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◆u9VgpDS6fgの物語

サンタローズ[1]
『あっ?パパスさん?パパスさんじゃないかい?』
船がゆっくりと離れていくのを見送りながら、
俺は背中越しに男の声を聞いていた。
『いやあ、無事に帰ってきたんだねえ。
よかったよかった。心配していたんですよ』

振り向くと、ただでさえ丸い顔を更にしわくちゃに丸めて
男がパパスの肩に手を置いていた。
懐かしそうに嬉しそうに
パパスが笑うとその手も上下に揺れる。
『わっはっは、痩せても枯れてもこのパパス、おいそれとは死ぬものか』
予想通りの台詞が
パパスの笑い声に混ざり合って俺まで嬉しくなる。

こんな台詞普通使わねーよバッカじゃねーのウケルー
とか思ってたテレビの前の俺、ちょっと死んでこい。

思い出話に花を咲かせる二人の横をすり抜けようとすると、
パパスが顔を上げて『遠くまで行くんじゃないぞ』と叫ぶ。
片手を挙げて了解の合図を送り
俺はまず樽の調査に取り掛かった。

収穫は殆どなかったが、小さな手が幸いしてか
突っ込んだ樽の隙間から小銭を拾った。
大事にゴールド袋に滑り込ませる。

顔を上げると、風が海のにおいと草原のにおいを運んできて
俺は大きく息を吸った。
排気ガスに汚されていない空気なんて生まれて初めてだ。
こんな風なら少しは救われるかもしれない。この世界に。

俺はこの先を知っている。何もかもを。
忘れていることはあっても
憶えていることはそれより遥かに多いはずだ。

死ぬ人も。生きる人も。

今までデジタルでしかなかった
空想でしかなかった世界が、
初めてはっきりと自分の中に重くのしかかる気がした。

夢だ。夢。
誰が死のうと、殺そうと、全てはどうせ夢なんだから。
頭を振って不安を追いやって、
俺は港の傍らの小さな小屋の扉を開けた。

さっきの男のおかみさんか
小太りの女が忙しなく
小さな部屋の中を動き回っている。

外から見ると粗末な小屋も
中は綺麗に整えられていた。
窓際には、一輪挿しから伸びたピンク色の花が
申し訳なさそうに首を傾げている。

『あら、ぼうや今の船から降りたの?』
俺に気付いておかみさんが笑顔を向ける。
子供相手の、屈託のない笑顔。

「うん。お父さんと一緒に」
素直な子供を演じて言葉を返すと、おかみさんは、
『そういえばねえ、ずーっと前に
ここから旅に出た人がいるのよ。
ぼうやくらいの歳の小さな子と一緒にね。
パパスさんは元気かしら。懐かしいわねえ』

小さなお客に頬をほころばせながら
昔を懐かしむ眼差しで窓の向こうを見やる。

「それ、僕だよ。パパスお父さんと一緒に今船で来たんだ」
無邪気に聞こえるように
ゆっくりと言葉を選びながら言うと
おかみさんはまあ、と声にならない声をあげて
俺の顔をまじまじと見つめ、一層明るい笑顔を零した。
『ぼうやがあの時の・・・。じゃあパパスさん、
無事に探し物は見つかったんだね。良かったねえ』

つられて微笑むと、優しく俺の頭を撫で
おかみさんは俺にこんなものしかないけど、
と言いながら飴玉を握らせてくれた。
その手が暖かくて、俺はさっきの自分の考えを恥じた。

例え夢でも、いや、夢だからこそ
俺の夢の穏やかな日常を、この世界を
壊そうとする奴を俺は許しちゃいけないんじゃないか。

俺は勇者にはなれないかもしれない。
けど、俺がこの世界を救おう。

あまりにもすんなりと、俺は誓いを立てた。
ゲーム脳で良かった、感情移入はお手のものだ。
この時ばかりは俺は自分の単純な脳みそに感謝した。

おかみさんに丁寧すぎるほど丁寧にお礼を言い
俺は改めて表に出た。
相変わらず太陽は眩しく世界を照らしている。

パパスは埠頭で主人と話し込んでいる。
俺は息を整えると、ゆっくりと港の出口へ向かった。

階段を上がる足が覚束ない。初めての戦闘だ。
生まれて初めての、実際の戦闘。
大丈夫。パパスがすぐに駆けつけてくるのはわかっている。
出口でもう一度深く呼吸をして
俺は草原へと踏み出した。

青々とした低い草の中
申し訳程度に均された道を辿っていく。
このまま寝転んで一休みしたら気持ちいいだろうけど
周りはモンスターの巣窟のはずだ。
低い草に紛れてどこからスライムが襲ってくるとも知れない。

スライムならまだいいけれど、
他のもう少しでもレベルの高いモンスターに遭遇したら。

今現状を考えれば
スライム相手にも致命傷をもらいかねないのだ。
慎重に辺りを見回しながら、
腰に巻きつけてあった木の棒を握り締める。

後ろを振り返るとまだ
港からは数歩の距離しか離れていない。

戻ろうかと思考を巡らせた刹那、
背後から甲高い鳴き声が聞こえた。
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