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◆u9VgpDS6fgの物語

船[1]
不意に体がぐらりとゆれて、俺は目を開けた。
揺れは続いている。
地震かと思って身を固くしたけれど
それとは違うとすぐに気付いた。
波に乗るような緩やかな揺れが
リズムを刻むように体を掬っている。
―――波。

『どうした?まだ寝ぼけているのか?』
重低音の落ち着いた声。聞いた事の無い声。
『少し表の風に当たったらどうだ、長い船旅で疲れたろう』
それが自分に向けられていると気付くまで
僅かに時間が必要だった。
そしてその言葉の意味を理解するのに、もう数秒。

弾かれるように身を起こすと、木の板で出来た壁が目に入った。
視線を巡らす。
木造建築の古いアパートのような、狭い部屋だ。
部屋の隅に同じ木材の小さなテーブルと、椅子。
そしてその椅子に窮屈そうに腰掛けた、がたいの良い男。
使い込んだ跡の目立つ皮製と思しき粗末な着衣を身に着けて
切りっ放したような髪を後ろでひとつに纏めている。
男は、体躯にそぐわないほどのやさしい眼差しで俺を見つめて、言う。
『疲れが取れないようならまだ休んでいてもいいぞ。
船が着いたら起こしてやるから』
一瞬思考が混乱する。
勿論、俺はこんな部屋で眠りについた記憶も
船に乗った記憶さえもない。
それならここはどこか。この男は誰か。
俺はここで一体何をしているのか。

夢うつつで聞いたあのメロディがよみがえる。
名前を決めてください。あの声。

頭を振る。そうだ夢の続きだろう。
ならば早く覚めればいいのに。

額に当てた手の違和感に、俺はまたはっとして自分の掌に目を落とした。
小さい。
体をそろそろと動かして、床に下りる。低い。
見たことのない部屋、だけどそれくらいの感覚は残っているはずだ。
ベッドの縁に座り込んでも、足がつかない。
床に足をつくと、ベッドが腰の高さに
通常なら考えられない高さにある。

おぼつかない足で一歩、二歩と歩を進める。
体が上手く動かせない。
まるで自分の体ではないように。
『やっと目が覚めたのか?
そんなところにいないでこっちに座ったらどうだ』
さっきの男が穏やかな口調で語りかける。
座っているはずの男の表情が
顔を上げないと見えない高さにある。
肩にかかる違和感に顔を傾け手を当てると、
紫色のマントと伸びきった黒い髪が自分の頬に触れた。

―――ドラクエ。5だ。幼少期、始まりの船だ。
髪の毛も払わず頬をつねる。
夢か現実かを確かめるために、今、他に方法が思いつかなかった。
じわりとした痛みが頬に広がる。

納得のいく回答を導き出すには今のところ一本の道しかなかった。
理屈では、只ひとつだ。
けれど理屈というなら、それは一番納得のいかない、理解できない答えだった。

『なにをしてる?来ないならこっちから行くぞ?』
のしりとした大きな体をおもむろに動かして、男が俺の元に歩いてくる。
恐ろしいまでに聳え立った男の体から
太い腕が二本、俺の両脇を捉えた。
軽く肩の高さまで持ち上げられる。
普段より更に高い位置の目線。その双眸をくしゃりと崩して、
『父さんな、この旅が終わったら少し、落ち着こうと思ってるんだ。
あそこは小さいが良い村だ。早くお前にも見せてやりたいな』
そう言うと男は、ゆっくりと俺に負担がかからないように床に下ろし
一度だけ俺の頭に手を乗せると
のしりとまた椅子に腰を下ろした。

父さん。・・・パパス。
理解と同時にゲームでの悲しい別れが脳裏に浮かび、目が潤む。
額の間が引きつるように痛み
俺は瞬きをして涙腺を押さえ込んだ。
パパス。やっぱりそうだ。ドラクエだ。
じゃあ、やっぱりこれは夢か。
だって現実ではありえない、悪い夢としか説明がつかない。
ゲーム脳ってやつかな。相当やられてるっぽい。
しかしそれならそれで、夢を楽しんじゃえばいいんじゃねーの?
こんな夢、見たことないよ、俺。

開き直りに似た気持ちで俺はパパスに声を掛けた。
「パ・・・っと、父さん」
『ん?どうした?』
テーブルの角のため死角になっていたが
パパスは読書をしているようだった。
ぱら、とページを繰る小さな音が狭い船室に響く。
「俺、外見てくるよ」
『うん・・・ん?お前
いつからそんな大人びた口をきくようになったんだ?』
穏やかな顔はそのままに
少し意表を突かれた色を瞳に映して、パパスが顔を上げる。
「あ、その辺の本に書いてあったよ?じゃあ僕行ってくるね」
努めて子供らしい口調で言った途端
しまった、幼少期主人公は文字読めないじゃんと気付いて
突っ込まれないうちにと俺は慌てて階段を駆け上がった。

木の扉を開けると外は快晴だった。
明かりが差すとはいえ室内にいた俺の目に
鮮やかな太陽の色が映る。

反射的に目を閉じても、瞼を通して
容赦ない光が眼球を刺すのがわかった。
手を庇代わりに額に当てて目が慣れるまでをやり過ごす。
波は穏やかに船体を揺らし続けている。

『よう、ぼうず。今ごろ起きたのか』
頭の上から降ってきた声に目をやると
丁度逆光に紛れて真っ黒く、舵を掴む男の影が見えた。
男からも見えるように大きく頷く。今度は背後から
『ぼうずのうちは寝るのが仕事だもんな』
がっはっは、と同じような背格好をした男が大きな笑い声を上げる。
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