[] [] [INDEX] ▼DOWN

◆u9VgpDS6fgの物語

サンタローズ[2]
動揺し思わずたたらを踏みながら振り向く。
つるんとした質感の、
頭の飛び出た青い物体が、一、二、・・・三つ。
両端に飛び出した目と大きく開かれた笑っているような口で
辛うじて生き物だとわかる。
―――来た。スライムだ。

ピキキ、と鳥の鳴くような声を発して
右端の一匹が飛び跳ねた。
とっさに身を硬くするが
右膝に鈍い痛みが走る。

ゼリー状だって聞いてたけど、結構硬いじゃねえか奴ら。
頭の片隅で冷静な俺が呟く。

左端の奴がまた飛び跳ねるのを
思い出したように木の棒で叩き落すと、
スライムは地面で一回跳ねて体勢を立て直した。

やはり今の俺には、スライムさえ強敵に違いない。
警戒するように真ん中の奴が少し後ずさる。俺は息を呑む。

『サン!サン!大丈夫か!何やってる!』
後ろから不意に響いた怒号に
俺はやっと安堵の溜息をついた。
地面まで揺らすような足音を立てて
パパスが俺の元に駆け寄って来る。

『遠くへ行くなと言ったろう!全く』
俺を守るように立ちはだかるパパスの背中にも
安堵がにじんでいるのを感じて、
俺は思わずごめんなさい、と口にした。

パパスが二匹のスライムを切り伏す間に
難を逃れた別のスライムに一発食らったが、
最後は俺の一撃で三匹目のスライムも動かなくなった。
パパスが振り向き、何か呟くと
さっき受けた痛みが嘘みたいに引いていく。

ホイミ。初めて受けるパパスのホイミ。
幾度となく助けられてきたパパスのホイミ。

『お前にはまだ外は危険だ。
今回はたまたま父さんが気付いたから良かったものの・・・
気をつけるんだぞ』

諭すように言いながら
パパスはスライムの亡骸を簡単に調べ始めた。
つるりと反射する三つの青い死骸から
慎重に何かを抜き取る。

『これはお前にやろう。
初めてモンスターに勝ったごほうびだ。
・・・良くやったな』
そういって笑顔で手渡されたのは、
キラキラと光る三枚のコインだった。

それを頷いて受け取り、ゴールド袋ではなく
小さなポケットに大事に押し込むと
俺はパパスの背を追って歩き出した。

つかテメー外に出ないと話動かねえじゃねーかよ。
と片隅の俺が思ったけれど、
それは心の奥にしまっておいた。

村はすぐそこだとパパスは言った。
俺には途方もなく遠く長い道のりに思えた。

幼い足は長旅に慣れているらしく
すぐに疲労を感じることはなかったが、
それでも村の輪郭が遠く
地平の向こうに見える頃には
足の裏は痛み、ふくらはぎもパンパンに張っていた。

パパスは俺の手を握ったまま
俺のペースに合わせて歩いている。
それは心地好い安心感だった。
けれど戦闘の一瞬、手が慎重に解かれるその瞬間だけは
言いようのない不安が俺を襲った。

痛恨の一撃を食らったらお終いだ。
死ぬことはないと解っているけれど
その一瞬の暗闇がどんなものかを想像すると
無意識に膝が震えだす。

村のゲートをくぐるその時まで、
不安は付き纏っていた。

午後の陽は傾き始めていた。
刻々と伸びていく自分の影を追いながら
緑の合間に見え隠れする村の風景が
少しずつ生気を増していく。

入り口のゲート脇の警備兵がこちらに気付き
一瞬の訝しげな表情を崩し、顔を輝かせた。

『パパスさん?パパスさんじゃないですか!戻られたんですね!』
満面の笑みで兵士がパパスに駆け寄る。
今帰った、とパパスが言い終わらないうちに
『そうだ!皆に知らせなきゃ!皆に挨拶しなきゃ!パパスさん!』
とパパスの手を引いて村の中に駆け出す。
パパスと繋いだままの手を強く引かれて
俺は慌てて歩調を合わせようと足を速めた。

『皆さん!みんな!パパスさんのお戻りですよ!』
村全体に響き渡るような大声で、兵士が叫ぶ。
何事かと顔を出した住民達が、パパスの顔を認めると
一斉に顔をほころばせるのが見えた。

老若男女。宿や商店の店員までもが
嬉しそうにパパスの元へ駆け寄り、無事を喜び、
俺の頭を撫でたり
感慨深げに顔を覗き込んだりしていった。
影が傾いていく。

それぞれに挨拶を済ませ
話し足りない風の村人をなんとかそれぞれの持ち場へと戻し
パパスはゆっくりと、踏みしめるように村の奥へと向かった。

奥まった場所の、古ぼけた一軒家。
質素だが手入れの行き届いた庭。
その向こう、家の玄関先で
小さなふたつの目いっぱいに涙を溜めて
喜びに歪んだ顔の太った男が深々と頭を下げた。
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-