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◆u9VgpDS6fgの物語

船[2]
船員だ。白いシャツを邪魔臭そうに肩までたくし上げ、
頭には明るいオレンジ色のバンダナを巻いている。
『父さんはまだ部屋かい?ぼうず一人で迷子になるなよ』
からかうように舵の船員が笑う。

そこまでバカじゃねーよ、と
心の中で毒づきながら改めて甲板を見渡すと
船室と同じ大きく組まれた木造の船の向こう側に
透き通るような青い空と、真っ白くそれを反射した波が見えた。

陸地らしきものはまだ見えない。
ただただ広がる青と、輝く白。
現実でだってこんな鮮やかな色の景色は見たことなかったな。
俺は少しだけその景色に見とれた後、くるりと踵を返した。

とことこと小走りに船の上を駆け回る。
急ぐ必要はないのだろうけれど
幼児の歩く速度は実際は既に成人している俺には
気が遠くなるほどまどろっこしいものだった。
しかもすぐに汗が噴出し、息が上がる。

声を掛けてくる船員を適当にかわしながら船倉に潜り込むと、
案の定大きな樽が幾つも整然と並べられ、その奥には宝箱
・・・というよりはただの荷物箱のように見えたけど・・・
が幾つも並べられてあった。
樽を覗き込むがしっかりと封がしてあって開くことが出来ない。
中はいっぱいに何か詰まっているらしく、
持ち上げて割るなんてことも出来そうになかった。

なんじゃこりゃ、約束が違うじゃねーかよ。
ぶつぶつと文句を言いながら幾つかの樽を覗き込む。
そのうちのひとつ、縄で縛られた隙間に何か挟まっているのが見えた。
破らないように引き抜くと何かのチケットのようだ。
やっと見つけた獲物を大事に腰袋にしまいこみ
更に俺は船倉の探索を進めた。

宝箱は厳重に施錠されてひとつとして開かなかったけれど、
別の樽の隙間から小さな袋に入った
お茶の葉のようなものを見つけた。

きっとこれが薬草だろうと思い
甲板にあった樽も入念にチェックし
結果何枚かのチケットと薬草を見つけた。

外の探索が終わって、少し休もうと扉を開けると
元の船室よりわずかに高価そうな装飾が目に飛び込んだ。
手前に小奇麗なテーブルと椅子のセットが置かれ
初老の紳士風の男と中年太りの皺の目立つ男が
親しそうに話し込んでいる。

扉の閉まる音に紳士風の男が顔を上げ、
『やあ、ぼうや。ひとりかい?』
と微笑んだ。
口にくわえたパイプから白く煙が立ち上がる。

ああ、船長だな、と俺は理解した。
明らかに船員とは趣の違った真っ白な制服に
帽子を頭に乗せてゆったりと椅子に腰掛けてこちらを見ている。
『ぼうやはお父さんと旅をしているんだよ。な?』
もう一人のほうに目をやりながら笑顔を崩さずに、船長が続ける。

『この子の父さんには世話になってるんでね、
今回は特別ってことで同乗してもらってるんだ』
ああ、と頷きながらもう一人が俺に笑顔を投げてよこす。

愛想笑いでやり過ごして
俺はテーブルの横をすり抜けて奥へ向かった。
背中から、かわいいねえ、と男がつぶやくのが聞こえた。

奥の本棚にはぎっしりと本が詰め込まれている。
何冊か手に取ってみたが
内容はさっぱり何がなんだかわからなかった。
流石に日本語で書いておいてくれるほど
親切な世界ではないようだ。

喋ってるのは日本語なのに
と腑に落ちない感を抱きながらも
改めて自分がこの世界には
不釣合いな存在であるような気がしてくる。

更に奥には間仕切りの置かれたバスルーム。
隙間から中を覗くと、下着一枚で鏡に向かって
鼻歌交じりに髭を剃る船員の後姿が見えた。
こいつは憶えてる。
逆に脅かしてやろうかと忍び足で背後に近付くと
鏡の向こうで男がにやりと笑うのが見えた。あ、やられた。

『がおーーーーーっっ!』
型通りの台詞に思わず表情が固まる。
いまどきがおーはないよなあ。
と込み上げる笑いを俯いて堪えていると
別の意味に取ったらしい男はにやにや笑いを隠さずに、
『おう、泣かなかったじゃねーか。やるな、ぼうず』
言いながらがしがしと俺の頭を撫でる。

堪えきれず噴出すと
一瞬きょとん、とした顔になった後
男はわっはっはと威勢よく笑いだした。
つられて俺も笑い声を上げる。

何事かと言う様に船長ともう一人の男が
入り口から覗き込んでいるのが視界の端に見えた。

『ぼうずももう一人前だなあ』と
もう一度頭を撫で回そうとする男を振り切って
俺はまた甲板へ出た。
休むつもりがとんだ大騒ぎだ。
けれど、なんだか気分が良かった。

誰も彼もがおおっぴらに感情を曝して
おおっぴらに暮らしている。そう確信できた。
俺の世界では、そんなオープンな人間なんていない。
きっと滅多にいない。

青空と風を感じながら
散歩がてら船長室と反対側の甲板に出ると、
そこにはあからさまに高価そうな装飾の施された扉があり
扉の前にいた警備兵にあんまり近付くなと怒られた。

うろうろしていると甲板にいた船員に
『ぼうずなにしてんだ?』
と訝しげな目で見られたが気にせずやり過ごす。

一通り船の探索を終えたところで
海のずっと向こう側に
やっとわずかに陸地の影が見えた。
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