り
ひとつだけボタンを留めた。

反対の奥にはスライムがいた。
咄嗟に武器を構えると、
『叩かないで!僕は悪いスライムじゃないよお!』と
慌てたようにその大きな口から人間語を発した。

話を聞いてやると、
三角だか四角だかよく解らないことを
まくし立てるように喋っている。
(こんなところはゲーム通りかよ)

それ以上の収穫はなく、俺は
久し振りの人間語を話したがるモンスターに
達者で暮らせよ、とだけ言い残し帰路についた。

洞窟を出ると、赤い鎧の男が笑顔で手を挙げた。
『さっき薬屋の親方が通ったよ。
ぼうや、親方を探しに行ってたんだってなあ』
頷くと、感心したように男は顎に手を当て、
『何も言わずにこんな洞窟の奥にな。恐れ入ったよ。
でも次はおじさんにも相談してくれよ。なんにせよ危険なんだから』
にこにこと勝手に頷きながら、男が俺の頭に手を置く。

言ってもどうせついてこないだろ。
っつか俺を探す前に親方を探せよお前。
思ったが恩があるので黙っておく。

簡単に挨拶を済ませ俺は親方の家へと向かった。
そろりと扉を開け顔を出すと、
店員の若い男が俺に気付いて明るく笑った。
表情の奥にも、もう不安の色は見えなかった。

『ぼうやは昨日の。今日も来てくれたのかい?
親方、さっきやっと戻ったんだよ』
言いながら丁寧な物腰で俺を奥に通す。

『親方、この子昨日も心配して来てくれたんですよ。知り合いなんですか?』
『うん?おお、おお、ぼうやは洞窟で会った』

薬の調合なのか、秤や
見たことのない器具とにらめっこしていた顔をこちらをに向け
忙しなく動かしていた手を止めて、親方が嬉しそうに笑みを零した。

え?と声を上げる若者に、親方は
『洞窟まで探しに来てくれたんだよ。
そうだ、お礼をしようと思っていたんだよ。
丁度良かった。ちょっと待ってくれんかな』
言いながら立ち上がり奥のタンスに向かう。

僅かに引きずった片足に
真新しい白い包帯が見え隠れしていた。
あの時は無理をしていたんだと、その時になって気付く。

『ぼうや本当に親方を探しに行ってくれたのかい?』
驚きを隠さずに若者が言った。
頷くと男は、声にならないと言う表情で俺の顔を見つめる。

「探しに行くっていったろ?」
俺が言うと、若者はあはあ、と笑って
『参ったな。ぼうや強いんだなあ。
俺、実はちょっとあの洞窟が怖くってさ』
頭を掻きながら極まり悪そうに言った。
正直な男なんだな、と思い俺もあわせて笑った。


ほれ、と親方の手から差し出されたのは
網目の粗く薄いケープだった。
派手な色の糸を編み合わせてあって、
ちょっと俺には着れないなあと失礼なことを思った。

『わしの手編みだよ。出来は良くないがな、ここが入っとるんでな』と
胸に親指を当てながらにやり笑う親方にお礼を言い
丁寧にお礼を言われ、俺は親方の家を出た。

宿屋にも顔を出そうか迷ったが
疲れていたし面倒だったから俺はそのまま家に足を向けた。

パパスは戻っていなかった。
まだ陽は高かったが、
早めの夕食をとるとすぐにサンチョが俺を抱きかかえたので
睡魔に身を委ねて俺は目を閉じた。
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