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◆u9VgpDS6fgの物語

サンタローズ[5]
さて困ったのは、屋内の探索だった。
念のため宿屋を覗いてみると
階下の酒場ではバーテンが忙しそうに仕込みをしていた。

「探検してるんだ」と言うと
バーテンは愉快そうに笑って
『ここにはぼうやの喜びそうなものはないなあ』
と言った。

言ったとおりで、隅の樽の隙間まで調べたが
役に立ちそうなものは見つからなかった。
二階に上がりながら、
まだビアンカ達が滞在していることを思い出す。

手前の部屋は空き部屋だった。引き出しも空っぽだ。
奥の部屋のドアをノックしようとした時
中からおかみの『困ったわ』と言う声が聞こえた。
思わず動きを止めて声に聞き入る。

『どうしようねえビアンカ。親方さん、まだ戻らないみたいよ』
『じゃあ戻るまでここに居ればいいじゃない。
あたしまたサンと遊びたいな』
『そんな訳にも行かないでしょう。お父さんが待ってるんだよ。
誰か探しに行ってくれないかねえ。パパスも留守だったしねえ』

とんとん、と扉をノックすると
『親方さんかしら!』とおかみの声と、軽い足音が聞こえた。

ガチャリと勢い良く開いた扉の向こう
ビアンカの顔が輝くのと同時に、その奥で
おかみの顔が少しだけ残念そうに曇る。

「こんにちは」
努めて明るく呼びかけると、ビアンカが
『遊びに来てくれたのね!嬉しいわ!』
と本当に嬉しそうに俺の手を引いた。

『そうだわ、今度はあたしのご本を読んであげる』
部屋に入り傍らのベッドに腰掛けると
ビアンカは飛び跳ねるようにくるくると室内を行き来
自分の荷物袋から一冊の絵本を探し当てた。

『この村って大人しか居ないんだから。
あたしずっと退屈だったのよ。サンが居て良かったわ』
にこにこと喋りながら、俺の隣にぴったりと座り
お互いの足に渡らせて大きな薄っぺらい絵本を開く。

『あたしの住んでるアルカパには男の子が居るけど、
みんな子供っぽくって。
じゃあここからよ。あたしが読んであげるから
あんたは絵を見ていればいいわ』

妙にませた口調を使うビアンカに
おかみはくすくすと笑いながらまた
不安げに窓の外に目を落とす。

『すてきな、なかよしよにんぐみ。
かしこいボロンゴ、やさしいプックル
かわいいチロル、ゆうかんなゲレゲレ。
・・・聞いてるの?サンってば』
ビアンカの指摘に慌てて本に視線を落とす。

昨日見た本よりも明らかに少ない単純な文字が並び
ページを大きく使って賑やかな絵が描かれていた。

『・・・もう。いい?ここよ?
みんな、ちっともにていない。
とくいなことも、すきなたべものも、
ぜーんぶちがってる。』

ビアンカの声と文字をなんとなしに追っていく。
この世界の文字はまだ読めないが、
それでもゆっくりとしたビアンカの声にあわせて
文字も理解できるような気がした。
おかみが溜息をつく。

「どうしたんですか?」
悪いとは思いながらもビアンカの声を押しやって
知らない振りで俺はおかみに声を掛けた。
きょとんとした顔のビアンカと、困ったように笑うおかみ。

おかみの顔から目線を外さずに居ると
やがておかみはもうひとつ溜息をついた。
『ごめんね、あんたにまで心配かけちゃ悪いね。なんでもないんだよ』
そう言うと俺とビアンカの座るベッドの前に屈み込み
俺の頭を撫でた。

『・・・もうご本はいいみたいね』
面白くなさそうにビアンカが呟いた。

また今度、俺がもう少し文字を覚えたら。
無理矢理の約束を取り付けて、
俺はそそくさと部屋を辞した。

宿屋を出ると、日は随分と高くなっていた。
雲から外れた太陽が俺の足元にも小さな影を作る。

パタパタと駆け出して、俺は小川を渡り村の奥に向かった。
教会の裏を抜けて傾斜を上がると
洞窟のような入り口に
申し訳程度の看板がかかっているのが見えた。
文字はやはり読めない。

そっと扉を開くと、店先のカウンターには誰も居なかった。
頭を突っ込み奥を覗き込むと、若い男が一人
心配そうに忙しなく室内を歩き回っている。
上の空の状態で、声を掛けてもすぐには俺に気付かなかった。

『やあ、ぼうや。悪いけど店はお休みなんだ』
小さな訪問者に気付き慌てて笑顔を作った男の表情から
まだ不安の色は消えなかった。
まいったなあ、としきりに口元に手をやって
落ち着きなく体を揺らす。

「親方さんはまだ戻らないんですか?」
尋ねると意外そうな顔で
『ぼうやも知ってるのかい?』
と声を上げる。
『いつもならもう戻ってるはずなんだけど。何かあったのかなあ。
俺が探しに行きたいんだけど、擦れ違ったら厄介だしね』

よく見れば奥のテーブルには
薬草と幾つかの装備品が投げ出されていた。
この男も葛藤してるんだな、と何となく思った。

「じゃあ僕が探しに行くよ」
俺が言うと男は困ったようにその整った顔を崩して
『ぼうや、ありがとう』と言った。
子供のたわ言だと思っている顔だった。
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